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モブは聖剣を勇者から奪い取る

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「えっ」

 グレーターデーモンの死体に突き刺さった聖剣ファドランの剣身が、突き刺した剣先から徐々に鈍く光を放ち出す。
 全ての剣身が赤黒い光に包み込まれるまで十秒ほどだったが、ミラの視線はその剣身には向けられていなかった。

「魔物の体が……消え……」

 聖剣が輝きを身に纏うにつれ、今まで横たわっていたグレーターデーモンの体がまるで空気中に溶けるように消えていく。
 そして完全に聖剣が赤から白く清浄さすら感じるような光に変わるころ、魔物の死体はすでにそこになかった。

「教えてやるよ」

 俺は最初ミラが手にしていたときと同じように輝きを放つ聖剣を目の前に水平に構えると口を開いた。

「この聖剣ファドランは別名――というかドラファンプレイヤーの間では『魂喰いの魔剣』って呼ばれていてな」
「なんだよ、その禍々しい別名は」
「その理由は今から話すから聞いてくれ」

 俺は聖剣の柄の部分にある意匠を空いている方の手で指さし続ける。

「この剣の柄の上の方に三つのクリスタルが埋め込まれているだろ?」

 ちょうど柄と剣身の間を『山』のような形で三つのクリスタルが聖剣にははめ込まれていた。
 そして水晶のような透き通ったそのクリスタルのうちの一つを俺は指し示す。

「このクリスタルだけ少し色が違うのが解るか?」
「えっと……ああ、確かにこの一つだけ薄らと赤く見えるよ」
「それが聖剣ファドランが喰ったグレーターデーモンの魂なんだよ」
「は?」

 そう言う意味なのか解らないとミラが俺の顔を見る。

「といってもグレーターデーモンは既に俺が倒した後だからこれくらいしか魂の欠片が残ってなかったんだろうな」

 聖剣ファドランは確かに最強の剣である。
 何せ斬った相手の魂を吸収し、その力を我が物とする力を持っているのだ。
 
「それじゃあ僕がそれで魔物を倒し続ければ魔王にだって勝てるようになるってことかい?」
「いや、魔物を倒すだけではこいつの真の力は発揮されないんだ……」
「どういうことだい?」

 俺は僅かに真実を告げることに躊躇する。
 だがミラにこの剣の危うさを伝えておかなければ、彼女は勇者として女神の指示通りこの聖剣ファドランを使い続けるだろう。

「クリスタルが三つあって、その内一つにグレーターデーモンの魂が喰われたことは話した通りなんだが」
「だから魔物を倒せばどんどんクリスタルに力が溜まっていくんじゃないのかい?」
「違う。魔物を倒して溜まるのはこの僅かに赤くなっているクリスタルだけだ」

 俺は剣の柄を顔の前に掲げるように持つと、三つ並ぶクリスタルのうち、一番左のものを指し示す。

「後の二つのうち、こっち側は人間の魂を喰らうことで力を蓄えるんだ」
「それって……」

 俺はミラの疑問に答えるより先に話を進める。

「そしてこの真ん中の一番大きな水晶を輝かせるには――いや、それは知らなくていい。どうせ俺はこの剣を君に使わせる気は無いからな」

 今のミラにドラファンでの話をしても通じないだろう。
 それにそもそも俺は彼女にこの剣を使わせることなく魔王を倒すつもりだ。

 俺にはそれが可能なことはグレーターデーモンを倒し、強制敗北イベントからスミク村を救えたことではっきりとしたのだから。

「でも、それがないと魔王には勝てないって神託が……」
「大丈夫だ。ミラも見ただろ? 俺様がグレーターデーモンをワンパンで倒したところをさ」

 俺は聖剣を床に突き刺して、口調をわざと軽い感じにして話を続ける。

「俺なら聖剣なんて無くても魔王を倒せるって思わないか?」
「見た……けど」

 ミラは自信なさげにそう言って、グレーターデーモンが残した破壊の跡と広場に集まる村人たちを見る。

 死体は既に跡形もなく消え去っていた。
 そのせいで彼女は自分は夢でも見ているのかもと考えたのかも知れない。
 だが死体が消えても残された傷跡は消えない。

「アーディ! ちょっと手伝ってー!」

 そんな広場から俺たちをリベラが大きく手を振って呼ぶ。

「今行くよ」

 俺はリベラにそう応えると「ミラにも聞きたいことが沢山あるから、落ち着いたらまた話をしよう」と言い残し広場へ向かおうとした。

「あっ、聖剣っ」

 床に突き刺した聖剣を抜いて片手にぶら下げながら壁に空いた穴をくぐり抜ける俺を心配そうなミラの声が追う。

「これは俺が預かっておくだけだ。ミラの許可が出るまで壊したりしないから安心してくれ」

 俺は振り返らずに聖剣を頭上で軽く振ってミラにそう言い残すと広場へ急ぐのだった。

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