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明けに火を灯す人

父と父

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『…やれやれ。地の魔王が騒ぎ立てるわけだ』

 酷い有様になった髪にクロポルドが触れる。何かに気付いたようにオレの手を持った彼が初めて端正な顔を歪めた。

『火を消そうと…?』

『…うん。遅かったけど…』

 手の火傷はすぐに手当てをしなかったせいで水膨れになり、熱を帯びている。クロポルドが魔法で水を出して冷やしてくれるとヒンヤリしていて、凄く楽になった…

 …痛かったけどな。

『回復薬を持っていないんだ…水魔法では治癒も出来ないし。光の魔王がいれば、この程度はすぐ治ったのに』

『…キッド? みんな、ちゃんと地球にいるんだね? 良かった…』

『元気にやっているよ。地球の裏側に独自の空間を作って、見守っているんだ…大半の魔王は眠りに着いているけど』

 賑やかで心強い彼らを思い出すと、自然と笑みが溢れる。

 だけど…此処にクロポルドがいる理由は全くわからない。コーリーの部下である彼が魔王の代わりに来た、ということだろうか?

『私は混じり者。そしてバビリアの魔人によって更にややこしい体になってしまったけど、この体は約千年前のリーベの恋人であるクロポルドのものだよ。

 …器はクロポルドだが、中にはあらゆる魂が混在していて…それをしたのは水の魔王であるレイラ・マールルコーリーだね』

『コーリー…』

『そう。私の魂は地球で彷徨っていたが、リィブルーによってアスターに連れて来てもらったんだ。それが彼がリーベと交わした真の契約の内容だったから』

 かつてリィブルーと母さんの間で交わされた契約がある。それはリーベダンジョンに王族を拒む施しをし、代わりに空間魔法でこの部屋を隠匿するというものだ。

 だけど、初めてそれを聞いた時から違和感があった。

『…リーベダンジョンには、最初王族たちが入ってた。契約違反のはずなのに…だからリィブルーが母さんに言ったのは嘘の内容』

『そうだ。

 リィブルーは君を救ってくれたリーベにただならぬ恩義を感じていた。だから本当の契約はもっと大きなものだった』

【タタラのために時を渡る魔力を消費する代価として、地球で死んだ恋人の魂を喚び寄せる】

 母さんは地球の文字が理解出来なくて取り敢えずサインしてしまったが、後に二人を再会させるために契約の力でクロポルドの魂を喚ぶ。

 いつも面倒臭がりで巫山戯てばかりのドラゴンの後ろ姿を思い出して、笑顔になる。

 リィブルーは、やる時はやるドラゴンだ!!

『…そして地球から来た私の魂を、水の魔王が保護して器として活用した。勿論彼女は何も知らなかった…ただ地球人の魂を入れて自身の駒にするのにアスターの人間が欲しかっただけだから。

 水の魔王の配下として生まれ変わった私は、複数の魂によって記憶はぐちゃぐちゃ。しかし水の魔王の命令を聞く能力はあったから…全てを忘れたまま、養子となり存在を偽って私は強くなる為に生きたんだ』

 コーリーから与えられた使命は、時が来るまではバーリカリーナを生かすこと。

 それを聞いてクロポルド・アヴァロアという人物が最強であるかを理解した気がする。自分のことがよくわからなくて…身の内に潜む憎悪を抱えながら生きて、戦って、強くなる。

 やがて彼は皮肉にも王国最強の騎士となった。

『…転機は、バビリアで起きた。バビリアにて魔人が誕生すると当時の騎士団でこれに対処した。日の輪騎士団の団長が、その時の戦いで命を落とした』

 その事件は知っている。

 今の父であるトワイシー殿と、恋人であるリューシーにとっての傷。

『その団長は…シドリと言って気さくで豪快な、思い切りの良い人間だった。当時は口数も少なくて剣と魔法に明け暮れた私にも、よく話しかけてくれて…月の宴の恋人と一緒にいる姿が一際幸せそうだったのが印象的な人…

 無理もない。無意識のうちに私は、彼らを自分たちと重ねていたからな…』

『…あっ!』

 声を上げたオレにクロポルドは顔を上げると力なく微笑んだ。

『…大した出自でもない騎士と、王族の遠縁である者。月の宴の団長はリーベと同じロロクロウム…

 彼が死に、ロロクロウムが泣き崩れた姿を見て…魔人を取り込んだのも良いショックになったんだろう。私は…何かに呼ばれるように小さな街へと走り出していた』

 十四年前…そうか、あの事件は十四年前の出来事だったのか…。

『そして私は、…やっとリーベと再会した。だけど彼はすぐに亡くなり、私はその遺体を抱いて途方に暮れていた。

 今にも自我が消えそうで、抗っても魔人の支配も始まっていたからな…一瞬の油断で気を失ってしまい、自我まで失って城に戻ってしまった。時々私に肉体の支配権が戻って急いであの街に戻ってリーベのことを聞いたが肉体がどこに行ったかわからなくて探し回ったけど見つからないまま。…しかし、これがあるということは恐らく…』

 二人で墓石を見つめれば、肩にクロポルドの手が回って寄り添いながら目を閉じる。

 きっとリィブルーがここまで運んで来たのだろう。喚び出した魂がアスターに来たはずだから、クロポルドの名も刻んだ墓を用意したんだ。

『そして魔人が制御出来ない上に無理に結婚をさせられそうになって暴れたと…?』

『め、面目無い…。恐らくアスターの人間なんかと結婚したくない複数の魂と、リーベ以外と結婚したくない私の想いが上手く呼応したんだろう…』

 なるほど…、初めて同居人の意見が満場一致してしまった結果だったのか。

『だけどオレ…会った頃は、あなたの子どもの魔核を持ってて…僅かに魂も残ってたのに全然クロポルドに良い印象とかなくて、何故か嫌悪感とかあったよ?』

 普通、子どもなら親に会えたら嬉しいはずなのに、なんで…。

『…まぁ、無理もないよ』

 最後の墓石には名は刻まれていない。

『あの子はリーベを一人にした私を怨んでいただろうから。戦争なんかに行って帰って来ないまま、リーベを悲しませて赤ん坊を死なせた重責を負わせたと思っていたんだろう。

 そんなあの子の怒りを、君は晴らしてくれた…リーベの新しい生きる目的となり笑顔を取り戻してくれた君が…大好きだったのさ。あの子にとっては君は、可愛い弟も同然だからね』

 それは、ズルい。

 助けてくれた赤ん坊の兄。最後まで惜しみない愛をくれた母さん。思い出してはメソメソ泣き出すオレにクロポルドは手を伸ばして再び胸に抱こうとした、その時。

『タタラッ!!』

 バンッという破壊音と共に扉を自慢の盾で弾き飛ばした人が部屋に入って来ると、…息子が酷い姿で泣き、そのすぐ側にいるかつて裏切り者として去った魔人の部下がいる。

 それを見た彼は、物凄い形相で高らかに叫ぶ。

『なに私の可愛い息子に手ェ出してんですか不埒者が!!』

『と、父さん?!』

 オレの声にパッと表情を明るくした父さんが近寄り、いつものように抱き上げようとした瞬間。それを邪魔するようにベッドに座っていたクロポルドが無理矢理オレを抱きしめてから膝に乗せる。

『…違う』

 ギュッと抱きしめられると、父さんの顔が一気に青褪めてしまう。

『私とリーベの子だ』

『…はぁっ?!』


 …ああ、なんか凄い面倒臭そうな予感…。


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