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明けに火を灯す人

初対面の恋人同士

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『づがれだぁ…』

 研究者、恐るべし…。

 あれからタルタカロス殿下の元に行けば、最初は歓迎して出迎えたシュラマがすぐに顔色を変えて逃げ出した。

 というのも全てはオレがタルタカロス殿下に告げた言葉が原因だ。

『早めに国を出るって言った途端にこれだもんなぁ、参った…』

 放心したタルタカロス殿下が舌打ちを放つと、すぐにシュラマが面倒な気配を悟った。勿論彼の怒りの矛先など、ゆっくり研究する時間を取り上げたあの人に他ならない。

 だから急ピッチで始まった研究、質問、実験などで軽く三時間は拘束されてしまった。しかも今日の内容では全くデータを取れないようでタルタカロス殿下のイライラも頂点だが、流石に一日のノルマは越えられないとやっと解放されたのだ。

『鬼か、あの人は…。もうお昼も過ぎてるしぃ』

 中庭でぐずぐずしていたオレだが、近くを通りかかったメイドたちが何事か集まり、大慌てで去って行った。しかしすぐに戻って来た彼女たちの手には何かがあり廊下から中庭に入って真っ直ぐオレの方に向かって来るではないか。

『タルタカロス殿下より、お食事を運ぶようにと命を受けました! どうぞお召し上がり下さい!』

 ガゼボの中にあるテーブルに皿を置き一礼すると、すぐに下がってしまうメイドたち。その様子に自分が顔を隠していることに気付いて納得がいく。

 ああ、誰かわかんないから…そうだよな。タタラの時より背も高いし見た目じゃわからないか!

『タルタカロス殿下もよくオレがここに居るってわかったな。そんなによく来てるかな…』

 何はともあれ、腹ごしらえが先だ!

『わお! キャシャのサンドイッチじゃんか!』

 なんとメニューは大好きなキャシャの実が使われたサンドイッチ! キャシャは甘く酸味のある果物。栄養価も文句ないそうで、見た目はマンゴーみたいな美味しい実だ。

 ジュースも好きだけど、果肉がゴロゴロしたジャムにしてあって美味そう!

 疲れはあるが目の前のご馳走に八割は気力回復。早速食べようとしつつ、先にフードを脱ごうとしたその時だ。

『…誰だ、貴様』

 なんと言う運命の悪戯。

 まるで時が止まってしまったように静かな中庭で、優しく暖かな風がオレたちの間を素通りする。

 そこにいたのは黒いシャツにズボンといったラフな姿で現れたハルジオン。だけどその服は以前、花色の仕立て屋でオレが勧めて購入された思い出の服。

 相変わらず顔色が悪くて隈が酷い王子様の登場に、心臓が止まりかける。

『…その服の数字は、ベルガアッシュ兄様のところの守護者か。見たところ魔導師…のようだが』

 ベルガアッシュ殿下の守護者だって?!

 ふと目に入った胸元に、の数字とバーリカリーナの紋章が刺繍されている。

 …これリューシーの羽織りィッ!!

『兄様の守護者なら構うまい。すまぬが少し居座らせてもらうぞ』

 なんでぇ?!

 どうやらリューシーの羽織りを被ったオレを見てすっかり守護魔導師だと勘違いされているらしい。メイドがこの見た目がわからないように、ハルジオンもわからない…

 って、ハルジオンは最初からオレのことわからないか。

『…ふぅ』

 ガゼボの椅子の、端と端に座るオレたち。壁に沿うように設置された長い椅子だから距離もある。ハルジオンはそこに座ると息を吐いて背もたれに身を任せた。

 …しかも奴がいないぞ…?

 キョロキョロと辺りを見渡してもスーレンも、ノルエフリンすらいない。オレが周りを気にしていることに気づいたハルジオンはなんでもないように答える。

『誰もおらぬ、楽にせよ。婚約者は兄に捕まってな。守護者は置いて来ただけだ』

 …婚約者。

 オレではない、未来の伴侶。それにまた胸が苦しくなるのを感じて振り払うようにサンドイッチを頬張る。しっとりした香りの良いパンに挟まる大好きなキャシャ。成人男性ということで幾つか皿にのるそれは、とても美味しくて次々と口に運ぶ。

 う、美味ぁい!

