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運命の糸を宿した君へ

変種

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《※グロ注意》



 抱き上げられたオレを、にまにまと嫌な笑顔を浮かべて見守る一人と一匹。いい歳して抱っこされた現実に恥ずかしくなって降りようとしたところ、もうですか? とばかりに寂しそうな顔で訴える父に折れて…その肩に顔を埋めた。

 …父が強い…、顔が…。

『幸せです。明日死ぬとしても構いません』

『いや頑張って生きて!!』

 穏やかな笑顔でオレを抱きながら上を向く父さんの背中をビシバシと叩く。

 しかし父さんと、リューシーが…あまりにも間抜けな顔でオレを見る。

 …まさかこの人たち…ここまで来てオレが黙って故郷に帰るとでも思ってるのか?

『…戦って勝てる相手ではないと思うのであるが、そもそも…貴殿に我々を救う義理などない。戦いにはなれど、無駄な足掻きと終わるだろうが』

『はぁ? 大好きな人たちを守る、それ以上理由なんて要らないだろ。オレは…もう、一人だけ生き残るなんて御免だ!』

 フンだ、と言ってそっぽを向いて父さんの反対側の肩に寄り掛かる。見た目よりも体格が良くてしっかりした筋肉もある父さんに安心するようにスリ、と身を寄せて甘えた。

【まぁ。そゆこと】

 頭上を飛ぶぬいぐるみが、月を飲み込みそうな悪い顔をしながら嗤う。

 それは凡そぬいぐるみがして良いものではない。月明かりによって照らされた…得体の知れない強大な影を伸ばし一気に緊張が走る。

【俺様は魔人の変種型。ダンジョンの核獣として産まれたが、元になったのは負の魔素で育つ材料になったのはダンジョン内の正の魔素。魔獣から進化する時に混ざってアベコベになりやがった。

