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桃色の花は、誰か

竜ノ天使

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 騒ぎが一段落するとギルドの奥に呼ばれた。リューシーも一緒で良いと言うので共に話を聞いて出てきたオレの手には一枚の紙が握られていた。

 呆然としながらリューシーに手を引かれて歩くオレの前に現れたイイルカ・ハートメア…。

『お姫ちゃま! 名前気に入った? めちゃくちゃ頑張って考えたんだぜー?』

『やっぱりお前か先輩ーッ!!』

 イイルカ・ハートメア。

 彼は現在からただのギルドの仲間ではなく、全等級の…先輩となった。

 そう。

 オレはギルド・バトロノーツより正式に全等級冒険者として登録され…二つ名を書かれた証書を授与されてしまった。

『なんだよ、使って! 恥ずかしい名前付けるな!』

『恥ずかしいって何さ?! ほらほら、目出度く先輩後輩になったわけだし気軽に呼んでよお姫ちゃま!』

 ギルドの一階で先輩となったイイルカ先輩、…ルカ先輩を追いかけ回す。陽気なピンク頭は元気に駆け回って大人気なくテーブルに飛び乗ったり椅子から椅子へと飛び移る。

 お行儀悪いな、この先輩はっ…!

『天使呼びは神殿のみんなだけでお腹いっぱいだ! ていうかオレ、まだ下から三番目くらいだったのにいきなり全等級って…』

『仕方ないじゃないの。お姫ちゃまってば魔法の威力どれも半端ないし、魔人まで従えちゃうしアマリア神までたらし込むから~』

『人聞きが悪い!』

 バタバタ走り回るオレたちを周りのギルド員たちは我関せずといった感じで笑みを浮かべながら去って行く。ルカ先輩が天井に足を引っ掛けて逆さまになりながらケラケラ笑うのを一階から睨み付ける。

 くそ…、流石に糸を出すのはちょっとな…。

『ルカ先輩っ!』

『るか…? 俺のこと?』

 赤いローブを翻して壁を蹴って着地したルカ先輩は、グッと顔を近付けて来る。自分を指差してキョトンとするルカ先輩に頷けば…それは嬉しそうに頬を緩めて笑う。いい歳した大人がするには幼く、素直なそれ。予測出来ないルカ先輩の行動はギルドを一気に騒つかせた。

『ルカ先輩だってー!! やったじゃん、俺の後輩めちゃ可愛い~!』

『うわっ、ちょ…いきなり飛び付くな!!』

 離れようと意外にもガッチリした胸を突っぱねるが、ふざけていても全等級…ビクともしない。

 セクハラ!! この先輩、セクハラだ!

『いい加減に離れなさいっ』

 婚約者がいるのに別の男と抱き合うなんて、と必死になっていたところで誰かがルカ先輩とオレの間に割って入り離してくれた。

 優しく抱き寄せられ後頭部に添えられる大きな手の持ち主…リューシーは、ルカ先輩に向き合って冷静に…だけど怒りを含んだ口調で話し始める。

『失礼した。しかし、我は彼と恋人関係にありますのでそれ以上は容認出来ません』

『悪りぃ! つい感極まってよぉ…悪かったって。可愛い恋人にはもう抱き着いたりしねーから許してくれ!』

 一気に周囲の気温が下がったような、不穏な気配。周りも全等級と上位級のやり取りにヒヤヒヤしながら見守っている。

『…彼に謝罪を。驚いていたのである…』

『はーい。

 お姫ちゃま、ごめんな! でもこれからもルカ先輩って呼んでくれよな!』

『…反省してるのか…、これだからこの人は』

 …やべぇ。

 バクバクした心拍を感じつつ、そっとリューシーの顔を盗み見れば更に胸は苦しくなる。

 あんな風に助けてくれるのっ反則だろ…!

 全等級の二つ名を貰ったのでみんなに別れを告げて今日は帰ることにする。いくら全等級になってもまだ依頼を受けてはいけない立場なので、名ばかりの全等級だ。

 リューシーと共にギルドを出ると人が多い場所は避けようということになり、裏手に回るとリューシーがしゃがんで腕を広げて待っている。

『貴殿を散歩に連れて行くのが、我が使命である』

 おいで、と金色の瞳を細めて笑うリューシーに元気よく返事をして正面から抱きつき首に腕を回す。片手で体を支えられ、風魔法でリューシーの足が地面から浮かぶと一気に大空へと飛び上がる。

 風が冷たくて日輪は眩しい。だけで耳をすませばすぐにリューシーの心音が聞こえるから、とても心地良い。だから彼の胸に埋まっていたら上から小さく笑い声がした。

『っくく、また我の匂いでも嗅いでいるのか?』

『…そう。リューシーのは落ち着くから』

 耳は心音、目は大好きな人を映し、鼻はリューシーの匂いで…体は体温を感じている。パーフェクトだ。なんだか眠くなるのも最高の環境が整った故のこと。すん、と首の近くで鼻を鳴らせばビクッとリューシーの体が揺れる。

『っ…鳥の群れだ、丁度いい…少し下りるぞ』

 見れば近くまで鳥の群れが来ている。大人しそうだが、結構な大きさでリィブルーくらいはありそうな種類だなぁと眺めていればすぐ側まで飛んで来た。真っ白で黄色や青の模様が入った鳥に見惚れていれば、リューシーが高度を下げる。

 足に何かが当たったような気がして、まさか鳥たちに当たってしまったのかと振り返ったが彼らは優雅に東へ飛んで行く。

 …良かった、気のせいだったか。

『見えるか? あれがタクトクト家の一部である』

『見える…で、でかい…』

 あれで一部? 冗談だろ…。

 リューシーが王都で住むタクトクト家があると聞いて見てみれば、大層な豪邸が構えていたのにこれが一部で本家は別にあると言うのだ。

 目の前にある豪邸だって日本じゃ都会のホテルみたいな立派な造りで貴族の家だと一瞬でわかる。

『本家は少し離れた場所にあるが、タクトクト家は古来より文武両道。己も民も守れて当然。更なる強さと高みを目指すのが信条である。

 …つまり、強いものはなんでも好きな武闘派貴族である、から…家の者はタタラにかなりの好感度を抱いていて、その…だからつまり…!

 …否。なんでも、ない…。返事を急がせるようで申し訳ない。ゆっくりで構わないのである』

 後頭部をガリガリと掻いて申し訳なさそうにシュンとするリューシーに、オレはもうメロメロだ。

 なにコイツ…めっちゃ貴族らしくないのに、気遣いは超一流貴族級…いや自分でも何言ってんのかわからんな…。

『リューシーの部屋、見てみたいな!』

『我の…? 構わないが…特に何もない。あまり楽しい場所ではないと思うが』

 警備をしていた者に上空から合図をすると綺麗なお辞儀が返ってきた。窓から侵入すると、バルコニーで降ろされる。鍵もしていないようで窓を開けると一気にリューシーの気配で体を包まれたような気分だった。

『今、お茶を淹れよう。自分のことは自分でするという家訓でな。こんな広い家だが決まった日にしかメイドも来ないのである。いるのは留守を任せた警備員くらいか…』

 ポットを手にしたリューシーが、ハッとしたように振り返る。

『ああ。キャシャのジュースも冷やしてある。貴殿はそちらの方が好みだろう?』

『…うん! ジュースでお願いします』

 ちゃんと好みも知っていてくれるんだから、出来た彼氏だよなぁ…。


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