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桃色の花は、誰か

朝食会の事件

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『思ったのだけれど、あの子は千年以上前の人間なのだから…兄ではなくて?』

 会議が終わりメイドたちが朝食会の支度を始めると、珍しくコペリア姉様から話し掛けて来たかと思えば想像の斜め上の質問を投げ掛けられた。

『…本人曰く千年の月日に対して自身が内も外も成長はないため、年齢には換算したくないと。自分でもよくわからなくなっているそうで改めて父親…ロロクロウムと相談したいとのことです。肉体では地球の年齢から重ねられているようで』
 
『そう。安心したわ。弟が一人増えるくらいなら、大差ないもの…。でも個人的に興味はあるから何度か貸して頂戴ね?』

『確かに弟であれば沢山…、姉様?! いつの間にタタラに興味をっ? 貸しませぬ!!』

 深緑のドレスを揺らしながら可憐に微笑むと、僕の手を引き適当なソファーに腰を掛けた。

 いつものように人工的な香水を漂わせるコペリア姉様は忙しなく動き回るメイドやバルカラを楽しそうに眺めている。

、タタラにはしたのかしら?』

『…まだ、です…』

 痛いところを突かれる。

 タタラに、話さなければならないことがあるが僕はそれを口に出せずにいるのだ。折角互いの体を重ね、愛を深め合ったというのに…水を差すようで、言い出せなかった。

『遅かれ早かれ知られることよ。あの子の力についても、貴方から話す? その時に一緒に話してしまいなさい』

『…少し怖いのです。それがキッカケで嫌われたらと思うと』

 怖くて堪らない、自分で決めた…否。一人で決めてしまったが故に。

『僕も人のことを言えませぬ』

『そうね。でも、嫌われたら嫌われた時よ。その程度だったと潔く諦めない』

『…姉様、激励という言葉を存じておりますか?』

 知らないわ、と言って支度が終わった円卓へと歩き出す姉様の後ろ姿に頭を抱える。

 相変わらず自由奔放な姉だと思うが、見た目であればバーリカリーナの可憐な花とさえ謳われた美女。

『性格を知れば毒の花と訂正されるであろうな…』

 バーリカリーナの花と言われて、浮かぶのは…黒髪の、まだ幼くて…少し強気なところがある僕の伴侶。花と言われればきっと膨れっ面で不機嫌になってしまうだろうが、可憐なのも当て嵌まってしまう。

 …怒る姿も可愛いからな。

『なぁにニヤニヤしちゃってるのかな?』

『最悪の兄様、気持ち悪いー』

『最悪の兄上、不気味ー』

 下の双子たちの手を引きながら現れた二番目の王子、メメボニー兄様。守護魔導師のレレン・パ・レッティとタタラが親しいため僕らも言葉を交わす機会が増えた。

『随分な物言いだな、双子…。それが待ち望んでいた理想の兄を連れて来た僕に対する態度か?』

『それに関しては、素晴らしい~』

『それに関しては、大変感謝~』

『うわ、掌返すの早っ…こんなにお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるのに欲しがりな弟たちだなぁ。

 …まぁ、あの子なら歓迎するよ。あの偏屈なレレンとも上手くやってるようだしね』

 平民出のレッティとタタラは中々に気が合う。互いに過酷な幼少期を過ごした仲間意識も働いているのか顔を合わせれば砕けた口調で楽しそうに会話をしているのをよく見る。

『…友人以上は認めぬ』

『怒んなよ?! ただの友人だって、大丈夫だよ。ほらほら、お腹空いてるからそんなカリカリするんだって! はいみんな~朝食だよ~』

『最短の兄様、逃げた』

『最短の兄上、話逸らす』

 本当に逃げるように一人円卓に戻るメメボニー兄様に苦笑しつつ、騒がしい双子にタタラに早く会いたいだの急かされながら席に着く。

 …僕は朝食は殆ど摂らないんだが、いつもであればタタラがいるから口にしているだけ…だが。

 周りを見てそれを口に出すことはしない。無礼講とされたのか、食事の合間にも会話が許されて兄弟たちが楽しそうだった。目の前に置かれる食事に段々と違和感を持ったのも、周りを見た時に兄弟たちと若干内容が違うことに気付いたからだ。

『おい、これは一体なんだ…?』

 そう声を上げれば周囲も僕の食事だけが違うことに気が付いたようで不思議そうにそれを見ている。

 知っている料理もあるが半分ほど知らない献立が並んでいるため、なんの冗談かと近くのメイドに問い掛けるが…その者は何故か、満面の笑みを浮かべていた。

『な、なんだ…?』

『ハルジオンも知らないのか?』

 隣に座る十番目の王子であるキッカの言葉に頷けば、更に反対側に座る双子たちも初めて見た料理に首を傾げている。

『テメェだけ別だ。文句ねぇだろ、いつも偏食で作るのも大変なんだぞこっちは』

 急遽呼ばれて駆け付けた料理長は心底面倒臭そうに帽子を脱ぐと、腕を組んでから何やら面白そうに口角を上げると僕の食事を指差す。

『おう。別にいつもみてぇに食わなくても良いんだぜぇ? 心配しなくても安全も確認してるし毒味もされてる。今の王族に毒なんざあってねーようなもんだろ。

 ほれ、嫌なら残しな?』

『相変わらず口の悪い男め…』

 それでクビにならないのは、彼の腕と度胸が買われている証拠である。

 目の前には果実を中心とした食べやすそうな食事。まるで朝は特に食べない僕の好みを知っているようなそれに首を傾げつつ、見知らぬ食べものを一口食べた。豆粉と呼ばれるバーリカリーナの主食を…乳と果実を混ぜて焼いたのだろう、丸くてこんがりと焼き色がつき周りには果実が彩っているそれは見た目はかなり美味そうであったが…。

 一口、また一口と食べ進める…無言のまま食事をする僕に王や兄弟たちは驚いていたが、誰よりも驚いていたのは料理長だった。食が細くて偏食、そう呼ばれる僕がどんどん料理を口にして最後に果実水を一気に飲み干してから…更なる動揺が走る。

『…っ、王よ。先に退室するご無礼を承知していただけますか…』

『…許す。あまりみっともなくするでないぞ』

 夢の間を飛び出し、僕は城を駆ける。

 仕事中のメイドや資料を運ぶバルカラが飛ぶように道を開けるのを横目に部屋の扉を破るような勢いで押し入るが当然…誰もいない。

『くそっ、おい! シーシア、ナニャはいるか!』

 袖で顔を拭いながら部屋の前で叫んでいればシーシアが廊下の向こうから駆けて来る。

『シーシア! タタラはどこだ!?』

『タタラ様でしたら、先程からガゼボにてお寛ぎに…たった今ナニャが膝掛けを持って行きましたので私も温かい飲み物をお持ちしようかと…』

『すまぬ、暫く人払いをしておいてくれっ!』

 拭っても、

 拭っても、

 涙はどんどん溢れてくる。

『えっ!? で、殿下ーっ?!』

 早く、早く。

 早く…っ、お前に会いたい…!!


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