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運命の糸を宿した君へ

最たる悪

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 まるで、これ以上誰も進ませないとばかりに扉を塞いだ泥に飛び込もうとした土の魔王を、古代の魔王が追い付いては止める。

『無理だ、アーエード!! イチたちがこれに触れれば引き込まれてしまうっ、折角集めた子どもたちの魂が呪いに飲み込まれては…!』

『じゃあテメェは唯一生き残ったタタラを見捨てるってのか!? 中は地球とアスター…両方の呪いで溢れてんだ!!』

 扉の前で言い争う二人の魔王と、もう一箇所…そのすぐ横でロロクロウムがある者たちを盾と風魔法で完全に包囲していた。その者たちの正体は、魔王に与した者たち…見た目から還り者の関係者らしき者たちだ。

 ノルエフリンに対し、にこやかに声を掛ける者たちを…彼は呆然と見つめている。

『なんてことを! こんな…邪気が溢れる場所に、私の子を突き飛ばすなどっ…正気なのか、そんな子どもにやらせて良いことではありませんよ!?』
 
 タタラを突き飛ばしたのは、まだ幼さの残る少年だった。茶髪に赤い目をした少年は…個人魔法の使いらしく、見たことがない魔法を使用した。

 何もないと思っていた場所から、のようなモヤのような何かが出たかと思えば…そこから手が出てきてタタラの背中を押したのだ。

『何を非難される謂れがあるのか! あの少年は元々そこに入ろうとしていた、手伝ってやっただけじゃないか!』

 タタラを突き飛ばした少年が、無言のまま自分の両手を見つめる中…集団から出てきた老人が汚く唾を飛ばしながらロロクロウムに言い返す。

『そんなことより早く扉を開け!! あの少年を贄に、道は繋がるはずだ!

 早く我々を自由な世界へ導け! こんな理不尽で、生き辛い世界などウンザリだ!!

 …おお。ノルエフリン!! ノルエフリン!! よくぞやってくれた、お前は我々の英雄だよ。あの少年をその気にさせたこと、高く評価しようじゃないか』

 兄弟でよくやってくれた。

 その言葉に、ノルエフリンと少年が兄弟関係であると初めて理解する。ノルエフリンは涙を流しながら少年を見ると…少年もまた涙して、広げていた両手をギュッと握り締めた。

『…何故、彼は…魔法なんて』

『お前が旅立ってから授かった素晴らしい魔法だ! やはりアマリア神は我々を見捨ててなどいない、一族の一人は王家に近づき、もう一人は個人魔法を手に入れたのだからな!! まぁ…あの少年と違って、こちらは精々一日一回が使用限界だが。こうして役立てるのだから、構うまいよ』

 白髪に、透明な色をした目を持った老人は曲がった腰に手を当てながら扉へと近付く。

 そんな集団に…土の魔王と風の魔王が殺意を剥き出しに殴り掛かる。逃げ出そうとした一部の人間の足元から、それを許すまいと植物が大地から現れて拘束すると途端に助けを叫び出した。

『ハルジオン?! 待つんだ、あんな魔王たちが集まるところに行っては危ないだろう!』

『タタラはもっと危ない場所にいるのです!!』

 僕は処刑台から降りようと光魔法で幾つもの箱型の防御魔法を出し、それを階段のようにして繋ぎ合わせる。やっとこさ出来たそれに息を上げながら下ろうとした時。

『…待て』

 兄様たちでも、姉様たちでもない声。駆け付けたバルカラの者たちに肩を貸されながら来たのは…王だった。その後ろで心配そうに見つめる兄弟たちに見守られながら僕たちは対峙する。

『持って行け。呪いにどこまで有効かは不明だが、ないよりはマシだ。

 …今度は間違えるでないぞ。

 何度も何度も、王権の呪われた力でお前が起こす最悪の未来を見てきた。未来予知…とまではいかないが、初めて見た人間が起こす未来を何度か不定期に我が力。

 一番問題ばかり起こす貴様に、この世界を託すのは正気ではないとわかっている。だから今信じるのは未来ではなく…その階段を下りる決意をした、今のお前だ』

 王から手渡されたのは、王族の魔力で発動する防御魔法を込めた魔道具。いつかのダンジョンで使った貴重なそれを渡され驚いて王を見る。

 …既に魔力が満ちている。まさか、王が直々に魔力を注いだのか?

『どのような最悪な未来でも…流石にもう驚くまい。行け、ハルジオン。それがどんなに世界にとって悪と呼ばれても、お前が決めたことであれば受け入れよう。

 死んでも骨は拾ってやれぬからな』

『無論、構いませぬ。…行って参ります』

 階段を駆け下りる僕の背を、兄弟たちの激励が押す。貰った魔道具を握り扉に向かって駆ける僕の頭上を何かが遮る。

 まさか…こんな時に魔獣か?!

【よォ、小僧! 乗せてやるから飛べぇ!!】

『恩に着る!』
 
 光魔法で足場を作って飛べば、ドラゴンが僕を背に乗せて一気に高度を取る。痛いくらいに当たる風に負けぬよう前を向けば扉はすぐそこ。

【王家の人間であるお前なら、間違いなく入れるはずだ! 行くなら止めねぇからな。最悪の場合は二人して再会も叶わず別々におっ死ぬことになるが良いんだな!?】

『はっ。今更そのような脅しで引っ込むような真似は出来ぬし、するつもりもない!

 アレが一人で死なぬだけ、マシになるなら本望であろう!』

 それを聞いて納得してくれたらしいドラゴンは、満足気に笑ってから急降下する。ドラゴンは身体中、魔王との戦いで傷付いたものの圧倒的な魔力量と立派な体躯からまだまだやれそうだ。

【俺様は泥には触れられねぇ。地球のもんは大体は無理だ。負の魔素を抱えたような奴もな。お前にしか…もう任せられねぇんだ、頼んだからな】

『任せよ、と安請け合いするわけではないが…どのような最悪な結果でも怨むでないぞ』

 背中に首を回したドラゴンが僕を咥えると、そのまま勢いよく扉に向かって僕を放り投げた。

【安心しろよ】

 魔道具を起動し、扉のすぐ前で着地する。僕に気付いた魔王がすぐに攻撃を放つがドラゴンが邪魔するように硬い鱗に守られた皮膚を差し出す。

『殿下…っ、殿下! タタラ様が…!』

 近くで泣きながらノルエフリンが駆け付けようとするのを手で制して止める。

『動くでない。お前にとっても毒なのだ、そこで待っていよ。…全く。お前は基本的にタタラのことになるとポンコツなのだから、手を放すな。

 タタラがお前の世界そのものなのだろう? 二度と離れないことをお互い教訓とすべきだな』

 何度も頷く愚か者を見ながら、僕は扉へと飛び込んだ。臆病で弱い王子である自分が異世界に繋がる呪われた道を進めるなんて、誰が予想出来たのか。

 きっと、お前に出会ったからどんな困難な道でも進めるのだろう。

『待っていろ、タタラ…っ!!』

 泥を進む寸前に、黄金の花弁を見た気がした。しかしそんなものはすぐ記憶から抜けることとなる。どこもかしこも闇、暗闇。

 圧倒的な黒が占める空間を、僕は迷うことなく走り出した。

【怨むほどの憎しみは…とっくの昔に、晴らされてんだよ、こっちはよぉ】


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