 まぁ普通ならくたばるはずが…ちょぉっと珍しい型でよぉ。どうにか生きてたが、進化したての頃はすぐ体が砕けて大変でなぁ…】

 まぁ、そりゃ良いんだがよぉ。と言葉を区切ってから前足をオレにのせる。

【俺様の宝が言ったことは絶対だ。名を授かり、命を与えた大事なご主人様だからなぁ。

 …どうしようもなくなった時は、俺様が魔王共を喰い殺して止めるまでだ。勝てるかは知らねぇけどなぁ】

 ポテポテと左右の前足でオレの頭をリズミカルに踏むリィブルーに、何してんだと笑いながら手を伸ばす。素直に伸ばされた手に頬を寄せるリィブルーはとても可愛い。

 …そうならないためにも、なんとか平和的な解決を目指すんだ。

『魔人が…我々のために、力を貸すと…?』

【自惚れんなクソ餓鬼。俺様だってお前らなんかとっとと滅んでほしぃわ。だが…それだとクロが泣く。

 未来を約束したんだ。笑って過ごせる未来じゃなきゃ…アイツが納得しねぇだろ】

 こうしてリィブルーが味方になってくれるのも、全部母さんがいてくれたからだ。母さんと過ごした日々がリィブルーのこの世界への憎悪を和らげてくれたから。

 きっとそれを言っても否定されちゃうだろうから、言わないけど…ね。

『だから待ってて。オレたちで魔王たちを止められるようにする…必ず戻って来るから』

『…ええ。どの道、彼らはタタラの言葉にしか耳を貸しません。武力でも到底敵わないのに何をしたところで無駄でしょう。

 私は待ってますよ。いつまでも、帰りを待っていますからね。だから…、帰って来て』

 より強く抱きしめられてから地面に降ろされると、リューシーがそっと城を指差してから複雑そうに問い掛ける。

『勿論、貴殿を信じる。…しかしタタラ。彼には、伝えなくて良いのか? 我から近付いて言付けることも可能だが』

『…伝えなくて、良いよ。多分…今のやりとりも全部魔王たちには知られてるだろうし、今は大人しいけど関わったら何をしてくるかわからない。

 二人も、気を付けてね』

 常に最悪の状況を想像するんだ。

 自分が思う以上にバロックたちの怒りが隠れていた場合…彼らを殺して、オレが帰るしか道をなくすことだって有り得なくはない。

 神妙に頷く二人に少し安心してから、翼を畳んで寄って来たリィブルーに跨る。

『…では、の所に行くのですね。

 タタラ。申し訳ありませんが、今の彼の状況はかなり悪い。…庇える者がいないのです。どうか…気を確かに。任せますよ、可愛い騎士殿』

『場所は…ここから見えるな。あの塔の地下である。

 …あれは監獄の塔。何が彼を動かしたかは不明だが、主人たるハルジオン殿下すら王より面会を禁じられている。

 …幸運を』

 見えなくなるまで手を振り、リィブルーが空を飛ぶ。すぐに見えてきた…闇夜でもくっきりと浮かぶシルエットに、震える手を握る。

 どうしても、彼に会いたかった。会って、話すべきだと…そう判断したんだ。

『糸魔法 七色の罠アイ

 塔の見張りに糸魔法を使って自分の姿を眩ませ、リィブルーが最速で中へと突っ込む。地下へと続く長い階段もリィブルーがひとっ飛びして、中にいた看守には眠っていただいた。

 …リィブルーがタックル決めて…。

『なんでそんな力技なのっ!!』

【バレねぇバレねぇ。中は防音の魔法が掛かってるみたいだからなぁ】

『防音? なんで防音?』

 クルッと首を回したリィブルーは、ふと飛行を止めてその場に留まる。石壁にある照明がチカチカと不気味に点いたり消えたりする中、静けさの向こうから…なんだか変な匂いがした。

【タタラ】

 鼻を押さえて不快な匂いに顔を歪めると、リィブルーが一つの扉を指差す。

【…俺様の上で吐くなよ】

 ガッ! と口から青い炎を吐き出したリィブルーは、頑丈そうな扉を一瞬で破壊してしまった。またギャーギャー背中で文句を言うオレを無視して、ゆっくりと中へ入る。

 …そして、その不快な匂いに少しの覚えがあるオレは…暗がりの向こうにいる人が、今…どうなっているか。全く想像が甘かったことを思い知らされる。

『…ぇ?』

 まず見えたのは檻だった。魔法によって鍛えられた魔道具だろう、魔力が込められている。

 そして…その向こうに、彼はいた。

 真っ白な髪は、あの柔らかな癖っ毛を思い出せないほど真っ赤なもので汚されて…いつも伸ばされた背筋は丸まって壁についていた。

 いつもオレを運んでくれた足には、決して逃げられないよう枷が嵌められ地面にそれが食い込んでいる。そして、鍛え上げられた体にはいくつもの…傷。刃で斬られたようなものから、何かで殴られて出来た痣。何より…何よりも、片腕が…

 何度も、何度もオレを抱き上げ、手を握った…右手が…なかった。

『…な、に…? え…、それ…なんで、…』

 適当に巻かれた包帯。

 少し肌寒い夜に、一枚の薄いシャツとズボンのみ。

 そして、やっと二人が言っていたこととリィブルーが予想していたことがオレにもわかった。慌ててリィブルーから降りて、一歩…また一歩と近付く。近付く毎にその凄惨せいさんさが増し、足がガタガタと震える。

 彼の顔には、血塗れの包帯がされて…左目が完全に隠れていた。

『ほ、んとに…ノルエフリンなの? うそっ…嘘だ、こんなっ…!』

 何故、もっと早く来なかったんだ。

 何故、何故…なんでっ…!!

『っなんで!! こんなことになるなんて、賢いお前ならわかってただろ?!

 なんでだよっ、バカぁ!!』

 眠っていたであろう彼が、ゆっくりと反応して顔を上げる。床に座っているからいつもは見上げているノルエフリンをこんな風に見ることはなかった。

 恐怖やら怒りで泣いているオレを前に、ノルエフリンは能面みたいな顔で何の感情も乗せないまま言葉を放った。

『…帰って、ください』

 きっと会ったら、またいつもみたいに優しく笑って調子良く謝って来るんだと思ってたのに。

『話すことなど…、ありません』

 オレは先程、今世紀最大の悲しみを受けたが。

 まさか最大の怒りをも抱える日になるとは思わなんだ。

『早く、帰って…』

 上等だ。この真っ白ゴリラ。

 …ふん。弱っててゴリラじゃなくて、お猿さんじゃないか。

【あー…。スゲェ、クロがキレてるの初めて見たなぁー】

 絶対。

 泣かす。

 …オレはもう泣いてるんだけどね。


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