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一章
交渉
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メティスの案内をされるままに歩いていた翔達だったが、街を歩いて数十分もするとメティスが目的地としていた場所にたどり着く。
「着いたな」
目の前にあるのは巨大な何かの施設だ。
岩で作られた建物が多いこの街で珍しく木を作って作られているその施設は、周囲に人の背よりも高い壁ができており門番まで待ち構えている。
見てみれば出入りしているのは街中でよく見かける服装をした者達であり、翔もこの施設がなんの施設であるかを理解した。
「ここは治安維持隊の本部っすね。こんなところに何があるって言うっすか?」
「我が森に入る以前からあの森とこの街は不可侵の条約を結んでいた。
もちろん命知らずの冒険者や危険を顧みない商人などは別として、その不可侵条約をもとに迷子のものややむに已まれぬ事情で森に捨てられた子供などをここに何度かマリスが運んできておったらしい。
交渉程度ならばできるだろう」
条約を結んでいたことはマリスの口から聞いていたが、まさか彼女が人を救っていたとは驚きだ。
だが森を守ると言うのがマリスの基本的な理念である以上は、森を犯さんとする人間ならばまだしも無垢なままやってきた者達までわざわざ殺すつもりにはならなかったのだろう。
だとしても森から抜けることは彼女自ら己の最大の武器であり防具でもあるものを捨てるに等しいし、この街まで来る間に森の警備が手薄になる事を考えれば全ては彼女の優しさか。
その事を人側が理解しているかと聞かれれば疑問ではあるが、無闇に追い返されたりはしないだろうと判断した翔達は相手に警戒されないようにゆっくりと兵士達の方へ足をすすめる。
「ハイハイ止まってくださいね。お兄さんたちここにどんな用事で?」
「西の森の龍王からの伝言っす、この紋章が証拠っすよ」
ラグエリッタが証拠として出したのは翔の手。
手の甲にはメティスによって刻まれた紋章のようなものが浮いており、なんでもそれを見せる事で証明となるらしい。
「西の森の龍王? お嬢ちゃんよく知ってるね。って思ったけどもしかしたら土精霊の子だから俺より年上かな?」
「失礼っす! 自分はまだまだぴちぴちっすよ!」
だが証明となるものではあっても偽装がそう難しいものではなかった。
見る人が見れば、と言うものではあるがそこまでの目利きの技術を新米のような風貌の門兵に任せるのは荷が重い。
それに龍王メティスの伝説はこの世界の遥か彼方まで広がっており、そんな龍王がただの人間の小僧と街で見かける土精霊を使いとして寄越すわけがないと考えたのだろう。
龍王の名前で無理ならばマリスの名前を出すしかないか、そう考えていた翔の視界にふと見知った顔が映る。
その人物はゆっくりと翔達の方へと歩いてくると、気だるそうに言葉を発した。
「何を騒いでいるんだ」
「班長ですか、聞いてくださいよこの人達が龍王からの使者だって言ううんです」
「誰かと思えばカケルか、採掘場で仕事をしてた噂は聞いてたがこんなところになんの用事だ?」
翔の顔を見て誰だか思い出したのか、少しだけ襟を正したのは翔がこの街にきた時に初めて案内してもらった兵士。
名をビョルヘイルという青年だ。
「ビョルヘイルさんに別れの挨拶を、と思っていたんですけど興味本位で森に入ったら龍王に目を付けられちゃいまして」
「龍王に!? そりゃなんの冗談だ一体」
龍王という単語を口にした途端ビョルヘイルの態度が明らかに変わる。
突拍子もない話を彼が信じたのは、単に一日同行した事で翔がどうでも良いような嘘をつくような存在ではない事を見抜いていた事、そして採掘場での仕事ぶりなどを耳にしていたからだ。
それに手の甲に刻まれている紋章は確かに龍種が使うもの、龍王の名を騙る龍など存在しないので森の龍王が動き出したことは間違いないという事である。
龍王が動き始めたとなれば事の重大さは計り知れず、ビョルヘイルの額を冷たい汗が流れ落ちた。
「事の発端から話すと長いんですが、マリスという名前の緑鬼主はご存じですか?」
「ああ。西の森にいる一騎当千の英雄だろう? 彼女があの森に現れてからはこの街にやってくる魔物の数は極端に減った。
それにこの街の人間の命を救ってもらったりしているしな、恩人だよ」
