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バーリカリーナ王国戦

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 ノルエフリンが、裏切った…?

『僕の目の前で犯行を行った。間違いなく奴の仕業で、今は大人しく牢に入っている。どうやら内通者として以前からアヴァロアの脱走を企てていたらしい。

 …アレはいつかこうする運命だったのだ。今は…奴のことは考えるな、と言いたいが…無理だろう。お前のせいではない。アレは最後までお前を裏切るとは言わなかった。僕には死ねと吐かしたがな…全く』

 やれやれ、と言ってオレの頭を撫でる王子。頭の中が空っぽなのに次々とノルエフリンとの記憶が甦ってくる。

 …嘘だったの?

 全部、全部…お芝居なのか…?

『ぇ…』

 もう嫌だ。

『なんで』

 アヴァロアも。

 カグヤも。

 信徒たちも。

 …ノルエフリンも、

 みんなっ…みんな…!!

『大嫌いっ!! です!』

 わっ、と泣き出して逃げるように王子の胸に飛び込んだ。

 わかってる。わかってるんだ。きっとみんな、色んな事情があるんだ。オレにはわからない、教えてくれない訳がそれぞれあるんだ。

 わかってる…わかってる、けども。

『みんな嫌いっ、なんにも話してくれないじゃないか…! なんにも言わないで戦い始めるなんてあんまりだ! 相談してくれたって良いじゃん…それなのに君の為だ、とか言われてもわかんない!!

 わかんないよぉ…っ!』

 盛大に泣き出す声は、ダンジョンに響き渡る。色んな感情がごちゃごちゃで…子どもみたいにただ、泣くしか出来ない。

 だけど、そんなオレを王子はずっと宥めるように頭を撫でながら抱きしめてくれた。

『…そうだな。あんまりな連中だ。

 お前はそれでも裏切った奴等を理解しようと、今頑張っているのだ。面倒な奴等だな本当に。隣にいて笑ってやるだけで、いつも幸せそうにしていただろうに…それすら理解出来ない阿保なのか』

 そんなお綺麗なものじゃない。ただ…一緒にいたい、隣で一緒に戦ってほしかったという我儘だ。

 言葉で分かり合えないならどうするか、なんて考えたくもない。アヴァロアのように…カグヤやノルエフリンが立ち塞がったら、きっとオレは何も出来ない。そんな自分が情けない。

 勝負する前から負けてるじゃないか。もしかして今までもオレに情を与えるために近付いて…、ああ。嫌だ。嫌だ。

 そんな酷いことを言われたら、どうしたら良いかわからないよ。

『お前がそうやって悲しむんだということを、あの馬鹿にも見せてやりたいな。ああ…此処にも一人馬鹿がいるではないか。

 不思議であろう? エルフという生き物は聡く、気高いと聞いたが…僕と歴史の聞き間違いだったようだな』

 少し離れた場所でオレたちを見ているカグヤたち。その視線が合う間際に自分からわざと逸らして、王子にギュッと抱き着いて何も見ないよう努めた。

 見たら泣くぞ…。

 知らない。あんなカグヤはもう、知らないっ!

『タタラ様…? 何故、そのようにお顔を逸らすのでしょう。我々は正しい道を選択したのですよ』

 いつものような優しい口調。だけどタタラよ、絆されてはいけない!

『さぁ。こちらへ。

 タタラ様…、そちらの王族から離れて下さい。そして我々の元へ。全て神の御意志のままに…全て上手くいきます』

 彼はオレにとって師であり、憧れの一人。エルフだからというのもあるが男性であり美しく、品があって隙がない。ちんちくりんのオレにとってそんなカグヤは憧れであり、夢だった。

 休みの日に気軽に城を出て…神殿に赴き、必死になってカグヤを探す。いつも自分から出て来てくれる姿が嬉しくて、この世界の様々な知識を教えてもらった。魔法に関しては結構厳しくて、ビシバシ鍛えて来るからすぐに甘やかすノルエフリンと違って良い対戦相手でもある。

 あの日々が、もう二度と帰って来ないのだろうか?

『…ん?』

 ハートメアが何かに気付いたように周囲を見渡す。辺りは木の幹が壁も天井の役割もしているから窓なんかなくて、薄暗い。それでも木が…ダンジョン自体が発光しているせいか視野は確保できる。

『さっきより…なんだか明るくないか?』

 ハートメアの仲間の一人がそう言うと、一気に異変が大きく現れる。

【あー。まぁたアイツ暴走しちゃったよ】

 水鏡から聞こえたのはバロックの気の抜けた声。そのすぐ後、隣の壁から物凄い破壊音がしたかと思えば、ダンジョン全体が大きく揺れる。王子から手を離してしまい、コロコロと転がってダンジョンの床にべチャリとうつ伏せに倒れた。

 …顔面打った。ぐぉお…、お鼻がっ…!!

