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一章
負荷
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病気の原因というのは多岐にわたる。
ウイルス性の感染症、ストレスからくる免疫機能の低下で引き起こされる病気、生活習慣病などに代表される病気や細菌に寄生虫などなど。
龍の基本的な体構造から病気への普段からの対処法などを何も知らない状況では、正直どんな病気にかかっているか医者でもない翔では判別不可能だ。
もとより自分の医学的な知識でどうにかなると本気で思っているわけではない。
最悪いま想定している作戦が無理だった場合民間療法を片っ端から試すと言う方法もないではないが、それで治るかと聞かれると期待度としては低いと言わざる負えない。
だが翔には神から与えられし力があった。
望んだものの位置が知りたいと願った翔の思いが変化したその能力は、神が持っている全てを見通す力を持った目である。
昨夜夢の中で魔物達から逃げ回っていた翔は、自分の中にある能力について意識を傾ける術を手に入れていたのだ。
そうして能力を使用した事で翔の視界に様々な情報が現れ、翔は自分の能力が予想通りの能力だったことに安堵しながらそこに書かれた病気の原因を龍に対して答える。
「寄生虫によって起こされる多臓器不全と、地球から持ち込まれたウイルスが変化した結果起こされたウイルス病の合併症。これで生きてられるんだから龍の基礎体力は凄いですね、人なら死んでますよ」
「ふむ、異世界の病気が変化したものか。なるほどそれなら確かにこの世界の方法で直そうとしても無理だったわけだ」
「もしこの病気を私が治せたなら食べられる理由もないですよね?」
病気の理由を知り気だるげに体を地面に倒した龍を前にして、翔は交渉を持ちかける。
龍としては病気を治したいはずであり、その結果目の前の人間と土精霊を我慢することになるくらいならば許容するだろう。
そう思っての翔の行動だったが、頭でそう理解していても目の前に大型の肉食獣を相手にして翔の手足は気が付かないうちにぶるぶると震えていた。
そんな翔を前に不安げな表情を浮かべているラグエリッタ達を前にして、龍はゆっくりと頭を縦に振るう。
「いいだろう。我を生かすことができるならこの際多少の空腹は我慢しよう」
「約束って事で良いんですよね?」
「はっはっは、そんなに念押しせんでも約束は守る。人と一緒にするでない」
契約不履行など力の差がある環境では常識的なこと。
そう考えていた翔に対して、龍は地の底から響くような笑い声と共に流派約束を守ると口にした。
それ自体も嘘でこの場に居る全員を殺して約束事態をなかった事にする可能性は考慮に入れておかなければならないだろうが、それでも約束を取り付けられたことは大きい。
後は要求されたものを納品するだけだ。
「必要な物がいくつかあるのでこの森の中で探しても?」
「いいだろう、森の中にいる間お主らの採取には目を瞑る。森から一歩でも出ようとすれば殺されるから気をつけろ」
「もちろんです、たぶんそんなに時間はかならないと思うので。あと上位緑鬼種さんはついてこないで下さいね、自分の身は自分で守れるので」
何か言いたげな緑鬼種に対して、翔は断固とした態度で付いてこないように指示を出す。
翔達を供物として提供しようとしていた彼女の目的は、龍王がとの取引によって一旦場を流れた状況である。
逃げようと監視する分には制限できないので仕方がないが、先程までと同じようについて来てもらわれるといろいろとやりづらい。
そんな翔の感情を汲み取ってくれたのか、渋々と言う顔ではあったが緑鬼種は頭を縦に振る。
そんなことがあったのが一時間ほど前、魔物の森を歩き続けた翔達は魔物の森の中にある山脈の中腹にまできていた。
木々が生い茂っていた魔物の森とは対照的に山は木々の隙間が閑散としており、近くに生き物がよってくればすぐに目に入る。
薬を調合するつもりであるのなら森の中の方が都合はいいはずだ。
だと言うのにわざわざ山まで時間をかけて歩いてきたことに疑問を感じたラグエリッタが翔に問いかける。
「それでなんでこんな遠くまで来たっすか?」
「これから長く取引するだろう相手に手の内を明かしたくなかったから。あとさっき身代わりにしようとしたの許してないからね」
ジロリと翔がラグエリッタを睨みつければ、人懐っこい笑みを浮かべながらラグエリッタは弁明する。
「それは本当に許して欲しいっす……。と、ところで一体どんな力があるっすか!? 気になるっす!
