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青年期:魔界編
安らぎの時間
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愛の告白を終えたレネスはエルピスと共に魔界の街を楽しんでいた。
「見てくれエルピス! 凄いぞこれは!」
街の中を走っていくレネスの姿を追いかけるようにして後ろから走っているのはエルピスである。
人をかき分けそれでもまだ追いつけないほどに速足でかけていくレネスは、いつだって新しいものを探しているようだ。
突然足を止めたかと思うと行商の品である呪われた盃のようなものを嬉しそうに眺めると、数秒で飽きてしまったのか元の場所へと丁寧に戻すとまたどこかへ向かって走っていく。
「待ってくださいよ師匠! そんな急に走り出さなくても!」
「一分一秒が今の私にとっては貴重なんだ。ほら行くぞエルピス」
「待ってくださいよ~!」
街の中を走り回っているレネスが落ち着いたのは街を二週は走ってからだろうか。
無限に近い体力がエルピスにはあるがそれでもドタバタしていれば精神は徐々に疲労を感じる、例に漏れず疲労で体を動かすのすら億劫になっているエルピスの横で美味しそうにこの街の特産品を口にするレネスがいた。
ベンチに腰を掛け美味しそうに食べているその姿を見ていると、多少の疲労も気が付けばどうにかなっているものなのだ。
「それで師匠、どうですか?」
「ん? 美味しいぞ。食べてみるか?」
いまどんな感情かを聞いたつもりだったのだが、味が気になったのだろうと誤解されたエルピスは目の前で差し出されたよくわからない食べ物を口にする。
口の中に広がった味はイカの姿焼きやそれに近いような味だ、屋台でよく出ていたあれと同じような味にエルピスは驚きながら率直な感想を述べる。
「頂きます。んっ! 美味しいですねこれ」
「そうだろう? それと何故か顔が熱っぽいんだが何故だと思う?」
「……説明が難しいんでアウローラにでも聞いてください。楽しいですか?」
その感情について聞きたかったのだが、こうして直接問いただされるとなんだか自分で答えてしまうのは気恥ずかしい。
きっとレネスの感じている感情は照れだろう、目を合わせるほどに高鳴っていく心臓の理由もいまのレネスには分からずじまいである。
申し訳ないと思いつつ丸投げしたエルピスの横で、レネスは食べ終えた串を近くのごみ箱に捨ててエルピスとの会話を続けた。
「そうしよう。質問の答えだが、楽しいよ。生きているという感覚を明確に感じる。世界に色が付け加えられた様だ」
感情がない時間を長く過ごしていたレネスにしてみれば、感情というフィルターをかけてみる世界はまた違ったものに見えるのだろう。
世界に色が付けくわえられたという表現がどのようなものなのか気になる心を持ちながら、エルピスはいつかやってくるだろうそんな未来の自分の感覚に少しだけの恐怖も感じている。
100年という時間はエルピスからしてみれば途轍もなく短い期間だと思っていた。
人として生きていたころは死ぬことこそがこの世で一番怖かったが、神人として生きている今のエルピスにとってはこの世界が退屈なものに見えてしまう日が来ることが最も怖い。
きっとこの世界でエルピスは破壊神すら倒すことができれば永遠の生を存分に味わえる、そんな中でこんなにも素晴らしい世界で生きる日々を退屈だと思ってしまう日が来るかもしれない事が何より怖いのだ。
「それは良かったです。僕も長命種としていまを全力で生きていかないと」
「それなのだがエルピス、アウローラの寿命は伸ばさないのか? あのままだと持って700年くらいだろう」
「アウローラが長生きしたがらない限りは僕は任せますよ。それに転生しても愛せる自信がありますからね」
寿命の話をするのであれば確かにアウローラの寿命が最も問題になってくるだろう。
灰猫は1000年くらいだろうか、それ以外のエルピスの周りにいる人物は規格外の寿命や不老なので気にすることもない。
エルピスが神印を渡せばアウローラは先代の鍛冶神から神印を受け取って寿命を延ばしたゲイルのように寿命を延ばすこともできる。
だがエルピスはゲイルが己の寿命について悩んでいたことを知っている、人であるアウローラの周りにはきっとこの先エルピスよりも更に短命の友が増えていくことだろう。
それを考えるとアウローラの寿命を延ばすのはエルピスの自分勝手な意思でどうにかしていいものではないだろう、アウローラがそれを望まない限りはエルピスは何もすべきではない。
もし転生してしまったのなら、いつか輪廻の輪をめぐって転生してくるアウローラを愛する準備はもうできている。
それで嫌われてしまったのなら、好きになってくれるまで共にいればいいだけの事だ。
「エラやセラに愛されているエルピスがそういうと説得力があるな」
「そうでしょう?」
そう考えるときっとニルもレネスも同じような感情を抱いて生きているのだろう。
長命種にとっての愛とはきっとそうゆう事なのである。
少し遠くを眺めるエルピスを前にして、同じように遠くを眺めているレネスはそのままの視線で話題を変えた。
「気になっていたんだがエルピス、何故私には敬語なんだ?」
「何故って、師匠だからですよ。師匠というのは敬意を払うべき人物なので」
「そうか? 人というのはなんとも難しいものだな、私も名で呼んで欲しいわけではないが。親しい証としてもっと楽に話して欲しいものだ」
言葉というのは明確に相手からの好意を図れるものである。
確かに敬語で話をするよりもため口で話す方が親近感を感じるというのも理解できない事ではない。
だがエルピスからしてみればこの口調こそがレネスを特別視しているという事の証明でもある。
