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アスターの罪

君を満たすもの

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 再びダンジョンの中に入ったオレは、アーエードに手を引かれながら与えられた部屋へと帰って来た。すぐ後ろをついてくるリィブルーを少しだけ観察していたが、何か思うことがあったのかアーエードは何も言わない。

 紹介する気満々だったのに、中身にも気付いてるんだろうなぁ…。

【ふぅ。重労働だぜぇ…俺様はちょっと休んでるからな】

『ありがとう、リィブルー。偉いぞぉ!』

 ベッドのど真ん中で横になるリィブルーの背中を撫でれば気持ちよさそうに尻尾を振っている。目を閉じてしまったので休んでいる邪魔をしないよう薄いタオルケットをかけてからベッドを離れた。

『タタラ。ここで待ってろ。オレヴィオが飯の用意をするから』

『あー…。オレ、昨日オレヴィオにも可愛くない態度とっちゃった…』

 わざわざご飯を持って来てくれたのに、昨日は追い払ってしまった。怒ってるかな? とアーエードに聞けば平然とした顔で首を横に振る。

『アイツに可愛い態度なんざしなくて良い。すぐつけ上がりやがる…まぁ、そういうのを気にするようなタイプでもねーから安心しろ』

 そう言った矢先、とんでもない音量のノック連打が鳴り響き肩を飛び上がらせてからアーエードにしがみ付く。

 そして返事もしないまま扉が開かれて快活な声と共にオレヴィオが入って来た。

『やーっと飯の時間ですか!! 聞いて驚いて下さりやがれぇ、アタシが頭を捻らせて最高の答えへと辿り着いたんですから!』

『黙れ。静かにしろ。騒ぐな』

 地の底から出てきたような、酷く冷たい声にも負けずオレヴィオはウキウキのままオレの方へと駆けてきた。慌てて来たようで赤と青の混じった派手な髪をサッと整えてから話し出す。

『ふふん。まぁ腐ってもここはお前が数年間過ごした世界、きっと食べ物も今まで通りが良かったに違いないとさっき憐王れんおう…ああ。メッチェルとひとっ走り行ってきたとこです。

 はい。



 コトン、と目の前のテーブルの上に置かれたたくさんの料理。湯気を上げている温かな料理とグラスに注がれたのは大好きなキャシャのジュース。思わず溢れる笑みに、向かいに立つ料理長…ダンダ・ストロガン料理長がどうぞ、とばかりに手を広げた。

 そう。

 なんとオレヴィオと、彼に唆されて唯一オレの防御魔法を突破出来るメッチェルが内緒で城まで行って厨房にいたストロガン料理長を誘拐して来てしまったらしい。

『ったく、とんでもねぇことばっかり起こりやがる。明日は世界が滅びますとか言われたかと思えば、厨房に魔王はいるしよぉ』

『すみません…』

 オレが食事を摂らないから、普段食べる料理を作る人間のなら食べるに違いないと何の躊躇いもなく敵地に出発する辺り、やはり奴は魔王だった…。

『お前に謝ることはあっても、謝られる覚えはねぇよ。そら食え。冷めるぞ』

 理由を聞いたフォンさんが即席キッチンを作り、バロックが食材をたくさん用意してくれてストロガン料理長の料理が並べられた。

 どれもオレの好物ばかり…この一年で料理長はオレの好みを熟知してしまい、祝い事や良い食材が入った日などはよくメニュー以外の特別料理を振る舞ってくれた。

『美味しい…美味しいです、料理長』

 いつだって王子と食べた。少しお行儀は悪かったけど、一緒に話しながら…食材の産地を聞いたり、これが美味しいとかよく話した。

 最初は偏食で全然料理を食べなかった王子だけど…隣でオレが美味い美味いと頬張るものだからいつしか食べなかったものも食べ始め、克服することも多くなったんだ。

『…そうかい。まぁ、お前の腹は満たせるようで嬉しい限りだが城でのお前と比べちまうと…な。

 …まだ俺の料理、食ってくれるんだな。ありがとよ』

『オレこそ…また食べれるなんて、思いませんでした。料理長の作る料理は、いつだって美味しい』

 料理にお菓子に、たくさん食べた。色んな人に育ててもらって成長できたんだ。この一年のオレの体を作ったのは間違いなく料理長だ。

 辛い料理はないはずなのに、なんで鼻がツンとするんだろうな。

『お城は、どうですか? というか料理長も大変な時にこんなところに来てもらって…』

『気にすんな。よくわかんねぇけど、取り敢えず朝起きたら体が勝手に厨房に向かっててよ…長年の癖ってのは恐ろしいな。何人かは休んだが大半はみんな城に来てるぜ。

 まぁ…王族は大変そうだったな。どいつもこいつも飯どころじゃねぇって、暇してたとこよ』

 その原因がオレたちにあるというのが中々頭が上がらないところだろう。

 気になっていたことを聞こうと何度も思い立っては諦めていたのを察してくれた料理長が、代わりに話してくれた。

 王子のことを。

『昨日から飯も食ってねぇよ。王族の話し合いもあるし、夜通しやってたみてぇだな。

 …仕方ねぇよ。正直、殺されたって文句は言えねぇからよぉ…お前も酷い目に遭ってきたし、魔王連中がやるってんなら、やるだろうし。

 ちと寂しいがな』

 そんなの、オレだって同じだ。

『だが、思ってたよりなんか…そうだなぁ。会う前はもっとメソメソ泣いてると思ってたんだが、むしろ良い顔してるっつーか? 不謹慎かもしれねぇが』

 相変わらず鋭い料理長に舌を巻く。自分はそんなにわかりやすいかと顔を伸ばしたりしてみるが、やっぱりよくわからない。

『わかるぞ? なんてったって料理長だからな。顔色見て料理決めるのなんざ日常茶飯よ。

 だからお前が良い顔してたから、なんか…まぁ、謝ったり赦しを乞うとか? ああ。コイツはそういうのは要らないんだなって思ったから普通に接しただけだ。

 罵倒されたり泣かれたり、何言われても仕方ねぇなって覚悟はしてたんだぜ? だけどよ。お前があんまり真っ直ぐ俺を見るもんだから…いつものお前だなって安心したんだわ』

『…当然です。ストロガン料理長はずっと良くしてくれました。貴方も、オレを育ててくれた方の一人です』

 ありがとう、そう言ったのはお互い同時だった。目を見合わせて二人で声を出して笑い料理長はオレの頭を目一杯撫でてくれた。

 やがて彼を送り届けるため現れたメッチェルに従い、部屋を出る料理長を見送っていたらオレンジ色の頭の頂上で結ばれていた髪が跳ねる。

『さっきも言った通り、腹は満たせてやれるが心までは料理じゃ全部は満たせねぇ。

 …お前の全部を満たせるのは、まぁ…あんまり理解出来ねぇが奴しかいねぇわけだ。代わりが出来るならそれでも良い。だがな、これだけは言える。

 食べるってのは、生きるってことだ。

 あの王子が一番よく食べるのは、お前が隣にいる時だけだ。

 …じゃあな、タタラ。故郷に帰っても、たくさん食べて大きくなれよ?』



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