病気を絶対に治せる薬でも作る能力っすか?」
「そんな能力があれば便利だったんだけどね。うちの地域には昔から格言があるんだよ、苦しい時の神頼みってね」
気まずそうにニコニコと笑うラグエリッタを前にして、なんだか怒っていること自体が馬鹿らしくなった翔は先程のことを水に流して地面に円を書き始める。
木の棒を使って地面に書かれた何かはこの世界の人間が見れば魔法陣のようなものに見えるだろう。
なんらかの儀式的な要素が詰まっていそうなそれを時間をかけて丁寧に書いた翔は、その中心に自分を入れると両手を握り締め膝を地面につけながら空へ向かって祈りを捧げる。
「助けてください神様!」
「……ええっと、何をしてるっすか?」
翔が呼び出そうとしているのは万能そのものだろう神である。
宿屋で邪魔をされた時は邪険に扱ってしまったが、現状の問題を解決するのに求められるのは神の力に他ならない。
だがラグエリッタから冷たい視線が向けられるだけで、神が降臨してくれるような気配はなかった。
ならばダメ押しだ。
ここで失敗すれば後は龍王が許してくれる可能性を考慮しながら、適当な大都市へ向けてダッシュするだけである。
「これからは半年に一回は捧げ物するのでどうか……!」
切羽詰まっている人間の出すような要求ではない。
実際神に祈っているのだとすればそんなので出てきてくれるわけがないだろう、と半ば冗談で考えていたラグエリッタの視線の先にゆっくりと亀裂が走っていく。
視界の中にいきなり亀裂が発生すると言う異常事態に、自分の目がおかしくなったのかとパチパチと瞬きをしたラグエリッタを置き去りにして亀裂は翔の呼び声に応えるように徐々に大きく開いていく。
そうしてすっかりと亀裂が開くと、その中に老人の姿があった。
見た目から種族を判断する事はできないが、ただ分かる事は全身から放たれる気配は神と呼ばれるに値するものだと言うことだけだ。
「カケルよ月に一回捧げるのじゃ。神はそう安くない」
「それでもいいのでなんとかしてください」
「えっ、この人誰っすか? というかどうなってるっすか!? あと月一でいいんっスか!?」
ラグエリッタの周りには神を信仰している人間が少ないので正確な事は分からないが、神に仕える人間は日々祈りを捧げながらその人生を過ごすと言うのがラグエリッタのイーメジだ。
そんな彼等ですら神からの声を聞くこと自体一生に一度歩かないかという程度なのに、月一の供物でノコノコと現れた神を前にしてラグエリッタは驚きの声を隠せない。
だが翔は特に焦ったような様子もなく、さも当然かのように話を進めていく。
「願いを叶えてくれるタイプの神様です」
「偉い神なのじゃ!」
「神様は初めて見たっす。自分はラグエリッタっす」
「創生神じゃ。カケルの守護神でもある。それで話は見ておったぞ、適当な事を言ったものじゃの」
翔に対して責めるような目線を向ける神。
この森に入って危険な状況になった時にはもちろん手助けをするつもりではあった神だが、今回の翔が助かる条件として提示された龍王救助というのは神を持ってして対処が面倒な依頼である。
「あの龍が死ぬのは決められた定めじゃ、あの龍すら忘れてしまうほどの昔、智慧を手に入れる代わりに寿命をもたない種でありながら、寿命を受け入れたのがあの龍じゃ。龍はそもそも老衰なぞせんからの」
いつかは死んでしまうことを受け入れる代わりに、あの龍は叡智という強い力を手に入れた。
そしてその交渉先というのがいま翔と話している神ではなく、この世界を管理している神である。
無理やりこの世界の神に言うことを聞かせ、契約そのものを無かったようにすると言うのはできない話ではない。
だがそれは入念な手続きを踏んで取引が決まった系列会社の契約を、履行寸前で社長が気に食わないからと無理やり取り下げさせるようなものだ。
それをした事でかかってくる諸々の労力を考えれば、正直な話をすると龍王を殺せるだけの力を翔に与えるほうがまだ楽なやり方だといえる。
(ただまだまともに仲間を出来ていない段階で大きな力を与えたら、力に飲まれる可能性もないわけではないしな……。
