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運命の糸を宿した君へ

月の使者

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【こりゃぁ…、想像以上だなぁ…】

 戦争というものを見たのは、初めてじゃない。

【…しっかりしろ。お前が魔法でダンジョンを崩壊させても魔獣が漏れねぇようにしてっから、住民は無事なんだ】

 それでも。

 あの日々を、思い出して震えてしまうのは…まだオレが弱いままだからだろうか。

『アーエードは最前線だからね。還り者の君、タタラの側に。イチにもやることがある。良い子で待っていなさい』

 歩き出そうとしたバロックの服を掴み、グッと涙を堪えながら睨み付ける。

『何故だっ…!!

 襲撃をに合わせたのも、わざわざ王族を公開処刑になんてすることも…どうしてそんなやり方ばかり!』

 何故、そんな非道いやり方ばかり選ぶ?

 バロックはオレと目を合わせることなく、ただ目の前に広がる惨状を淡々と眺めている。握りしめた手を解き、背中に手が回されてそっと体に押し付けられる。見上げた男は、どうしてだろう…少しだけ眉間に皺を寄せて…泣きそうな顔をしていた。

『だって。許せるはずがないんだ』

 優しく体を離した後、肩を軽く押されて一歩後ろに下がると誰かの体に受け止められてそのまま肩に腕が回る。

『…イチたちの世界の子どもは、大人になることも出来なかった。大人たちは子どもの成長を守ることも許されなかった。この世界の、…余計な欲に身勝手にも大切な命を摘まれたんだ。

 自覚。それを、この世界の人間全てに叩き込む』

 遠ざかる背中を止めることは出来なかった。魔王たちが攻撃してくる連合軍に対し、圧倒的な力を見せ付ける。他国の人間も混ざり、威力の高い魔法を無遠慮に放つものだから家に隠れていた者たちが悲鳴を上げながら逃げ出していく。

 王都を出る者はたくさんいたが、魔楼道は封鎖され…実際に星を潰すと宣言されたために何処に逃げようが結果は同じ。悲鳴を上げながら逃げ出す人々は、あの日と綺麗にリンクした。

 王族は囚われ、騎士団も万全ではない上にギルドは国境に割いていた冒険者を至急呼び戻していた。他国も悠長に傍観する気もなく、王都の結界が無くなった今…参戦するのは当然のこと。

 だけど。

『…止めて、くれ…』

 逃げ惑う人。泣き叫び、必死に助けを乞う。街に火の手が上がり、魔法が飛び火して崩れる建物。曇り始める空に…血の、匂い。

『タタラ様っ! お気を確かに、私に掴まって…あれは貴方の大切な方々ではない。違う星の、知らない人間たちなのです』

 そんなことはない。

 そんな、はずはない。

『…助けてあげて』

 あんな地獄はもう見たくない、例えそれが違う世界の出来事だとしても。それは違う。だって、此処はオレが愛した二つ目の故郷。

 それに…今度こそ、オレは…誰かと一緒に、戦えるんだ!!

『っ、おねがい…

 来てッ!! カグヤ!!』

 初めて会ったその日に、言葉に不自由しているオレに絵本を用意して一緒に文字を追ってくれた。月明かりに照らされながら、彼におぶられて寝床まで連れて行ってもらった。いつだって、影から見守り…助けに来てくれた。

 表舞台には滅多に出ない、強くて優しい…オレの師匠。

 月が、似合っていた。見た目が違う日輪は違和感しかなくて不思議に眺めていたが、月は同じ。見ていて落ち着いたし、好きだったんだ。月の使者はカグヤ姫を連れ戻しに来た。この名前は…本当は女性から連想したけど、今思えばピッタリだ。

 いつも神殿からオレを迎えに来て、連れて行く…まぁ今回は送る先が地球だったけど。彼もまた、オレを地球にやって神を連れ戻そうと暗躍した一人だったようだけど。

『…何故。再び、名を呼ぶとは』

 来てくれた。いや、来なければ来るまで叫び続けてやったとも。

『裏切り者と罵らないのですか。神を欲し、無様に敗れた我々を…』

『まぁ正直…お前らは何か腹に一物抱えてるとは思ってたし。あんなに良くしてくれるのに、何かないとは普通思わないだろ?

