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モブは勇者と夜の特訓の準備をする
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村人総出の後片付けは、その日の夕方まで掛かった。
結界が一つ減ったおかげだろうか。
体も軽かった俺は七面六臂の活躍を見せた……わけではなかった。
なんせグレーターデーモンを倒したのは勇者であるミラということになっている。
加えて女神にあまり自分のことを悟られたくない俺は、なるべく目立たないように行動したからだ。
とてもではないが普通の人間なら数人がかりでもなければ持てない柱のようなものを運ぶときは、あえてミラを呼んで彼女の力にみせかけたりもした。
なんせミラは勇者様ということで、人外の力を見せても村人たちも『さすが勇者様だ』としか思わないらしい。
「はぁ、なんか疲れたよ」
俺のスケープゴートとして引っ張り回したり、自分の力じゃないのに誉められたりした気苦労もあったのだろう。
家に帰り夕飯を食べた後、ミラはふらふらとした足取りで俺のベッドに倒れ込んだ。
ちなみに昨夜は俺が床で寝てミラにベッドを貸した。
最初なぜか顔を真っ赤にして渋っていた彼女だったが、俺が無視して床で眠り始めると観念してベッドに潜り込んでくれた。
ただミラは枕が変わると寝付けないたちなのか、かなり夜遅くまでベッドの上でもぞもぞと寝苦しそうにしていたが。
「お疲れ。でも本番は今夜だからな」
「だよね」
ミラは顔を横に向けて「それまで寝てていいかい?」と聞いてくる。
「飯食ってすぐ寝ると太るらしいぞ」
「一日くらいで変わらないよ」
「そりゃそうだ」
俺は笑いながらそう返す
「もし起きられなかったら起してくれるよね?」
「ああ。俺も寝坊したら謝るしかないけどな」
「そんなことになったらリベラちゃんに怒られるよ」
たしかに。
待ち合わせの時間に俺たちがいなかったら、きっとリベラは俺の部屋まで押しかけてくるだろう。
なんせこの村は余りに田舎なせいで外から人が来ることもほとんどないため施錠するという文化がないから出入りし放題なのだ。
「そのときはリベラが起こしに来てくれるさ。なんせアイツは寝起きだけは凄く良いんだよな」
リベラが寝坊したり約束に遅れてくることは滅多にない。
どうやらアイツは予定通りに目覚める謎の体内時計を持っている上に、寝ぼけることもなくスッキリ目覚める特異体質なのだ。
それが聖女の力と関係あるかどうかは謎だが、時々羨ましく思うこともある。
「そうなんだ。だったら安心して眠れるよ」
「あ、そうだ。寝る前に夜の準備はしておこうぜ」
今にも布団を被って寝ようとしていたミラを止め、俺は部屋の箪笥へ向かう。
「何か必要なものでもあるのかい?」
「服とか体とか汚れるかもしれないからな。特訓用の服と体拭きは一応持っていった方がいい」
箪笥の一番下、その更に奥に俺は手を突っ込む。
そこには俺自身の着替えが入った例の袋の他に、予備に作っておいた修行着も仕舞ってある。
「サイズを合わすからちょっと着てくれないか」
俺はその予備の修行着をミラに投げ渡す。
「少し部屋を出てるから、着替え終わったら呼んでくれ」
そしてそれだけ言い残すと部屋を出て扉の前でミラから呼ばれるのを待った。
薄い扉の向こうからミラが着替えている音が聞こえてくる。
「も、もう少し離れていた方がいいかな。いや、それじゃあ呼ばれたときに気がつけないかもしれない。うん、しかたない」
俺は誰に聞かせるわけでもない言い訳を呟きつつ耳に全神経を集中させた。
べつにミラの着替える音を聞くためじゃない。