「あの人からのお願いでもあるんです。よかったら偉い人に会わせてもらえませんか?」
龍王の証に魔物の森の英雄からの願いともあれば、ビョルヘイルに断れる理由は存在しない。
この分だと秘密裏に治安維持隊が契約を結んでいる事もバレているだろう。
ビョルヘイルの頭の中を一瞬様々な思考が通り過ぎていき、最初から答えの決まっていた考えが完全にまとまる。
「まあ一日一緒にいた仲だ。それにどうせ団長も暇だしな、いいだろう案内するよ」
「助かります」
そうして翔達は治安維持隊の門をくぐり、その施設の中へと入っていく。
道中ですれ違う兵士たちは翔達のことが物珍しいのかチラチラと視線を送ってきており、そんな兵士達ににこやかな笑みを返しながら翔達は部屋へと案内される。
普段は使っていないのか少し空気のこもった部屋ではあるが、調度品などの品物から見ておそらくは応接室だろう。
「とりあえずこの部屋で待っててくれ、団長を呼んでくる」
翔達を案内すると焦ったように部屋を飛び出していったビョルヘイルの姿を見ながら、翔達は案内されたまま椅子に腰をかけた。
ふわりと跳ね返るような感覚に身を委ねながら、翔はひとまず順調に物事が進んでいる事を安堵する。
「それでこれからどうするっすか? 自分交渉は苦手っす」
「俺も交渉なんてやったことないから無理だよ、自分の命の危機なんだから龍王様本人に何とかしてもらうしかないでしょ」
「ふむ、まあ任せるがよい。我のこの天才的な知略とひらめきをもってすれば、どのような交渉でも容易にこなすことができると確約しよう」
交渉に関して翔は自分が全くの役立たずである事を自覚しており、そのため最初から自分でやるつもりはなかった。
メティスもその事をある程度予想はしていたのか、特に何か騒ぐ事もなくメティスは交渉役を受け入れる。
「本人もこう言ってることだし」
「なんだか心配っす」
ラグエリッタが心配としているのは龍王であるメティスが、プライドから交渉を失敗させてしまうのではないだろうかというもの。
気持ちはわからないではなかったが、翔はその点については特にこれと言って心配していなかった。
他の龍種がどうなのかは定かではないが、メティスは森であった時も最初からこちらを下に見るような発言がなかったのでおそらく割り切れるタイプだ。
もし最悪失敗しそうになったとしても自分がフォローに回れば良いだろう。
そう考えていた翔の後ろで、ドアが大きな音を立てながら開かれる。
「いや~すまんすまん待たせたな! 俺に用があるらしいじゃないか!」
部屋の中に入ってきたのは街に入る時に、商人達へ説明を行っていた腰に赤い刺繍の入った布をかけている兵士である。
金色の髪に青い目、整った顔達はヨーロッパ系のそれだ。
街いく人間の顔を見てその平均レベルに驚いていた事もある翔だが、洋風の顔が多いからそう感じるだけで、翔からみたら美形な目の前にいる隊長ですらこの世界では普通の顔である。
席から立ち上がり腰を折って礼を示しながら、翔は隊長へ言葉を返す。
「初めましてカケルと申します。本日はお日柄もよく、このような機会に恵まれたことを感謝いたします」
「そんなかたっ苦しい口調はやめて、気楽に話そうぜ? 土精霊の嬢ちゃんもいることだしよ」
「楽に話していいならそっちの方がうれしいっす」
「そういうことであればお言葉に甘えさせてもらいます」
頭の中に思い浮かべるのは漫画やテレビでみた営業マンの姿。
相手と仲良くしつつも腹の下では自分の利益を追求するため効率よく話を誘導する。
本来ならばそれを自分の利益になるまで続けるのが商人の会話なのだが、翔がしなければいけないことは龍王についての話まで持っていくだけだ。
「それで? 龍王からの伝言を持ってきたってのは本当なのか?」
「ええ、そのことについては龍王本人から」
だがそもそもこの街の人間誰に言っても一番気になるのは龍王だ。
話のネタを振る必要もなく龍王について問われた翔は、自分の右手を差し出すとメティスへと話を振るう。
「我こそが龍王メティス・アナンタ・マラク・クエレブレ……まあこれ以上はいいか。とりあえず叡智の二つ名を持つ龍王である。平服せよ」
龍王は100年ごとにその名前を変える。
メティスという名は使い始めてまだ20年、過去数百年分の名前を羅列したのは相手がどの名前で自分のことを認識しているか考えるのも面倒だったからだ。
