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バーリカリーナ王国戦

マリオネットの夢

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 幼い頃の夢を見た。

 孤児院を抜け出して…足が棒になるまで歩いて、走って、逃げた先にあった街の、隅に隅に追いやられた独りぼっちが集まるスラム街。屋根がない場所で寝ることが多く、腹が減って仕方ない時は盗みだってした。それをしてはいけないと前世で教え込まれたオレは、罪の意識に苛まれながらも生きたいという欲望に縋る他なく。

 だけど、外の世界はどうしようもなく自由だった。

『本当にアンタって真っ黒よね。あんまりその姿を晒しちゃダメよ。物珍しくて売られちゃうから』

『うん。三回くらいは狙われた』

 洗濯屋の娘のコーリーは、何度かスラムに来てはオレの元を訪れた。初めて会ったのは薄暗くて汚い路地裏。泣きじゃくるオレの手を引いた彼女は、自慢の腕で汚れたオレのことを綺麗にしてくれた。

 呆れたように腕を組んでからコーリーは足元に畳んであった大きなローブに視線を送る。

『あげるわ。父が昔着ていたやつ。小さい内はそれ着て隠しなさい』

 今までだって逃げ出してきた。オレは新たに魔法を手にしたし、逃げるだけではなく戦うことだってできる。だけどコーリーは、その魔法も凄く貴重だから滅多に使うなと言う。

『ダメなことばっかりでヤダ』

『我儘言わないの。いつか大人になったら、好きなだけ暴れ回りなさいよ。私は巻き込まないでよね。いくら不遇な人生だからって復讐とかされたら堪ったもんじゃないもの。

 良くしてあげてるんだから、強くなっても殺したりしないでよね』

 コーリーは一体何を言ってるんだろう?

 言っている意味がわからなくて右に左にと首を傾げていたら、彼女は信じられないとばかりに目を見開いた。

『…まさかとは思うけど。アンタ、孤児院とやらじゃ散々こき使われて、スラムじゃ毎日危険と隣り合わせで。両の親も血の繋がった親戚も、大切なもの何一つ持てなかったくせに

 世界が憎くないの? 理不尽だって、怒らないわけ?』

 なんだ、そんなこと。

 しゃがみながらローブに手を伸ばして小さな体を覆う。カーキ色のそれはやっぱり大きくて、ブカブカのフードを直しながらコーリーに笑いかけた。

 だってオレにはまだ、前世の大切な記憶が残っている。それに確かに不遇な人生だが、まだまだ始まったばかりだ。折角のファンタジー溢れる世界。先は厳しいが心は折れちゃいない。

『だってコーリーが言ったんだろ』

 寂しくて悲しくて仕方ない夜は、必ず思い浮かべてるのだ。この世界で幸せになる自分。いつか隣にいてくれる優しい誰かを。

『いつか誰かが拾ってくれるからって、コーリーが綺麗にしてくれたんじゃないか』

 その人は、オレと家族になってくれるだろうか?

『だから、良い子で待ってるんだ』

 こんなに真っ黒で、小さくて見窄らしい。変な魔法を使う子どもだけど。

 早く誰か…見付けてくれないかなぁ。ダメなら、オレが世界を旅して探しに行くんだ。一緒に幸せになってくれる優しい誰かを探す旅。

 一人はもう、たくさん味わったから。

『綺麗にして、諦めないでいれば…一人くらいは、大切にしてくれないかな』


『…そう、だったわね。…びっくり。アンタはもう立てないんじゃないかって思ってた。

 バーカ。甘えるんじゃないわよ。一人だって逞しく生きていけるように沢山魔法を覚えて、身を守るの。話はそれからよ、甘えん坊』

 血の繋がらない姉は甘えさせてはくれなかった。だけど優しくて、強くなっても酷いことなんてしないよと言っても、その後もなんだかんだ様子を見に来てくれた。

 コーリーに教えてもらった小さな風呂屋の爺さんに亡くなったお孫さんと似ているからと内緒で風呂上がりにジュースを貰った。

 寒そうに疼くまる小さな子どもの前に、コーリーから貰ったフードを置いて来たら、後でコーリーにめちゃくちゃ怒られた。アンタも子どもなのよと言われたのが、一番衝撃的だった。

 長い月日が過ぎた。

 待ち人は、まだ来ない。

『…まだ、かなぁ』

 早く来てほしい。もしくは、早く時が過ぎて大きくなりたい。

 早く早くとどんなに願っても何も変わらず、ゆったりと時間は流れる。

 そして、やっと…あなたが、…来てくれた。





 目を覚ませば、もうそこはスラムの自分の縄張りにしていた路地裏の隅ではない。バーリカリーナ国の王城の一室。勿体無いくらいのふかふかのベッド。すぐ横の椅子には、あのドラゴンがずっしりと座っていた。わざわざドラゴンの体に合わせ、尻尾が出る場所に穴を開けた特別仕様。千年は生きると噂のドラゴン。そっとその頭を撫でた後で中央に配置されたベッドから出て、ある扉の前に立つ。どうしても夢見が悪くて耐えられずノックをするが当然のように返事はない。構わずそれを開いて窓の近くにある豪勢なベッドへと走り寄る。

 まだ早朝のせいか、部屋の主…ハルジオン王子はぐっすり眠っていた。

 ベッドが大きいせいで布団に潜る王子の顔がよく見えない。少し残念に思いながらも、この部屋に来て随分と安心できた。

『……』

 体に染み付いた孤独は、すぐには離れない。だけど、あの頃より自分の心は遥かに温かく、重たくなったはずだ。

 起こさないように寄り添っていたベッドからそっと離れると自分の部屋に戻るために静かに歩き出した。

『タタラ…?』

 背後から聞こえた声に驚いて振り返れば、眠い目を擦りながら王子が起き上がっていた。長い金髪を鬱陶しそうに払ってから彼は再びオレの名前を呼ぶと、目を閉じたまま両腕を開く。

『なんだ…。怖い夢でも見たのか? まだ起きるには早い。こちらへ』

『っ、うん…!』

 感極まって勢いをつけないようにと気をつけたが、それでも想いが溢れて強く抱き着いてしまった。だけど王子はそんなオレを咎めることもなく、そのまま布団の中に入れて背中を摩りながら抱きしめてくれる。

 中身はとっくに成長しているのに、どうして自分はこんなにダメダメなんだ。ダメだとわかっているのに、与えられた暖かさで涙が出る。

 嬉しいなぁ…、王子だけだ。王子だけが、眠る時も一人にしない。一緒にいてくれる。オレのっ…オレだけの!

『あったかい…』

『なんだ。寒かったのか? ならば、寒い時はまたいつでも僕のところに来い。好きに入って良い』

 メイドさんたちに大切に管理されている黒髪を撫でられ、頷いてからその身に寄り添う。少しの隙間も許したくないくらいに。そうすると、近くに感じる心臓の鼓動。この世界では決して知らなかったその音に安心しながら、眠りにつく。

 もう悲しい夢は見ない…きっと。やっと迎えに来てくれた彼を守るために、また今日も頑張らなくては。

『いつでも…? うん、約束…約束ですよ…』


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