我としても全てを力で解決してしまうような物語を見ていたいわけではない)
交渉の材料として自分を当てにすると言うその大胆不敵さと、あくまでも戦闘行為ではなく穏便に済ませたいと言う翔の思いに神の心は揺れていた。
数秒間の沈黙──人であれば熟考に値するだけの時間をかけて神は仕方ないかと首を縦振った。
「ただまぁ死ぬ定めにあるものを生かすのも新たなストレスの形じゃの、今回限りはあの龍の病気を治せる薬をやろう。
じゃがここまでじゃ、世界の理を外れてまでお主の手助けをするのは。次があればその時は一人で解決するのじゃな」
助けてあげられるのであれば助けてあげたいが、何度も同じようにして神の力を頼ってきてくるのであればそれは結果として同じである。
今回の場合は状況が悪く既に積みに近い状態、自分が薬をあげなければ殆どの可能性で翔は死んでしまう事を神は知っているので仕方がなく折れた。
甘すぎると言われてしまえばそれだけの事であるが、翔に多少の無理難題を言われても仕方がないかと思えるほどの愛着を神は翔に対して持っているのだ。
優しい笑みを浮かべる神に対して翔は自分が想定していたよりも神に対して負担をかけていた事を察し、己の考えが足りていない事を後悔しながら深く頭を下げる。
「ありがとうございます神様」
「別にいいんじゃよ、これからはこちら側が話しかけた時しか繋がらんように切り替える、本当の意味でこれからは一人じゃ、頑張るのじゃな」
亀裂から身体を乗り出した神は翔の頭を軽く撫でると、満足気な顔をしながら手を振って元の世界へと戻っていく。
神がいなくなった後もその空間を少しの間ぼうっと眺めていた翔は、自分の手の中にある薬にふと目線を向けた。
神眼の能力を持ってしても手の中にある薬の効果は判別がつかないが、メモ欄のようなところにあの神からだろう。
一錠で龍王の病気は無事に治すことができると書かれていた。
翔の手の中には二錠あるが今回必要なのは一錠だけなら、もう一錠は神の優しさだろう。
感謝の言葉を心の中で呟きながら、翔はいまこの瞬間を持って本当の異世界生活が始まるのだと言う事を再認識していた。
「き、消えたっす。なんだったっすか」
「言ったでしょ、神様だよ。とりあえずこれを持ち帰ればあの龍を助けてあげることができるんだけど……」
後生大事そうに薬を鞄の中に入れた翔が不機嫌そうに視線を向けた先をラグエリッタも追いかけると、そこには全身に装備を着用した状態の上位緑鬼種が武器を抜いた状態で立っていた。
この森を守り龍王を助けようとしていた緑鬼種がなぜここに?
そんな疑問を浮かべる暇もなく朝にされたような見えない不可視の一撃がラグエリッタ達を襲う。
「それを持ち帰らせるわけにはいかんのでな。悪いが死んでもらう」
「やっぱりそうなるよね」
だがそれをおそらくすんでのところで避けたのだろう翔は、鞄をラグエリッタに渡すと上着を脱ぎ捨てて拳を強く握り固める。
対話で解決しようとしていた翔を褒めていた神だったが、結局襲われてしまえば口先で出来ることなど限られてしまうのだ。
悲しい事に目の前の敵は会話をする気もなく、また走って逃げれるような相手でもない。
「上位緑鬼種マリス=ズマーニャ。お前を殺す者の名前だ」
「カケルだ。悪いけどここで死ぬ気はない、せいぜい頑張って殺しにきなよ」
ラグエリッタに攻撃が向く事がないように翔が見え見えの挑発を仕掛けると、マリスは嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべる。
緑鬼種の最も有名な特性は縄張りに入っていた敵の排除、だがここ数年間彼女の元へとやってくるだけの敵は少なく、不可視の一撃を避けられる敵ともなれば数十年ぶりの事だ。
戦士としての乾き切った血肉がいま翔という敵を見つけ、ゆっくりとではあるが潤いを取り戻し始めている。
この森を守るため、そして己の欲望を満たすためにマリスは力を込めて駆け出すのだった。
ウイルス性の感染症、ストレスからくる免疫機能の低下で引き起こされる病気、生活習慣病などに代表される病気や細菌に寄生虫などなど。
