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青年期:法国
狂信者
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交渉の場において最も大切なのは相手よりも上の立場に立つこと。
そして次に大切なのは相手よりも知略において上回るか、それよりも遥かに高い力を持てば交渉はうまく回ることだろう。
さて、だとするとエルピスは前者よりも後者の方が上手く立ち回れるのは口にするまでもないが、あえてエルピスは前者の様な行動をとることを意識しながら言葉を重ねる。
この場においてエルピスの立場はアルへオ家の長男である、そのことを強く意識しながら言葉を発するのはただ単に魔界での交渉に慣れてしまったが故でもあった。
魔界では全ての交渉を力任せに行って居たし、それでも何の問題もなかったのだ。
だがここは魔界ではなく人の世界、力任せに暴れるような存在よりも狡猾に忍び寄ってくる強者の方が恐ろしいのは古今東西の共通認識だろう。
まず最初に口を開いたのはモーブ、手を組み体を前後に揺さぶりながら言葉を投げかけてくる。
「初めまして大司教のモーブと申します。まさかアルへオ家のご長男であらせられるエルピス様とこうしてお話しできる機会を作ることが出来るとは、こうして対面している今でも信じられない驚きです」
「私といたしましても法国の大司教の方と話すことに緊張してしまって何から話せばいいものか迷っています」
「それでしたら気を使わせるわけにもいきません。こちら側からいくつかエルピス様に質問したいことがあるのですがよろしいですかな?」
「ええぜひ、気を使わせてしまってすいません」
質問を投げかける方と投げかけられた方、どちらの方が立場として高いのかは別としてエルピスは男からの質問に答えられるようにどっしりと構えなおす。
「いえいえ、まさか。それでなのですが、エルピス様が神であるという話が学園に居た生徒から報告されているのはエルピス様はご存じですか?」
「いえ、知りませんでしたね。神を名乗った覚えも特にありませんし」
何かと思えばまだ想定の範囲内の質問に胸を撫でおろす。
法国内部でエルピスの事を神だと識別したというのは既にエルピスも知っているところ、だがエルピスは一つだけおかしなことに気が付く。
かつて法王からの手紙にはエルピスの事を神だと断定するような言葉が刻まれており、エルピスも法国内部では羞恥の事実になっているのだとばかり思って居た。
だが男の口ぶりからしてどうにも核心を持って言葉を投げかけてきたような様子もないし、否定したエルピスの言葉に対して男はいぶかしげな顔すら浮かべるもののそれ以上踏み込んでは来ない。
「そうでしたか、確かに聞けばエルピス様はお父上に似て相当魔法の腕が立つそうで。学園での戦闘を閲覧した兵士が神のようであると考えたのかもしれませんね」
「私などとても、あの時同じ戦場にいた海神様の力に比べれば」
「海神様もあの場に!? 是非一度お会いしてみたかったところですが会えないのが残念でなりません」
「そうですね、私も是非会えたらと思うのですが一ヶ所に止まらないお方なので」
エルピスの頭の中に思い起こされるのは自由を生きている海神である。
彼はどこにでもいるしどこにもいない。
大変なことがあったら呼ぶようにとは言われているが、いまどこにいるのかと聞かれても正直分からないというのがエルピスの素直な感想だ。
一瞬海神と連絡を取るようにしようかとも考えたが、それよりも今はもう少し踏み込んだ質問をしてみようという気になり一歩前へと踏み出してみる。
「そういえば法国の神はどうされたのでしょうか」
「我が神は現在戦争に向けて力を蓄えておられます。お呼び出ししておきながら申し訳ないとは思っておりますが平にご容赦を」
注意深く顔を眺めてその心の奥を覗きこもうと努力してみるが、法国という世界有数の舌戦が行われる場所で生きてきた人間相手にエルピスができることは、嘘をついているかどうか技能で判断するという事だけである。