平伏しろとの龍王の言葉に対し、隊長は片膝をついて首を垂れる。
翔としては自分の腕に向かって平伏されているような状況なのでなんとも言えない感覚だ。
「まさか龍王様本人と会話ができるとは。恐悦至極といえばいいかな」
「楽にしてよい。我がわざわざこの者を使いに出した理由は単純明快、この街にいる勇者をどうにかして元の国に返せ。それ以上は求めん」
楽にして良いと言われて立った隊長はメティスからの要望に対し難しい顔をする。
強制的に送り返すとなれば、勇者もそうだがその背後にいる王国を敵に回すことになる。
この街がどこの国にも属さない街として機能できているのは、他国に高品質の武器を売却する代わりに不干渉をお願いしているからにすぎない。
魔物の森の向こう側にある帝国や、王国とは反対側にある評議会の力によって多少の間は持つだろうが、王国と軋轢を生むことはこの街にとって大きな不利益を生む結果になることは明白だ。
「難しいことをおっしゃいますね、勇者はあれでもこの街にいる間は扱いとして国賓になっています。それを追い返すことの難しい差をわかっていただきたい」
「わかっていながら、それでも無理を通せと我は言っている」
だがそんな無理をメティスは通せと口にする。
圧倒的な立場の差があるからこそ許される交渉方法に対し、隊長は己の持つカードを一枚切った。
「それは龍王様が瀕死の重体であるという噂が本当だからでしょうか」
龍王の病気についての真偽を尋ねるそれは、場合によってはメティスを怒らせる可能性すらある。
踏み込んだ質問をした理由はメティスが己の交渉材料としている力自体に疑念の目を向けているからであり、龍王のプライドが人に嘘をつく事を許さないだろうと考えていたからだ。
「その噂は本当だった、じゃな。いま目の前にいるその人間が我の病を完全に癒した。
いまこそ全盛期であると大声で叫んでもいいほどには快調だよ」
「ほう、この者が」
隊長の視線が手ではなく翔の方へと注がれる。
叡智の龍王が治せない病気を治せる人間、それだけで翔に対して隊長の見る目は変わってしまった。
翔では気が付かないほどのほんの少しの時間ではあったが体調が向けた目線に気づいたメティスは、翔が聞いた事のないほど低い声で威圧する。
「もしかすり傷一つでもその者に付けてみろ。陽が沈むよりも早くこの街の全員を黄泉の国に連れて行ってやる」
「それは怖い。ですがそうなると不思議です、どうしてそれほどの力を持ちながら勇者程度を恐れるのですか?」
「言葉に気を付けろ人間。我が恐れているのは森が傷付けられることだ、我と勇者が戦えば少なくない被害が森に出るのは間違いない。
余波でこの街が吹き飛んでもいいというのであれば、我も森の被害に目をつぶってもいいが」
実際のところこの街がどうなったとしても森に対しての被害を出すつもりはメティスにはなかった。
最終手段としてこの街に勇者が滞在している間に街ごと焼き払うという案も考えていたので、隊長の反応次第ではメティスは再び考えとして入れるべきだろうと思考する。
勇者によってもたらされる可能性のある被害とメティスから受けるだろう被害を冷静に計算した隊長は、頭を押さえながらゆっくりと言葉を返した。
「そうなると非常に困りましたね、残念ながら勇者を送り返すことは不可能です」
「なぜだ?」
「王国は今回の龍討伐を世界中に大々的に発表してしまっています、いまさら引き返すことはないでしょうし無理に引き返させようとしたらまずこの街が狙われます。
ですので代わりに勇者一行の足止めを行います、彼らはこの街に数百人規模来ていますから、細かな時間の遅れを作れば二、三日は稼げるでしょう。
ですがそれ以上は向こう側の判断に任せるしかありません」
考えられるだけ考えた結果、これが一番の提案だ。
龍王の要望を答えつつ王国には角が立たないようにする。
この街ができるメティスに対しての最大限の譲渡であり、これ以上を求めるのであれば一か八か勇者と共に特攻してくる可能性すらあるだろう。
「ふむ、確かにそれくらいの時間があればよいか。そういう事であれば良いだろう、その話に乗ってやる。
我と貴様の契約だ、違えることはなきように」
「もちろんでございます」
契約は互いが公平なものもあるが、そう言った使い方がされるのはむしろ珍しい。
本来の使い方とも言える契約の使い方で契約を結んだ翔達は、これで街でできる事全てを終えた事になる。
後は勇者が来るのを待つだけだ。
