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第11章 モンスター

お母さん勇者の力

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朝が来て、武の泣き声で起きた。

オシメを替えて、雪絵を起こしてお乳をあげる。

寝起きが悪い雪絵は寝ながら授乳をするが、補助に文雄がしてる。

まさに、『お母さん勇者』たる所だろう。

だが、文雄の母親である幸枝にとっては、腑に落ちない。

それが子離れや親離れなら哀愁があるが、見た事がない行動をする子を見たときに、それを成長と見るか何故しなかったと捉えるかは、その人なりによる。

幸枝の気持ちは後者であり、文雄の馬鹿ぶりは目を覆う方が多かった。だから、今の姿に嫉妬よりも怒りでいっぱいなのだ。

最後に言われた『異世界で親子3人で生きる』の言葉に心がざわついたからだ。

生活するのに申し分無い世界で、新たな生活を認めるのか?と言うよりも元の性格で親をやれるのか不安でしかない。

その為には短い時間で確認するしかなかった。

が、

母親の思いは早くも崩れた。
それは直ぐ分かったわ事になるが、台所に立つ文雄の姿に驚いたのである。

「おはよう、おかん。」

「お、おはよう。」

「朝食はほとんど出来たから、親父達を起こして。」

「あ、うん。あ、あなた!あなたー!」

ドタバタと走りながら父親を起こしに行った。
文雄が朝食を作るなんて考えた事もない事が起こったのだから。

「大変、大変なのよ!起きて!」

「な、なんだよ。」

「ふ、文雄が、文雄が朝食を作ってるの!」

「そうか、楽で・・・・えっ!」

「台所に立っているの。」

「嘘だろ?待て待て待て、えっ、待ってよ!」

鉄郎は、妻の言葉に危機感を持った。息子の文雄は勉強は出来たが、料理は壊滅的であった。それこそ、雪絵の女の子らしい人を嫁にして、一安心したのだ。

孫を殺されては堪らんと、布団から飛び起きて台所に向かった。

「おはよう。服は着替えてくれよ、雪絵も武も居るんだからさ。」

と、眩しい程の主夫力を見せながら、食事の支度をしていたのだ。

「り、料理があるぞ。」

「そ、そうねお父さん。」

出来てはならない物が出来てしまって、二人の顔は青くなった。

「顔も洗って。おかんは、孝司と姉貴を起こして。俺も雪絵を呼んで来るから。」

はいの言葉よりも、幸枝は残りの家族を呼びに行った。鉄郎も躊躇しながらも、顔を洗いに行ったのだ。

何故、急にしたがったと云うと、変な臭いはせずに良い匂いがしたからだ。しかも、食欲が呼び起こされるような匂いだからだ。

文雄は、雪絵を起こして武を抱いてリビングに向かうと、家族が揃っていた。
その顔に。

「あー。確かに、そうなるよねー。」

「あっ、そうだな。」

文雄の壊滅的な料理は、篤郎の特訓とルナ達によるスパルタによって克服された。異世界に行っての文雄の立ち位置も、雑用だったのも大きい理由だ。

勇者なのに、大した戦力にもならなかったので、主夫としての日々が彼を成長させたのだ。職業にお母さんと付いたのも、修行を耐えて克服したから付いたのだ。

決して彼が、お母さん的な役割なのではない。その血と涙を流した努力の結果なのだ。お母さんとは、仲間の為に頑張った証である。

もちろん、本人は恥ずかしいのだが、恥とか気にしてる事はない。

「さ、食べて。」

「ダメよ。私が食べるわ。」

そう言って、雪絵が座り味噌汁を飲んだ。

「相変わらず、美味しいわ♪」

「雪絵、いただきますわ?」

「へへっ、ごめーん。いっただきまーす!」

雪絵は、美味しいそうに食べるのだ。
それを見ていた、田渕家一同は席に座って、

『いただきます!』

と、食べた。
それは、餓鬼のように貪るように食べたのだ。

お母さん勇者、恐るべし。
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