その日は雨が降っていた。

味海

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雨は降る、雪は積もる

第四話「正夢」

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 セミが鳴いている。大きな入道雲を見ながら、体育の授業が始まるチャイムが鳴り、遅れかけている生徒たちが校庭に滑り込むかのように走り込んでくるのとほとんど同時に先生が口を開く。

「ハイ!ではいつも通り準備体操から始めていきましょうか!それと今日は、遥さんが見学で来ているのであまりそちらの方にはボールを蹴らないように!では始め!!」

 ハキハキとした男性の声が校庭に響き、それに驚いた近くの木に止まっていた鳥が飛んでいく。ビリビリと空気がしびれたのを感じた。この先生は一体何をしたらこんな大きな声が出せるんだよ。各々軽めの準備体操をしながらも、ちらちらと僕を見ている。

 そりゃそうだろう、昨日またあんなことがあったんだから、どんな顔をするのか興味を持つことは不思議ではない。しかし、しかしだ、僕だってどうすれば良いのか分からないんだ。白雪はあんなことなどなかったかのように涼し気な顔をしているが、あれは強がりなのか?訳が分からない。

「……めんどくさ」

 思わず頭によぎった言葉が声に出てしまう。本当にめんどくさい。何がしたいんだ、彼女は。そもそも何が目的なんだ、転校初日に、同級生たちを動物扱いし、その翌日には学級委員に好きと伝え、振られ、さらにその翌日はまた元の冷たい顔に戻っている。多重人格かよ。

 そんなことを考えているうちに、準備体操は終わり、いよいよ本格的に授業に入る。相変わらず、周りからの視線は変わらず、涼し気な白雪の表情も変わっていない。まるで僕が変なのか勘違いしそうだ。

「……ぶない!」

 突如、白雪は叫んだ。それはもう、先生の声を凌駕するほどの大声だ。一同の視線が僕から彼女へと写っていくのを感じ、安堵していたのもつかの間、後頭部に痛みが走る。

「大丈夫かぁ!!」

 視界に写ったのは、野球ボールがコロコロと転がっていく地面だけだった。そして僕は、ゆっくりとその地面に倒れ、視界がそのまま真っ暗になっていくのを最後に、意識は途切れることとなった。


 ※


「ねぇねぇ!匠くん!お花さん見つけたんだよ!一緒に遊ぼ!」

 少女の無邪気な声が真っ暗な世界にいる僕の耳を刺す。なんだ、倒れたけど案外大丈夫だったのか。そう思いゆっくりと目を開けると蒼い空が広がっていた。チリンと風鈴が鳴る。

「ねぇ!匠くんてば!」

 ぬっと手が伸び、視界を塞がれる。この感じは、彼女だ。遠い、遠い昔の記憶、脳の片隅にすら残っていないその記憶が今何故かここに映されていた。

彩夏あやか、もう良いでしょ、僕くたびれちゃったよ」

「なんでよー!もっと遊ぼうよ!良いところなんだから!」

 思っていない言葉が口から溢れる、なるほど記憶に干渉することは出来ないと。指の隙間から漏れ出る光から外を眺める、そして彼女へと視線が移る。そこにいたのは、幼い、白雪そのままだった。白雪自体、可愛らしい顔立ちをしているのだが、もっと幼くして愛嬌を良くした、そんなイメージだ。これはどういうことだ。僕は、彼女と知り合っていた……ということなのか?それともこれは何かしらの想像力が働いてできた架空の世界なのか?

「わかった、わかった、じゃあ続きやろっか」

「うん!じゃあ匠くんが私にプロポーズするところからね!」

 いやいや、ちょっと待て。プロポーズ?そんなことした記憶ないぞ?てことはやっぱりこれは架空の記憶、なんだな?確証はないがそう思うこととしよう。

 彩夏からきれいなシロツメクサでできた指輪を受け取ると、ひざまずき、左手の薬指へとゆっくり指輪を入れていく。小学生くらいの軽い、プロポーズにしてはやけに本格的な遊びをしているんだと感心する。

「彩夏、僕と結婚してください」

 色々と順序を飛ばし、なぜ先に指輪をはめたのかよくわからないが、小学生からしたら結婚とはそういうイメージなのだろう。そしてこうきたらお決まりのセリフ。

「もちろん!こちらこそ!」

 そう言って彼女ははにかんで見せる。その姿に、高校生ながら少しドキッとしてしまったのは気のせいだろう。

 不意に彼女は僕のおでこにキスをした。全身から汗が吹き出ているのがわかる。真っ赤になるほど紅潮した頬、はにかんだ彼女の笑顔。これに惚れない男はいない、少なくとも、この年であればどんな子でも落とせるだろう。かくいう少年の僕も、彼女を見たまま固まっていた。ジワジワとくるキスをされたという実感と、指輪という彼女と僕を繋ぐアイテムを握りしめて。

「一生の、約束ね!」

 雨は降っていない、実際に落ちてはいない、だけど、雷が僕に直撃した。


 ※


「あ、起きた」

 涼し気な声とフカフカとした枕の感触。ここは、保健室だろうなと感じると同時に、聞き覚えのある声からやっぱり白雪が任されたのかとなんともいえない感情が渦巻く。

「軽い貧血らしいわ、ボールはあまり強くあたっていなかったし、普通に考えればそりゃそうだけれどね」

 その一言がなければ顔が良い、寡黙な人で済んでいただろうに。そして何より、昨日の件について何も触れてこないのは一体どういうことだ?彼女の方を見ると、彼女はつまらそうな顔をしながら体育をするクラスメイトを眺めている。流石に授業中は読書はしないか。

「遥さん」

「何?大丈夫そうなら私見学に戻るけど?」

「僕たち、昔、会ったことなかった?」

 僕はゆっくりと体を起こしながら彼女に問いを投げかけていた、開いていたカーテンから彼女の姿を除くと。思わず立ちかけていた足を止め椅子に座り直す彼女はなんともよくわからないと言ったような表情をしていた。どうやら会ったことはないらしい。いくら冷静沈着で冷徹な彼女でも幼子のときに結婚の約束までしたひとの顔を忘れるとは考えにくい。まぁあくまで僕の場合の話ではあるが。

 彼女は、眉間にシワを寄せると同時に、また立ち上がると、何も言わず扉まで歩いていく。

「そんなくだらない冗談が言えるならもう大丈夫ね、じゃあさようなら」

 相変わらず、彼女の冷徹さはブレない。ただ、その冷徹さが本当に昨日とはまるで違っていて、少し驚いたのは本当の話だ。だが、だとして昨日のは一体何なんだ?
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