 …ムカついたし、さっさと話せよって思ったのは確かだ』

 ノルエフリンから離れ、いつもの覆面を外して地面に座り込む闇のエルフに近付く。その後ろには多くの信徒が現れ、皆同様に地に片膝をつけて待機していた。裏切った、なんて言いながら律儀なことだなと馬鹿らしくて笑みが溢れる。

『それでも。

 …オレに情が湧いたように、お前たちも思うところがあったんだって信じたかった。あの日々が全部作り物だなんて信じたくなかった。

 だって。信用はしてないけど、信頼してるんだ。こんな風に最後には声を上げて助けを求めるくらいには。たくさん良くしてくれて、ありがとう。

 …やっぱりお前は、オレを迎えに来た使者だったんだなぁ。オレがちゃんとやれるかわからないけど、お前たちの神様を戻せるように頑張るよ。だからお願いだ、師匠』

 最強の勇者は倒れた。

 最強の魔導師も封じられた。

『みんなを助けてあげてくれ。信徒たちも、お願いだ。アマリア神はお前たちの祈りを聞いてくれていたはずさ。

 祝福の神様を知る彼らを、どうか守って』

 最強の信徒は、立ち上がる。

 エメラルドに光る瞳が真っ直ぐオレを見る。少しは神様の何かに見えるように堂々と立ってみた。風が吹き、何処からか運ばれた金の花弁がオレの頬を撫でてから吸い込まれるように門の向こうに消える。

 ザワザワとした信徒たちの目は、既に…信仰の対象を得た喜びに満ちていた。

『アマリア神の現身だっ!!』

『神のお言葉だ、神託…?!』

『我々はやはり間違っていない! 彼は神の道標だった!!』

 下駄を鳴らし、信徒の意識を向ける。

『アマリア神の大地を穢すな! オレが世界の未来を捻じ曲げてやる!

 美しいアスターを守り、主神を迎える準備を怠るな! 

 時を稼ぎ、血を流さず、千年の時を超えてようやくお前たちの悲願は叶う! …必ず神をその目で見るためにも、わかってるな?』

『絶対に死ぬな!!』

 普段は静かに任務に行く信徒たちが、今この時だけは誰もが声を上げて走り出す。黒装束を揺らし、戦いに長けた彼らは迅速に人と魔王との戦いを止めるために奔走する。

 透き通るような金髪をガシガシと掻いて、柄にもなくボサボサにした頭のままカグヤは息を吐く。

『…まだ、師と仰ぐのですか』

『当然だ。師匠は弟子にカッコイイとこを見せる義務があるんだから』

 その強さを間近で見てきたからこそ、こんなことを頼める。一人で何もかも出来ないし…してはいけなかったと、もう学んだから。

『絶望を塗り潰すのがオレの役目なんだろ?』

『…役目では、ありません』

 魔法の稽古を付けてくれたのは、きっと。

『この星の絶望を拒絶した貴方という闇に望まれたからこそ、影に生きた我々が光となれる』

『ピッカピカで頼むよ』

 眼鏡を掛け直し、いつもの調子で消えるようにいなくなったカグヤ。ノルエフリンとリィブルーを連れて…オレはある場所に向かうために走り出す。

 早く…!

 早く、この戦いを終わらせてやる!

『ちょっ、アーエード!! タタラが一人で走り出してんだけど?!』

『っバロック!!』

 行手を阻む植物魔法に、糸魔法を叩き込んで道を開ける。炎を繰り出して道を再び塞ぐオレヴィオ。しかしこれは同じく炎を扱うリィブルーが、吐き出した青い炎で相殺。

 あと、少し…!

『くっ! タタラ様、ダメです!!』

 走っていた地面がボコボコと盛り上がり、リィブルーがオレを背中に乗せた途端に下から勢いよく赤い水が大量に溢れる。

 …どうして、コイツは。

『…行かせない。君は、こちら側だ』

 毎回毎回、

 オレの行手を阻むかねぇ…、クロポルド・アヴァロア!!


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