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幸せの等分

結婚式 リューシー前編

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 タクトクト家の長子である我にとって、結婚などまだまだ先の話だとタカを括っていたのも数年前まで。心の底から惚れ込んだ人と最悪な形で出会い、そして今に至るまで一年と数ヶ月。

 人生とは、わからないものである。

『…呼んでいない』

『まぁそう言うな。かつての先輩ということで、許してやってほしい』

 …どの口が言うか。

 タタラとの結婚式を間近に控え、二人で式場や一日の予定を組み何度も一緒に話し合う時間は我にとっては幸福な時。

 タタラが何人かの伴侶を得ると王国では知れ渡っているが、大々的に発表されているのはハルジオン殿下と我のみ。親しい関係者はポーディガーとの結婚も知っているが、本人からも控えめにと要望があるので触れ回ってはいない。

 …闇のエルフであり、神殿の裏に所属するカグヤは殆ど情報規制をされていて知っているのは王国中枢とエルフの里の長ぐらいである。

『ただでさえ良からぬ輩から彼を護らなくてはならないというのに、その始まりの存在である…が結婚式に参加するなど言語道断である』

 大事な結婚式前夜に現れたのは、元騎士団長…クロポルド・アヴァロア。

 聞けば彼は太古の存在であり今は身に宿していた地球の魂たちを還し、元のクロポルドとなって安定してはいるが…それはまごうことなき魔王の配下。

 タタラの育ての親であり今は守護獣の地位にいるリィブルーと違い、彼の脅威は未だ未知数。

『頼むよ。亡き恋人の忘れ形見…私にとっても可愛い存在だ。

 ポーディガーが結婚式に一切の人間を立ち入らせないし、エルフは…エルフの里で結婚式をするそうだ。流石にあの里に侵入するのは荷が重い。

 …ハルジオン殿下との結婚式は、うん…隠れて行ったし招待されてない! 頼むよリューシー! 最後の頼みだ、堂々とあの子の晴れ姿を見たいんだよ』

 同情の余地がないことも、ない。

 過去…戦地に赴けば、そこは修羅の地。無抵抗の民に、平和な国も手に掛けるおぞましさに反旗すれば忽ち粛清される。そこにリィブルーが魂を呼び寄せたところ、水の魔王に拾われ形を作るために地球の魂の入れ物となり人格はバラバラ。

 やっと記憶を取り戻して愛する者の元へ走るも、既に生き絶える間際。再び人格が不安定になり…魔王からの使命を果たす為に国に尽くす…かつて、自分が憎んだ国を滅ぼされないよう時間稼ぎの為に。

『…はぁ』

 ここでキッパリ断れないのは、我が彼を尊敬して純粋にその強さに敬服していたからである。

 脈アリと判断したクロポルド前団長は、そこから必死に交渉を続ける。そんな彼が…随分と綺麗な服を身に纏っているなと眺めていれば、その目線だけで気付いたのだろう。彼が大切そうにその服に触れる。

『…素敵だろう? これ、私とハルジオン殿下の結婚式の話が進んでいた時にタタラが必死にお金を貯めて買ってくれた服なんだ』

『…ああ、それがですか。我も彼が働いている時に買い物をしたので…話は聞いています』

『え? タタラが店員さんってことかい? …なんだいそれは聞いていない、私も見たい…』

 止めるべきかと口を出そうとしたものの…あのタタラの姿が、再び見れる?