決戦の時は近い。
「着いたな」
目の前にあるのは巨大な何かの施設だ。
岩で作られた建物が多いこの街で珍しく木を作って作られているその施設は、周囲に人の背よりも高い壁ができており門番まで待ち構えている。
見てみれば出入りしているのは街中でよく見かける服装をした者達であり、翔もこの施設がなんの施設であるかを理解した。
「ここは治安維持隊の本部っすね。こんなところに何があるって言うっすか?」
「我が森に入る以前からあの森とこの街は不可侵の条約を結んでいた。
もちろん命知らずの冒険者や危険を顧みない商人などは別として、その不可侵条約をもとに迷子のものややむに已まれぬ事情で森に捨てられた子供などをここに何度かマリスが運んできておったらしい。
交渉程度ならばできるだろう」
条約を結んでいたことはマリスの口から聞いていたが、まさか彼女が人を救っていたとは驚きだ。
だが森を守ると言うのがマリスの基本的な理念である以上は、森を犯さんとする人間ならばまだしも無垢なままやってきた者達までわざわざ殺すつもりにはならなかったのだろう。
だとしても森から抜けることは彼女自ら己の最大の武器であり防具でもあるものを捨てるに等しいし、この街まで来る間に森の警備が手薄になる事を考えれば全ては彼女の優しさか。
その事を人側が理解しているかと聞かれれば疑問ではあるが、無闇に追い返されたりはしないだろうと判断した翔達は相手に警戒されないようにゆっくりと兵士達の方へ足をすすめる。
「ハイハイ止まってくださいね。お兄さんたちここにどんな用事で?」
「西の森の龍王からの伝言っす、この紋章が証拠っすよ」
ラグエリッタが証拠として出したのは翔の手。
手の甲にはメティスによって刻まれた紋章のようなものが浮いており、なんでもそれを見せる事で証明となるらしい。
「西の森の龍王? お嬢ちゃんよく知ってるね。って思ったけどもしかしたら土精霊の子だから俺より年上かな?」
「失礼っす! 自分はまだまだぴちぴちっすよ!」
だが証明となるものではあっても偽装がそう難しいものではなかった。
見る人が見れば、と言うものではあるがそこまでの目利きの技術を新米のような風貌の門兵に任せるのは荷が重い。
それに龍王メティスの伝説はこの世界の遥か彼方まで広がっており、そんな龍王がただの人間の小僧と街で見かける土精霊を使いとして寄越すわけがないと考えたのだろう。
龍王の名前で無理ならばマリスの名前を出すしかないか、そう考えていた翔の視界にふと見知った顔が映る。
その人物はゆっくりと翔達の方へと歩いてくると、気だるそうに言葉を発した。
「何を騒いでいるんだ」
「班長ですか、聞いてくださいよこの人達が龍王からの使者だって言ううんです」
「誰かと思えばカケルか、採掘場で仕事をしてた噂は聞いてたがこんなところになんの用事だ?」
翔の顔を見て誰だか思い出したのか、少しだけ襟を正したのは翔がこの街にきた時に初めて案内してもらった兵士。
名をビョルヘイルという青年だ。
「ビョルヘイルさんに別れの挨拶を、と思っていたんですけど興味本位で森に入ったら龍王に目を付けられちゃいまして」
「龍王に!? そりゃなんの冗談だ一体」
龍王という単語を口にした途端ビョルヘイルの態度が明らかに変わる。
突拍子もない話を彼が信じたのは、単に一日同行した事で翔がどうでも良いような嘘をつくような存在ではない事を見抜いていた事、そして採掘場での仕事ぶりなどを耳にしていたからだ。
それに手の甲に刻まれている紋章は確かに龍種が使うもの、龍王の名を騙る龍など存在しないので森の龍王が動き出したことは間違いないという事である。
龍王が動き始めたとなれば事の重大さは計り知れず、ビョルヘイルの額を冷たい汗が流れ落ちた。
「事の発端から話すと長いんですが、マリスという名前の緑鬼主はご存じですか?」
「ああ。西の森にいる一騎当千の英雄だろう? 彼女があの森に現れてからはこの街にやってくる魔物の数は極端に減った。
それにこの街の人間の命を救ってもらったりしているしな、恩人だよ」
「あの人からのお願いでもあるんです。よかったら偉い人に会わせてもらえませんか?」
龍王の証に魔物の森の英雄からの願いともあれば、ビョルヘイルに断れる理由は存在しない。
この分だと秘密裏に治安維持隊が契約を結んでいる事もバレているだろう。
ビョルヘイルの頭の中を一瞬様々な思考が通り過ぎていき、最初から答えの決まっていた考えが完全にまとまる。