技能によって得られた情報では男は嘘をついている、ついているのだがそれが何についてどのような嘘をついているのか分からないのが技能の不便なところである。
契約を結び、嘘をつかないように邪神の権能で縛ることはそう難しいことではないのだが、それをして契約で相手を縛ろうとしていることがばれて不味いのはエルピス達の方だ。
「別に構いませんがね。ところで法皇はいまどこに?」
「法皇様でしたら現在は流行病に倒れているため面会謝絶でございます」
「流行病ですか、法国で流行病とは聞いたことがありませんがどのような?」
「それは言えません、国民にも流行り出しているのを隠している隠している重要な病なのです。
事が大きくなれば法国自体に責が問われる可能性を考えた法皇様はなるべくこれらを他言無用にするようにとおふれを出されています」
「そうですか。どちらにせよ病は私に効かないので通していただいても?」
「いえいえ、万が一にもエルピス様に感染させてしまうと困ります。どうかご容赦ください」
神にも会えず法皇にも会えず、そうなるとこの場所に来ること自体が無駄に終わったといってもいい。
神として生きる自分が侮られている。
純然たる事実でしかないそれが何故だか不思議な事のように思え、エルピスが手を軽くつねると男は不思議そうな顔をした。
細かな違和感であるとはいえ違和感を覚えられたことに苦笑いを浮かべながらも、ここで目の前の人物を脅して無理やり会うのと一旦この国を離れるふりをして勝手に会うのとどちらが良いかを考えたエルピスは少しの時間をおいて考えをまとめる。
「では明日の明朝に聖都から立ち去ります、お見送りなどは結構なので法皇様にはよろしくお伝えください」
「──失礼」
部屋から立ち去ろうとしていたエルピスを呼び止めたのは、白い布衣に身をまとった男性である。
白の法衣がどのようなことを意味するか、改めて説明するのであればこの服は法国内部において一定以上の権力を保有することを象徴しているものだ。
実際のところ現在法国内部で白服を着用することが許されているのは、法皇の一族のみである。
つまるところ今目の前にいるのは法皇に連なるいずれかの人物であり、エルピス達が打倒の目標としているゲリシンその人であった。
「こちらの方は?」
「法国第一皇子であり、現在法皇の代わりを務めておりますゲリシンと申します。以後お見知りおきを」
挨拶と共に見事な一礼をしたゲリシンを前にして、エルピスは困惑の表情を浮かべていた。
今回エルピスから見たゲリシンは敵。
この部屋に入った瞬間からどのような攻撃をされようとも対処が可能だと断言できるほど警戒しており、ゲリシンの一挙手一投足を注意深く確認していた。
そんなエルピスだからこそ断言できる。
ゲリシンは敵対する気がない。いや、それどころかこちら側に敬意を抱いているような素振りすら感じられた。
ハイトから事前情報を得ていなければ──いや、得ているいまですらもしかすれば敵ではないのでは?
ゲリシンの態度はそう思えるほどである。
「貴方がゲリシンさんですか、お名前はヴァイスハイトさんから聴いています」
「ハイトとお知り合いでしたか! どちらでお会いに?」
「魔界と人界を隔てる山脈の途中で。そんなところで珍しい人物にお会いしたものですから記憶に焼き付いていますよ」
「放浪するのが趣味の姉でして、気がつくとどこか遠くの地に居るのですよ」
「大変なお姉さまをお持ちで」
実際のところは同じ部屋の中にいるのだが、道具を使って変装している上にエルピスが認識阻害をかけているのでよほど集中されなければ気がつくことはないだろう。
どちらかといえばゲリシンの意識が向いているのはレネスとセラ、セラに関しては視線すらも無意識に向いてしまっており興味を持っていることが隠しきれていない。
ハイトがセラのことを熾天使だと判断できたように、彼の目もセラの本質を見抜いたのだろうか。