「親しさは何も会話に出るものじゃないですよ。それにこれは師匠だけの特別ですよ?」
「ほう、私だけの特別か。それはなんとも素晴らしい響きだな」
「師匠は大人の女性特有の気高さを感じるんです。年上みたいでっていうと安直ですけどそんな師匠とのこの距離感が俺は好きですよ」
「ありがとう。ただ私はまだ愛を知らないからな、君がそれを教えてくれるまでは私からはお預けだ」
遠くに移していた視線を戻し、隣にいたレネスの瞳を覗いたエルピスは己の勝ちを確信した。
本心を隠すことなく口にし、そして最後に相手に対して優しく愛の言葉を口にする。
そうすればきっと向こうからも愛の言葉が返ってくる、それを目的としていたエルピスだったがレネスにそっと肩を叩かれてがっくりと肩を落とした。
「……なんか悶々としますね」
「それは褒められているのか?」
「いえ、神人って意外と人なんだなと再確認していただけです。それより師匠、服を買いに行きませんか?」
「服か? 別に構わないがここで買うのか?」
「いえいえ、もちろんあの店でですよ」
レネスからの愛の言葉を引き出すつもりだったが計画がくるってしまっては仕方ない。
このままレネスにはこの世界でエルピスが知っている良いものを経験してもらおう、そう考えたエルピスはわくわくしながら転移魔法陣を起動するのだった。
/
王国の南町、商業区として発展しているそんな場所へとエルピス達は転移する。
転移魔法を使用した酔いももはや気にならず、エルピスはかつて来たことのある店の前に立った。
改装するという話は聞いていたことがあったが、改めて改装した店を見てみると驚くほどに変化がみられる。
以前は木造建築で建てられていた店はコンクリートのような質感の建材に変更されており、黒一色で統一された店内は前回よりも高級感があふれていた。
重たい扉を押し開けてレネスと共に店内へと入ってみると、いつしか出会った店員が綺麗に腰から上を曲げて礼をしている。
「──これはこれはエルピス様、ようこそいらっしゃいました。お連れの方も一度ご来店くださった方ですね」
「お久しぶりです」
エルピスは何度か来ているからわかるかもしれないが、一度訪れただけのレネスの顔を覚えていた当たりさすが高級店の店長なだけあるか。
外観を見て浮ついていた心を落ち着かせながら店内に入ったエルピスに対し、レネスはどこか浮ついている。
「エルピスここで良いのか? ここは確か人の基準だと相当に贅沢な店だろう?」
「ここは品揃えが一番良いので。すいませんどなたか彼女の服を見繕ってくださいませんか?」
「はいっ! でしたら私が!」
確かにここの値段は他の店に比べて桁が二つから三つほどは違う。
だがそれだけ良い商品が取り揃えられているしサービスだってもちろん良い、金銭の余裕があるエルピスからしてみればこの店はいろいろな面で勝手がいい。
それにこの店はどこからか知らないがエルピスが元いた世界の、異世界の服装が多く取り揃えられているのでいろいろな服装が見ることができるのも良いところだ。
「でしたらお願いします。私はここで待っていますので」
「お任せください! お望み通り仕上げて参ります!」
いつもエルピス達の服装を選んでくれている店員がレネスの背中を押して去っていくのをみながら、エルピスは近くにあった椅子に腰掛ける。
服選びのセンスは平均かそれより少し下のエルピスからしてみれば、ああして服装を選んでくれる人がいるのは楽でありがたい。
「まったくなんで俺が服選びなんか──ってエルピスさん!?」
席に腰掛けゆったりとしていたエルピスの横で頭を悩ませている青年は、こちらを見ると驚いた声をあげる。
多少やつれてしまっているがその顔を忘れることはない、この国の国王がこんなところにいることは驚きではあるが。
「久しぶりグロリアス。ちょっとやつれた?」
「やつれもしますよこんな環境だと。いま経済が回っているのが半ば奇跡ですからね、ウチはまだマシですが隣国だと全面降伏を求める声も上がってるんですよ?」
「それはヤバいな、植民地まっしぐらじゃん」
「連中は人類の大半を売り渡すことで自分達だけ助かろうとしているんですよ。逆の立場になったらその後に自分たちもどうなるかくらいは分かりそうなものですがね」
エルピスの隣に腰掛けてそう言葉を述べたグロリアスの横顔は、エルピスのそれよりもはるかに疲労感が感じられる。
エルピスが世界会議で行ったのは全体の調整を力を持って無理やり行わせただけ、当初の予定通りに進んでいるという話自体は聞いているがわそれでも裏で様々な工作が行われていることだろう。
金銭的な事ならまだマジで、降伏を促したり人類を売ろうとする存在が最も邪魔だ。
己の利益を考えての行動なのだろうが、そもそも人類を殲滅させようと動いている敵に対して人類を裏切ったとしてその後良い扱いをしてもらえるかどうかは別だろう。
グロリアスもそれを分かっているからこそそれを説き伏せているのだが、向こうはそんな事をしてはいないと知らぬ存ぜぬばかりである。
「それでエルピスさん今日はどうしてここに?」
「魔界の服屋は品揃えが悪かったから。あと王国の視察もかねてかな、思ってたより全然治安が良くてびっくりしたけど」
「そこら辺は志願兵の存在とアウローラのスピーチが大きいですね。結局のところ初動が成功したからこそのいまですよ」
「国王が警備を連れていなくても外出できる時点で他国からしたら羨ましいことだろうね」
街中を見ていれば分かるが王国の治安は以前とそれほど変わっていない。
予想される敵勢力が完全復活するまで後三年、危機が迫っているが治安が悪化していないのはそれだけ安定している証でもある。
南の街は首都からそれほど遠くないとは言え、それでも緊急事態なら国王がふらっと買い物できる距離ではない。
「でしょうね、僕も自由にできてありがたいです。今度は何をしてるんですか?」
