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運命の糸を宿した君へ

それぞれの還る世界

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 ハルジオン王子と二人で手を繋いで元の場所に帰ってきた時…魔王軍の手前、あからさまに騒げずとも喜色きしょくを露わにするアスターのみんなに心配させてしまった謝罪を込めて頭を下げる。

 アマリア神も空から嬉しそうに手を伸ばしながら飛んで来たのだが、オレたちを追うように帰ってきたリィブルーを見て忽ち方向転換。

 …怖がってる、みたいな…?

『リィブルーってば、アマリア神に何かしたの?』

【知らねぇなぁ~。千年も生きてると記憶が曖昧でなぁ】

 なぁにお爺ちゃんみたいなこと言ってんだ。

 話す気はないようでオレの頭上を飛ぶリィブルーには、もう何も聞かなかった。王子と顔を合わせるとしっかりと目を見てから手を離す。

 全ての席が埋まった魔王。

 …そして、彼らを呼ぶように異世界魔楼道の入り口が光り出す。

『だからガチンコバトルにしようと言ったのに。アーエードは甘いな』

『それじゃ俺様たちが勝つ以外に未来ねぇだろ。勝負は勝負だ。負けたからには手を引く。

 …っはぁー…。

 タタラ。

 タタラ、来い。お別れの挨拶だ』

『もう走ってる!!』

 湿っぽいさようなら、なんてもう懲り懲りだ!

 突進するようなスピードでアーエードの元まで走れば、意表を突かれながらもすぐに対応する我らが魔王様。咄嗟に手を広げたアーエードだが生憎とオレがぶつかったのは足だった。

 足長魔王め、身長寄越せやい!

『アーエードもたくさん、たくさん頑張ってくれたから…地球ではちゃんと休むんだぞ。みんなも、そうだよ。オレたちの星は、まだ続いてるんだ。地球を愛するみんなが行かなきゃ誰が護るんだ?

 大切な故郷だけど…七人も魔王が行くなら安心だな! え、と…輪星七色大魔王様だもん!』

 噛まずに言えたぜ、と誇らしげに笑えばアーエードがオレを抱き上げたかと思えば横から出て来たバロックにも抱きつかれて更にメッチェルが背後から飛び付いてくる。フォンさんには頭を撫でられオレヴィオは頰を突いてくるし、ジャーキッドは手を繋いでくれた。

『…イチたちは元の世界へ還る。だが、忘れてはいけないよ…アスターの者共。

 道は塞ぐが、地球からの道だけは残す。一方通行の道だけさ。この子が害された時…必ずイチたちの眠りは覚める。一方的な蹂躙を見せてあげようじゃないか。

 拾った輝きを堕とさないよう、精々子孫にキツく言い付けることだ』

 深く…深く頭を下げる王様に何を言うでもなく、みんながオレから離れて扉へと歩き出す。オレに声を掛けてくれたり、ただ頭を撫でてからなど様々だったがアスターの陣営から一人…飛び出してきた。

『…っ待て!!

 クロポルド、最後に…最後に前団長シドリ・サンヨウの墓に! …君が一番世話になっていた人だ。最後に、一言でも』

 それは、第一王子のベルガアッシュ王子だった。自身の守護者であり裏切り者でもあったクロポルドに最後に投げ掛けたのが…それだった。

 ハッとして父さんの方を見れば、彼もまた物言いたげにアヴァロアを見ている。

『…必要ない』

 かつて、日の輪を背負った団長と…水の魔王によって存在を形造られた騎士がいた。

『あの人の最期を知りたいのだろう』

 地球での記憶を持ちながらアスターの人間として潜り込み、様々な感情を併せ持つ騎士は背中を向けたまま語る。

『馬鹿な人だ。私が魔王の手先とも知らず…魔人相手に奮戦した。魔王より受けた命令のために今日この時まで凌げれば良かったのに…所詮は紛い物の人ならざる存在。

 …彼はずっと、この世界の先を憂いていた。自分が護りたかったと不遜にも語って笑った。すぐに致命傷と確信して…未来を頼むだのと言っていましたね』

 滅ぼすために来たのに、そう呟いては緩まった歩幅を元に戻す。その先にいた水の魔王に会釈をすると魔王も軽く手を上げて見送った。

『命令は単純。

 その時が来るまでは、この世界を生かせ。…あまり上手くは立ち回れなかった。複数の人格が入り乱れる体は…扱い辛い。魔人に主導権を奪われるなど論外だろう』

 アヴァロアが立ち止まり、唯一目を合わせたのはオレだった。なんだか泣きそうな顔をしながら上から下まで眺めて…オレたちは最後の言葉を交わす。

『どう足掻いても、私の還るべきは地球だった。不思議だな…君が残って私が還るなど。

 …君の明日を、応援しよう』

『ん。

 おやすみ、クロポルド・アヴァロア』

 そうしてオレたちは別々の道を進む。バーリカリーナの最強にまで至った彼が、本当にただの命令のみでその地位に就いたのかはわからない。

 アスターに別れを言わないのが、きっと彼の答え…或いは贖罪、なのかもしれない。

『…待って』

 アヴァロアの後に続くように歩み始める人を止めた。フードをしっかり被って顔を見せない上に、最後の最後にようやく現れた水の魔王。

 そして何故かオレに攻撃してきたヤバい奴。

『顔、見せて』

 無性に胸が痛む。だから胸を押さえながら、カーキ色のマントをしたその人が反応するのをジッと待っていた。

 近付く魔王は、案外背が高くて見上げるほど。だけど突然何かが視界を覆って息がし辛くなる。もがくオレの肩にそっと手が乗り、気配が濃くなった。













『だから言ったでしょう?

 アンタはきっと、帰って来ないって。でも…良いわ、許してあげる。

 幸せそうに拾われた姿を見たら、どうでも良くなっちゃった。もう汚れても洗ってあげられないんだから無茶しちゃダメよ』

 必死に手を伸ばして、離れる彼女を追う。だけどまだマントが取れなくて額にデコピンをされてその場に立ち止まってしまう。

『甘えんな。…まぁ、アンタからそれを取ったら意味ないわね。仕方ない子』

『っコーリー!! やだ、コーリィ…!』

 まだ行かないで。

 コーリー。

 スラムで何度も言った言葉。まだいて、まだ遊ぼうとたまに出す我儘を彼女はいつだって小言を言いながらも付き合ってくれた。

 幼いオレの、唯一の我儘を聞いてくれた人。

『…還王が嫉妬で狂いそうな顔してるから、それはやめときなさい。…私だって一番心配してるのよ。王子に連れて行かれた時は定めが来たって諦めた、ほんの少しの別れ。

 でも、アンタが自分で選んで決めたなら文句はないわ。私だって色々勝手したからね。

 …大丈夫。もう甘える相手はいるでしょう。

 大好きよ、可愛い弟』

 視界が晴れて眩しさに咄嗟に目を閉じたら、額に柔らかな感触があった。パッと目を開いて見れば…そこには美しい茶髪のウェーブを揺らしながら背を向けて歩く女性がいた。記憶よりも随分と姿が違い、大人の女性だから…姿を変えていたのだろう。

 少し歩いてから、グッと踏み止まって最愛の姉へ別れを告げる。

『コーリーっ…! ずっと、一緒にいてくれてありがとう! 見守ってくれて、ありがとう!

 オレの方が、だいすきだ! またね!!』

 振り返った魔王は、目に涙を浮かべながらオレをその瞳に焼き付けるように見つめてから美しく笑って同じように三文字、口を動かした。

 またね。

 またね。

 約束だよ、約束…。


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