龍の基本的な体構造から病気への普段からの対処法などを何も知らない状況では、正直どんな病気にかかっているか医者でもない翔では判別不可能だ。
もとより自分の医学的な知識でどうにかなると本気で思っているわけではない。
最悪いま想定している作戦が無理だった場合民間療法を片っ端から試すと言う方法もないではないが、それで治るかと聞かれると期待度としては低いと言わざる負えない。
だが翔には神から与えられし力があった。
望んだものの位置が知りたいと願った翔の思いが変化したその能力は、神が持っている全てを見通す力を持った目である。
昨夜夢の中で魔物達から逃げ回っていた翔は、自分の中にある能力について意識を傾ける術を手に入れていたのだ。
そうして能力を使用した事で翔の視界に様々な情報が現れ、翔は自分の能力が予想通りの能力だったことに安堵しながらそこに書かれた病気の原因を龍に対して答える。
「寄生虫によって起こされる多臓器不全と、地球から持ち込まれたウイルスが変化した結果起こされたウイルス病の合併症。これで生きてられるんだから龍の基礎体力は凄いですね、人なら死んでますよ」
「ふむ、異世界の病気が変化したものか。なるほどそれなら確かにこの世界の方法で直そうとしても無理だったわけだ」
「もしこの病気を私が治せたなら食べられる理由もないですよね?」
病気の理由を知り気だるげに体を地面に倒した龍を前にして、翔は交渉を持ちかける。
龍としては病気を治したいはずであり、その結果目の前の人間と土精霊を我慢することになるくらいならば許容するだろう。
そう思っての翔の行動だったが、頭でそう理解していても目の前に大型の肉食獣を相手にして翔の手足は気が付かないうちにぶるぶると震えていた。
そんな翔を前に不安げな表情を浮かべているラグエリッタ達を前にして、龍はゆっくりと頭を縦に振るう。
「いいだろう。我を生かすことができるならこの際多少の空腹は我慢しよう」
「約束って事で良いんですよね?」
「はっはっは、そんなに念押しせんでも約束は守る。人と一緒にするでない」
契約不履行など力の差がある環境では常識的なこと。
そう考えていた翔に対して、龍は地の底から響くような笑い声と共に流派約束を守ると口にした。
それ自体も嘘でこの場に居る全員を殺して約束事態をなかった事にする可能性は考慮に入れておかなければならないだろうが、それでも約束を取り付けられたことは大きい。
後は要求されたものを納品するだけだ。
「必要な物がいくつかあるのでこの森の中で探しても?」
「いいだろう、森の中にいる間お主らの採取には目を瞑る。森から一歩でも出ようとすれば殺されるから気をつけろ」
「もちろんです、たぶんそんなに時間はかならないと思うので。あと上位緑鬼種さんはついてこないで下さいね、自分の身は自分で守れるので」
何か言いたげな緑鬼種に対して、翔は断固とした態度で付いてこないように指示を出す。
翔達を供物として提供しようとしていた彼女の目的は、龍王がとの取引によって一旦場を流れた状況である。
逃げようと監視する分には制限できないので仕方がないが、先程までと同じようについて来てもらわれるといろいろとやりづらい。
そんな翔の感情を汲み取ってくれたのか、渋々と言う顔ではあったが緑鬼種は頭を縦に振る。
そんなことがあったのが一時間ほど前、魔物の森を歩き続けた翔達は魔物の森の中にある山脈の中腹にまできていた。
木々が生い茂っていた魔物の森とは対照的に山は木々の隙間が閑散としており、近くに生き物がよってくればすぐに目に入る。
薬を調合するつもりであるのなら森の中の方が都合はいいはずだ。
だと言うのにわざわざ山まで時間をかけて歩いてきたことに疑問を感じたラグエリッタが翔に問いかける。
「それでなんでこんな遠くまで来たっすか?」
「これから長く取引するだろう相手に手の内を明かしたくなかったから。あとさっき身代わりにしようとしたの許してないからね」
ジロリと翔がラグエリッタを睨みつければ、人懐っこい笑みを浮かべながらラグエリッタは弁明する。
「それは本当に許して欲しいっす……。と、ところで一体どんな力があるっすか!? 気になるっす!