「魔界に行って龍退治だよ、本当は両親を連れて帰ってくるつもりだったんだけどね」
「魔界で龍退治というと邪竜の再臨ですか。人類にとっては最悪そのものですね」
邪竜と言えば人類滅亡を招きかねない存在だ。
それこそ今回の各国の協力だって邪竜対策に立てられるなら、もう少し積極的に各国が連携してくれるほどの脅威である。
それは邪竜が亜人の国を一つ、人間の国を2つ滅ぼしてしまったことにあるのだがそれはいまは別の話だ。
「それはまぁなんとかするよ、それよりも問題なのは人類の治安かな。これ以上の治安悪化はあんまり良くないよ」
「……理由をお聞きしても?」
「破壊神の復活の条件がこの世界の治安悪化だから。そう言ったら信じる?」
突拍子もない話ではあるが、自分のことを神だと信じてくれたグロリアスならば。
そう考えたエルピスの目の前で、ゆっくりと深呼吸をしたグロリアスは数秒考えた後に言葉を返す。
「信じますよ、貴方の口から出てきた言葉に嘘はなかったですから」
「そうだっけ? 結構嘘ついてるイメージがあるんだけど」
「こういう時の嘘はですよ、普段のエルピスさんは嘘つきなので」
「なんか酷いなその言い方」
笑みを浮かべたエルピスはグロリアスからの信頼を暖かく感じていた。
突拍子のない話が多い上にエルピスはグロリアスへの報告が適当であることも多々ある、そんな中で自分のことを信頼してくれているグロリアスの存在はエルピスにとっても大きな物だ。
「では僕はここで。夜に執務室に来れますか? 少し話が」
「分かったよ。時差が分からないから時間がブレるだろうけど、今日中には確実に行くよ」
魔界と王国の距離は相当なものがある、もちろんこの世界が特殊な環境になっていないかぎり日の沈む時間は別々のはずだ。
エルピス自身体験として数日間日中の中にいた生活を送っていたこともあったので、この世界に時差があるというのはほぼ確実である。
立ち上がったグロリアスをエルピスが見送ろうとすると、満面の笑みでこちらにやってきた店員が驚きの顔を見せた。
「エルピス様、準備が整いました──って国王様!?」
王の突然の来店に驚くのも無理はない。
普段から顔を隠そうとしないグロリアスは目線をよく拾うが、国王という責任感ある立場のものが護衛もつれずに店にいればおかしいと感じるのは当然だ。
「ああいいよいいよ、楽にしてて。仕事に集中してください」
「すっかり王様が板に付いたな」
「もう王も長いですから。では僕はここで」
そう言って店外へと出て行ったグロリアスを見送ると、いつのまにか着替えを終えたレネスがそこには立っていた。
「──なぁエルピス、これおかしくないか?」
「そんな事無いですよ師匠、すっごく似合ってます」
白いシャツに長い黒のズボン、装飾品はブレスレットだけという随分とシンプルな服装のレネスがそこに立っていた。
元の素材になるレネスの顔が良いだけにそれだけでもお洒落さを醸し出しており、服装よりも顔に目がいくのは当然のことなのかもしれない。
「こちらはシンプルに魅力を引き立たせる為の服装になっています。スタイルも非常に宜しいですし着飾らずともこれだけでも十分かと」
「良い仕事しますね」
「お褒めに預かり光栄です。では次のを」
どこから取り出したのかさっとカーテンが出てくると、気がつけばレネスの服装は別のものへと変わっている。
早着替えにしては随分と特殊なやり方だ、技能の発動を権能が感知したのでおそらくはなんらかの技能を用いて無理やり着替えさせたのだろう。
「これは……ニルがよく着ているのと似ているな」
「白のTシャツの上に短い丈のパーカーを被せて、下はショートパンツにレギンスを採用してみました。イメージとしては軽い運動用ですね」
「かっこいいよ師匠」
「それは褒められいるのか?」
「これ以上ない讃辞かと」
服を買いにきておいて外面を誉めるとは本末転倒もいいところな気がするが、それがエルピスの率直な感想であるならばそれもまたレネスにとっては嬉しいことだ。
褒められていると知って喜んだレネスがにこやかな笑みを浮かべると、エルピスも店員もそれにつられて笑顔になる。
「次はですね──」
それからもいくつかの試着品を着替えながらエルピスの前にたったレネスは、遺憾なくその美貌を見せつけていた。
仙桜種の美貌はもはや慣れてしまったエルピスにはそれ程の衝撃はないが、もし見るものが見れば心臓を止めてしまったことだろう。
それ程までに仙桜種という美は美しく、そして力強さがあった。
「──で、以上となります」
試着がすぐに終わるというのに40分程度の時間が経過しただろうか。
見た組み合わせは数知れず、途中から装飾品専門店の店員が現れブレスレットから始まりネックレスや時計など様々な小物まで取り揃えてファッションショーが行われていた。
服に関しては少々遠慮していたレネスだったが、小物は他の女性陣も使うことができるので存分に吟味している。
「この店の服の組み合わせを思いつく限り来た気がするのだが……」
「元がいいですからね。次は是非他の方も連れてきてくださいよ、まだまだ試したい組み合わせがいっぱいあるんです!」
「そのうち連れてきますよ。師匠外で待っててください、会計だけしてくるので」
わざわざ値段を見せるべきではないだろうと判断したエルピスの意図を汲み取って外へと出て行ったレネスを見送り、エルピスは会計をする。
要求される金額は実に金貨にして10万枚近く、大貴族だって簡単に決断して払える量の金額ではないそれをエルピスは現金で支払った。
エルピスが国土防衛で手に入れた金銭がこれで全てなくなったわけだが、どうせ使う予定もなかったお金なので無くなっても大きな問題にはならないだろう。
収納庫に買い物を押し込み店外へと出てみれば、気に入ったのか一番最初に試着していたシンプルな服を着たレネスが立っていた。