呼ばれたときに気がつかないことを避けるためだ。
嘘じゃないぞ。
「……アーディ。着替え終わったよ」
「お、おう。じゃあ入るぞ」
暫くしてミラの声が部屋の中から聞こえ、俺は微妙に緊張しながら扉を開いた。
「……」
「凄く斬新なデザインの福田ね。でも、やっぱり僕には大きすぎるかな」
部屋の中にはつぎはぎだらけのシャツとズボンを身につけた美少年――いや美少女がいた。
彼女には長すぎる袖口を折り曲げ、両手の指で掴み俺に見せつけるその姿は、それが意図的であるならあまりにあざとい。
だぶだぶの襟口から見える首筋と、まるで彼シャツを着てるかのような無防備なその姿に俺は返事をすぐに返せなかった。
「さすがにこのままじゃ修行には使えないと思うんだ」
「……」
「アーディ?」
「あ、うん。そうだな」
名前を呼ばれてやっと意識を取り戻した俺は、ミラから少し目をそらしつつ口を開く。
「と、とりあえず袖と裾上げだけするからそのまま立っててくれるか?」
「アーディって刺繍も出来るんだ」
「その服を作るのに必要だったから覚えたんだよ」
一応前世でもボタン付けとかくらいなら出来たが、縫製ともなるとなかなか覚えるのに時間が掛かった。
母や村のおばちゃんたちに教えてもらいながら頑張った甲斐があって、今では簡単な直しくらいは自分で出来るようになっている。
「でも袖と裾だけ直して貰っても、こんなぶかぶかの服じゃ特訓とか出来ないんじゃ……」
仮止めのために足首辺りまで裾をまくって針で止めていると、頭の上からミラの疑問が降りてくる。
俺はそれに返事をしようと顔を上げかけたが慌ててまた下をむき直した。
服がぶかぶかなせいで、彼女の体と服の間に隙間が出来ている。
そのせいで一瞬その中が見えそうになってしまったのだ。
「だ、大丈夫だ。今夜の特訓はそんなに体を動かす必要は無いからな」
俺は必死に邪念を脳内から消そうと努力しながら、その内心をミラに悟られないようにそう返事をしたのだった。
結界が一つ減ったおかげだろうか。
体も軽かった俺は七面六臂の活躍を見せた……わけではなかった。
なんせグレーターデーモンを倒したのは勇者であるミラということになっている。
加えて女神にあまり自分のことを悟られたくない俺は、なるべく目立たないように行動したからだ。
とてもではないが普通の人間なら数人がかりでもなければ持てない柱のようなものを運ぶときは、あえてミラを呼んで彼女の力にみせかけたりもした。
なんせミラは勇者様ということで、人外の力を見せても村人たちも『さすが勇者様だ』としか思わないらしい。
「はぁ、なんか疲れたよ」
俺のスケープゴートとして引っ張り回したり、自分の力じゃないのに誉められたりした気苦労もあったのだろう。
家に帰り夕飯を食べた後、ミラはふらふらとした足取りで俺のベッドに倒れ込んだ。
ちなみに昨夜は俺が床で寝てミラにベッドを貸した。
最初なぜか顔を真っ赤にして渋っていた彼女だったが、俺が無視して床で眠り始めると観念してベッドに潜り込んでくれた。
ただミラは枕が変わると寝付けないたちなのか、かなり夜遅くまでベッドの上でもぞもぞと寝苦しそうにしていたが。
「お疲れ。でも本番は今夜だからな」
「だよね」
ミラは顔を横に向けて「それまで寝てていいかい?」と聞いてくる。
「飯食ってすぐ寝ると太るらしいぞ」
「一日くらいで変わらないよ」
「そりゃそうだ」
俺は笑いながらそう返す
「もし起きられなかったら起してくれるよね?」
「ああ。俺も寝坊したら謝るしかないけどな」
「そんなことになったらリベラちゃんに怒られるよ」
たしかに。
待ち合わせの時間に俺たちがいなかったら、きっとリベラは俺の部屋まで押しかけてくるだろう。