「ところでエルピス様はもうお帰りになるのですか?」
「ええ、呼ばれたから来ただけですので。魔界が荒れているのでそれを治しに行きたいですし」
「──魔界が荒れていて何か問題があるのでしょうか」
ほんの一瞬。
強烈な敵意がゲリシンから放たれ、反射的にエルピスは武器に手をかける。
だがまるで幻だったかのように敵意はどこかへと霧散していき、警戒しながらエルピスはゲリシンに聞き返す。
「そう言いますと?」
「いえ、純粋に気になっただけです。
それほど深く話すような内容でない事はわかっていますが、魔物や人もどきをわざわざエルピス様が労力を払ってまで助けに行く価値があるのだろうかと思いまして」
続いたゲリシンの言葉でエルピスは先程の敵意が何に向けられたのかを理解した。
人類こそがこの世界を統べるべきであると考える人類至上主義思想、ゲリシンの考え方は完全にそれであり先程の敵意は人以外を助けたエルピスに向けたものか、エルピスが介入せざるおえないほどの戦争を巻き起こした魔界の住人達に向けたものだろう。
「……法国へも話は行っていると思いますが、邪竜が復活した事で最も大きな被害を被ったのは彼等です。
他種族の変わりに被害を被った彼等が一日でも早く元の生活に戻ることこそ私の願いです」
「なるほど、確かにそれはご立派な考えだ。邪竜討伐の祝祭は是非ともこの国で行ってほしい。
それでは名残惜しいが私はこれで、本当ならもっと話したかったがいまは多忙でしてね」
「お気遣いなく」
目的はこちらの顔でも見ておくことだったのだろう。
部屋を出ていくギリシンの背中を見つめながらエルピスは今回の件は事を急ぐべきではないのではないか、そう考えるが現実問題としてエルピス達の方には時間的余裕がない。
エルピスの体がいつ崩壊するのかも分からないが、アウローラの体もいつまでもあの状況で安定していると考えるのは愚かなことだ。
部屋の中に静寂が訪れいまこそ好機と思考をまとめたエルピスが丁度ある程度今後の動きを固め終えると、もはや空気となっていた男が声を出す。
「ところでエルピス様、そもそも我らの教団がどのようなものであるのかと言う事については知っておられますか?」
「いえ詳しくは。すいませんが信徒というわけではございませんので」
「いえいえ、そういう方も多くいらっしゃいますし考え方は人それぞれです。
私達法皇の名の下に使えし者達には大きく分けて四つの分類に分けられます。
分け隔てなく平等に接し、人類を救済することを目標とする我らがゲリオン様の主導とする救済派。
魔物や魔族といった亜人種に分類されていない種族とも仲良くなろうとする調和派の次女。
国家という垣根をなくして人類としての行動を目指す長女。
そしてそのどれにも属していない三女の四派閥が現在法国で主流の派閥です」
わざわざ派閥の説明までしてくれた真意はエルピスを信徒にしようと言った話ではなく、先程のゲリシンのエルピスに対する態度の説明ついでのものだろう。
法国としてはこれからもエルピスと長い付き合いをしていった方が利益が多いのは目に見えており、なるべく心象は良い状態で話を進めたいはずである。
「派閥ですか、そうなると教えなども違いそうですね」
「本筋は変わりません。他者を助け、己を鍛えることでこの世界をより良いものにする。
その基礎理念の上に様々な考えが相乗りしているのは神の願いでもあるのです」
「思想の自由化は良いことだと私も思いますよ」
「そうでしょうそうでしょう。敬虔な信徒として活動していけば、いずれは何か良いことが起こるやもしれません」
今日一番の笑みを見せた男に対し、エルピスは苦笑いを浮かべた。
「勧誘ですか?」
「いえいえ、滅相もない。ただ多少の考えの違いはご容赦願えればと」
やはり先ほどまでの会話はゲリシンへのフォローの側面も強くあったのだ。
目線から助けを求めるようなものが感じられ、エルピスは頭を縦に降る。
「そういう事ですか。でしたら構いませんよ、ああいったひとに会うのは珍しくありませんし」
