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幼少期編
帰ってきた母
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木々が揺らめく窓の外を眺めながら、エルピスは静かに息を吐き出す。
その息でカーテンが揺れ顔に軽く当たり、それを払い退けつつ窓の外へと再び視線を戻していく。
最初の頃こそ中々慣れなかった幼児生活だが、最近はだんだんと悪く無いと思えるようになってきた。
これといって特殊な能力などはまだ使えるようになっている訳では無いが、自由に行動できると言うのはそれだけで中々に楽しい。
部屋の中のみでしか行動は許されていないが、それでも寝たきりの頃に比べれば出来ることは多い。
それから少ししてエルピスがメイドと本を読んでいると、ドタバタと廊下の方から足音が聞こえてきた。
「私が──帰ってきたわよぉエルピス!」
部屋の扉が壊れるのではないかと思える程の威力で扉が押し開かれ、エルピスの母親であるクリムが疲れた顔で部屋の中に入ってきた。
余程急いでこの部屋にやって来たのか、外出時によく着ていく服は綺麗に整えられているいつもと違ってかなり乱れており、どちらかと言えば寂しいと思って居たのは母さんの方なのでは無いかとエルピスは感じる。
ここ半年程だろうか、母は他国にまで仕事をしに行っていたので会うのはかなり久々だし、エルピスも確かに寂しい気持ちも有った。
「お母さんいつの間に帰ってきてた──って痛い」
膝の上でエルピスを抱えて本を読んでいたメイドから、エルピス本人が気付かないほどの速度でメイドからエルピスの事を受け取ると、そのままクリムはエルピスの事を強く抱きしめる。
母の行動に瞬時に反応できたメイドもメイドだが、この状況に若干慣れてきている自分に、一番なんだかなあという気分だ。
とは言え先述した通り寂しさを感じていなかったらと言えば嘘になるので、特にこれと言って抵抗もせずに素直に頬と頬を擦り合わせる。
子供特有の体温の高さの影響もあってひんやりとした母の頬は気持ちよく、気付かないうちに顔がほころんでいく。
「あれ? この子こんなに可愛かったっけ? あれれ?」
「奥様。幼少期に余り構い過ぎると、反抗期が早く来るそうです。そこら辺でお辞めになっては?」
さらに込める力を強くしてエルピスの事を抱きしめてきたクリムに対して、近くに控えていたメイドがため息をつくのを我慢しながらそう言う。
毎度毎度この状況になる度に反抗期が早くなると言われている母だが、エルピスが知る限り言われたところで治った試しがない。
我慢しようとしている節は見えるのだが数秒後にはそれも何処かへと行ってしまうようで、迷惑ではないがこういう時だけは困ったものだ。
毎度のことではあるが、さすがに今回は長期間不在だったことも相俟って不安になったのだが、いつにも増して不安そうな声音でクリムはエルピスに声をかける。
「は、反抗期……ってなんだっけ? 人特有の自立を求めて親に反抗する性質のことだっけ? 半分は龍種だし大丈夫なんじゃ?」
「そう言うものでは無いのですが……はぁ、これは何を言ってもダメそうですね。エルピス様こちらへ」
エルピスの事を宝物でも抱えるかの如く抱きしめながら軽く涙目になりつつも、メイドに対して母は言葉を返す。
そんな母を見て呆れた様な表情をして大きく溜息を吐くメイドさんを少し見てから、今もまだ全力で頬擦りしてくる母の顔をエルピスは少し右手で押し返す。
勿論こうしてかまって貰えるのは嫌では無いし、こうやって抱きしめられるのも、まだ人肌の恋しいこの身体の年齢的に嬉しくも有る。
だが将来生まれてくるかもしれない弟や妹までこんなに甘やかされていると、ダメな大人になってしまうかもしれない。
中身は一応高校生であるエルピスですら精神的に揺らぐくらいだ、小さな子相手にずっとこんな甘やかし方をしていたらどうなるかは想像に難くない。
貴族の息子たるもの威厳はあって然るべきだろうが、傲慢とプライドの高さは威厳とはまた別のものだ。
