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モブは何かが狂いだしたことを知る

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「もしかしてミラは噂だったボツシナリオのキャラなのでは?」

 ドラファンは一度開発中止になりかけたという経緯がある。
 その際に制作初期に予定されていたシナリオが全てボツになったらしい。
 噂によるとその原因はメインスタッフが何名か制作途中に大手メーカーに引き抜かれたためだとか。

 メインプログラマーとシナリオライターまでいなくなってしまったドラファンは、そこで終わるはずだった。
 だけど残った社員と社長は諦めず、抜けた奴らに目にもの見せてやろうと完成までこぎ着けたという。

 それもあってドラファンが鬱展開の嵐になったのは、途中で仕事を放棄して他社に寝返った元スタッフに対する怨み辛みを、社長と残されたスタッフが詰め込んだからなのではと言われている。

「ボツシナリオ? キャラ?」
「あ、いや何でもない」

 思わず口にした言葉をリベラに聞かれてしまった。

「何でもないって顔じゃなかったよ?」

 怪訝そうな顔のリベラに俺は誤魔化すように口を開く。

「そんなことより酒場に行こうぜ。もしかしたらみんなが俺たちを待ってるかも知れないだろ」
「ミラさんはもういいの?」
「広場にも居ないし、彼女ももう酒場に行ったんじゃ――」

 あっ。
 俺は迂闊な呟きを誤魔化すために焦って更に迂闊なことを口走ってしまった。

「ふーん……彼女ね」

 なんだろう。
 周囲の気温が急に下がったような気がした。
 そう思うほどリベラの声には妙な圧を感じる。

「あの人、女の人だったんだ」
「ごめん。騙してたわけじゃなくて」
「アーディはあの人と仲良くなったって言ってたよね?」

 聖女であるはずのリベラが闇の気配を身に纏い始める。
 コレはヤバイ。
 ヤンデレの波動を感じる。

「仲良くなったって言っても、村を案内して貰っただけだって」

 記憶を取り戻してから俺は、リベラの運命を知っていたのもあって彼女に過度に構い過ぎた。
 おかげでいつしかリベラはかなり俺に対して依存するような性格になってしまっていた。

 ゲームの主要キャラで美少女であるリベラに好意を持たれ甘えられるのは悪い気がしない。
 なので俺は流されるまま彼女を依存させすぎてしまった。

「デートしたんだ」
「いや違うんだ。リベラは知らないだろうけどハシク村って滅茶苦茶広い上に複雑でさ。案内して貰わないとどこに何があるかわからなかったんだよ」

 俺は酒場に向かう間、ずっとミラとは何もなかったとリベラに言い訳をしつづけた。
 もちろん風呂場での出来事なんて話せるわけがない。

(あとでミラにも口止めしておかなきゃ)

「わかった。アーディを信じる」
「わかってくれて良かったよ」

 酒場の前でやっとリベラの黒いオーラが消えたことにホッとする。
 中からは村のみんなの楽しそうな声が聞こえてきて、既に宴会が始まっているのがわかった。

「待ってはなかったみたいだな」

 俺は苦笑いを浮かべながら扉に手をかけ――

 バガアアアアアアアン!!!!

 その次の瞬間、目の眩むような光と同時に鼓膜が破れそうになるほどの爆発音が襲いかかってきた。

「きゃあっ」
「あぶないっ」

 俺は咄嗟にリベラを胸に抱え込み扉に背を向ける。
 同時に激しい衝撃が背中を打ち据え、俺はリベラを抱きかかえたまま数メートル先の地面に叩き付けられてしまう。

「ぐっ」
「アーディ!」

 村の中でも高レベルの恩恵が出るようになったとはいえ、未だに結界内ではゲームの強制力が働いている。
 おかげで村の外であれば蚊ほどにも感じなかっただろう衝撃であっても、一瞬息が詰まるほどのダメージを受けてしまった。

「俺は……平気だ。お前こそ怪我はないか?」
「うんっ。アーディが庇ってくれたから。あっ……血が」

 口の中に広がる鉄の味。
 だらだらと口元から血がしたたり落ちる。

 背中に受けた衝撃が内蔵にまで届いたのか、それとも――

「げふっ」
「いま魔法を掛けるね!」

 胸の中でリベラが回復魔法を唱え始める。
 既に彼女はヒールの次の段階であるミドルヒールまで使えるようになっていた。

「ありがとう。痛くなくなった」
「よかった」

 体の痛みが消えた俺は何が起こったのか確かめるべく、酒場を振り返った。

「酒場が」
「酷い」

 つい先ほどまで村人と商隊の人たちが楽しそうに宴会をしていたはずの酒場の姿を見て、俺たちは絶句する。

 屋根は吹き飛び壁も原形を留めている場所が僅かに残るばかで、床には何人もの人たちが倒れているのがここからでも見えた。
 二階の宿屋部分は完全に跡形もなく、俺たちの視線の先には何も遮るものもない青空が広がっている。

「みんなを助けなきゃ!」
「まてリベラ!」
「どうしてよ!」

 俺は駆け出そうとするリベラの腕を掴んで引き留める。

「あれを見ろ!」

 何も遮るものはないと言ったがそれは間違いだ。
 酒場から二十メートルほど上空にそれが居たからだ。

「魔物!? どうして村の中に魔物がいるの!!」

 リベラは結界が張ってある村の中に魔物が入ってきたことに驚いている。
 だが俺は彼女とは別の意味で驚きの声を上げた。

「ありえないっ!」

 人の四倍はあろう巨大な体。
 赤黒く筋肉の塊のような姿。
 奇妙に曲がった二本の角と黒目のない鋭い目。
 あざ笑うかのような口元には鋭い牙が生え、背中に生えたコウモリのような羽根で空を飛ぶそいつは――

「お前が来るのは二年後のはずだろ!! グレーターデーモンっ!?」

 そう。
 ドラファンでスミク村を滅ぼした魔王軍。

 その部隊長である魔物、グレーターデーモンが空高くから俺たちを睥睨していたのだった。


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