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3. ぷるるんっ!じゃしんちゃん
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湿った薪はもうもうと白い煙を立ち昇らせて、それでも控えめに燃え続けてくれている。
服を乾かすためにパンツ一丁のぼくは、煙に燻されるようにしながら火にあたっていた。
暖をとれるというのがとにかくありがたいと思いながら、頭の中はどんどん絶望の深みに沈んでいくようだった。
逃げてる間に財布もスマホも落としてしまったらしい。
今のぼくの全財産は、乾かしてる服と湿ったパンツと靴と靴下だけ。着の身着のままっていうのを体現している。
一体この先どうすりゃいいんだ? どうなっちゃうんだ?
会社はクビで済めばいいけど借金どころか罰金の請求まで来そうだし、それどころか界境破りで犯罪者になっちゃってるんじゃないのか? しかも重犯罪者に・・・。
人間界は魔界に比べりゃ相当マシなところらしいけど、聞いた話じゃ人間側で処罰されるんならまだしも強制送還くらったら魔界側でメチャクチャに叩かれるらしい。
人間界で暮らしてる魔界人もいるっていうけどそんなの頼った日にゃ一発逮捕とかになっちゃうのかな?
でも邪神のヴェンドミラさまに連れられてきたわけだから、その辺正直に話せば情状酌量とかもらえるかも・・・。
「はい、ストップ」
突然小さな白い手を目の前に広げられた。
「使えないもの使ったところでどうにもならんと言っただろうが。せっかくゼロになったのにお前のその心の癖から作られるのは前と同じバカなお前自身だけだぞ。少しはわかれ」
めちゃくちゃいうなって思った。
生活っていうか人生全部をひっくり返されて全財産なくなって、その上考え方まで否定されたら一体どうすりゃいいっていうんだ!?
大体全部このヒトっていうか神のせいじゃないか。
せっかくゼロになったってどういう物言いだよ。
ゼロにされたんじゃないか!
一体ぼくが何をしたっていうんだ。
ただひとり倹しく生きてただけじゃないか!
そこへ文字通り降ってわいてきて勝手に飲み食いした挙句、魔王になれなんて無茶もいいところだ。しかも自分の復讐のためにだろう?
冗談じゃないよ!
ぼくが欲しいのは人並みの生活だ! 小さな幸せだ!
ググっと文句がせり上がってきた。
でも、なにも言えずただ押し黙る。
押し黙る。
押し黙る・・・。
これしかできない。
我慢することしかできない。
ヴェンドミラさまがやれやれと立ち上がった。
「なあプール。そうやって自分大事って小さく固まってるやつがだな。どれだけ小さなものでも幸せなんて手に入れられるとなんで考えられる?」
呆れた目つきにギクッと体を固くする。
そうだった、こっちのこと全部バレてるんだった。
これじゃ・・・・考えることすらできないじゃないか!
「いいか? 幸せってのはな、動的な状況なんだぞ。流れの体感であり体験なんだ。常に動いていることでしか手に入れることは不可能なんだ。だからお前のようになにも動かない奴には絶対に感じ取れない」
茫然としながらゆっくり顔を上げるけど、なにか考えることすら怖くてなにもしゃべれない。
「その証拠に今止まってる不幸は感じられてもここにある幸せは感じられまい? どうだ?」
こどもに難しい問題でも吹っ掛けるような口調にイラっときた。
そうだよ今不幸だよ! あんたのせいで。
「そうやって『せい』は人のせいだというやつ程、『おかげ』は全部自分のおかげだと考えるものだがな。よく考えてみろ本当に我のせいか? 状況に転がされるしかなくて踏ん張れなかった自分の『せい』はないのか?」
グッと息を飲みこんだ。
そういう風にいわれたら何もいえない。
でも、あんたが降ってこなきゃ・・・。
「不幸がるのが得意な奴ほど自分だけを守りたがり、結果他のせいにしはじめる。なあそれはもう暴力なんだぞ。わかるか?」
ん? っと可愛く首をかしげる。
クソ! 可愛いな。
ムカつきと悔しさと懐柔されまいとする警戒と、素直に可愛いと思ってしまう色々がバッと頭の中に散らばってなんだかわからなくなってしまった。
一瞬許してしまおうかと思ったけどいや違う、ムカついてるんだ。そうだ!
