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青年期:魔界編
家族の行方
しおりを挟む夜のうちにたどり着いた魔物の国は、思っていたよりもよほど村としての定性を保って作られていた。
人類がかつて魔界へと進出しようとしていた時の建築方法をそのまま流用して家を作っているとの話は聞いていたが、実際に見てみればあんがいしっかりとした街に見える。
全てが石で作られた建築方法を物珍しく眺めながらも、エルピスは見て最初に思ったことをそのまま口にした。
「高い城壁が無いのは自信の現れかな? あれなら密入国し放題だと思うんだけど」
「魔界は国という体系を取っていませんからね。あくまであれは寄せ集まりの家でしかありません」
たまたま家を建てたところに後から他の人が集まり始め、気が付けばそれなりに大きい村としての体裁を保ち始めたという事なのだろう。
遠目から見てみれば確かに国旗などの政治に関わってきそうなものは見受けられないし、街中を歩いている種族も多岐にわたっていた。
「なるほど。問題は身分の証明だけど……どうしようっか」
「今の魔界のルールについては私はからっきしですフェルは何か知っているかと」
「万が一の為とはいえ置いて来なかった方が良かったかな」
権能の半分ほどを渡したうえでニルの元に送り出したフェルの存在が気になるところではあるが、あれはレネスの不確定さに対してエルピスが用意した対抗策であり必要なものでもあった。
必要が必要であるがゆえに送り出した手前、呼び戻すなど論外なのだがそれでもないものねだりをしてしまう。
フェル自身はどう思っているか知らないが、魔界においてエルピスが最も頼りとしていたのはフェルの存在である。
原住民との円滑なコミュニケーションは旅においては必須、そうなるとエルピスが召喚するまでの間この地において生活していたフェルの知識は何にも代えがたいものなのだ。
「最悪抵抗してきたのを全員なぎ倒せば問題ないでしょう? そちらの方がわかりやすくて好きよ」
「そんな終末的な考えありなの!?」
「でもここ魔界だしね、それでも良さそう」
「しかも賛同的!?」
ごたごたと無駄話をするくらいならば、力で解決できるこの土地はエルピスからしてみるとよほどやりやすい。
もし言葉が達者な物であれば人の国の方が多少はよいのかもしれない、だが力しか持たないエルピスとしてはやはり楽なのはこちら側だ。
「なら私とエルピスが先に行きましょうか」
「それじゃあそういうことで」
街へと向かってゆっくり歩き始めた二人は、警戒されないように自然な足取りでおそらくは出入口らしきところへと足を運ぶ。
門というにはあまりにも簡素な作りで製造された城門の前に立つのは、装備すら身にまとっていない悪魔の姿である。
彼らの特性を考えるのであれば確かに門兵の役割は適任ともいえる、明らかによそ者の風貌であるエルピスを前にして警戒心を強める辺りそれなりに仕事をこなす意識はあるらしい。
「貴様ら何者だ!」
「帝国からの旅人です、人を探していまして」
「人の国からか。それを証明出来るものは?」
「なんかあったっけ」
「何もないわね、馬車も置いてきてしまったし」
(仙桜種の村に馬車を置いて来たのは痛かったな……)
当初の予定とはだいぶ違った行動になっているから仕方がないとはいえ、それにしても随分としちめんどうな事になったものである。
手持ちを探してみればあるのは最高位冒険者の証くらいのもの、これだって複製しようとすればできないものでも無い。
「……まぁそう言うわけなんでどうにかなりませんかね?」
「どうにかと言われてもな…そもそも何をしにきたのだ?」
疑問は当然である。
ため息をつきながらなんとも言えない顔をする門兵に対して、エルピスはそれはそうだと納得しながら言葉を返す。
「父と母を探しに。この街にも訪れたことがあると聞いているのですが」
「父と母を? 見たところ半人半龍のようだが龍人がいても人がそんなに気軽に来れるところじゃないんだぞここ。まぁ魔界語も喋れるくらいだから多少は魔界にゆかりがあるのだろうが」
「それはまぁ頑張って覚えたので」