「…もしよろしければ城の中の案内をお願いしても? どうせ明日旅立つならば法国の景色も見て回りたいですし」
「是非是非、そういえばお連れのかたの姿が見えませんがどちらに?」
「多分城内を彷徨いていると思いますが……」
いつの時代のどの場所だって面倒ごとを押し付けられるのは中間管理職の役割である。
仕方のないことだとは知っていても、目の前で大変そうにしている人間を見ると中々に可哀想なものである。
質問に対してあやふやな思いで答えを返したエルピスだったが、ふと違和感を感じて身構えた。
「エルっ!!」
先程までは近くにいなかったはずのエラの叫び声が聞こえ、エルピスの視界は一瞬にして切り替わる。
転移魔法の使用を一瞬考えたエルピスだったが、魔神の権能が己に召喚魔法による召喚が行われたことを理解させた。
妖精神の権能である妖精の召喚、これは妖精神であるエルピスにももちろん適用される能力でありエラがエルピスを召喚したのである。
刹那の時間でそこまで理解したエルピスが視線を敵意のする方向へ向けると、全身鎧を着用した兵士がこちらに剣を振り下ろしてくるではないか。
腰を切るようにして刀を抜き出したエルピスがそのまま防御の姿勢に入ると、足首が埋まるほどの威力にエルピスの警戒度が一段階上昇する。
膂力は完全に人のそれではない、鉄の剣くらいならば簡単に両断できるだけの力にエルピスは驚きの声を上げた。
「──えっと、状況が飲み込めてないんだけどこの人どなた?」
「おそらく立入禁止区域だったのでしょうね、いきなり攻撃してきたのよ」
「それは分かるけどいきなり召喚しないでよびっくりするじゃんか!」
「最近助けて貰ってなかった気がしたから。ありがとうエルピス」
確かに敵はそれなりに強いが、妖精神と熾天使を相手にして脅威となり得るかどうか聞かれれば間違いなくそんな事はない。
微笑を浮かべながら助けてくれてありがとうと口にしたセラと、少々照れたような顔をしながら無言ではあわあわしているエラの姿が対照的である。
上から押さえつけるようにして剣を押し付けなられながらも圧倒的な膂力差で耐えていたエルピスの元に、先程部屋にいた人物達もレネスを先導としてやってきていた。
「だ、大丈夫ですかエルピス様!!」
「私は大丈夫です。それよりこの人拘束しても?」
「そこのものは傀儡兵士と言い第一皇女様の作られた守護用の兵士でございます。
法皇の血を弾く人間以外の指示は基本受け付けません!」
「ふむ、そうなると困りましたね傷つけるわけにもいきませんし」
視線をチラリとハイトに向けるエルピスだが、目立たないようにしながらもハイトは『自分のせいではないっす!』と幻聴が聞こえるほどブンブン首を振るっている。
だとすれば目の前のそれはなんなのだろうか?
会話が通じる相手ではないと思うので、死なない程度に傷つけて拘束するべきだろうと判断したエルピスが少し強めに足を蹴ると、ベキっと鈍い音をさせながら新しい関節が出来たことで傀儡兵と呼ばれた兵士はその場に座り込む。
「とりあえず拘束しておいていきます、すいませんが後始末はお願いしますね」
「もちろんです。お怪我がなくて良かった…それにしても何故このようなところに傀儡兵士が…?」
「どちらにせよ今日はもう帰らせていただきます。何かあれば宿屋までお願いしますね」
面倒ごとの気配を察知したエルピス達一行は、疑問を浮かべている男を置き去りにして即座に撤収する。
向かった先は事前に取っておいた宿屋の一室。
駆け足で部屋に入ったエルピスはカーテンを締切、鍵をかけていくつかの魔法を展開し、完全に外との情報を遮断した状態を作り出すと質問を投げつける。
「え? あれなんなの?」
「アレとは先程の人形のことか?」
エルピスの疑問に答えたのはハイトではなくレネス。
鈍感だというかなんというか、会話に入ってくるなとエルピスが睨みつけるとレネスは口笛を吹きながらそっぽを剥いて関係ないとばかりに両手を上げる。