そうならない為にも母さんには悪いが、そろそろ離れて貰おう。
軽くーーほんの軽くだがそうして母を突き放したエルピスを見て、メイドは静かに口の端を上げながら言葉をかける。
「ほら、やっぱり嫌われた」
「嫌われた!? そんな事ある訳ないじゃ無い! エルピスは私の事好きよね? 嫌いになんてなったりしないわよね?」
「お母さんは好きだけど、あんまりこうして僕の事を甘やかすのは良くないと思うよ!」
「そ、そんなぁ……リリィ、なんとかしてぇ!」
「自業自得です。ほらエルピス様、私と向こうで遊びましょう?」
「うん、だけどちょっと待って?」
悲壮感漂う母とは真逆の、勝ち誇った様な表情をしているリリィと呼ばれたメイドに抱かれて遊び部屋に連れていかれそうになるのを、エルピスは手で制止する。
それを見てリリィは一瞬驚いた様な顔をすると、直ぐに笑みを見せて一歩後ろに下がった。
本当に気の使える女性には敵わないと思いながら、ゆっくりエルピスは母の目を見ながら言葉を交わす。
「お母さんにこうして構って貰えるのは嫌じゃないよ? だけどあんまりこうして甘やかされると、色々して欲しくなっちゃうからダメ!」
「良いじゃない、お母さんもお父さんもこの世界で最も自由な存在よ? エルピスの為なら空だって飛ぶし天候だって変えてあげる」
人と龍の思考の差というよりは、この世界の強者と自分との思考の差ということだろう。
遊びの中に空を飛ぶという選択肢が出る辺りやはり母は人外なのだが、とは言っても亜人だからと言って無限の体力を持つわけではない。
半年もの間激務に追われ、身体は疲労困憊のはずだ。
「ダメだから! お母さんは頑張りすぎちゃうんだから! お外行って疲れてるんだから、今日はしっかり寝てて!」
「うーん、エルピスがそう言うのなら…仕方ないわね」
巧妙に隠しているつもりなのだろうが、エルピスにはクリムが今にも倒れそうなのは分かっている。
だからエルピスとしては今は遊ぶよりも先に、母に休息を取ってもらいたい。
帰ってきて自分の事をするでもなく、真っ先に自分の元に来てくれた愛しい母親にする対応としては酷いかもしれないが、そんな事よりもエルピスにとっては母の身体の方が圧倒的に大事だ。
そのまま母との別れを惜しみながら、エルピスは寝室から遊び部屋までリリィに抱っこされながら移動する。
「エルピス様は優しいですね」
「うーん、僕リリィが何を言いたいのか分かんないな」
「それならそう言う事にしておきましょう。──さてエルピス様、何かしたい事はございますか?」
多種多様な玩具が用意されている部屋に抱っこされながら入ったエルピスは、いつも座っている場所に座りおもちゃを探す。
この世界にある玩具は、魔法操作を幼少から覚えさせる様に魔法操作技術を必要とするものがいくつかあるのだが、もうあらかたマスターしてしまった。
幼児向けの器具を高校生がやるのだ、理解するのに時間もかからないし慣れるのもすぐだ。
やる事がなく退屈そうにしているエルピスを見てリリィがしたい事は無いかと聞くと、エルピスは近くにあったボールを弄る手を止めてリリィの目を見つめると、元気良く答えた。
「──僕は魔法が使えるようになりたい!」
やりたい事を聞かれたエルピスは、目を期待に輝かせながらそう言う。
魔法操作技術に関してはそれなりについたかもしれないが、技術だけあってエルピスは未だにまともな魔法というものを使った事がない。
もしこれを言った相手がお母さんならば『危ないから5歳くらいにでもなったらね』とでも言うのだろうが、リリィなら話は別だ。
お母さんと一緒かそれ以上に溺愛してくれているリリィなら、押せばなんとかなるだろう。
そう思ったエルピスの思惑は見事に的中し、困った様な表情を見せながらもリリィは了承してくれる。
「私が断れないの分かって言ってますね? そう言うところはイロアス様に似てるんですから──ならフィトゥスとヘリア先輩を呼んで来ますので、ここでお待ちください」
「うん分かった! 早く帰ってきてね」
「はい、なるべく早く」
やっぱりリリィは優しいな。
