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運命の糸を宿した君へ

溶かされた氷

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 カラン。カラン。と歩く度に下駄が鳴る。走れば小気味良い音でカッカッカ、と急かすように鳴るから面白い。下駄を鳴らして帯びを揺らしながらダンジョンの通路を走り、とある扉を思いっ切り開いて再びご機嫌なまま騒がしくそこに入る。

 後から入って来た二人の魔王と、ノルエフリンが扉を閉めた音を聞きながら一番に駆け寄ったのは背中をくの字に曲げた長身の銀髪男。

 見なくともオレが来たことを察していた彼は穏やかな顔でこちらを見たかと思えば、この姿を見て意表を突かれたような滅多に見ない顔をしてから…眩しいものを見たように目を細めた。

『アーエード!』

『…ああ。見せに来てくれたのか。奇抜だが、なるほど…ベースは確かにウチだなぁ』

 丈の短さやパーカーなど異色の組み合わせだが、それは確かに和服でもあった。故郷を懐かしむアーエードに見せてあげたくて走って来た勢いを上手く流すように抱き上げられる。

 あ。パンツ見えそう…。

『おいメッチェル。流石に丈が短ぇだろ…腹冷やしたらどうすんだ』

『む? 誰かしらすぐに抱えたがる故に心配など無用。そうであろう?』

 正にオレを抱えていたアーエードは押し黙り、静かにオレを抱え直す。

 …あ。降ろしてはくれないのね。

『さて。君たち? 出撃の時間だ。お喋りばかりしていないで、始めるよ』

 室内の植物が蠢き、徐々に周りの景色が変化する。なんとダンジョンの一室が…まるごとエレベーターのように上へと昇っているのだ。メキメキと音を立ててオレたちを運ぶダンジョンと、それぞれで準備を始める魔王たち。

 オレは、ずっと気になっていたことを聞くべくアーエードに話しかける。

『…氷の、魔導師』

 ピクリとこちらの会話に反応したのは、炎の魔王だった。

『随分…幼い見た目の魔導師を見なかったか? 氷を扱う人なんだけど』

 その質問に、アーエードは答えなかった。代わりに顎でオレヴィオを指した姿に…嫌な予感が走る。オレヴィオはニタリと子どもみたいに笑ってから、足元のダンジョンを蹴り上げた。

『ああ。あの?』

 よ、うぶん…?

 呆けた顔をしたオレを更に笑いながらオレヴィオは可愛らしい手を合わせて軽く謝罪してから、とんでもないことを言った。

『アレね。アタシが直々に相手してやって、ボロ雑巾にしてから~

 ダンジョンの餌にしてやりましたー! 探し人はねぇ。…足元にいるんですよ?』

 ダンジョンの餌。つまり、このダンジョンを出現させる魔力として…アシル様を使ったということか?

 青ざめて床を見るオレに…オレヴィオは大変愉快そうに笑い声を放っていた。そんな炎の魔王に、オレを抱えた土の魔王は怒る。

『止めやがれ。…タタラ、知り合いだったか? 虫の息だろうが、あの氷の魔導師は生きたままダンジョンに取り込まれた。オレヴィオから受けた傷はあるだろーが、眠ったまま魔力を流してるだけだ』

 アシル様が。

 この国でも、優れた魔導師として三本の指には入る…アイアシル・フリーリーが…ダンジョンにその身を封じられた。同じように全等級であるイイルカ・ハートメアすらも魔王に敗れた。

 …本当に、彼らを止められるのか?

 それをやってのけると言った魔人は、眠たそうな顔でぬいぐるみの体をパタパタ翼を動かして宙に浮かんでいる。なんて覇気がないんだ。

『さぁ。行こうか、諸君』

 ダンジョンの最上階に着くと、天井が割れて一気に日輪の光が差し込んだ。まだ朝も早い…その鋭い光に瞼を長く閉じた。

 そして開いた先は、ダンジョンの外側だ。驚いて振り返ればダンジョンは変わらず城にあり、天揺籠も無事に機能している。

『ご苦労様、メッチェル』

『お安い御用』

 闇の魔王であるメッチェルの、闇魔法での移動術式。彼はそれを使って影を操りダンジョンと外を行き来していた。

 そして…そこに広がっていたのは、何の冗談かと言いたくなるようなものだった。

『…さぁ、扉を繋ごう。

 イチたちの帰還のために犠牲となる住人たちに、当然の結末を。忌々しい血を、根絶やしに』

 目の前に用意された長い処刑台。十三人の兄弟と王が並べられた異様な光景。それだけではない。設置された水鏡には他国の王族らしき者たちが同じように並べられている。

 …これが、バロックの許せない人たちか。

 歩き出すオレたちの姿が水鏡に映し出され、全世界へと広がる。固唾を飲んで見守られる中…魔王一行とオレとリィブルー、ノルエフリンは処刑台へと近付く。幼い王族は堂々としながらも瞳が揺れ動き、他国の王族も涙ながらに何かを叫ばれている。

 処刑台の前に現れた、仰々しい扉…いや、門だろうか。まだどこにも繋がっていないそれは見ているだけで在りし日のトラウマを呼び起こすようで気分が悪かった。

 だけど、弱音なんて吐いてられない!!

 リィブルーとの作戦を思い出し、時を待つ。オレはこの世界の明日を見るんだ。例えどんなに罵られる未来になっても構わない。

 だって、もう怖くないからっ…!

 オレは走り出そうとした。アーエードの腕から巣立って、自分の答えを勝ち取る為。だから知らなかった。同じように、しかしまた全く別の手段でこの戦争をとめようとしていた者がいたなど。

『おいで』

『ひょえっ?!』

 アーエードの腕を抜け出して地に立つオレの腕を取り、自身の腕の中に捕らえてから数歩下がるバロック。どうした、と聞く前に原因はわかった。

 足元に現れた強力な殺傷能力をもつ魔法の陣。しかし発動よりも早くオレの元に来たバロックが二度、足を地に鳴らすだけでそれは消える。

『…よくご覧、愛しい子』

 続々と集まる…魔導師に騎士。

 それらは全て、オレたちに対する敵意で溢れていた。

『これが醜い生き物の末路さ』

 少しも目が笑っていないバロックが微笑む、形だけはキラキラと。他の魔王たちは予測していたのか大して驚きもせず平然と周りの敵を見渡す。

 …なるほど、こういう展開は…想定外だな、うん。

『殺せ。一匹残らず丁寧に、ね』

 なんで…

 なぁんでこう、なるのー!!


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