「いやいや自分が聞きたいっすよ!? なんなんすかアレ!?」
「私的には触れない方がいいのかなと、セラはどう思う?」
「どうと言われても……何も言わない方が良さそうだとは思うけれど」
「嫌だってあれ中身が完全にアレっすよ!? みなさん分かってますよね?」
〈気配察知〉に代表される技能を持っている人間ならば誰でもわかる。
あの傀儡兵と呼ばれた鎧の中にいたのは人間ではなく、人間に似た何かだ。
「分かっているからこそ、触れてはいけないものだと思って無視してあげているのよ」
「人の国ならあれくらい非人道的な物があってもおかしくないとは思うがな」
「その割に心なしかみなさんの視線が冷たいっす!?」
戦争を前にして非人道的な兵器を作り出すというのは考えられないことではない。
世界を守るために必要であれば少数の犠牲は必要である、そう口にするつもりはないが夢ばかりを口にしていては世界など救えるはずもない。
個人単位で人造人間の製造や様々な国際法違反を犯す場合さらってきた人間や奴隷を使用することもあり、エルピスの考えとしてはこれは妨害するべきである。
だが法国が国単位で実験をしているのなら、犠牲になるのは死刑執行が確定した罪人や死んでも誰も困らないような人間だけだろう。
犠牲者についてグレーゾーンを漂っている間はエルピスは法国の軍事研究に口を出すつもりはないが、冷たい目を向けることくらいは許してもらいたいものである。
だがそんな視線に対して体の前で両手をブンブンと振るって、自らの無罪を証明せしめんとばかりにハイトは弁明する。
「とにかく弁明させてもらうっす。アレは自分が作った人形じゃないっす!」
「ちゃんと鎧から貴方の気配がしましたがそれについては?」
「いや確かにガワは自分が作った強化用アーマーっすけど中身は後から入れられた別モンっす! それに自分が作った物ならあんな馬鹿な人形にならないっす!!」
「──嘘は付いていないわね」
「だとしたらあの鎧の中身はなんなのでしょうか?」
「あの鎧はとにかく中身の事を考えず作った悪魔の装備っす。
アレを着て動ける人間がいたら冒険者の中でも相当上位で回復魔法を持っている人間か、回復速度の高い亜人のどちらかくらいっす!」
鎧というのは着用者を守るものであって、人の限界を超えた膂力を付与するためのものではない。
回復魔法や回復速度、という単語が含まれているあたり鎧の着用には尋常ではないほどの肉体的負荷がかかるのだろう。
エルピス相手に押し込むことこそできていないが、怪我をさせなければ止めることが出来ないと判断させる程度につよい力を手に入れるにはそれくらいの代償が必要でいるということでもある。
「一体どんな装備を作ったら自分で呪いの装備なんて名前つける気になるんですか」
「そう言われると照れるっす」
誉めていない。
誉めていないのだが本当に誉められたと勘違いして照れているあたり、そんな装備品を作ったハイトの完成が少し狂ってしまっていることを決定的にしてくれる。
「とりあえずアレの中身がなんなのか気になりますし、同一個体がいないか探してみますか」
「あんなのが何体も居たら嫌っすよ」
俺だって嫌ですよ──そんな言葉を飲み込んで静かに〈神域〉を解放させる。
対象を絞っての神域はさらに細やかな精度での検出を可能にし、数十秒ほどでこの年にいるすべての生命体を識別し終えた。
あまりにも大量な情報の処理に頭が痛むのを感じつつ、エルピスは同時に能力を発動してくれていたレネスと情報を共有する。
「師匠何体検知にかかった?」
「200体ほどだ、そちらは?」
「こっちは300体くらいかな。1体だけなんとなくそれっぽいやつが一人でいるからそっち行ってみようか」
「地図で言うとどこっすか?」
「この辺りですね」
かつてエキドナに作らせた法国の地図を取り出してエルピスが指を刺すと、ハイトが顎に手を当てながら訝しんだような表情を浮かべた。
「うーん、ここは確か廃棄場っすね。自分もよく失敗作とかはここに捨ててたっす」