そう思いながらエルピスは近くに有るオモチャで暇を潰して、今か今かとリリィを待つのだった。
その息でカーテンが揺れ顔に軽く当たり、それを払い退けつつ窓の外へと再び視線を戻していく。
最初の頃こそ中々慣れなかった幼児生活だが、最近はだんだんと悪く無いと思えるようになってきた。
これといって特殊な能力などはまだ使えるようになっている訳では無いが、自由に行動できると言うのはそれだけで中々に楽しい。
部屋の中のみでしか行動は許されていないが、それでも寝たきりの頃に比べれば出来ることは多い。
それから少ししてエルピスがメイドと本を読んでいると、ドタバタと廊下の方から足音が聞こえてきた。
「私が──帰ってきたわよぉエルピス!」
部屋の扉が壊れるのではないかと思える程の威力で扉が押し開かれ、エルピスの母親であるクリムが疲れた顔で部屋の中に入ってきた。
余程急いでこの部屋にやって来たのか、外出時によく着ていく服は綺麗に整えられているいつもと違ってかなり乱れており、どちらかと言えば寂しいと思って居たのは母さんの方なのでは無いかとエルピスは感じる。
ここ半年程だろうか、母は他国にまで仕事をしに行っていたので会うのはかなり久々だし、エルピスも確かに寂しい気持ちも有った。
「お母さんいつの間に帰ってきてた──って痛い」
膝の上でエルピスを抱えて本を読んでいたメイドから、エルピス本人が気付かないほどの速度でメイドからエルピスの事を受け取ると、そのままクリムはエルピスの事を強く抱きしめる。
母の行動に瞬時に反応できたメイドもメイドだが、この状況に若干慣れてきている自分に、一番なんだかなあという気分だ。
とは言え先述した通り寂しさを感じていなかったらと言えば嘘になるので、特にこれと言って抵抗もせずに素直に頬と頬を擦り合わせる。
子供特有の体温の高さの影響もあってひんやりとした母の頬は気持ちよく、気付かないうちに顔がほころんでいく。
「あれ? この子こんなに可愛かったっけ? あれれ?」
「奥様。幼少期に余り構い過ぎると、反抗期が早く来るそうです。そこら辺でお辞めになっては?」
さらに込める力を強くしてエルピスの事を抱きしめてきたクリムに対して、近くに控えていたメイドがため息をつくのを我慢しながらそう言う。
毎度毎度この状況になる度に反抗期が早くなると言われている母だが、エルピスが知る限り言われたところで治った試しがない。
我慢しようとしている節は見えるのだが数秒後にはそれも何処かへと行ってしまうようで、迷惑ではないがこういう時だけは困ったものだ。
毎度のことではあるが、さすがに今回は長期間不在だったことも相俟って不安になったのだが、いつにも増して不安そうな声音でクリムはエルピスに声をかける。
「は、反抗期……ってなんだっけ? 人特有の自立を求めて親に反抗する性質のことだっけ? 半分は龍種だし大丈夫なんじゃ?」
「そう言うものでは無いのですが……はぁ、これは何を言ってもダメそうですね。エルピス様こちらへ」
エルピスの事を宝物でも抱えるかの如く抱きしめながら軽く涙目になりつつも、メイドに対して母は言葉を返す。
そんな母を見て呆れた様な表情をして大きく溜息を吐くメイドさんを少し見てから、今もまだ全力で頬擦りしてくる母の顔をエルピスは少し右手で押し返す。
勿論こうしてかまって貰えるのは嫌では無いし、こうやって抱きしめられるのも、まだ人肌の恋しいこの身体の年齢的に嬉しくも有る。
だが将来生まれてくるかもしれない弟や妹までこんなに甘やかされていると、ダメな大人になってしまうかもしれない。
中身は一応高校生であるエルピスですら精神的に揺らぐくらいだ、小さな子相手にずっとこんな甘やかし方をしていたらどうなるかは想像に難くない。
貴族の息子たるもの威厳はあって然るべきだろうが、傲慢とプライドの高さは威厳とはまた別のものだ。
そうならない為にも母さんには悪いが、そろそろ離れて貰おう。
軽くーーほんの軽くだがそうして母を突き放したエルピスを見て、メイドは静かに口の端を上げながら言葉をかける。
「ほら、やっぱり嫌われた」
