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消える薬 ~世紀の大発明と盗人の一夜~

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 ある街外れの丘の上にぽつんと一件の怪しげな家が建っていた。
 家の看板には簡易的に手書き文字で「研究所」とだけ書かれている。

 その怪しげな研究所では有名な科学者と弟子の二人が日々ある薬の研究に没頭しているとの噂があった。
 噂によれば透明人間になる『消える薬』を研究していて、そしてその研究はもうすぐ完成するらしい。

 ある日、一人の盗人がその噂を聞きつけた。
 透明になれる『消える薬』さえあれば色々なことが出来る。
 盗人は噂の真偽を確かめるために研究所に向かう。

 研究所のある場所は見晴らしがよく、陽の高いうちに近づけば直ぐにバレてしまうだろうと盗人は新月の日、日が暮れて真っ暗になった頃出発した。
 それほど大きくない街の外れ。
 街の明かりも届かず、灯など無い道を真っ暗な闇の中にぽつんと浮かぶ研究所の灯りだけを目印に歩いた。
 何処からか犬の遠吠えが響く。

 盗人は暗闇の中たどり着いた研究所の周りを足音を忍ばせて歩いた。

 すると一つの窓の中に二人の人影を見つけた。
 きっと科学者とその弟子に違いない。
 盗人はその窓のそとから中の様子をうかがった。

「それでは最終実験を行う」

 初老の男が言う。多分かれが有名な科学者なのだろう。
 その横でゲージに入った実験用のマウスを取り出しているのが彼の助手に違いない。

「博士、準備ができました」

 助手は実験用のマウスを固定台に固定し博士に報告する。

「それでは今から最終実験を始めるとする。この薬が成功すれば世界は大きく変わるだろう」

 盗人は窓の外から息を呑んでその実験を見守る。
 実験の成功を確認次第乗り込んであの薬と研究資料を盗むつもりだ。
 今日この時にちょうど完成する所に出くわすとは俺はなんという幸運の持ち主なんだろうと男はほくそ笑んだ。

 そうこうしていると科学者が何やら不思議な色合いをした液体の入った2つのビーカーを持ち出してきた。

「……の実験は既に成功した。次は……機物に効果が……」

 ボソボソと独り言のように呟く声はよく聞こえない。

「薬の効果は10分程度で切れるがそれくらいがちょうどいいだろう」

 科学者は手に持ったビーカーからスポイトでその二種類の液体を吸うとその液体を同時に実験用マウスに振りかけた。
 科学者と助手、そして盗人が固唾を呑んで見守る中、実験用マウスはゆっくりとその姿を消してく。

 数分後、完全にマウスの姿が消えたのを確認した科学者が助手に握手を求めた。
 マウスを固定していた台も含めて完全に透明に成っていた。

「ふむ『消える薬』は正しく機能したようだ。消えるのを防ぐ特殊加工をした敷物以外は全て消えた。完璧だ」

 科学者は実験結果にホッとしたような声を出す。
 助手は感極まったような声で言う。

「やりましたね博士! 遂に『消える薬』が完成しましたね。この発明は世界を変えます!」
「ありがとう、これで私達の努力は報われる。」

 固い握手をし喜びあっている二人の様子をしばらく見たあと盗人は遂に行動を起こした。
 この日のために用意した拳銃を握り窓から侵入する。

「お喜びの所失礼」

 科学者と助手は突然の闖入差に一瞬戸惑ったものの盗人が持つ拳銃が目に入り全てを理解した。

「お前の目的はこの『消える薬』か」
「その通り。その薬と研究資料全て頂いていく。さぁこのケースに全て詰め込め」

 盗人はそう言って大きなケースを助手に投げつけた。
 助手は一瞬怒りの表情で盗人を睨みつけたが、科学者の指示で研究資料を全てケースに詰め込んだ。
 科学者は言う。

「この研究所は街から離れているからもしもの時のために街の警察とホットラインがつながっている。異常があればすぐにでも警察がやってくるぞ」

 その言葉通り遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
 助手が資料集めのどさくさに紛れて警察への通報装置を操作していたのだ。
 盗人は慌ててケースを助手から奪い取るように自分の方へ引き寄せた。

「かんねんしろ」
「そういうわけにはいかねぇな。やっと大金を手に入れられるチャンスが巡ってきたんだ。こんな所で捕まる訳にはいかない」

 盗人はそう言うと机の上に置いてあるビーカーに目を向ける。

「研究資料さえあれば後でいくらでも作れる」

 そう言うと奪うようにしてその2つのビーカーを手に持ち自分の頭の上から降りかけた。

「姿を消せば警察の包囲網なんて簡単に抜けられるさ!」

 盗人はそう高笑いした後拳銃を科学者と助手に向ける。

「この『消える薬』は俺のものだ。お前らには死んでもらわなきゃいけねぇ」

 嫌な笑みを浮かべ盗人は拳銃の引き金を引いた。


 五分後、研究所の扉がノックされた。

「警察です。通報を受けまして」

 その声に助手は玄関へ向かい扉を開ける。
 扉を開けると二人の警察官が立っていた。

「通報ですか?」

 助手は不思議そうに警察官に尋ねる。

「ええ、所内のホットラインから連絡が来たのですが、何か問題でも?」

 その声に家の奥から科学者もやって来てこう言った。

「ご苦労様です。今少し調べたのですがどうやら実験の最中に逃げ出したマウスが誤って通報装置を押してしまったようでしてね」

 科学者は心底すまなそうに「ご迷惑をおかけしました。せっかくなので珈琲でも一杯お詫びにいかがでしょう?」と警察官達を誘った。

「いえ、問題がないのならよかった。私達はまだ仕事中ですのでこれにて引き上げさせていただきます。珈琲はまた非番のときにでも」

 二人の警官の内、年上の方の警官がそう答え帰って行った。

 警察車両の光を見送った後助手は疲れた表情で科学者と今日の話をする。

「いやぁ危なかったですね。『消える薬』の効果が出るのがあと数秒遅ければ我々は今頃あの世行きでした」

 ぶるるっと助手はその様子を思い出して身震いさせる。

「そうだな。一種の賭けだったが賭けに勝ったのは我々だ」

 科学者は助手と違い冷静な口調で入れたばかりの珈琲を一口飲む。

「あの盗人に『消える薬』の効果を勘違いさせる博士の演技もすばらしかったですよ」
「とっさに思いついたにしては上手く行ったものだよ。市民団体の様な輩の目をそらすために我々の研究が『透明人間になる薬』だという噂を流して置いたのもよかった」

 科学者の顔にあの盗人のようないやらしい笑みが一瞬浮かび消えた。

「そうですね。我々が作っていたのは『透明になる薬』じゃなくて『物質が消え去る薬』なんですから」

 少し前まで盗人が立っていた場所。その研究所の床に空いた穴を見ながら助手もニヤリと笑う。

「さて君も一杯どうだい?一休みしたら盗人と一緒に消えてしまった研究資料を復活させる作業があるからね。既に私と君の頭のなかに全て詰まっているのだからそれをもう一度整理して書き出すチャンスでもある。そんな機会をくれた盗人に感謝せねばね」

 その夜、世界を今後揺るがす大発明が生まれた。
 それと同時に一人の盗人がこの世から跡形もなく消え去った事は二人の研究者以外は誰も知らない。
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