「そうなると廃棄された人形が転がってそうか……」
おそらくはなんらかの計画によって作り出されたであろう存在が放置されていることに、罠ではないかとも考えるがもしそうだったとして監視しにくい廃棄場を選ぶ理由はなんだろうか。
それよりは逃げ出した傀儡兵や廃棄が決定し処分したが手に負えず殺し切ることが出来なかったか、どちらの方が可能性が高いかと聞かれれば二つ目の可能性だろう。
自体が急速的に進んでいく予感を感じ、エルピスはレネスへと目線を向ける。
「師匠悪いんだけど一旦法国から出てニルと合流して状況説明してきてくれないかな、あと合流できたらしてほしいって。明日の朝までにお願いできる?」
「出来るぞ、日が昇るくらいには帰ってくる」
「ごめんねお願い」
これから戦闘するにしろゲリシンと交渉するにしろ、どちらにしたってニルという戦力が手元にあるのとないのでは随分と結果が変わってくる。
一時的にレネスという戦力を失うのは痛いが、通算でみればプラスに作用するはずだ。
レネスがニルを探しに出ていくのと同時に廃棄所へと向かったエルピス達は、人目につかないように移動したため少し時間をかけながら目的地へと到着する。
壁によって区切られてはいるものの数メートル程度の壁など乗り越えられないものはおらず、廃棄場関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板を横目に気配のする方へとエルピス達は進んでいく。
「ううっ、臭いっす」
嫌そうな顔をしながら鼻を摘んだのはハイト。
エラも口にこそ出さないが嫌そうな顔をしており、よほど悪臭が立ち込めているようだ。
小さな山のようにして積み上げられたゴミが臭いの原因であることは間違いない。
「本当にこっちであってるっすか?」
「あってますよ。あの大きな山の中心です」
1秒でも早くこの場から立ち去りたいと言わんばかりのハイトに対し、エルピスが指を刺したのは廃棄場の中でも一際大きなゴミの山である。反応が確かであれば目の前の山の中心部、そこに目的の傀儡兵はいるはずだ。
「ちょっと離れててくださいね」
ゴミ山を前にしてエルピスが手を広げると、何か超高温のものに溶かされるようにして山が徐々に形を崩していく。
圧倒的な魔力にものを言わせてゴミ山を焼却しているのだと見れば分かるものだが、現実的に法国の魔法使いが数百人単位で働いて一週間以上かけるようなものを即座に溶かすあたり常識の範疇外である。
そのまま溶かし続ければ目標まで溶けてしまうのではないかと一瞬心配したハイトだったが、中から防御魔法によって保護された傀儡兵が現れたことで安堵の息を漏らす。
熱波事態をコントロールしているため防御魔法をかけずともいまのエルピス達に熱が届いていないのと同じで問題はないのだが、念には念をという言葉もある。
「ほへぇ、うまいことやるモンっすね」
そんな偉業に対してハイトが称賛の言葉を送る。
彼女の能力は魔法に頼ったものが少なく、目の前で行われているのがどれほどのことなのか正確な物差しを持っていない。
ただ込められている魔力量を見ればどれくらいの偉業なのかは分かるつもりだ。
「これでも単身で邪竜を倒してますから」
「えっ? 何気に凄いこと言いませんでしたいま?」
そんなハイトに対してなんだか自慢したくなり口にしないでも良いことまで口にしたエルピスだが、ハイトからの驚きの言葉を無視して作業を進める。
山と見間違えるほどのゴミが溶けてなくなるまでにかかった時間は実に10秒ほどであり、残ったのは四肢が引きちぎれかけた壊れた人形のような傀儡兵である。
「それよりも、見つけましたね。昼間見たのとそう見た目は違いありませんし、同じでしょうね」
「やっぱり中身は居ますね、それになんかまだ生きてるし……」
「もしかしてだけれど…本当にそんな事が可能なのかしら?」
「セラ心当たりでもあるの?」
「ヘルメットを取れば多分分かるわ」
セラの言葉を受けて代表としてエルピスが甲冑を取り外す。