「まあ一日一緒にいた仲だ。それにどうせ団長も暇だしな、いいだろう案内するよ」
「助かります」
そうして翔達は治安維持隊の門をくぐり、その施設の中へと入っていく。
道中ですれ違う兵士たちは翔達のことが物珍しいのかチラチラと視線を送ってきており、そんな兵士達ににこやかな笑みを返しながら翔達は部屋へと案内される。
普段は使っていないのか少し空気のこもった部屋ではあるが、調度品などの品物から見ておそらくは応接室だろう。
「とりあえずこの部屋で待っててくれ、団長を呼んでくる」
翔達を案内すると焦ったように部屋を飛び出していったビョルヘイルの姿を見ながら、翔達は案内されたまま椅子に腰をかけた。
ふわりと跳ね返るような感覚に身を委ねながら、翔はひとまず順調に物事が進んでいる事を安堵する。
「それでこれからどうするっすか? 自分交渉は苦手っす」
「俺も交渉なんてやったことないから無理だよ、自分の命の危機なんだから龍王様本人に何とかしてもらうしかないでしょ」
「ふむ、まあ任せるがよい。我のこの天才的な知略とひらめきをもってすれば、どのような交渉でも容易にこなすことができると確約しよう」
交渉に関して翔は自分が全くの役立たずである事を自覚しており、そのため最初から自分でやるつもりはなかった。
メティスもその事をある程度予想はしていたのか、特に何か騒ぐ事もなくメティスは交渉役を受け入れる。
「本人もこう言ってることだし」
「なんだか心配っす」
ラグエリッタが心配としているのは龍王であるメティスが、プライドから交渉を失敗させてしまうのではないだろうかというもの。
気持ちはわからないではなかったが、翔はその点については特にこれと言って心配していなかった。
他の龍種がどうなのかは定かではないが、メティスは森であった時も最初からこちらを下に見るような発言がなかったのでおそらく割り切れるタイプだ。
もし最悪失敗しそうになったとしても自分がフォローに回れば良いだろう。
そう考えていた翔の後ろで、ドアが大きな音を立てながら開かれる。
「いや~すまんすまん待たせたな! 俺に用があるらしいじゃないか!」
部屋の中に入ってきたのは街に入る時に、商人達へ説明を行っていた腰に赤い刺繍の入った布をかけている兵士である。
金色の髪に青い目、整った顔達はヨーロッパ系のそれだ。
街いく人間の顔を見てその平均レベルに驚いていた事もある翔だが、洋風の顔が多いからそう感じるだけで、翔からみたら美形な目の前にいる隊長ですらこの世界では普通の顔である。
席から立ち上がり腰を折って礼を示しながら、翔は隊長へ言葉を返す。
「初めましてカケルと申します。本日はお日柄もよく、このような機会に恵まれたことを感謝いたします」
「そんなかたっ苦しい口調はやめて、気楽に話そうぜ? 土精霊の嬢ちゃんもいることだしよ」
「楽に話していいならそっちの方がうれしいっす」
「そういうことであればお言葉に甘えさせてもらいます」
頭の中に思い浮かべるのは漫画やテレビでみた営業マンの姿。
相手と仲良くしつつも腹の下では自分の利益を追求するため効率よく話を誘導する。
本来ならばそれを自分の利益になるまで続けるのが商人の会話なのだが、翔がしなければいけないことは龍王についての話まで持っていくだけだ。
「それで? 龍王からの伝言を持ってきたってのは本当なのか?」
「ええ、そのことについては龍王本人から」
だがそもそもこの街の人間誰に言っても一番気になるのは龍王だ。
話のネタを振る必要もなく龍王について問われた翔は、自分の右手を差し出すとメティスへと話を振るう。
「我こそが龍王メティス・アナンタ・マラク・クエレブレ……まあこれ以上はいいか。とりあえず叡智の二つ名を持つ龍王である。平服せよ」
龍王は100年ごとにその名前を変える。
メティスという名は使い始めてまだ20年、過去数百年分の名前を羅列したのは相手がどの名前で自分のことを認識しているか考えるのも面倒だったからだ。
平伏しろとの龍王の言葉に対し、隊長は片膝をついて首を垂れる。
翔としては自分の腕に向かって平伏されているような状況なのでなんとも言えない感覚だ。
「まさか龍王様本人と会話ができるとは。恐悦至極といえばいいかな」
「楽にしてよい。我がわざわざこの者を使いに出した理由は単純明快、この街にいる勇者をどうにかして元の国に返せ。それ以上は求めん」