キャップを被っている上に日本で見ても違和感のない格好なので、いまエルピス達を見た人物がいれば異世界人はレネスの方だと答えるだろう。
「エルピス、ありがとう」
「どういたしまして。年間売り上げを超えたって喜んでましたよ」
「どれだけ使ったのか怖くて聞けんな」
(正直俺もエラにいくら使ったか怖くて言えない)
そんな事を心で思いながらもエルピスは微笑みを浮かべるだけである。
そんな中でふとレネスが少し躊躇った後に、思い切ったようにして口を開いた。
「なぁ、人の世界とはどうしてこんなに多種多様なのだろうな」
「多様性を神が望んだから、だと思いますよ。ただ俺から見たら人以外も多種多様な性質を持っていると思いますよ?」
「そう言われれば我々もそうなのだろうな」
多様性というのは世界を形作る上でなくてはならないものだろう。
人が一人では生きていけないのは、きっと世界が一人で生きていけないからだ。
自分だけが認識している世界は簡単に書き換えることができてしまう、世界に一人しかいなければ白であったとしても一度黒であると思ってしまえばそれは永久に黒のままなのだ。
多様性とは間違いを治すために存在し、間違えるためにも存在している。
創生神が理性ある神を生み出したのはきっと自分の考え以外の考えが知りたかったからだ、だから自分の思想とは違った事を見かけると喜んでいるそぶりすら見せるのだろう。
「世界が平和になったら世界一周でもしますか」
ふとそんな考えがエルピスの頭の中をよぎる。
どうせ同級生はもう全員居場所がわかっているようなものだし、そうでなくとも戦争が終わればエルピスにすることなんてほとんどない。
老後の楽しみというにしては早すぎるが、人生の楽しさを探しにいく旅としては最適だろう。
そしてレネスはその問いかけに対して一切の躊躇いなく首を縦に振る。
「楽しそうだな。その話乗った」
「じゃあそれまで頑張ってみんなで生きていきましょうか」
「私を置いて死ぬなよ?」
「死にませんよ、死ぬとしたら最後です」
彼女達を置いて自分が死ねるものだろうか。
未だに死というものの本当の怖さすら知らないままに、エルピスはレネスに対してそんな事を口にするのだった。
/
「それでグロリアス、要件は?」
王のみが使用する事を許されている王城最奥の執務室。
夜通し王国を照らすその場所はグロリアスがいつも執務を行なっている場所だ。
転移魔法を使いエルピスがその部屋へと転移すると、現在進行形で執務をしているグロリアスの姿がそこにはあった。
「概ね想定していた時間通りです。凄いですねエルピスさん」
「あの後結局変えるのもアレだからって人間のいろんな国を飛び回ってきたんだよ、だから時差もそんなになかったんだ
レネスを魔界へと送った後にエルピスは各国の情勢を見て回っていた。
基本的には国民の私生活を見ていただけだったが、各国の情勢を知れたのはエルピスにとってそれなりに大きな収穫であったといえる。
この分であれば邪竜の討伐は時間がかかっても問題なさそうだ、これ以上何もなければではあるが。
「そういうわけですか。要件ですがエルピスさんを祭り上げる準備が整いました、つきましては魔界での問題ごとが終わったら法国に行って欲しいんですよ」
「法国? またそれは急だな」
「エルピスさんの話は漏れていなかった様なんですが、神が問いただしているのにエルピスさんの情報がわからないから消去法で神だと断定された様ですね……まぁ土精霊の国に行かれた時くらいから接触はありましたが」
「なるほどその手があったか。というか祭り上げられるの初めて聞いたんだけど」
法国の面子には確実に口出しできないようにはしたつもりだったが、別の角度からエルピスの正体を探って来るとは驚きである。
確かにエルピスももし気になる人物がいたとすればそれくらいの事はするだろう、考えが回らなかったというよりはこれ以上どうしようもないといった方が正しいか。
契約を司る神ではない以上多少契約に抜け穴があるのは想定済みだ、法国に存在が把握されてしまうのは面倒ではあるが。
祭り上げられるという話自体は初めて聞いたが、神の称号についてグロリアスたちと多少は喋っていた経験があるのでそうなってもエルピスにはそれほど驚きはなかった。
「エルピスさんの考えていた亜人国家の設立、その為の第一歩ですよ。もちろん王国としても設立後は色々と手助けするつもりですよ?」
「政治には無頓着な王になるだろうけどね、つまるところ形だけだよ。庇護下にあることを明確化するための。まぁただそうだな、その時は力を借りるよ」
法律はセラに、裁判はニルに、政治の運用自体はアウローラに、灰猫を冒険者組合の長としてすえフィトゥスやアーテ達と共に行動してもらうつもりである。
エルピスは何をするのかと聞かれれば何もするつもりはないのだが、王としてするべきことができたらその時に仕事をするだけでいいだろう。
周りに自分よりも優秀な人材がいるというのは何ともありがたいものである、戦闘しかろくにできないエルピスが人るで国を作ろうとすればどこかに齟齬が生まれてくることだろう。
「ええ。なのでエルピスさんにも力を貸して欲しいんですよ、お願いします」
「上手いこと言いくるめられたってことでいいのかな?」
「いえいえ、信頼の証ですよ。ワインでも飲みますか?」
「ありがたく貰うよ」
そしてその周りにいる優秀な人材の内の一人がグロリアスである。
こうして王国はこのグロリアスのたった一言で神の称号をもつ未来の亜人国家の王エルピスを王国の後ろ盾とすることに成功した、最初のころさえ王国の方がエルピスの作る国を守る立場になるだろうが、未来の王国は友好国として末長く反映してくれることだろう。
神に好かれるという事はつまりそういう事で、その点でいえば王国の民たちは幸運であったといえるだろう。
