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バーリカリーナ王国戦

譲れない存在

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『追い掛けないと後悔しますよー?』

 鞄から取り出した回復薬を倒れる仲間たちに次々と投げるハートメアの言葉に、タタラがいなくなったフロアで僕はただ呆然としていた。

『まだ依頼、途中でしょ。しっかりしてよオージサマー』

『…では聞くが。

 お前はあの連中に勝てるのか…? 七人の魔王だぞ。ここにいた土と闇にすら勝てず、まだ五人も控えているのだ。

 答えよ。イイルカ・ハートメア』

 その男はまだ二十代前半でありながら、単身で大型の魔獣を倒せる実力者であった。魔法だけではなく武器も、罠も得意とする冒険者。桃色の短髪を風に揺らしながらハートメアはタタラたちが去った穴から外を覗く。

『正直言っちゃえばキビシーです。お姫ちゃまが戦えれば一人くらい魔王を押し付けようかなーって思ってたけど、あの子スゲー防御魔法張ってるから無理かなって。

 代わりにそこで転がってる信徒たちは、って思えばブチ切れた土の魔王にボコボコ~。後三人くらい魔王に勝てるとまではいかなくとも、足止めくらい出来る人がいないとダメっしょ』

 現状魔王は六人。

 つまりあと三人の実力者が魔王を相手に出来れば、ハートメアは残りを一人で相手をすると?

『一番厄介な土の魔王と、未知数な魔王が多いんでそれでもギリかなー? でもここで気ぃ張らねーと逃げたってどうせいつかはあの魔王共に殺されるだろーしー?』

 そう。

 奴等は猛烈な、怒りを持っている。

『冒険者は国境にも手助け行ってるんでこっちにあんま残ってないんで。誰か候補とかいませんかねー…後衛でもバッチコイ⭐︎』

『…魔王相手にわざわざ名乗るほどの人間など、とっくに出払っているであろう。心当たりもない』

 今までだって、タタラがなんとかしてきてくれたのだ。

 僕の窮地を救ってくれたのは…いつだってあの子だ。王子とはいえ、誰でも駆け付けてくれるものではない。

 タタラだけが、僕にとっての全てだ。

『…ったく。なんでそこで自分を頭数に入れろって、言えねーかなぁ』

 気付けばハートメアがすぐ目の前に迫り、今までの茶化したような雰囲気を捨て真っ赤な瞳を僕に向けていた。近くに来て初めて彼から土や、血の匂いがすることに気付く。

 …全等級の冒険者も土に塗れて、血を流したりするのか。

『あんな風に笑ってお別れ言わせたままで良いわけ? 寂しそうにさ、離れたくないって顔に書いてあったじゃん。

 ダメだよ。オージサマのことあんなに大好きだって想ってくれてんのに、そういうの逃したら一生後悔ものだから。俺だってお姫ちゃまともっとお話したい! 

 …全等級の意地見してやるからさ、行こーよ。でないと、あの子…ずっと泣いたまんまだよ』

『…だが。勝てないのに、行ってどうするのだ。お前とて死ぬかもしれぬぞ』

 僕の言葉に、ハートメアは首を振る。

 そして彼の仲間たちが痛む傷跡を押さえたり、何人かは肩を貸し合ったりしながら集まる。

『オージサマと一緒だからさ』

 その時、僕はようやく思い出した。

 まだ金も払っていない。契約すら口約束。そんな中、冒険者である彼らが何故この場に集まり…誰も泣き言も諦めの意志も見せないか。

 週に何度か、ビローデアに貰った鞄を背負って元気に駆けて行くタタラの姿。

 そうだ。

 そう、彼らは…。

『あの子はギルドの仲間だもん。そりゃ譲れないって。まだギルドじゃ会ったことないし、等級も違うけどさ。知ってるんだ。あの子がたくさん頑張ってバトロノーツの評判上げまくってるって。

 可愛い後輩のピンチに、最高の先輩たる俺の力でなんとかしてやりたいし…カッコイイとこ見せたいじゃん? 普通に世界的にもヤバいし、そりゃ死ぬ気でやるって』

『ならばギルドでの相棒である我は当然出向かなくてはならないな』

 後ろから聞こえた声に振り返れば、ハートメアの仲間によって回復されたリューシー・タクトクトが立っていた。ハートメアに礼を言うタクトクトを彼は喜んで迎え入れる。

『よぉ、リューシー君。相手は手強そうだけど行けるのかー?』

『無論だ。タタラが奪われたとなれば、全力で助けに行く。自分からなら兎も角、望まぬ帰郷など阻止するに決まっている』

 たった三人でどうするのかと、口にしかけた言葉は飲み込んだ。二人の魔導師の背中は真っ直ぐと…自分の言葉に最後まで折れぬという決意を見せ付けられているようだった。

 僕だって。

 僕だって、タタラだけは譲れない。何を失っても…タタラだけは諦めない。

『あーやだやだ。誰も彼もがアッチッチって? まぁ仕方ないから仲間になってあげても良いんですけどねー』

 ダンジョンの床にポツリと置かれたシルクハット。まさかと思い指を差せばそこから現れた男が手を振って立っている。

 そう、あの保身しか考えていないような守銭奴…レレン・パ・レッティが。

『貴様…どういう風の吹き回しだ?』

『べーつにー? どっかの冒険者がハルジオン殿下に超高待遇で雇われたって聞いたから、様子見にしに来ただけですって』

 いや結局金か。

 そう思ったが、そんなことを一体誰から聞いたのかという疑問が残る。僕がハートメアに話しかけた時には周りに人はいなかったし、話しかけた一団は今全員この場にいるのだ。

 …コイツ、隠れて聞いていたな。

『アッサリ捕まっちゃって、全く…。アテらは静かに退避してれば良かったのに…

 残った手柄は全てレレン・パ・レッティさんのものでっす!』

『よしお前は残ってろ守銭奴が』

 それでもレッティは貴重な空間魔導師。守護魔導師が二人…最低でも、あと一人。

『…ハートメア。僕が共に戦えば、少しは貴様らの負担を軽く出来るか?』

 僕の言葉に驚く守護魔導師たち。止めようと口を開く奴等よりも先にハートメアに答えを聞くべく急かして出たのは。

『…ん。モッチロン。王族の光魔法があれば少しは良い勝負出来ますって。

 言っておきますけど、怪我だってするし最悪死にますからねー? 俺たちは責任取れませんよ。首飛ばしても足りないくらいだしー…』

『構わない。僕は今、何よりも譲れない者の為に戦いたい』

 言葉が届かないなら、僕だってお前のように行動で示してやる。

 僕たちはリューシー・タクトクトの風魔法によってタタラたちを追うべく飛び出した。そこに潜んでいたアヴァロアが水鏡に映る古代の魔王と共に姿を消したことにも気付かずに。

 そこで魔王が、どんな表情を浮かべていたかも知らずに…。



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