楽にして良いと言われて立った隊長はメティスからの要望に対し難しい顔をする。
強制的に送り返すとなれば、勇者もそうだがその背後にいる王国を敵に回すことになる。
この街がどこの国にも属さない街として機能できているのは、他国に高品質の武器を売却する代わりに不干渉をお願いしているからにすぎない。
魔物の森の向こう側にある帝国や、王国とは反対側にある評議会の力によって多少の間は持つだろうが、王国と軋轢を生むことはこの街にとって大きな不利益を生む結果になることは明白だ。
「難しいことをおっしゃいますね、勇者はあれでもこの街にいる間は扱いとして国賓になっています。それを追い返すことの難しい差をわかっていただきたい」
「わかっていながら、それでも無理を通せと我は言っている」
だがそんな無理をメティスは通せと口にする。
圧倒的な立場の差があるからこそ許される交渉方法に対し、隊長は己の持つカードを一枚切った。
「それは龍王様が瀕死の重体であるという噂が本当だからでしょうか」
龍王の病気についての真偽を尋ねるそれは、場合によってはメティスを怒らせる可能性すらある。
踏み込んだ質問をした理由はメティスが己の交渉材料としている力自体に疑念の目を向けているからであり、龍王のプライドが人に嘘をつく事を許さないだろうと考えていたからだ。
「その噂は本当だった、じゃな。いま目の前にいるその人間が我の病を完全に癒した。
いまこそ全盛期であると大声で叫んでもいいほどには快調だよ」
「ほう、この者が」
隊長の視線が手ではなく翔の方へと注がれる。
叡智の龍王が治せない病気を治せる人間、それだけで翔に対して隊長の見る目は変わってしまった。
翔では気が付かないほどのほんの少しの時間ではあったが体調が向けた目線に気づいたメティスは、翔が聞いた事のないほど低い声で威圧する。
「もしかすり傷一つでもその者に付けてみろ。陽が沈むよりも早くこの街の全員を黄泉の国に連れて行ってやる」
「それは怖い。ですがそうなると不思議です、どうしてそれほどの力を持ちながら勇者程度を恐れるのですか?」
「言葉に気を付けろ人間。我が恐れているのは森が傷付けられることだ、我と勇者が戦えば少なくない被害が森に出るのは間違いない。
余波でこの街が吹き飛んでもいいというのであれば、我も森の被害に目をつぶってもいいが」
実際のところこの街がどうなったとしても森に対しての被害を出すつもりはメティスにはなかった。
最終手段としてこの街に勇者が滞在している間に街ごと焼き払うという案も考えていたので、隊長の反応次第ではメティスは再び考えとして入れるべきだろうと思考する。
勇者によってもたらされる可能性のある被害とメティスから受けるだろう被害を冷静に計算した隊長は、頭を押さえながらゆっくりと言葉を返した。
「そうなると非常に困りましたね、残念ながら勇者を送り返すことは不可能です」
「なぜだ?」
「王国は今回の龍討伐を世界中に大々的に発表してしまっています、いまさら引き返すことはないでしょうし無理に引き返させようとしたらまずこの街が狙われます。
ですので代わりに勇者一行の足止めを行います、彼らはこの街に数百人規模来ていますから、細かな時間の遅れを作れば二、三日は稼げるでしょう。
ですがそれ以上は向こう側の判断に任せるしかありません」
考えられるだけ考えた結果、これが一番の提案だ。
龍王の要望を答えつつ王国には角が立たないようにする。
この街ができるメティスに対しての最大限の譲渡であり、これ以上を求めるのであれば一か八か勇者と共に特攻してくる可能性すらあるだろう。
「ふむ、確かにそれくらいの時間があればよいか。そういう事であれば良いだろう、その話に乗ってやる。
我と貴様の契約だ、違えることはなきように」
「もちろんでございます」
契約は互いが公平なものもあるが、そう言った使い方がされるのはむしろ珍しい。
本来の使い方とも言える契約の使い方で契約を結んだ翔達は、これで街でできる事全てを終えた事になる。
後は勇者が来るのを待つだけだ。
決戦の時は近い。
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目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
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