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明けに火を灯す人

朽ちる体と、沈む世界

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 闘技場の観覧席まで来ると、座った途端に咳き込むオレは中々止まらなくて途中で涙ぐんでしまう。タクダミが慌てて背中を摩ってくれてやっと止まった頃には肩で息をするほど。

『大丈夫かよ…? 水でも持って来てやるか?』

『へ、いき…。なんでもないから』

 寒気までして気付かれないように体を摩るとタクダミが膝を折って足元にしゃがむ。

『悪りぃな。俺の闇魔法で足取られた時に、服がちょっと破れちまったんだ。靴も痛んじまったな…後で弁償するわ。

 …おい、お前コレどうした…?』

 足首を握り、露わになってしまった痣を指差すタクダミ。

 し、しまった油断しちまった…!!

『なんでもないってば! う、生まれ付き! そう、これは生まれ付きのやつでっ』

『…魔王に思いっきり丈の短いやつ、穿かされてたよな? こんな痣があれば少しは記憶に残るはずだが…?』

 い、嫌な思い出を掘り返すなコイツめ!

 アワアワと必死に言い訳を考えるが、オレを見つめるタクダミの目から逃れられる気がしなかった。諦めて肩をガックリと落としてから痣を手で隠す。

『お前たちの目的なんか知らないけど、良かったな。見事にオレはアスターを怨んじまった…もう崩壊は始まってる。

 オレの体は崩れ、世界は呪いによって沈められるんだ。おめでとうアスターの人よ。この世界から異世界人は消えるよ…』

 必死に顔を隠そうと膝に押し付けて、足には手を。タクダミは何も言わず…オレから一歩離れて崩れるように地面に座る。

『早く国に帰った方が良い。友人との時間をたくさん作れ。オレが死ぬまで何年保つかもわからない…悔いのないようにな』

 だから、もう消えてくれ。

 その言葉を最後に声もなく泣き出したオレに、タクダミが震える声で言葉を紡ぐ。

『…本当、だったのか? お前が…いなくなればアスターも消えるってのは…』

 まだ信じてなかったのか、お間抜けさんめ。

 呆れて返す言葉もないオレは何も言わずにそのままの体勢でいた。何分くらいそうしていたのか、何かが足首に触れる気配がして驚いて顔を上げると…タクダミがオレの痣を隠すように自分の腰布をグルグルと巻いて隠してくれていた。

『半信半疑だった。お前の価値はよくわからなくてよ、国でも…魔王の恐怖ばっかり目立っちまってな。

 この国に来たのは王命だ。

 お前を手に入れて…ベルアルナ大帝国に取り込んで、魔王の再臨に備えるって命令だった。オレは正直、面倒臭くてよ…スーレンだって全然乗り気じゃなかったし早く帰りたいってボヤいてたくらいだ』

 そんなことだろうと思った。

 こんな人間たちばかりなら、いつかは来る日が今来てしまっただけか…。

『…でも今、はっきり後悔してる』

 閉ざしていた手を取られ、顔を覗き込まれる。タクダミの瞳は不安に揺れていて溢れていた涙がピタリと止まると彼は悲しげに笑ってからオレの頭を撫でた。

『お前がやっとの思いで手にした幸せを…非道な手を使って奪ったことを詫びる。

 …なんだろうな。お前が泣いてるのを見るのはかなりキツい…、初めて会った時に女神と笑ってた姿の方が綺麗だったなんてよ…。人形みたいに笑って当然だよな…幸せな箱庭に俺たちみたいな奴らが入って来たんだから』

『…今更謝ったって許してやらないからなっ』

 ふんだ、と顔を逸らしても彼は苦笑いのままオレを撫で続ける。

 …変なやつ。嫌いな人の兄貴なのに、全然違うし…。

『タクダミはオレに酷いことしないのか…? だってお父さんが奪って来いって言ったなら、従わないといけないんじゃ…』

『…父もハルジオン王子と同じ状況だ』

 逸らしていた顔を正して、タクダミを見る。

『皇帝は…最もベルアルナ大帝国の役に立つ偉業を成した者に継がせるって宣言したんだよ。スーレンは皇帝を操って…ハルジオン王子との婚約を結び、お前を傷付けてバーリカリーナに混乱を与えた。