それでもムカつきを出さないようにキツく口をつぐむ。
ぼくの顔を見てヴェンドミラさまはコロコロと楽しそうに笑った。
「お前はわかりやすいな。頭はすぐに混乱するし、簡単に気が変わる。小心を推してなお律義に暴力を選ぶとはやはり魔王にふさわしいではないか。素直に認めたらどうだ? 暴力大好きですとな」
いい笑顔のまま嬉しそうにクルリと身をひるがえすと、干してあった服をバンバン投げて寄こした。
「そろそろいくぞ。我は腹がすいた」
ぼくはハッとしたまま固まっていたけど、ノロノロと服に袖を通す。
ヴェンドミラさまの言葉がじわじわと体に染みていくような気がしてる。
暴力大好き。
今まで考えもしなかったけど、いわれてみりゃまったくその通りだ。
振るったことがないだけで、ぼくは暴力が大好きなんだ。
こどものように素直な憧れがあるんだ。
どこかで誰かに振るってみたいといつも思ってるんだ。
気がつきたくなくて誤魔化してた。
いいひとじゃなきゃ誰もぼくなんか受け入れてくれないもんな。
そうだったのか・・・。
服は生乾きどころか単に焚火の温度と煙のにおいを移しただけってところだけど、いそいそ身につけながらひとつだけ軽くなった気持ちを感じていた。
もう諦めてしまおう。
ヴェンドミラさまには何を見られてもいいやと。
森を抜けると広く草原が広がっていた。
地平線まで見渡せるから相当広いんだろうけど、とりあえず今見えてる一番先までたどり着くまでどれくらい歩くのか見当もつかない。
それでもヴェンドミラさまはただ足を進めてる。
さっきから何度もどこにいくのかなって考えちゃうけど、こっちの頭の中お見通しのはずのヴェンドミラさまが何もいわないってことはまあ何かあるんだろうと、ぼくもおとなしく歩くだけだ。
昨日の雨はここまできっちり濡らしていったようで、足元はきっちり湿ってるけど歩きにくいことはない。
雲も薄くなってきたからそのうち晴れるだろうなんてこと考えてなんとなくぼんやりしながら進んでる。
「なあプールよ」
「はい」
後ろに向かって話すのは具合が悪そうなので隣に並ぶと、ヴェンドミラさまは無言でうなずいた。
「少しは言葉も届くようになったようだから話してやろう。魔王への道レッスン3だ」
「はい」
「まずお前がお前自身を苦しがっている原因のひとつとして自分の足場が何もないと思っている点についてだが、なぜそう思う?」
「・・・そうですね」
考えながら思い出しながら、ポツポツと話した。
一番単純なのはやっぱり親のせいだと思う。
日によって機嫌によって言うことが違ったから何が正しくて何が間違ってるのか曖昧なまま育ってきた。
おまけに親父は下らない理由でしょっちゅう暴力の限りを尽くし、その先に、「オレがどれだけ我慢してると思ってんだ」だの「この家はおかしいぞ!」だのとわけのわからないことを平気でのたまうバカだったし。
母親はご機嫌取りに奔走しながらため息と泣き言を盛大に撒き散らしながら色んな宗教へ傾倒していった。
当然ぼく自身機嫌によって人と接するようになっていったわけで、強い者には弱く、弱い者には強くとわかりやすい蝙蝠になっていた。
こどもの頃はそんな自分に疑問を感じなかったけど、大人になるに連れて段々自分のおかしさに気づいていった。
中でも一番困るのは正しい間違いの判断を感覚的にうまくできないってことだった。
理屈ではわかるから教えられたことや本で知ったことはロボットみたいにやれるんだけど、人の気持ちがうまくわからないってことが困りごとだ。
怒りや不機嫌はわかるんだ。
でも悲しみや嬉しさとかがよくわからない。
美しさとか愛とか思いやりとかがよくわからない。
最近ようやく周りの人たちの立ち居振る舞いとか、文章とか作品に触れて、「この人たちは愛されて生きてるんだろうな」とかまではわかるようになってきた。
「愛のある人」っていうのは自立してるってこともわかった。