稀代の天才である若王と、それを友とした神の愛した国に居られるのだから。
「見てくれエルピス! 凄いぞこれは!」
街の中を走っていくレネスの姿を追いかけるようにして後ろから走っているのはエルピスである。
人をかき分けそれでもまだ追いつけないほどに速足でかけていくレネスは、いつだって新しいものを探しているようだ。
突然足を止めたかと思うと行商の品である呪われた盃のようなものを嬉しそうに眺めると、数秒で飽きてしまったのか元の場所へと丁寧に戻すとまたどこかへ向かって走っていく。
「待ってくださいよ師匠! そんな急に走り出さなくても!」
「一分一秒が今の私にとっては貴重なんだ。ほら行くぞエルピス」
「待ってくださいよ~!」
街の中を走り回っているレネスが落ち着いたのは街を二週は走ってからだろうか。
無限に近い体力がエルピスにはあるがそれでもドタバタしていれば精神は徐々に疲労を感じる、例に漏れず疲労で体を動かすのすら億劫になっているエルピスの横で美味しそうにこの街の特産品を口にするレネスがいた。
ベンチに腰を掛け美味しそうに食べているその姿を見ていると、多少の疲労も気が付けばどうにかなっているものなのだ。
「それで師匠、どうですか?」
「ん? 美味しいぞ。食べてみるか?」
いまどんな感情かを聞いたつもりだったのだが、味が気になったのだろうと誤解されたエルピスは目の前で差し出されたよくわからない食べ物を口にする。
口の中に広がった味はイカの姿焼きやそれに近いような味だ、屋台でよく出ていたあれと同じような味にエルピスは驚きながら率直な感想を述べる。
「頂きます。んっ! 美味しいですねこれ」
「そうだろう? それと何故か顔が熱っぽいんだが何故だと思う?」
「……説明が難しいんでアウローラにでも聞いてください。楽しいですか?」
その感情について聞きたかったのだが、こうして直接問いただされるとなんだか自分で答えてしまうのは気恥ずかしい。
きっとレネスの感じている感情は照れだろう、目を合わせるほどに高鳴っていく心臓の理由もいまのレネスには分からずじまいである。
申し訳ないと思いつつ丸投げしたエルピスの横で、レネスは食べ終えた串を近くのごみ箱に捨ててエルピスとの会話を続けた。
「そうしよう。質問の答えだが、楽しいよ。生きているという感覚を明確に感じる。世界に色が付け加えられた様だ」
感情がない時間を長く過ごしていたレネスにしてみれば、感情というフィルターをかけてみる世界はまた違ったものに見えるのだろう。
世界に色が付けくわえられたという表現がどのようなものなのか気になる心を持ちながら、エルピスはいつかやってくるだろうそんな未来の自分の感覚に少しだけの恐怖も感じている。
100年という時間はエルピスからしてみれば途轍もなく短い期間だと思っていた。
人として生きていたころは死ぬことこそがこの世で一番怖かったが、神人として生きている今のエルピスにとってはこの世界が退屈なものに見えてしまう日が来ることが最も怖い。
きっとこの世界でエルピスは破壊神すら倒すことができれば永遠の生を存分に味わえる、そんな中でこんなにも素晴らしい世界で生きる日々を退屈だと思ってしまう日が来るかもしれない事が何より怖いのだ。
「それは良かったです。僕も長命種としていまを全力で生きていかないと」
「それなのだがエルピス、アウローラの寿命は伸ばさないのか? あのままだと持って700年くらいだろう」
「アウローラが長生きしたがらない限りは僕は任せますよ。それに転生しても愛せる自信がありますからね」
寿命の話をするのであれば確かにアウローラの寿命が最も問題になってくるだろう。
灰猫は1000年くらいだろうか、それ以外のエルピスの周りにいる人物は規格外の寿命や不老なので気にすることもない。
エルピスが神印を渡せばアウローラは先代の鍛冶神から神印を受け取って寿命を延ばしたゲイルのように寿命を延ばすこともできる。
だがエルピスはゲイルが己の寿命について悩んでいたことを知っている、人であるアウローラの周りにはきっとこの先エルピスよりも更に短命の友が増えていくことだろう。
それを考えるとアウローラの寿命を延ばすのはエルピスの自分勝手な意思でどうにかしていいものではないだろう、アウローラがそれを望まない限りはエルピスは何もすべきではない。
もし転生してしまったのなら、いつか輪廻の輪をめぐって転生してくるアウローラを愛する準備はもうできている。
それで嫌われてしまったのなら、好きになってくれるまで共にいればいいだけの事だ。
「エラやセラに愛されているエルピスがそういうと説得力があるな」
「そうでしょう?」
そう考えるときっとニルもレネスも同じような感情を抱いて生きているのだろう。
長命種にとっての愛とはきっとそうゆう事なのである。
少し遠くを眺めるエルピスを前にして、同じように遠くを眺めているレネスはそのままの視線で話題を変えた。
「気になっていたんだがエルピス、何故私には敬語なんだ?」
「何故って、師匠だからですよ。師匠というのは敬意を払うべき人物なので」
「そうか? 人というのはなんとも難しいものだな、私も名で呼んで欲しいわけではないが。親しい証としてもっと楽に話して欲しいものだ」
言葉というのは明確に相手からの好意を図れるものである。
確かに敬語で話をするよりもため口で話す方が親近感を感じるというのも理解できない事ではない。
だがエルピスからしてみればこの口調こそがレネスを特別視しているという事の証明でもある。
「親しさは何も会話に出るものじゃないですよ。それにこれは師匠だけの特別ですよ?」
「ほう、私だけの特別か。それはなんとも素晴らしい響きだな」
「師匠は大人の女性特有の気高さを感じるんです。年上みたいでっていうと安直ですけどそんな師匠とのこの距離感が俺は好きですよ」