 本来なら声に出したいが、もしも声を出して気付かれたら嫌だから心の中で大絶賛。必ず感想を厨房に伝えに行こうと決意したところで、視線を感じる。

『…ぅ』

 み、見てる…! めちゃくちゃこっち見てるんだけど!?

 諦めるべきだと決意した人が、目の前にいる。例え自分だとわかってもらえなくても…こんなに、近くにいる。

 話したいっ…でも、ダメだ。ベルガアッシュ殿下の守護者って思ってるからここにいてくれるのに!

『ん』

『な、なんだ?』

 持っていた最後のサンドイッチを皿に置き、だぼだぼな袖を捲って皿ごと彼に突き出した。驚く彼に再び皿を差し出せばキョトンとした彼が皿の上のサンドイッチとオレを交互に見る。

『まさか僕に…? というか貴様、まさか喋れぬのか? それでよく魔導師が…それほど有能ということなのか…』

 嘘を付くのは忍びないが、この際彼に食事をしてもらえるならなんでも良いとコクコクと適当に頷いてから皿を再度掲げる。

 微かになった腹の音に気まずそうに目を逸らす彼に、食べろという意志を込めて更に近くに置く。

『わ、わかった…。だが途中で吐き出してしまうかもしれぬのだ。そうなっても文句を言うでないぞっ』

 オレが作ったわけじゃないから、そこまで審眼にも心は視えない。だけど確かにオレタタラが触れて浄化した食べ物だ。

 訝しげにサンドイッチを見たハルジオンは、控えめにそれを口にした。一口、二口。あっと声を上げて瞬く間に平らげてしまうとあまりのスピードに驚いて一緒に添えられた手を付けていない紅茶を気付かれないように浄化してから彼に差し出す。

 紅茶すら一気に飲み干したハルジオンは、口を押さえたまま固まる。

 ま、まさか吐くのか?! 大変だなんか袋っ!

『…食べれた』

 早まるな!! 今なんか受け止めるものをだな!

『何故…? まさか、お前…』

『ん?!』

『…顔が隠れて視えぬ。だが…それが、良かったのか? またはこの食事に秘密が? いやそもそも…こんなあっさりした食事は久しいからな』

 ブツブツと分析を重ねるハルジオンに、取り敢えず無事に食事が出来たのだと理解するとホッとして胸に手を置いた。

 良かった…、城にいて餓死するとか笑えないし。

『お前…まさか僕が食事が出来ていないと気遣ってくれたのか?』

 安心して口が緩んだのだろう、それを正すように真一文字に結んでからブンブンと首を横に振るが…流石に誤魔化せなかったようでハルジオンは穏やかに笑ってからそうか、と呟いた。

 …笑った。

 ハルジオンが…、笑った…。

『初対面なのに随分とお優しいな。すまぬな、少々事情があって食事を避けていたのだ。

 折角の昼食を奪って申し訳ない』

 しょ、たいめん…。

 そうだ。いくら料理を食べたところで、この魔法を解く術もないし…オレには彼と共にいる資格すらない。

 胸が痛い、この場に居たらっダメだ…!!

『あっ! オイ! 突然どうしたのだ?!』

 立ち上がって逃げるように走り出せば、最初は彼が追いかけて来るような気配がしたが死角に入るとすぐに糸を伸ばして飛び去った。

 ばかっ!!

 ハルジオンの大馬鹿っ…!!

 泣きながら屋根を伝い走るオレと、もう誰もいなくなった中庭の奥深くで肩を落とすハルジオン。

 恋人なのに初対面だというショックに負け、とぼとぼとフードを深く被り直しながら悲しみに暮れるのだった。


『…名前を、聞きそびれてしまったな。兄様に聞けばすぐにわかるか…』


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