自分で普通に立ってるから次のステップを捉えて、シンプルに登っていくんだなってわかる。
思ったこと、やりたいことを素直にやれてるなってわかる。
けど、自分がどうすればそこにたどり着けるのかがわからない。
どこでどう立っていてどう踏ん張ればいいのかわからない。
つまり。
「愛っていう感覚わからないから足場がないんだと思います」
しゃべりながら自分で、「そうだったんか!」なんて思った。
「これっていう軸がないから足元踏み固めることもできないんだと思います」
ヴェンドミラさまは紫の唇をアヒルにして、ふむふむとうなずいた。
「ついでにいうならすぐにトッ散らかるお前の頭がそのまま足場のない泥沼を顕しておる」
アヒルのままヒョイとこっちを向く。
「それで何を試した?」
「え~と」
とにかく本を読んだり、毎日般若心経唱えたり、「愛してる」って何万回も繰り返したり、なんでもプラス思考でとらえようとしたり、自分への手紙書いたり、思考の癖を書きだしたり、教団やら教会やらセミナーやら通ったり。スピリチュアルやら占いやらパワーストーンやら断食やら前世療法やら・・・。
「もういいわかった。典型的な頭デッカチだなお前は」
「そうなんですよ」
もう、うなずくしかない。
何が続いたかといえば考え続けることしかできなかった。
模索することしかできなかった。
「お前に欠けてるのはひとつだ。気持ちよさだ」
「気持ちよさ・・・A10神経だのドーパミンだのですか?」
ヴェンドミラさまは、「はあ?」って口を歪めた。
美少女ってのはこんな顔も様になるんだなって思った。
「そんなものはどうでもいい。今までは方法も方向もお前に合わなかったから未だにグジュグジュしとるんだろうが? もっと単純に気持ちよさが足らんのだ」
「・・・はあ。でも気持ちよさって・・・」
「感じようとする心づもりだ。気持ちよくなろうではなく、気持ちよさを感じようとすればいいんだ。たったのそれだけだ」
「感じる~・・・ですか?」
思えば一番苦手なことかもしれない。
映画でブルース・リーもそんなこといってたっけ、でもいまだに意味わかんないんだよね。
「どう感じたらグエ!」
いきなり肩口にドロップキックが炸裂した。
草の上をズジョジョ~っと滑る。
「考えるなバカ! まずは呼吸でいい。吸って吐いてを気持ちいいと感じてみろ!」
「はい!」
いや、もう怖い!
痛みやショックより怖いほうが嫌だ!
とにかく立ち上がると、歩きながら腹式呼吸を。
鼻から吸いながら背骨に沿って上に上がってくるイメージ。
口から吐きながら今度は体の前側を下へ降りていくイメージ。
吸う時は背骨のチャクラを意識して、吐くとき毒素も一緒に吐くように。
全身に新鮮な空気が巡って~、細胞がグエ!
「気持ちよさを感じろといっとるだろうが!」
また蹴られた。
普通にしてろとか、余計なことはいらんとかギャンギャン言われて随分トホホな気分になったけど、考えたらこれもアレか。
ちゃんと呼吸法くらい知ってんだぜアピールだったか。
こんなにカッコつけたがりの見栄っ張りだったんだな。
今更だけどぼくって恥ずかしいやつだな、っていかんいかん!
すぐ雑念っていうか考えることに逃げる。
確かにずっと考えてきたけどその結果が今だもんな。
いらないよねこんな癖。
さあ呼吸呼吸。
気持ちよさ。
気持ちよさ。
気持ちよさ・・・。
ドしょっぱつ。
息を吸い込んだ途端に、「あ、気持ちいい」って思った。
アレ?
吐いたら肩から力が抜けた気がした。これも気持ちよかった。
アレ?
なに?
これ感じてるの?
感じられてるの?
これでいいの?
不安だ。
ちゃんとできてんのかな?
まさかこんな簡単なわけないよな?
でも確かに気持ちいいって思うんだ。
なんとなく口角が上がってきて笑ってしまうんだ。
どうしてか楽しくなってくるんだ。
え?
え?
ホントにこれでいいの?