確かに普通の人間であれば龍人がそばにいたとしても辛い環境ではある、だが父の実力を考えればその心配は不要であろう。
「それで父と母の名前は? 確認が取れれば入れてやらんこともない」
「イロアス・アルヘオとクリム・アルヘオです。人と龍人の夫婦にもしかしたら小さな娘もいたと思うんですけど」
妹がこの街にいるかどうかの話は聞いていないが、両親には二ヶ月は前に魔界に行く事を既に伝えておいたので、もしかすれば伝えておいてくれたかもしれないという甘い考えもあった。
それにもしこれで入ることができなかったのであれば、転移魔法を使用してバレないように中に入ることも視野に入れるべきだろう。
「イロアスとクリム……ああこれか、二ヶ月前にもし来たら通すように言われている。いいだろう、問題行動を起こすなよ」
「ありがとうございます。アウローラ! 出てきていいよー」
さすが両親、言葉足らずの息子の意思をよく汲み取ってくれている。
どうやら中に入れるらしいと判断したエルピスは、後ろで待機していたアウローラ達を呼び出した。
のそりとのそりと歩いてくる姿はなんだか不審者のようであるが、エルピスが離れた事で強化が緩み疲労感がそのままやって来たのだろう、歩くのすらままならないようである。
「──おいおい、頼むからちゃんと全員姿表してから来てくれ書類足りないだろ。ったく、持ってくるからここで待ってろよ?」
「はははっ、すいません」
入国管理に書類を要求するように指示しているのは一体誰のものだろうか。
少し気になるがそれは中に入ってから調べればいい、そう判断しつつ渡された書類に必要な情報を記載すると案外簡単にエルピス達は中へと入ることができた。
「これで無事中に入れたわけだけど……どうする?」
村に入ってすぐそんな事を口にしたのはエルピス、計画性には自信があったのだがここまで乱れては修正の目処も立つことはない。
必要な仕事が多くあるために優先順位の取捨選択が難しいところではあるが、少し頭を回せばそれくらいの問題は解決できる。
「とりあえずはエルピスのご両親の捜索が急務でしょうね」
「そう言うことなら私は情報調達に──」
「一人だと危ないし俺も行くよエラ。セラはアウローラをお願い、フィトゥスはリリィと一緒に行動してね。アーテは宿を頼んだよ」
セラとは事前にある程度の情報交換を行なっているので、おそらくやっておかなければいけない仕事のうちの一つは言わずともやってくれるだろう。
だとするとエルピスがしなければいけないことは、セラが口に出した通り両親の捜索だ。
「了解です。ほら行くぞリリィ」
「ちょ、エルピス様なんでこいつと2人っきりなんですか!」
「人数の関係上仕方がありません。フィトゥス強いしね、リリィが弱いって言ってるわけじゃないけどさ」
エルピスの目的の中でも残念ながらかなり低い場所に位置している目標ではあるが、フィトゥスとリリィが仲良くなる要因になればよい。
それに最悪のことを考ればフィトゥスがリリィの側に居るのは何かと都合がいい、逃げるまでの瞬きの間の時間さえ稼げればそれだけでも十分だ。
「たしかに……それはそうですが」
「じゃあそう言うことで頼んだよ。解散」
これでこちら側の問題は無事解決、それ以外の問題はニルが無事に帰って来てからでいいだろう。
それぞれの成すべきことを成すために街の中を歩く彼等、特筆するべきはこの場合やはりフィトゥスとリリィその両名であろう。
「エルピス様にはああ言われたけど分かってるわよねフィトゥス、なんかしたら殺すわよ」
「勘弁してくれよ、俺お前に何もしたことないだろ」
「うっさいばか!」
街中を歩いても違和感のない程には共に過ごしている二人、だというのに亀の歩みよりも遅く進むその関係は長寿が故なのかはたまた種族的な問題か。
(エルピス様勘弁してくださいよ…急にこいつと2人っきりになっても何すればいいか)
男の方に少しだけやる気が出て来たのがまだ幸い、ただお互いの雰囲気を共有できない以上はまだまだ道のりは遠そうだが。
「とりあえず宿を取りに行くわよ。貴方魔界語は?」
「話せるよ。そもそも俺もこっちの出だしね、100年以上前に出てきたから街の位置とかは知らないけど」
言語はそうすぐには変わらない。