 あまりの痛みに顔を覆った瞬間…ダンジョンの壁が外からの衝撃により消し飛び、眩い日輪の光がオレたちに降り注ぐ。

 ミシリ。ミシリ、と獣の足音がする。近くで王子の悲鳴が聞こえてすぐに立ち上がろうとしたのに、それよりも先に何かがオレの首根っこを掴む。

『…あうっ』

『タタラッ…?!』

 苦しかったのは一瞬で、すぐに赤ん坊のように誰かの胸に抱かれた。頬に触れる…直肌。これはもう間違いない。

『…誰だ』

 銀髪を逆立てて、オレを抱える右手以外を地面について動物のように辺りを威嚇する獣型の魔王。

『俺様の民を泣かせた糞野郎はっ…一体、何処のどいつだ!!』

 …はっ。

 まさかコイツ、さっきのオレの癇癪を聞いてここまで外から飛んで来たのか?!

『ブチ殺してやるっ…!!!』

 聴力半端ない…。

 アーエードの殺気にあてられ、誰もが怯む中…彼だけは違った。

 大刀を片手に一歩を踏み出したハートメア。その姿を目にしたアーエードが彼を睨み付けるも、すぐに小馬鹿にしたように鼻で笑う。

『なんだ。この場に、なんの感情もなく介入してくる命知らずがいたとはな。何も求めず、ただ流れに身を任せるだけの英雄に興味はねぇ。

 お前じゃない。

 下がってろ、部外者が』

『ヤダね。お姫ちゃまを取り返すのが受けた依頼内容だ、それを魔王なんかに奪われたままだなんて全等級の名が泣いちゃうぜ』

 舌打ちをしたアーエードが上体を起こし、片腕の中に収まるオレに手を伸ばす。前髪をかき分けてからジッと見つめてくる。

 敵だけど、敵ではない不思議なアーエード。

 鼻が少し赤くなっていたのか不機嫌そうに眉間に皺を寄せているアーエードに曖昧に微笑む。そんなでも、オレが笑ったのが意外だったのか髪をかき分けていた鋭い爪を持つ手を慎重に動かして頬に触れる。

『…メッチェル。来い』

 決して大きな声で言ったわけでもない、まるで独り言みたいに呟かれた声に足元の影が反応する。アーエードの影がモゾモゾと動き出すと、その影は立体となりメッチェルの姿に変化したかと思えば頭上から黒が落ちていき本物のメッチェルが現れた。

 辺りに人間がたくさんいるのを見て、彼はあからさまに嫌そうな声を出しながらアーエードの背に隠れる。

『来いと言われて来てなんですが、帰っても宜しいか? 実に不愉快かと…』

『タタラを預ける。…意味はわかるな?』

『えっ! 誠か!! はぁー感謝感激、代わりに片付けろと命じられるとばかり…いやいや。それなら大歓迎ですぞ!

 ささっ。タタラ殿はこちらへ』

 嫌悪感丸出しの顔からコロッと変わり、長い袖の服を垂らしたメッチェルが両腕を広げる。まさかメッチェルに預けられるとは思わずアーエードの顔とメッチェルの胸を見比べては混乱。

 強引にメッチェルの胸に押し付けられ、背中をポンポンと叩かれて振り返った時にはアーエードは既に歩き出していた。

『わっ。凄い、初めて人間を抱っこしましたぞ。タタラ殿はお日様みたいな匂いがするのですな…なんだか暖かいし、寒がりな吾輩、大歓喜~』

『ぎゃっ! クンクン嗅がないで、オレの沽券に関わる!』

 抱っこである。

 タートルネックの服を着たメッチェルは口元の服をずらしてオレの首元から何故か匂いを嗅ぎ出す。袖が長過ぎて手が出ていないまま、よしよしとばかりに背中を撫でられもう片方の手はお尻に回って支えている。

『アーエード殿が清掃を終えるまで、吾輩で勘弁を。いやなに、直に終わりましょう…タタラ殿の泣き声を聞いてこの世の終わりのような顔をしていました故に。

 …まぁ。この世の終わりと言うのも、強ち間違えではないのですが。

 ややっ! 吾輩としたことが…タタラ殿にはこちらを。お気に入りと聞いてすぐに出せるように整理しておいたので。タタラ殿の私物は全てこちらでお預かりしておりますぞ』

 

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