「今よりそれをお前の足場にしろ。その感じるということそのものをな。愛もそうやって感じればいいだけのこと」
その声に顔を向けると、ヴェンドミラさまは控え目だけど嬉しそうに笑っていた。
「簡単だろうが?」
「・・・はい」
なんだか嬉しくて。
なんだか泣きそうになった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「感じる」入門。
なんか簡単でした。
自分でビックリしました。
今までの自分は一体なんだったのかと肩を落としましたけれど。
服を乾かすためにパンツ一丁のぼくは、煙に燻されるようにしながら火にあたっていた。
暖をとれるというのがとにかくありがたいと思いながら、頭の中はどんどん絶望の深みに沈んでいくようだった。
逃げてる間に財布もスマホも落としてしまったらしい。
今のぼくの全財産は、乾かしてる服と湿ったパンツと靴と靴下だけ。着の身着のままっていうのを体現している。
一体この先どうすりゃいいんだ? どうなっちゃうんだ?
会社はクビで済めばいいけど借金どころか罰金の請求まで来そうだし、それどころか界境破りで犯罪者になっちゃってるんじゃないのか? しかも重犯罪者に・・・。
人間界は魔界に比べりゃ相当マシなところらしいけど、聞いた話じゃ人間側で処罰されるんならまだしも強制送還くらったら魔界側でメチャクチャに叩かれるらしい。
人間界で暮らしてる魔界人もいるっていうけどそんなの頼った日にゃ一発逮捕とかになっちゃうのかな?
でも邪神のヴェンドミラさまに連れられてきたわけだから、その辺正直に話せば情状酌量とかもらえるかも・・・。
「はい、ストップ」
突然小さな白い手を目の前に広げられた。
「使えないもの使ったところでどうにもならんと言っただろうが。せっかくゼロになったのにお前のその心の癖から作られるのは前と同じバカなお前自身だけだぞ。少しはわかれ」
めちゃくちゃいうなって思った。
生活っていうか人生全部をひっくり返されて全財産なくなって、その上考え方まで否定されたら一体どうすりゃいいっていうんだ!?
大体全部このヒトっていうか神のせいじゃないか。
せっかくゼロになったってどういう物言いだよ。
ゼロにされたんじゃないか!
一体ぼくが何をしたっていうんだ。
ただひとり倹しく生きてただけじゃないか!
そこへ文字通り降ってわいてきて勝手に飲み食いした挙句、魔王になれなんて無茶もいいところだ。しかも自分の復讐のためにだろう?
冗談じゃないよ!
ぼくが欲しいのは人並みの生活だ! 小さな幸せだ!
ググっと文句がせり上がってきた。
でも、なにも言えずただ押し黙る。
押し黙る。
押し黙る・・・。
これしかできない。
我慢することしかできない。
ヴェンドミラさまがやれやれと立ち上がった。
「なあプール。そうやって自分大事って小さく固まってるやつがだな。どれだけ小さなものでも幸せなんて手に入れられるとなんで考えられる?」
呆れた目つきにギクッと体を固くする。
そうだった、こっちのこと全部バレてるんだった。
これじゃ・・・・考えることすらできないじゃないか!
「いいか? 幸せってのはな、動的な状況なんだぞ。流れの体感であり体験なんだ。常に動いていることでしか手に入れることは不可能なんだ。だからお前のようになにも動かない奴には絶対に感じ取れない」
茫然としながらゆっくり顔を上げるけど、なにか考えることすら怖くてなにもしゃべれない。
「その証拠に今止まってる不幸は感じられてもここにある幸せは感じられまい? どうだ?」
こどもに難しい問題でも吹っ掛けるような口調にイラっときた。
そうだよ今不幸だよ! あんたのせいで。
「そうやって『せい』は人のせいだというやつ程、『おかげ』は全部自分のおかげだと考えるものだがな。よく考えてみろ本当に我のせいか? 状況に転がされるしかなくて踏ん張れなかった自分の『せい』はないのか?」
グッと息を飲みこんだ。
そういう風にいわれたら何もいえない。
でも、あんたが降ってこなきゃ・・・。
「不幸がるのが得意な奴ほど自分だけを守りたがり、結果他のせいにしはじめる。なあそれはもう暴力なんだぞ。わかるか?」
ん? っと可愛く首をかしげる。
クソ! 可愛いな。
ムカつきと悔しさと懐柔されまいとする警戒と、素直に可愛いと思ってしまう色々がバッと頭の中に散らばってなんだかわからなくなってしまった。
一瞬許してしまおうかと思ったけどいや違う、ムカついてるんだ。そうだ!