多分、という言葉を暗に含ませながらもそう言い切ったフィトゥスに対してリリィは少し笑みを浮かべると口を開く。
「そう。私と同じね」
「ん? リリィも魔界出身なのか?」
「いえ、そう言うわけではないけれど、私も100年以上森には帰っていないから」
「帰ってないってよりは帰りたくない。だよな、少なくとも俺はそうだったから帰省の時も帰ってないし」
家に問題点があったからこそ、彼等はこうしてアルヘオ家にやってきたのだ。
命令だから帰省するとして、はたして実家に帰られるものがどれだけ居ることか。
「……帰省って行っても王国に近づくなって意味合いの方が近かったものね。本家にいる人間でまともに帰ったのなんてヘリア先輩くらいじゃない?」
「あの人も謎な人だよね。森と一体化してるって言われても納得がいくくらい森に詳しいし」
「私が森に興味が無さすぎるだけなのかもしれないわよ?」
「そうか? 森にいるときは気分良さそうに見えるけどな。酒場は──ここでいいかな」
岩でできた頑丈な砦、見た目だけでいうなら人の国でも戦術都市と呼ばれる類の、戦争に用いられる都市にしか見られない建築方で作られている。
「ここ本当に酒場? 城の間違いじゃないの?」
「魔界の値段が高いとこは大体こんな感じだぞ、攻撃されても大丈夫なように設計されてるから」
外からの攻撃はもちろんのことであるが、中からの攻撃というのもなかなかに問題である。
亜人同士の戦闘は人類生存圏内でも度々起こることはあるが、戦闘に特化した魔界の亜人種達が行う戦闘というのはなんともまた周囲に被害を及ぼすものなのだ。
「伊達に年がら年中戦ってるわけじゃないってことね」
「まぁそういう事」
「私は話せないから頼りにしてるわよ?」
「任せな」
酒場に入っていった二人組は、これからするべきことをするだろう。
主人の為に互いの為に、それを行うことこそが彼等の役割であると知っているから。
そうして献身する対象であるエルピスは、街を歩きながらぽつりと言葉を落とす。
「いまごろフィトゥスとリリィいい雰囲気になってる頃かなぁ」
「やっぱり何か悪巧みしてたの?」
「まぁね。フェルがこっちに居ないのはちょっと痛いけどまぁ何とかなるでしょ」
思い返してみればそういった点においてもフェルが居ないのは辛いところだ。
できれば灰猫にも話を聞いてみたかったところだが、いま灰猫はルミナに連れられて世界のどこかを巡っているところ、さすがにこんな用事で呼び戻すというのも忍びない。
「あのお二人もお似合いなんだから早くくっ付いたら良いと思うんだけれど、エルも同じこと思ってたのね」
「お互い意識してるけど近すぎて感覚が分かんなくなっちゃってるんでしょ」
距離感が近すぎるというのは、場合によってはこういった事態も招いてしまう。
それを解決してくれるのは外部からの衝撃、時間は事態を悪化させる要因でしかない。
そんな雑談を交わしながら冒険者組合へとやってきたエルピス達はいつも通りその門を叩く。
「さてと、ここが魔界の冒険者組合か」
石造の冒険者組合内部は人間の国とそう変わらない形態を保っており、中を探ってみてもいつもと違った様子は見られない。
人類が管理していない冒険者組合、それがここであり魔物達の長が冒険者組合という機構を真似して作ったそれに近い場所だ。
「人の世界のものとそう変わらないわね」
「分かりやすさって大切だよ」
いつもあるところにいつもあるものが、場所が違ってもその全てが同じというのは見知った場所に来たのではないかという錯覚すら覚える。
共通字である魔界語を読みながら依頼内容を確認してみれば、突如居なくなった貴族の子供の捜索依頼や誰も倒せなかったのか古びた魔物の討伐依頼書など。
内容こそめんどうなものが多いがもはや慣れ親しんだものばかり。
「さてと近況報告のところは……なになに──これって!」
もはや誰も使うことはなく黒く薄汚れた木のボード、そこに取り付けられた新しい紙に書かれていた内容を上からじっくりと眺めていたエラは、その内容に呼吸を止めてしまうほどの驚きを与えられる。
イロアス、クリム両名作戦行動中に死亡。
そのたった一文を見て。
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