「ありがとう。ただ私はまだ愛を知らないからな、君がそれを教えてくれるまでは私からはお預けだ」
遠くに移していた視線を戻し、隣にいたレネスの瞳を覗いたエルピスは己の勝ちを確信した。
本心を隠すことなく口にし、そして最後に相手に対して優しく愛の言葉を口にする。
そうすればきっと向こうからも愛の言葉が返ってくる、それを目的としていたエルピスだったがレネスにそっと肩を叩かれてがっくりと肩を落とした。
「……なんか悶々としますね」
「それは褒められているのか?」
「いえ、神人って意外と人なんだなと再確認していただけです。それより師匠、服を買いに行きませんか?」
「服か? 別に構わないがここで買うのか?」
「いえいえ、もちろんあの店でですよ」
レネスからの愛の言葉を引き出すつもりだったが計画がくるってしまっては仕方ない。
このままレネスにはこの世界でエルピスが知っている良いものを経験してもらおう、そう考えたエルピスはわくわくしながら転移魔法陣を起動するのだった。
/
王国の南町、商業区として発展しているそんな場所へとエルピス達は転移する。
転移魔法を使用した酔いももはや気にならず、エルピスはかつて来たことのある店の前に立った。
改装するという話は聞いていたことがあったが、改めて改装した店を見てみると驚くほどに変化がみられる。
以前は木造建築で建てられていた店はコンクリートのような質感の建材に変更されており、黒一色で統一された店内は前回よりも高級感があふれていた。
重たい扉を押し開けてレネスと共に店内へと入ってみると、いつしか出会った店員が綺麗に腰から上を曲げて礼をしている。
「──これはこれはエルピス様、ようこそいらっしゃいました。お連れの方も一度ご来店くださった方ですね」
「お久しぶりです」
エルピスは何度か来ているからわかるかもしれないが、一度訪れただけのレネスの顔を覚えていた当たりさすが高級店の店長なだけあるか。
外観を見て浮ついていた心を落ち着かせながら店内に入ったエルピスに対し、レネスはどこか浮ついている。
「エルピスここで良いのか? ここは確か人の基準だと相当に贅沢な店だろう?」
「ここは品揃えが一番良いので。すいませんどなたか彼女の服を見繕ってくださいませんか?」
「はいっ! でしたら私が!」
確かにここの値段は他の店に比べて桁が二つから三つほどは違う。
だがそれだけ良い商品が取り揃えられているしサービスだってもちろん良い、金銭の余裕があるエルピスからしてみればこの店はいろいろな面で勝手がいい。
それにこの店はどこからか知らないがエルピスが元いた世界の、異世界の服装が多く取り揃えられているのでいろいろな服装が見ることができるのも良いところだ。
「でしたらお願いします。私はここで待っていますので」
「お任せください! お望み通り仕上げて参ります!」
いつもエルピス達の服装を選んでくれている店員がレネスの背中を押して去っていくのをみながら、エルピスは近くにあった椅子に腰掛ける。
服選びのセンスは平均かそれより少し下のエルピスからしてみれば、ああして服装を選んでくれる人がいるのは楽でありがたい。
「まったくなんで俺が服選びなんか──ってエルピスさん!?」
席に腰掛けゆったりとしていたエルピスの横で頭を悩ませている青年は、こちらを見ると驚いた声をあげる。
多少やつれてしまっているがその顔を忘れることはない、この国の国王がこんなところにいることは驚きではあるが。
「久しぶりグロリアス。ちょっとやつれた?」
「やつれもしますよこんな環境だと。いま経済が回っているのが半ば奇跡ですからね、ウチはまだマシですが隣国だと全面降伏を求める声も上がってるんですよ?」
「それはヤバいな、植民地まっしぐらじゃん」
「連中は人類の大半を売り渡すことで自分達だけ助かろうとしているんですよ。逆の立場になったらその後に自分たちもどうなるかくらいは分かりそうなものですがね」
エルピスの隣に腰掛けてそう言葉を述べたグロリアスの横顔は、エルピスのそれよりもはるかに疲労感が感じられる。
エルピスが世界会議で行ったのは全体の調整を力を持って無理やり行わせただけ、当初の予定通りに進んでいるという話自体は聞いているがわそれでも裏で様々な工作が行われていることだろう。
金銭的な事ならまだマジで、降伏を促したり人類を売ろうとする存在が最も邪魔だ。
己の利益を考えての行動なのだろうが、そもそも人類を殲滅させようと動いている敵に対して人類を裏切ったとしてその後良い扱いをしてもらえるかどうかは別だろう。
グロリアスもそれを分かっているからこそそれを説き伏せているのだが、向こうはそんな事をしてはいないと知らぬ存ぜぬばかりである。
「それでエルピスさん今日はどうしてここに?」
「魔界の服屋は品揃えが悪かったから。あと王国の視察もかねてかな、思ってたより全然治安が良くてびっくりしたけど」
「そこら辺は志願兵の存在とアウローラのスピーチが大きいですね。結局のところ初動が成功したからこそのいまですよ」
「国王が警備を連れていなくても外出できる時点で他国からしたら羨ましいことだろうね」
街中を見ていれば分かるが王国の治安は以前とそれほど変わっていない。
予想される敵勢力が完全復活するまで後三年、危機が迫っているが治安が悪化していないのはそれだけ安定している証でもある。
南の街は首都からそれほど遠くないとは言え、それでも緊急事態なら国王がふらっと買い物できる距離ではない。
「でしょうね、僕も自由にできてありがたいです。今度は何をしてるんですか?」
「魔界に行って龍退治だよ、本当は両親を連れて帰ってくるつもりだったんだけどね」
「魔界で龍退治というと邪竜の再臨ですか。人類にとっては最悪そのものですね」
邪竜と言えば人類滅亡を招きかねない存在だ。