「嫌われた!? そんな事ある訳ないじゃ無い! エルピスは私の事好きよね? 嫌いになんてなったりしないわよね?」
「お母さんは好きだけど、あんまりこうして僕の事を甘やかすのは良くないと思うよ!」
「そ、そんなぁ……リリィ、なんとかしてぇ!」
「自業自得です。ほらエルピス様、私と向こうで遊びましょう?」
「うん、だけどちょっと待って?」
悲壮感漂う母とは真逆の、勝ち誇った様な表情をしているリリィと呼ばれたメイドに抱かれて遊び部屋に連れていかれそうになるのを、エルピスは手で制止する。
それを見てリリィは一瞬驚いた様な顔をすると、直ぐに笑みを見せて一歩後ろに下がった。
本当に気の使える女性には敵わないと思いながら、ゆっくりエルピスは母の目を見ながら言葉を交わす。
「お母さんにこうして構って貰えるのは嫌じゃないよ? だけどあんまりこうして甘やかされると、色々して欲しくなっちゃうからダメ!」
「良いじゃない、お母さんもお父さんもこの世界で最も自由な存在よ? エルピスの為なら空だって飛ぶし天候だって変えてあげる」
人と龍の思考の差というよりは、この世界の強者と自分との思考の差ということだろう。
遊びの中に空を飛ぶという選択肢が出る辺りやはり母は人外なのだが、とは言っても亜人だからと言って無限の体力を持つわけではない。
半年もの間激務に追われ、身体は疲労困憊のはずだ。
「ダメだから! お母さんは頑張りすぎちゃうんだから! お外行って疲れてるんだから、今日はしっかり寝てて!」
「うーん、エルピスがそう言うのなら…仕方ないわね」
巧妙に隠しているつもりなのだろうが、エルピスにはクリムが今にも倒れそうなのは分かっている。
だからエルピスとしては今は遊ぶよりも先に、母に休息を取ってもらいたい。
帰ってきて自分の事をするでもなく、真っ先に自分の元に来てくれた愛しい母親にする対応としては酷いかもしれないが、そんな事よりもエルピスにとっては母の身体の方が圧倒的に大事だ。
そのまま母との別れを惜しみながら、エルピスは寝室から遊び部屋までリリィに抱っこされながら移動する。
「エルピス様は優しいですね」
「うーん、僕リリィが何を言いたいのか分かんないな」
「それならそう言う事にしておきましょう。──さてエルピス様、何かしたい事はございますか?」
多種多様な玩具が用意されている部屋に抱っこされながら入ったエルピスは、いつも座っている場所に座りおもちゃを探す。
この世界にある玩具は、魔法操作を幼少から覚えさせる様に魔法操作技術を必要とするものがいくつかあるのだが、もうあらかたマスターしてしまった。
幼児向けの器具を高校生がやるのだ、理解するのに時間もかからないし慣れるのもすぐだ。
やる事がなく退屈そうにしているエルピスを見てリリィがしたい事は無いかと聞くと、エルピスは近くにあったボールを弄る手を止めてリリィの目を見つめると、元気良く答えた。
「──僕は魔法が使えるようになりたい!」
やりたい事を聞かれたエルピスは、目を期待に輝かせながらそう言う。
魔法操作技術に関してはそれなりについたかもしれないが、技術だけあってエルピスは未だにまともな魔法というものを使った事がない。
もしこれを言った相手がお母さんならば『危ないから5歳くらいにでもなったらね』とでも言うのだろうが、リリィなら話は別だ。
お母さんと一緒かそれ以上に溺愛してくれているリリィなら、押せばなんとかなるだろう。
そう思ったエルピスの思惑は見事に的中し、困った様な表情を見せながらもリリィは了承してくれる。
「私が断れないの分かって言ってますね? そう言うところはイロアス様に似てるんですから──ならフィトゥスとヘリア先輩を呼んで来ますので、ここでお待ちください」
「うん分かった! 早く帰ってきてね」
「はい、なるべく早く」
やっぱりリリィは優しいな。
そう思いながらエルピスは近くに有るオモチャで暇を潰して、今か今かとリリィを待つのだった。
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