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明けに火を灯す人

涙空

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 タタラが国を発ち、五日が経った。

『…文すら届かぬか』

 良いように操られた数日間だが僕の信用は地の底まで堕ち、兄弟たちからは軒並み冷たい視線を浴び…下の双子には結局タタラには逃げられたのかと本気で怒られた。

 …大丈夫であろうな? 実は捨てられたりしていないであろうな…。

『ノルエフリンが国に留まっているということは、必然的にタタラを追う必要がないということ…。奴がいる限りは帰ってくるだろうが…』

 朝からタタラの部屋に入るも部屋の主人は未だ不在のまま。タタラが荒らしてスーレン・ベルアルナが捨てようとした私物は全て守られてあり大事無かった。すぐに解雇してしまったメイドたちのところへ出向き戻ってくれと謝罪するも、自分たちではなくタタラに謝ってくれと言われる始末。

 それでも彼女たちは城に戻り、異物が消え去った城は元の静けさを取り戻している。

『お前がいないと、城も活気付かぬな』

 一人はこんなにも寂しく辛いものだったか。

 何度覗こうが無駄とわかっても部屋を見ては項垂れる。冷たい布団に肩を落として、それでもあの体に馴染んだ温い体温を求めて横になる。

 …あの子も一度くらいは僕を想って泣いただろうか…、否。何度も泣いたであろう。

『…会えなければ謝罪も出来ぬ』

 何をしたら喜ぶか。どんなことを伝えれば笑うか。そればかりを考えて、過ごしてきた。想えば想うほどに会いたい気持ちは募り、離れた時間が切なくて止まない。

 だが弱音など許されるはずがないのだ。僕があの子にしたことは…この程度の苦しみでは帳消しになどされぬ。

『茶でも飲んで落ち着くとするか…。しかしノルエフリンが午前休とは珍しい。アレが休むなど滅多にないことだが…』

 綺麗に整えられ、贈り物で溢れたタタラの部屋を出て自室へと戻ると茶を淹れて一人朝の時間を過ごす。我ながら骨と皮のようなペラッペラな体をどうにかするべく、食べる量は増やしているものの…中々食は進まぬまま。

 勿論食べることも仕事ということで、メイドたちは容赦なく皿に朝食を盛りに盛ってくるわけだ。

『今日は特に城が静かだな…? メイドや執事の数も少ないような…』

 奇妙な静けさに首を傾げつつ、僕は学園の課題と裁判所での資料を纏めて午前を過ごす。少しでも仕事を終えて身軽にしておきたい。

 そんな僕の…大変貴重な午前が過ぎてノルエフリンが出勤し、発せられた言葉に人生で一番の衝撃が僕を襲う。

『…い、今…なんと申したのだ?』

『ですから。何故、今朝の出迎えにいらっしゃらなかったのです? …殿下の為にタタラ様は当初の予定を随分早く進めて帰還されたというのに。

 姿が見えなくて、とても悲しげにされていましたよ…全く』

 纏めていた資料が手から滑り落ち、座っていたソファーから立ち上がると…メイドたちを見る。ノルエフリンの狂言かと思い縋るような目で彼女たちを見るも、気まずそうに目を逸らす片方と少し怒ったように眉を吊り上げるもう片方。

 …は?

 う、そだろう…だって、…は…?

【一番に迎えに来て、見付けてくれたら…】

 出発前に約束したタタラの言葉。

 真っ先に迎えに行くつもりだった、勿論。そして謝り倒して許してもらうと決めていた。

 なのに…もう、帰って来ている…だと?

『ああ。そういえばお伝えしていませんでしたか。すみません、流石に耳に入っていたかと』

 こ、此奴っ…!!

 少しも表情を変えずに淡々と話すノルエフリンは、昨日よりもかなり機嫌が良かった。その理由を考え…そして出た言葉から真意は容易にわかる。

 …タタラを傷付けたことを根に持っておったか?!

『糞っ!! 恨むぞ、ポンコツが!!』

『…はいはい。早く行かないと、既にもう何時間も遅刻していますし』

 扉を壊すような勢いで閉めると僕はすぐに走り出す。息を切らして城壁へと辿り着くも、当然そこにはもう誰もいない。魔法を駆使して再び城に来てから竜車小屋を見るも、何故か地竜たちに睨まれる。

 …っ、失敗した!!