それこそ今回の各国の協力だって邪竜対策に立てられるなら、もう少し積極的に各国が連携してくれるほどの脅威である。
それは邪竜が亜人の国を一つ、人間の国を2つ滅ぼしてしまったことにあるのだがそれはいまは別の話だ。
「それはまぁなんとかするよ、それよりも問題なのは人類の治安かな。これ以上の治安悪化はあんまり良くないよ」
「……理由をお聞きしても?」
「破壊神の復活の条件がこの世界の治安悪化だから。そう言ったら信じる?」
突拍子もない話ではあるが、自分のことを神だと信じてくれたグロリアスならば。
そう考えたエルピスの目の前で、ゆっくりと深呼吸をしたグロリアスは数秒考えた後に言葉を返す。
「信じますよ、貴方の口から出てきた言葉に嘘はなかったですから」
「そうだっけ? 結構嘘ついてるイメージがあるんだけど」
「こういう時の嘘はですよ、普段のエルピスさんは嘘つきなので」
「なんか酷いなその言い方」
笑みを浮かべたエルピスはグロリアスからの信頼を暖かく感じていた。
突拍子のない話が多い上にエルピスはグロリアスへの報告が適当であることも多々ある、そんな中で自分のことを信頼してくれているグロリアスの存在はエルピスにとっても大きな物だ。
「では僕はここで。夜に執務室に来れますか? 少し話が」
「分かったよ。時差が分からないから時間がブレるだろうけど、今日中には確実に行くよ」
魔界と王国の距離は相当なものがある、もちろんこの世界が特殊な環境になっていないかぎり日の沈む時間は別々のはずだ。
エルピス自身体験として数日間日中の中にいた生活を送っていたこともあったので、この世界に時差があるというのはほぼ確実である。
立ち上がったグロリアスをエルピスが見送ろうとすると、満面の笑みでこちらにやってきた店員が驚きの顔を見せた。
「エルピス様、準備が整いました──って国王様!?」
王の突然の来店に驚くのも無理はない。
普段から顔を隠そうとしないグロリアスは目線をよく拾うが、国王という責任感ある立場のものが護衛もつれずに店にいればおかしいと感じるのは当然だ。
「ああいいよいいよ、楽にしてて。仕事に集中してください」
「すっかり王様が板に付いたな」
「もう王も長いですから。では僕はここで」
そう言って店外へと出て行ったグロリアスを見送ると、いつのまにか着替えを終えたレネスがそこには立っていた。
「──なぁエルピス、これおかしくないか?」
「そんな事無いですよ師匠、すっごく似合ってます」
白いシャツに長い黒のズボン、装飾品はブレスレットだけという随分とシンプルな服装のレネスがそこに立っていた。
元の素材になるレネスの顔が良いだけにそれだけでもお洒落さを醸し出しており、服装よりも顔に目がいくのは当然のことなのかもしれない。
「こちらはシンプルに魅力を引き立たせる為の服装になっています。スタイルも非常に宜しいですし着飾らずともこれだけでも十分かと」
「良い仕事しますね」
「お褒めに預かり光栄です。では次のを」
どこから取り出したのかさっとカーテンが出てくると、気がつけばレネスの服装は別のものへと変わっている。
早着替えにしては随分と特殊なやり方だ、技能の発動を権能が感知したのでおそらくはなんらかの技能を用いて無理やり着替えさせたのだろう。
「これは……ニルがよく着ているのと似ているな」
「白のTシャツの上に短い丈のパーカーを被せて、下はショートパンツにレギンスを採用してみました。イメージとしては軽い運動用ですね」
「かっこいいよ師匠」
「それは褒められいるのか?」
「これ以上ない讃辞かと」
服を買いにきておいて外面を誉めるとは本末転倒もいいところな気がするが、それがエルピスの率直な感想であるならばそれもまたレネスにとっては嬉しいことだ。
褒められていると知って喜んだレネスがにこやかな笑みを浮かべると、エルピスも店員もそれにつられて笑顔になる。
「次はですね──」
それからもいくつかの試着品を着替えながらエルピスの前にたったレネスは、遺憾なくその美貌を見せつけていた。
仙桜種の美貌はもはや慣れてしまったエルピスにはそれ程の衝撃はないが、もし見るものが見れば心臓を止めてしまったことだろう。
それ程までに仙桜種という美は美しく、そして力強さがあった。
「──で、以上となります」
試着がすぐに終わるというのに40分程度の時間が経過しただろうか。
見た組み合わせは数知れず、途中から装飾品専門店の店員が現れブレスレットから始まりネックレスや時計など様々な小物まで取り揃えてファッションショーが行われていた。
服に関しては少々遠慮していたレネスだったが、小物は他の女性陣も使うことができるので存分に吟味している。
「この店の服の組み合わせを思いつく限り来た気がするのだが……」
「元がいいですからね。次は是非他の方も連れてきてくださいよ、まだまだ試したい組み合わせがいっぱいあるんです!」
「そのうち連れてきますよ。師匠外で待っててください、会計だけしてくるので」
わざわざ値段を見せるべきではないだろうと判断したエルピスの意図を汲み取って外へと出て行ったレネスを見送り、エルピスは会計をする。
要求される金額は実に金貨にして10万枚近く、大貴族だって簡単に決断して払える量の金額ではないそれをエルピスは現金で支払った。
エルピスが国土防衛で手に入れた金銭がこれで全てなくなったわけだが、どうせ使う予定もなかったお金なので無くなっても大きな問題にはならないだろう。
収納庫に買い物を押し込み店外へと出てみれば、気に入ったのか一番最初に試着していたシンプルな服を着たレネスが立っていた。
キャップを被っている上に日本で見ても違和感のない格好なので、いまエルピス達を見た人物がいれば異世界人はレネスの方だと答えるだろう。
「エルピス、ありがとう」