病気を絶対に治せる薬でも作る能力っすか?」
「そんな能力があれば便利だったんだけどね。うちの地域には昔から格言があるんだよ、苦しい時の神頼みってね」
気まずそうにニコニコと笑うラグエリッタを前にして、なんだか怒っていること自体が馬鹿らしくなった翔は先程のことを水に流して地面に円を書き始める。
木の棒を使って地面に書かれた何かはこの世界の人間が見れば魔法陣のようなものに見えるだろう。
なんらかの儀式的な要素が詰まっていそうなそれを時間をかけて丁寧に書いた翔は、その中心に自分を入れると両手を握り締め膝を地面につけながら空へ向かって祈りを捧げる。
「助けてください神様!」
「……ええっと、何をしてるっすか?」
翔が呼び出そうとしているのは万能そのものだろう神である。
宿屋で邪魔をされた時は邪険に扱ってしまったが、現状の問題を解決するのに求められるのは神の力に他ならない。
だがラグエリッタから冷たい視線が向けられるだけで、神が降臨してくれるような気配はなかった。
ならばダメ押しだ。
ここで失敗すれば後は龍王が許してくれる可能性を考慮しながら、適当な大都市へ向けてダッシュするだけである。
「これからは半年に一回は捧げ物するのでどうか……!」
切羽詰まっている人間の出すような要求ではない。
実際神に祈っているのだとすればそんなので出てきてくれるわけがないだろう、と半ば冗談で考えていたラグエリッタの視線の先にゆっくりと亀裂が走っていく。
視界の中にいきなり亀裂が発生すると言う異常事態に、自分の目がおかしくなったのかとパチパチと瞬きをしたラグエリッタを置き去りにして亀裂は翔の呼び声に応えるように徐々に大きく開いていく。
そうしてすっかりと亀裂が開くと、その中に老人の姿があった。
見た目から種族を判断する事はできないが、ただ分かる事は全身から放たれる気配は神と呼ばれるに値するものだと言うことだけだ。
「カケルよ月に一回捧げるのじゃ。神はそう安くない」
「それでもいいのでなんとかしてください」
「えっ、この人誰っすか? というかどうなってるっすか!? あと月一でいいんっスか!?」
ラグエリッタの周りには神を信仰している人間が少ないので正確な事は分からないが、神に仕える人間は日々祈りを捧げながらその人生を過ごすと言うのがラグエリッタのイーメジだ。
そんな彼等ですら神からの声を聞くこと自体一生に一度歩かないかという程度なのに、月一の供物でノコノコと現れた神を前にしてラグエリッタは驚きの声を隠せない。
だが翔は特に焦ったような様子もなく、さも当然かのように話を進めていく。
「願いを叶えてくれるタイプの神様です」
「偉い神なのじゃ!」
「神様は初めて見たっす。自分はラグエリッタっす」
「創生神じゃ。カケルの守護神でもある。それで話は見ておったぞ、適当な事を言ったものじゃの」
翔に対して責めるような目線を向ける神。
この森に入って危険な状況になった時にはもちろん手助けをするつもりではあった神だが、今回の翔が助かる条件として提示された龍王救助というのは神を持ってして対処が面倒な依頼である。
「あの龍が死ぬのは決められた定めじゃ、あの龍すら忘れてしまうほどの昔、智慧を手に入れる代わりに寿命をもたない種でありながら、寿命を受け入れたのがあの龍じゃ。龍はそもそも老衰なぞせんからの」
いつかは死んでしまうことを受け入れる代わりに、あの龍は叡智という強い力を手に入れた。
そしてその交渉先というのがいま翔と話している神ではなく、この世界を管理している神である。
無理やりこの世界の神に言うことを聞かせ、契約そのものを無かったようにすると言うのはできない話ではない。
だがそれは入念な手続きを踏んで取引が決まった系列会社の契約を、履行寸前で社長が気に食わないからと無理やり取り下げさせるようなものだ。
それをした事でかかってくる諸々の労力を考えれば、正直な話をすると龍王を殺せるだけの力を翔に与えるほうがまだ楽なやり方だといえる。
(ただまだまともに仲間を出来ていない段階で大きな力を与えたら、力に飲まれる可能性もないわけではないしな……。
我としても全てを力で解決してしまうような物語を見ていたいわけではない)