 …アイツは多分、魔王を狙ってるんだ。だからお前を傷付けて引き摺り出そうとしてる…精神的なそれに選ばれたのがハルジオン王子だ』

『そんな…、だってスーレンは乗り気じゃなかったって…』

『乗り気にさせちまう何かが…あったんだろうな。俺もアイツとはソリが合わなくてよ』

 確かに、真っ向から喧嘩腰のタクダミと…見えないところから攻めるスーレンではタイプが違うだろう。互いに持っている色は同じだが、見た目も結構違う兄弟だ。

『だが安心しろ、タタラよ。ベルアルナ大帝国の皇位を継ぐのは間違いなく三男なんだ。三男は優秀で稀代の天才って騒がれる炎魔法の使いだよ。

 ベルアルナはを何よりも重要視する国だ。同じ炎を使っても格下のスーレンと、属性が違う俺じゃ話にもなんねー』

『炎…?』

 そうだ、と頷くタクダミはオレの隣に豪快に座って観覧席の椅子に悲鳴を上げさせる。足を組み、手を頭の後ろで組むタクダミは遠い空を見ながらベルアルナ大帝国のことを教えてくれた。

『戦いの神に愛されたベルアルナ。だがな、持って産まれた才能がなきゃ夢も希望も何もかも手に入らねぇんだ。

 …きっとこれは、お前らを巻き込んだ…違うな。この世界全てを巻き込むスーレンの野望だ』

 下らないことだ。

 野望やら皇位やら。そんなものは世界が存続して、初めて成り立つもの。舞台がなくなったら演目の名前だって不要だろう。

『俺たちベルアルナの皇族にはによる力が備わる。バーリカリーナはだ。俺にも力はあるんだ…周りが俺に対して言った負の言葉で、俺は強さを手に入れる…一時的だがな。

 スーレンは自分の力を昔から話さなかった…だが、いつからか王を操る力の系統だと三男と探って突き止めたんだ。だからアイツは皇帝に特別視される我儘皇子様だ』

 …どっかで同じ称号、聞いたな…?

『力にはなれねぇが…俺も国に戻って三男坊に心当たりを聞く。ハルジオン王子が操られた今、皇帝がどうなっているかも知りてぇからな』

 そして大きな手に頬を撫でられ、未だに溜まっていた涙も纏めて親指に拭われる。まるで弟にでもするような子ども扱いに憤慨するも、続けて述べられた言葉にそれを忘れた。

『生きろよ、タタラ』

 かつて友に言われた言葉と同じだと、息をするのも忘れて耳を澄ます。

『お前は綺麗だ。恋人に裏切られたって、悪い皇子に陥れられたって、痣があったってよ。

 この世界の何よりも、お前は美しい。だってよ、お前は一度も俺自身を否定する言葉も傷付けるような言葉も生まねぇ。スーレンのことも恋人のこともだ。

 お前から出る言葉は、全部全部…我慢して出た優しい言葉だ。こんだけ酷いことされてよ、俺が隣にいんのに暴言すらないんだぜ?

 ちょっと良い子すぎるぞ、心配になるわな!』

 無遠慮に、笑顔でオレを撫でくり回す人。

 何故かまた出てきた涙を拭いながらオレはその手を払ってこう言った。

『な、馴れ馴れしく触るな…。こっちは婚約者がいるんだからなっ!? あ、あんまり気安く…知ったようなこと言わないでくれ!

 …でも、うん…』
 




『…励ましてくれて、ありがとさん。

 お前こそ…消えるなよ死ぬなよ、大事な炎なんだろ、アンタは…』



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