なんせこの村は余りに田舎なせいで外から人が来ることもほとんどないため施錠するという文化がないから出入りし放題なのだ。
「そのときはリベラが起こしに来てくれるさ。なんせアイツは寝起きだけは凄く良いんだよな」
リベラが寝坊したり約束に遅れてくることは滅多にない。
どうやらアイツは予定通りに目覚める謎の体内時計を持っている上に、寝ぼけることもなくスッキリ目覚める特異体質なのだ。
それが聖女の力と関係あるかどうかは謎だが、時々羨ましく思うこともある。
「そうなんだ。だったら安心して眠れるよ」
「あ、そうだ。寝る前に夜の準備はしておこうぜ」
今にも布団を被って寝ようとしていたミラを止め、俺は部屋の箪笥へ向かう。
「何か必要なものでもあるのかい?」
「服とか体とか汚れるかもしれないからな。特訓用の服と体拭きは一応持っていった方がいい」
箪笥の一番下、その更に奥に俺は手を突っ込む。
そこには俺自身の着替えが入った例の袋の他に、予備に作っておいた修行着も仕舞ってある。
「サイズを合わすからちょっと着てくれないか」
俺はその予備の修行着をミラに投げ渡す。
「少し部屋を出てるから、着替え終わったら呼んでくれ」
そしてそれだけ言い残すと部屋を出て扉の前でミラから呼ばれるのを待った。
薄い扉の向こうからミラが着替えている音が聞こえてくる。
「も、もう少し離れていた方がいいかな。いや、それじゃあ呼ばれたときに気がつけないかもしれない。うん、しかたない」
俺は誰に聞かせるわけでもない言い訳を呟きつつ耳に全神経を集中させた。
べつにミラの着替える音を聞くためじゃない。
呼ばれたときに気がつかないことを避けるためだ。
嘘じゃないぞ。
「……アーディ。着替え終わったよ」
「お、おう。じゃあ入るぞ」
暫くしてミラの声が部屋の中から聞こえ、俺は微妙に緊張しながら扉を開いた。
「……」
「凄く斬新なデザインの福田ね。でも、やっぱり僕には大きすぎるかな」
部屋の中にはつぎはぎだらけのシャツとズボンを身につけた美少年――いや美少女がいた。
彼女には長すぎる袖口を折り曲げ、両手の指で掴み俺に見せつけるその姿は、それが意図的であるならあまりにあざとい。
だぶだぶの襟口から見える首筋と、まるで彼シャツを着てるかのような無防備なその姿に俺は返事をすぐに返せなかった。
「さすがにこのままじゃ修行には使えないと思うんだ」
「……」
「アーディ?」
「あ、うん。そうだな」
名前を呼ばれてやっと意識を取り戻した俺は、ミラから少し目をそらしつつ口を開く。
「と、とりあえず袖と裾上げだけするからそのまま立っててくれるか?」
「アーディって刺繍も出来るんだ」
「その服を作るのに必要だったから覚えたんだよ」
一応前世でもボタン付けとかくらいなら出来たが、縫製ともなるとなかなか覚えるのに時間が掛かった。
母や村のおばちゃんたちに教えてもらいながら頑張った甲斐があって、今では簡単な直しくらいは自分で出来るようになっている。
「でも袖と裾だけ直して貰っても、こんなぶかぶかの服じゃ特訓とか出来ないんじゃ……」
仮止めのために足首辺りまで裾をまくって針で止めていると、頭の上からミラの疑問が降りてくる。
俺はそれに返事をしようと顔を上げかけたが慌ててまた下をむき直した。
服がぶかぶかなせいで、彼女の体と服の間に隙間が出来ている。
そのせいで一瞬その中が見えそうになってしまったのだ。
「だ、大丈夫だ。今夜の特訓はそんなに体を動かす必要は無いからな」
俺は必死に邪念を脳内から消そうと努力しながら、その内心をミラに悟られないようにそう返事をしたのだった。
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