それでもムカつきを出さないようにキツく口をつぐむ。
ぼくの顔を見てヴェンドミラさまはコロコロと楽しそうに笑った。
「お前はわかりやすいな。頭はすぐに混乱するし、簡単に気が変わる。小心を推してなお律義に暴力を選ぶとはやはり魔王にふさわしいではないか。素直に認めたらどうだ? 暴力大好きですとな」
いい笑顔のまま嬉しそうにクルリと身をひるがえすと、干してあった服をバンバン投げて寄こした。
「そろそろいくぞ。我は腹がすいた」
ぼくはハッとしたまま固まっていたけど、ノロノロと服に袖を通す。
ヴェンドミラさまの言葉がじわじわと体に染みていくような気がしてる。
暴力大好き。
今まで考えもしなかったけど、いわれてみりゃまったくその通りだ。
振るったことがないだけで、ぼくは暴力が大好きなんだ。
こどものように素直な憧れがあるんだ。
どこかで誰かに振るってみたいといつも思ってるんだ。
気がつきたくなくて誤魔化してた。
いいひとじゃなきゃ誰もぼくなんか受け入れてくれないもんな。
そうだったのか・・・。
服は生乾きどころか単に焚火の温度と煙のにおいを移しただけってところだけど、いそいそ身につけながらひとつだけ軽くなった気持ちを感じていた。
もう諦めてしまおう。
ヴェンドミラさまには何を見られてもいいやと。
森を抜けると広く草原が広がっていた。
地平線まで見渡せるから相当広いんだろうけど、とりあえず今見えてる一番先までたどり着くまでどれくらい歩くのか見当もつかない。
それでもヴェンドミラさまはただ足を進めてる。
さっきから何度もどこにいくのかなって考えちゃうけど、こっちの頭の中お見通しのはずのヴェンドミラさまが何もいわないってことはまあ何かあるんだろうと、ぼくもおとなしく歩くだけだ。
昨日の雨はここまできっちり濡らしていったようで、足元はきっちり湿ってるけど歩きにくいことはない。
雲も薄くなってきたからそのうち晴れるだろうなんてこと考えてなんとなくぼんやりしながら進んでる。
「なあプールよ」
「はい」
後ろに向かって話すのは具合が悪そうなので隣に並ぶと、ヴェンドミラさまは無言でうなずいた。
「少しは言葉も届くようになったようだから話してやろう。魔王への道レッスン3だ」
「はい」
「まずお前がお前自身を苦しがっている原因のひとつとして自分の足場が何もないと思っている点についてだが、なぜそう思う?」
「・・・そうですね」
考えながら思い出しながら、ポツポツと話した。
一番単純なのはやっぱり親のせいだと思う。
日によって機嫌によって言うことが違ったから何が正しくて何が間違ってるのか曖昧なまま育ってきた。
おまけに親父は下らない理由でしょっちゅう暴力の限りを尽くし、その先に、「オレがどれだけ我慢してると思ってんだ」だの「この家はおかしいぞ!」だのとわけのわからないことを平気でのたまうバカだったし。
母親はご機嫌取りに奔走しながらため息と泣き言を盛大に撒き散らしながら色んな宗教へ傾倒していった。
当然ぼく自身機嫌によって人と接するようになっていったわけで、強い者には弱く、弱い者には強くとわかりやすい蝙蝠になっていた。
こどもの頃はそんな自分に疑問を感じなかったけど、大人になるに連れて段々自分のおかしさに気づいていった。
中でも一番困るのは正しい間違いの判断を感覚的にうまくできないってことだった。
理屈ではわかるから教えられたことや本で知ったことはロボットみたいにやれるんだけど、人の気持ちがうまくわからないってことが困りごとだ。
怒りや不機嫌はわかるんだ。
でも悲しみや嬉しさとかがよくわからない。
美しさとか愛とか思いやりとかがよくわからない。
最近ようやく周りの人たちの立ち居振る舞いとか、文章とか作品に触れて、「この人たちは愛されて生きてるんだろうな」とかまではわかるようになってきた。
「愛のある人」っていうのは自立してるってこともわかった。
自分で普通に立ってるから次のステップを捉えて、シンプルに登っていくんだなってわかる。
思ったこと、やりたいことを素直にやれてるなってわかる。
けど、自分がどうすればそこにたどり着けるのかがわからない。
どこでどう立っていてどう踏ん張ればいいのかわからない。
つまり。