 …ふむ。黙っているべきだ。

『っと。話を逸らしてしまったね。この衣装はその時のものでね…タタラがね、くれたんだよ。折角用意したし、もし良ければ母さんにもって。確かに丁度同じくらいの背格好なんだよ。ハルジオン殿下とリーベは』

 タタラを見つけ、大切に保護し…成長を見守ってくれた親…リーベ・ロロクロウム。

 我もタタラからその人のことは聞いている。リィブルーの記憶から見たその人のことを語る彼は、いつも嬉しそうで…泣きそうな顔をする。

『リーベのは彼の墓石の前に飾ってあるんだ。…似合っただろうって、貰ったら…また少し泣かせてしまって。あの子にとってはまだまだ癒えない傷なんだ』

『…話す時でさえ、涙ぐむ時がありますから』

 我の親とも顔合わせは済んでいる。我がタクトクト家は貴族家庭にしては交流も多く、家族仲も悪くはない。タタラという新たな家族を気に入り、そして集まったのが久しぶりだったせいか会話も弾んだ。

 タタラも会話に入り、笑って家族と対応してくれて…安心していた時。少しだけ…一歩離れたところから、我と…我が家族と話している光景を…彼が少しだけ、涙ぐんで微笑む姿を見た時から我は…

 どうしたら、彼が心から笑ってくれるかをずっと考えていたのである。

『…我の家族を見てから、最近…少し寂しそうな顔をすることが多くなったように感じます。思い出させてしまったのであれば…立ち直ろうと頑張っている彼の、枷になるのではと…』

 窓の向こうの月を眺めながら、物思いに耽る彼の後ろ姿を見ては何も出来ない自分が不甲斐なくて仕方なかった。

 ハルジオン殿下であれば、きっと自信に溢れた言葉で彼を元気付けたかもしれない。

 ポーディガーであれば、同じ孤独を知る者として片時も離れず支えたかもしれない。

 カグヤであれば、全てを受け入れて、それを包み込むような愛で彼を安心させたかもしれない。

 …では、我は?

『…我ではっ彼を…幸せにすることなど…』

 良いのだろうか。そんな半端な気持ちで、あんなに色んなものを抱える彼を受け入れてしまって。

『そうかな?

 頼りにしているのは君が一番だと思うけど。誰が一番、っていうのは火種の元だし実際わからないけど。タタラが君を見つめる目は確かに恋する者の目だし、今は愛する人へのものだよ』

『…はっ?!』

『何を驚くんだい。好き同士だから結婚するんだろう? 千年と少しの間に結婚の概念まで変わってしまったのかな?』

 冷めた紅茶を飲む仕草は昔と変わらず絵になる人のまま。月明かりと僅かな灯りだけがある部屋で残った紅茶の水面の光に微笑む彼は、思い出すように目を閉じて語る。

『…君たちを見ていると、自分たちとやけに重なるんだ。私とリーベも同じように騎士と魔導師という違いはあれど肩を並べて汗を流したものさ。

 ギルドでタタラと共に働く君たちは、そんな昔の私たちによく似ている…そうタタラにも話したらね、あの子は嬉しそうに笑ってからリューシーと何をしたとか、こういうところが素敵でカッコイイとか。

 沢山話してくれたよ? …君が夜のお散歩に連れて行ってくれるのが、この世界に来た出来事の中でも一際嬉しかったらしくてね。自分が喜ぶために何かをしてもらって、あんなに嬉しかったのは初めてだったって…君は、あの子が恋をしていないなんて…あの顔を見ていないから言えるのさ。

 …今夜それがわかったら、私を結婚式に招待してくれると嬉しいな』

 飲み干した紅茶の杯を置くと、クロポルド前団長は窓を開いてバルコニーに出る。風に揺れる白いマントには…もう、輝く日輪はない。

 振り返って手を振る彼を引き止める言葉が出てこず、そのまま立ち尽くしていれば…部屋の扉が控えめに鳴った。

『リューシー…? 入っても良いか?』

『…! タタラ…。勿論である、入って来ると良い』

 明日の結婚式を控え、二人しかいない我の家に泊まっていたタタラがそっと扉を開くと小さな体を滑り込ませて悪戯っぽく笑う。

『ふへへ、緊張してっ眠れなくてさ…。もうちょっと一緒にいて良い?』

 今夜、それがわかったら…。

『…ああ。勿論だ…何を話そうか』

 我は…明日、胸を張って…君を貰い受ける。



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