『すまぬっ、タタラ…!』

 ノルエフリンに嵌められたとは言え、僕はあの子との約束を破った! 頑張って役目を終えて帰って来て…出迎えに僕がいなかったのを見て、何を思ったかなど考えたくもない。

『違う…違うのだ、僕はっ…僕だってお前に直ぐに会いたかった…!!』

【見付けてくれたら】

 地面を殴り付け、立ち上がる。思い出の場所を回り僕はタタラを探し続けた。王都を駆けずり回り何故か異様に驚く民の目も気にせず汗水垂らして駆け続ける。

 だけど。

 どこにも、いない。

『何処だ?! タタラっ、出て来てくれ…!』

 やはり城なのかと戻ってみるが前回のように僕の部屋かと探すもいない。タタラの部屋も、厨房も夢の間も見た。

 それなのに、タタラはいない。

『…まさか、もう…国を出て行ってしまったというのか?! っごめんな、タタラ…』

 一番可能性を感じていた中庭に来てみても、タタラはいない。視界の端に記憶にない花があったが今はそんなことを考えている余裕もない。

 膝から崩れ落ちると、服が植物で汚れることも構わず座り込む。

 …罰だというのか…。

 これまで彼を傷付けた報いを受けろと…そういうことなんだろうか。

『王子様が…聞いて呆れる様ですね。汗だくで服も汚れている。お姫様を迎えるには相応しくない』

『…満足か。愛しい恋人が、こんな王子に奪われずに済むのだからな』

 背後に立つノルエフリンは当然タタラの居場所を知る筈だ。しかし、此奴がそれを僕に教えることはない。何故なら僕は…タタラに相応しくない。

『あの子を頼んだぞ…。幸せに、してやってくれ』

『…馬鹿ですね。いつだってあの方は貴方に寄り添っている。無論、我々にも。

 …ああ。雨ですかね、天気雨とは珍しい』

 …雨?

 ノルエフリンは雨だというが、そんなものは…。

『んっ?』

 ポタリ。

 たった一滴の雨粒が頬を叩く。本当に雨が降って来たのかと上を向いた、その時。

『…は?』




 空を覆うように両翼を広げる、ドラゴン。その骨格のみの翼を持つドラゴンは…この世界には恐らく一体しかいない。黒い体に青い炎を宿すそれは、静かに空を停滞して地上を見つめていた。

『リィブルー…?』

 そうだ。

 いつも一緒にいた、タタラのドラゴン。彼もまた姿を見なかった…。

『まさか?!』

 声を上げる僕にリィブルーは自らの右手を差し出す。それを見て彼を見上げると、ゆっくり瞼を閉じたので、よじ登っているとすぐに手が移動して彼の大きな背中へと案内される。

 膝を抱えて、一人小さく縮こまった体。

 たまに漏らす嗚咽と、光る涙。

 そこにいた…ずっと探していた小さな体に、手を伸ばす。

『…ごめん、ごめんなタタラっ…』

【…さっきまでは泣いてなかったんだからなァ。お前が余計な言葉言うから、泣いちまったじゃねェの…】

 余計な言葉?

 首を傾げた瞬間、リィブルーの尻尾が飛んできて僕の背中を叩く。

【バッカお前!! 幸せにしてやれ? テメェがすんだろ、叩き落とすぞ!】

 …ハッ!!

 弱気になって出た言葉を、聞かれていたのか…。

【ずっと上から追い掛けてたんだぞ。何かあったのかもしれないからって、窓から見に行って…そんで何ともなさそうだから安心したけど、迎えに来てくれなかったからってショボくれて慰めて空を散歩してたらお前が走り回ってたから。

 …ほら。早く、なんとかしろォ…本当はずっと寂しがってたんだぞ。だから早く帰って来たってのに】

 そうだ。

 こんな僕を、ずっと待っていてくれて…なのに僕は何度も裏切ってしまった。

 震える背中に向き合って僕らは…この関係に答えを出す。何度だって、僕はお前に愛を告白する。

【よしいけ。玉砕覚悟だ、当たって砕けて消し飛んで来い】

『ええい、喧しいわ外野っ!!』

 少しは誰か…僕を応援しろ!!


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