「愛っていう感覚わからないから足場がないんだと思います」
しゃべりながら自分で、「そうだったんか!」なんて思った。
「これっていう軸がないから足元踏み固めることもできないんだと思います」
ヴェンドミラさまは紫の唇をアヒルにして、ふむふむとうなずいた。
「ついでにいうならすぐにトッ散らかるお前の頭がそのまま足場のない泥沼を顕しておる」
アヒルのままヒョイとこっちを向く。
「それで何を試した?」
「え~と」
とにかく本を読んだり、毎日般若心経唱えたり、「愛してる」って何万回も繰り返したり、なんでもプラス思考でとらえようとしたり、自分への手紙書いたり、思考の癖を書きだしたり、教団やら教会やらセミナーやら通ったり。スピリチュアルやら占いやらパワーストーンやら断食やら前世療法やら・・・。
「もういいわかった。典型的な頭デッカチだなお前は」
「そうなんですよ」
もう、うなずくしかない。
何が続いたかといえば考え続けることしかできなかった。
模索することしかできなかった。
「お前に欠けてるのはひとつだ。気持ちよさだ」
「気持ちよさ・・・A10神経だのドーパミンだのですか?」
ヴェンドミラさまは、「はあ?」って口を歪めた。
美少女ってのはこんな顔も様になるんだなって思った。
「そんなものはどうでもいい。今までは方法も方向もお前に合わなかったから未だにグジュグジュしとるんだろうが? もっと単純に気持ちよさが足らんのだ」
「・・・はあ。でも気持ちよさって・・・」
「感じようとする心づもりだ。気持ちよくなろうではなく、気持ちよさを感じようとすればいいんだ。たったのそれだけだ」
「感じる~・・・ですか?」
思えば一番苦手なことかもしれない。
映画でブルース・リーもそんなこといってたっけ、でもいまだに意味わかんないんだよね。
「どう感じたらグエ!」
いきなり肩口にドロップキックが炸裂した。
草の上をズジョジョ~っと滑る。
「考えるなバカ! まずは呼吸でいい。吸って吐いてを気持ちいいと感じてみろ!」
「はい!」
いや、もう怖い!
痛みやショックより怖いほうが嫌だ!
とにかく立ち上がると、歩きながら腹式呼吸を。
鼻から吸いながら背骨に沿って上に上がってくるイメージ。
口から吐きながら今度は体の前側を下へ降りていくイメージ。
吸う時は背骨のチャクラを意識して、吐くとき毒素も一緒に吐くように。
全身に新鮮な空気が巡って~、細胞がグエ!
「気持ちよさを感じろといっとるだろうが!」
また蹴られた。
普通にしてろとか、余計なことはいらんとかギャンギャン言われて随分トホホな気分になったけど、考えたらこれもアレか。
ちゃんと呼吸法くらい知ってんだぜアピールだったか。
こんなにカッコつけたがりの見栄っ張りだったんだな。
今更だけどぼくって恥ずかしいやつだな、っていかんいかん!
すぐ雑念っていうか考えることに逃げる。
確かにずっと考えてきたけどその結果が今だもんな。
いらないよねこんな癖。
さあ呼吸呼吸。
気持ちよさ。
気持ちよさ。
気持ちよさ・・・。
ドしょっぱつ。
息を吸い込んだ途端に、「あ、気持ちいい」って思った。
アレ?
吐いたら肩から力が抜けた気がした。これも気持ちよかった。
アレ?
なに?
これ感じてるの?
感じられてるの?
これでいいの?
不安だ。
ちゃんとできてんのかな?
まさかこんな簡単なわけないよな?
でも確かに気持ちいいって思うんだ。
なんとなく口角が上がってきて笑ってしまうんだ。
どうしてか楽しくなってくるんだ。
え?
え?
ホントにこれでいいの?
「今よりそれをお前の足場にしろ。その感じるということそのものをな。愛もそうやって感じればいいだけのこと」
その声に顔を向けると、ヴェンドミラさまは控え目だけど嬉しそうに笑っていた。
「簡単だろうが?」
「・・・はい」
なんだか嬉しくて。
なんだか泣きそうになった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「感じる」入門。
なんか簡単でした。
自分でビックリしました。
今までの自分は一体なんだったのかと肩を落としましたけれど。
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