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アスターの罪

召喚

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《※グロ注意※》

 戦いながら夜を越すなんて、一体何年振りだろう。あの時はまだ勝機があったからマシだったんだって今頃気付く。

 だって今この戦いに勝利なんてないから。

『…ぁ、』

 大刀から手を離して倒れる。

 夜を越して日輪が上り、何度心を奮わせても勝てない敵がいたのだと刻まれた。全等級の称号を貰っておきながら、自分は未だに世界すら救えない。

 所詮は人の物差しの頂点だった。

『ふむ。これだけかな。あまり楽しめなかったね、やはり神を失った現代ではこの程度だったか』

 男はずっと座ったまま戦っていた。何度も近付いたが、刃は遂に男の指一つにすら届かず魔法によって跳ね返されの繰り返し。

 あー…やだやだ。

 コイツ、ずっと人間に目線を合わせない。

『王族以外は特に用がない。奴等には使い道があるけど、君たちは全く何の役にも立たないから。何度も立ち上がって偉かったね、じゃあもう死んでくれ…イチに付き合ってくれてご苦労だったよ』

 なんて様だろう。オージサマにあれだけデカい口を利いたくせに、魔王一人にすら勝てないなんて。

 こんな終わりは許されない。こんな英雄は、違う…俺はあの二人を救ってあげるって決めたんだ。

『あれ? まだやる気かい?』

『…ったり、前だ…』

 俺は冒険者、イイルカ・ハートメア。全等級の俺がここで踏ん張らずに他に誰が来てくれるってんだ。仲間たちはみんな魔王の植物に雁字搦めにされて息をするので精一杯。

 俺は、こーやって体を動かす以外の手段を知らないんだよね!!

『…そう』

 穏やかに笑い、話していた魔王が静かに閉じていた目を開く。初めて目が合ったというのに俺は後悔していた。

 その目で見られた瞬間、首を掴まれ息の根を止められるような衝撃に襲われる。冷たくて、痛い…そんな目で、一点の迷いもなく注がれる。

 敵へ向ける目だった。

『不愉快だ。イチはこう見えて君たちを怨んでいるんだよ。今すぐ自らの手でお前たちを全員、一人ずつ殺したい。それを我慢してあげているんだ…。それなのに、相変わらずこの世界はツマラナイ。

 君が死んだら今度は誰が来るのだろう? 明日までにまた誰か愚か者が挑んで来るのかな。とてもじゃないけど、反吐が出そうだよ』

 そして男が右手を挙げて何か合図のようなことをする。何かはわからなかったが、好機。すぐに距離を詰めて反撃を…。

 俺は、大刀を掴もうとした。

『っ…ぅ、』
 
 椅子に座りながら組んだ足を変えて、魔王は退屈そうに肘をつく。

『あ、ぁああああああぁっ!!』

 滴る血に激痛。遅れてやってきたのは、熱だ。

『くそっ!!』

 腕を、斬られた…。その事実に全く頭が追い付かない。すぐにその場から飛び退いて付け根からゴッソリ消えた腕の切断部を必死に押さえ付ける。

 一体…いつだ?!

 ふと目の前の地面から、一輪の花が芽吹く。突然のことに驚く間もない。

 …咲いた花の中には…俺の腕があったから。

『ふざけ、やがって…!』

『おや? 食べちゃったようだね。消化に悪そうだから早く吐き出してもらわないと』

 いつでも腕は切り落とせました、ってこと? 本当に…ムカつくっ!!