「どういたしまして。年間売り上げを超えたって喜んでましたよ」
「どれだけ使ったのか怖くて聞けんな」
(正直俺もエラにいくら使ったか怖くて言えない)
そんな事を心で思いながらもエルピスは微笑みを浮かべるだけである。
そんな中でふとレネスが少し躊躇った後に、思い切ったようにして口を開いた。
「なぁ、人の世界とはどうしてこんなに多種多様なのだろうな」
「多様性を神が望んだから、だと思いますよ。ただ俺から見たら人以外も多種多様な性質を持っていると思いますよ?」
「そう言われれば我々もそうなのだろうな」
多様性というのは世界を形作る上でなくてはならないものだろう。
人が一人では生きていけないのは、きっと世界が一人で生きていけないからだ。
自分だけが認識している世界は簡単に書き換えることができてしまう、世界に一人しかいなければ白であったとしても一度黒であると思ってしまえばそれは永久に黒のままなのだ。
多様性とは間違いを治すために存在し、間違えるためにも存在している。
創生神が理性ある神を生み出したのはきっと自分の考え以外の考えが知りたかったからだ、だから自分の思想とは違った事を見かけると喜んでいるそぶりすら見せるのだろう。
「世界が平和になったら世界一周でもしますか」
ふとそんな考えがエルピスの頭の中をよぎる。
どうせ同級生はもう全員居場所がわかっているようなものだし、そうでなくとも戦争が終わればエルピスにすることなんてほとんどない。
老後の楽しみというにしては早すぎるが、人生の楽しさを探しにいく旅としては最適だろう。
そしてレネスはその問いかけに対して一切の躊躇いなく首を縦に振る。
「楽しそうだな。その話乗った」
「じゃあそれまで頑張ってみんなで生きていきましょうか」
「私を置いて死ぬなよ?」
「死にませんよ、死ぬとしたら最後です」
彼女達を置いて自分が死ねるものだろうか。
未だに死というものの本当の怖さすら知らないままに、エルピスはレネスに対してそんな事を口にするのだった。
/
「それでグロリアス、要件は?」
王のみが使用する事を許されている王城最奥の執務室。
夜通し王国を照らすその場所はグロリアスがいつも執務を行なっている場所だ。
転移魔法を使いエルピスがその部屋へと転移すると、現在進行形で執務をしているグロリアスの姿がそこにはあった。
「概ね想定していた時間通りです。凄いですねエルピスさん」
「あの後結局変えるのもアレだからって人間のいろんな国を飛び回ってきたんだよ、だから時差もそんなになかったんだ
レネスを魔界へと送った後にエルピスは各国の情勢を見て回っていた。
基本的には国民の私生活を見ていただけだったが、各国の情勢を知れたのはエルピスにとってそれなりに大きな収穫であったといえる。
この分であれば邪竜の討伐は時間がかかっても問題なさそうだ、これ以上何もなければではあるが。
「そういうわけですか。要件ですがエルピスさんを祭り上げる準備が整いました、つきましては魔界での問題ごとが終わったら法国に行って欲しいんですよ」
「法国? またそれは急だな」
「エルピスさんの話は漏れていなかった様なんですが、神が問いただしているのにエルピスさんの情報がわからないから消去法で神だと断定された様ですね……まぁ土精霊の国に行かれた時くらいから接触はありましたが」
「なるほどその手があったか。というか祭り上げられるの初めて聞いたんだけど」
法国の面子には確実に口出しできないようにはしたつもりだったが、別の角度からエルピスの正体を探って来るとは驚きである。
確かにエルピスももし気になる人物がいたとすればそれくらいの事はするだろう、考えが回らなかったというよりはこれ以上どうしようもないといった方が正しいか。
契約を司る神ではない以上多少契約に抜け穴があるのは想定済みだ、法国に存在が把握されてしまうのは面倒ではあるが。
祭り上げられるという話自体は初めて聞いたが、神の称号についてグロリアスたちと多少は喋っていた経験があるのでそうなってもエルピスにはそれほど驚きはなかった。
「エルピスさんの考えていた亜人国家の設立、その為の第一歩ですよ。もちろん王国としても設立後は色々と手助けするつもりですよ?」
「政治には無頓着な王になるだろうけどね、つまるところ形だけだよ。庇護下にあることを明確化するための。まぁただそうだな、その時は力を借りるよ」
法律はセラに、裁判はニルに、政治の運用自体はアウローラに、灰猫を冒険者組合の長としてすえフィトゥスやアーテ達と共に行動してもらうつもりである。
エルピスは何をするのかと聞かれれば何もするつもりはないのだが、王としてするべきことができたらその時に仕事をするだけでいいだろう。
周りに自分よりも優秀な人材がいるというのは何ともありがたいものである、戦闘しかろくにできないエルピスが人るで国を作ろうとすればどこかに齟齬が生まれてくることだろう。
「ええ。なのでエルピスさんにも力を貸して欲しいんですよ、お願いします」
「上手いこと言いくるめられたってことでいいのかな?」
「いえいえ、信頼の証ですよ。ワインでも飲みますか?」
「ありがたく貰うよ」
そしてその周りにいる優秀な人材の内の一人がグロリアスである。
こうして王国はこのグロリアスのたった一言で神の称号をもつ未来の亜人国家の王エルピスを王国の後ろ盾とすることに成功した、最初のころさえ王国の方がエルピスの作る国を守る立場になるだろうが、未来の王国は友好国として末長く反映してくれることだろう。
神に好かれるという事はつまりそういう事で、その点でいえば王国の民たちは幸運であったといえるだろう。
稀代の天才である若王と、それを友とした神の愛した国に居られるのだから。
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