交渉の材料として自分を当てにすると言うその大胆不敵さと、あくまでも戦闘行為ではなく穏便に済ませたいと言う翔の思いに神の心は揺れていた。
数秒間の沈黙──人であれば熟考に値するだけの時間をかけて神は仕方ないかと首を縦振った。
「ただまぁ死ぬ定めにあるものを生かすのも新たなストレスの形じゃの、今回限りはあの龍の病気を治せる薬をやろう。
じゃがここまでじゃ、世界の理を外れてまでお主の手助けをするのは。次があればその時は一人で解決するのじゃな」
助けてあげられるのであれば助けてあげたいが、何度も同じようにして神の力を頼ってきてくるのであればそれは結果として同じである。
今回の場合は状況が悪く既に積みに近い状態、自分が薬をあげなければ殆どの可能性で翔は死んでしまう事を神は知っているので仕方がなく折れた。
甘すぎると言われてしまえばそれだけの事であるが、翔に多少の無理難題を言われても仕方がないかと思えるほどの愛着を神は翔に対して持っているのだ。
優しい笑みを浮かべる神に対して翔は自分が想定していたよりも神に対して負担をかけていた事を察し、己の考えが足りていない事を後悔しながら深く頭を下げる。
「ありがとうございます神様」
「別にいいんじゃよ、これからはこちら側が話しかけた時しか繋がらんように切り替える、本当の意味でこれからは一人じゃ、頑張るのじゃな」
亀裂から身体を乗り出した神は翔の頭を軽く撫でると、満足気な顔をしながら手を振って元の世界へと戻っていく。
神がいなくなった後もその空間を少しの間ぼうっと眺めていた翔は、自分の手の中にある薬にふと目線を向けた。
神眼の能力を持ってしても手の中にある薬の効果は判別がつかないが、メモ欄のようなところにあの神からだろう。
一錠で龍王の病気は無事に治すことができると書かれていた。
翔の手の中には二錠あるが今回必要なのは一錠だけなら、もう一錠は神の優しさだろう。
感謝の言葉を心の中で呟きながら、翔はいまこの瞬間を持って本当の異世界生活が始まるのだと言う事を再認識していた。
「き、消えたっす。なんだったっすか」
「言ったでしょ、神様だよ。とりあえずこれを持ち帰ればあの龍を助けてあげることができるんだけど……」
後生大事そうに薬を鞄の中に入れた翔が不機嫌そうに視線を向けた先をラグエリッタも追いかけると、そこには全身に装備を着用した状態の上位緑鬼種が武器を抜いた状態で立っていた。
この森を守り龍王を助けようとしていた緑鬼種がなぜここに?
そんな疑問を浮かべる暇もなく朝にされたような見えない不可視の一撃がラグエリッタ達を襲う。
「それを持ち帰らせるわけにはいかんのでな。悪いが死んでもらう」
「やっぱりそうなるよね」
だがそれをおそらくすんでのところで避けたのだろう翔は、鞄をラグエリッタに渡すと上着を脱ぎ捨てて拳を強く握り固める。
対話で解決しようとしていた翔を褒めていた神だったが、結局襲われてしまえば口先で出来ることなど限られてしまうのだ。
悲しい事に目の前の敵は会話をする気もなく、また走って逃げれるような相手でもない。
「上位緑鬼種マリス=ズマーニャ。お前を殺す者の名前だ」
「カケルだ。悪いけどここで死ぬ気はない、せいぜい頑張って殺しにきなよ」
ラグエリッタに攻撃が向く事がないように翔が見え見えの挑発を仕掛けると、マリスは嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべる。
緑鬼種の最も有名な特性は縄張りに入っていた敵の排除、だがここ数年間彼女の元へとやってくるだけの敵は少なく、不可視の一撃を避けられる敵ともなれば数十年ぶりの事だ。
戦士としての乾き切った血肉がいま翔という敵を見つけ、ゆっくりとではあるが潤いを取り戻し始めている。
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魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。
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