 …でも、どうする。もう回復薬もないし、そもそも回復薬なんかあっても無くなった腕はどうしようもないっ…。

『さぁ。どうしましょう? もう回復薬もないそうですよ、早く誰か助けに来ないと大事な全等級さんが死んじゃいます』

 何枚もの水鏡が俺を映し出す。

 しかし構っている暇なんてない。すぐに服を脱いで血を止めようとするが、片腕な上に場所が悪いせいで全く上手くいかない。

『何分保つでしょう? ああ、大変ですね。早く誰か来ないと…。

 …しかしイチは今、とても気分が悪い。また他の人間など見ては気持ち悪くてすぐに殺してしまいそうです…困りましたねぇ』

 クスクスと、まるで今の状況を楽しそうに笑う魔王はそれだけなら本当にただ美しいだけのものだけど…内容が全く美しくない。

 ここまでだ。

 俺は、ここまで。何も出来なかったけど、取り敢えずオージサマは逃がせたし仲間もまだ…死んではいない。悔しいけど、コイツらには…勝てない。明日どうせ死ぬのなら、先に逝ってみんなを待つのも良いかもしれない。

 そう考えるくらい、俺にはもう先を見ることは出来なかった。

『さぁ。どうしましょう?』

 どうやらこの魔王は相手の心をらしい。どっかのオージサマとお揃いかとも思うが、恐らくこちらの方が高性能だと思う。

 次、産まれてくる時は…心まで覗かれないよう鍛えないと、かなぁ。

『…おや。さようならですか。それもそれで、良いものです』

 腰から短剣を抜き取り自分の魔核を露出させた首に刃を押し当てる。水鏡の一つには、お城にいるオージサマたちが俺の行動に顔を真っ青にしていて…また一つの水鏡には、大好きなギルドの仲間たちがグッと涙を堪えながら俺の最後を見ていた。

 …誰か、誰でも良いんだけどさ。

 あの二人がどうにか幸せになる最後を与えてやってよ。俺がやり損なった最後の依頼。丸投げなんて申し訳ないけど、こりゃダメそうだ。

『生きろよ、みんな』

 右手を振り上げて首を一突きにしようとした。

 だけど、いつまで経っても何の感触も得られない。一体どうなっているのかと閉じていた目を開けた瞬間見たのは…魔王の立っている姿で。

 うわ。初めて立ちやがった…。

『…え?』

 あと一歩、というところで俺の右手には幾つものが絡まり動きを止めていた。それは全て青い色の糸。しかも俺だけじゃなく魔王にも絡み付いていた。

 パタパタと奇妙な羽音と共に一人の少年が現れた。赤と白の丈の長い見慣れない服に身を包んだ少年は、両手を後ろに組み悪戯っぽく魔王に微笑む。

『どう? 殺したくなっちゃった?』

 助けに来た他の人間を殺す、と言った魔王への意趣返しだろうか。

 でも彼は違う。

『どうしよう…。俺は弱くて怖がりだからな、そんなことを言われたら泣いちゃいそうだ』

 えーめっちゃ演技。

 しかし涙こそ流していないものの、ウルウルと瞳を潤ませて顔を伏せた姿はなんとも痛ましく映る。

 それにしても、あの浮いてるぬいぐるみはなんだろう…。え? 飛んでるの?

『ああ。血が流れてる、すっごく怖い。泣いちゃいそうだ』

『…待ちなさい、タタラ。…えっ!! 待ちたまえ、ダメだよアイツ君と喧嘩したからって凄く不機嫌な雰囲気がっ!!』

 しかし少年はポタ、と一粒の涙を零した。

 そして彼はこの世界でただ一人、この魔王に対等に渡り合える人物を呼び寄せた。

 魔王には、魔王。

『タスケテ アーエード』

 ダンジョンの遥か下から、とてつもない破壊音が聞こえた。目の前の魔王は縛られたまま小さく息を吐いてから…何故か少し笑ったんだ。

 だけど笑っていられるのは一瞬。

 すぐそこから壁を物凄い速度で駆け上がる何者かの気配がしたかと思えば、巨大なものが飛び上がり宙を駆けた。

 そして…。

『っの、糞野郎…っ!!』

『ふわっ!』

 小さな少年の真上に四つ足で降り立った獣は、彼の服を咥えて自分の方に寄せてからスンスンと匂いを嗅ぐ。異常なしと判断して左手で少年を抱きしめると、すぐにこちらに向き直る。

『俺様の民に、何グロテスクなもん見せてやがんだ! 纏めてブチ殺す!!』


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