取り外すと言っても何かの力によって強打されたようであり、ヘルムの形は大きく変形していたため中にあるものを傷つけないように割ったのだ。
中から現れたのはとてもではないが見るに耐えないおそらく人であっただろう頭、それを邪神の称号で死化粧して見られる程度に抑えてみるが顔から得られる情報というのはとてつもなく少ない。
顔からして男性、年齢は40から50といったところか。
顔についている傷が生きていた頃のものかいまついたものか判別不能だが、死してなをそれなりに戦闘を積んだもの特有の迫力のある顔である。
「うーん、取ったけど俺には何にも分かんないや。エラはこれ見て何かわかる?」
「私にはちょっと荷が重いかな」
「──黒く変色した髪に首の子のあざ、もしかして聖人っすか?」
疑問符を浮かべたエルピスとエラの横で答えに行き着いたのは同じ星人であるハイトだ。
彼女が口にした言葉に対しセラが頷くことで、自分の中にあった疑問が確信へと変わったのだろう。
そんな筈がない、そう小さくつぶやいたハイトの声を身にしてエルピスは改めて傀儡兵を見つめる。
確かに黒髪と言われれば黒髪だ、元の髪色であろう茶色が混ざっているため自分で染めたのかとも考えたがセラやハイトが黒髪だというのだから本物なのだろう。
だとすると不思議だ、先祖返りと転生者、転移者は人によって髪色が違うだろうが少なくともどれも生まれつきの色である。
いわば黒髪はこの世界での天才の証、どれだけ努力したところで後からその色に変化することはありえない。
少なくともエルピスが知っている常識ではその筈である。
「聖人って言うとあの?」
「そうっす、国家に属する最高位冒険者とも呼ばれる法国の最終兵器っす。でもおかしいっす」
おかしい、そう口にしたのは何も聖人が死んでいたからではないだろう。
法国に現在いる聖人は10人程度だろうか、正確な数はエルピスも知らないがそれくらいだと噂されている。
だがエルピスとレネスが目の前の傀儡兵と──聖人と同じような気配を400人分感じ取っているのである。
つまり法国には400人以上の聖人がいる事になるのだ。
「法国では確か聖人は確認されているだけで現在生存されているのが公式発表で四人、実際のところどうかは別としてそれに対して今回見つかった人形は400体。
全てに成人が入っているとすると法国はとんでもない戦力を隠し持っていたことになりますね」
「自分が知る限り法国に聖人は6人しか居ないっす、それにここ百年は一人の聖人も生まれてないっす」
噂よりも数が少ないのは寿命を迎えたのか戦地で死んだのか。
だが重要なのは法国にいた聖人の数ではなく、いま法国にいる聖人の数である。
「そうなるとこの人は一体……?」
「死んでは居るけれど、失敗作なのかこれが成功した姿なのか」
場を妙な空気が包み始める。
何か大きな陰謀が動いているのは間違いのないことだ、国家規模の何か大きなプロジェクトでもなければ聖人の大量生産などできる筈がない。
だが偶然掴めた尻尾はここにいる廃棄場の一体だけ、それも教会内部に傀儡兵が現れるという異常事態があって始めて何が起きているのか把握できた程度のこと。
長年この国でいたであろうハイトすら知らなかった事態を前にして、エルピスはゲリシンが自分に手を招いている姿すら幻視する。
「グッヅァァァァァ!!!」
突如咆哮と同時に暴れ出した傀儡兵は、立ちあがろうとするものの四肢が欠損しているため起き上がることすらままならない。
だがその咆哮に込められた威圧感は間違いなく聖人のものであり、小動物達がガサゴソと音を立てながら逃げ出していくのがエルピスの耳に聞こえる。
「うっわすっごい暴れるし。これ一般人とか兵士が近くにいたら相当危ないよ」
「とりあえずとどめを刺してあげるのが優しさでしょうね」
「ひうっ!? いきなり何するっすか!?」
「こうしてあげるのが優しさだと──エルピス、ソレしっかりと押さえてて」
エルピスの腰に刺された刀を抜き取りセラが軽く振るうと、聖人の身体は首と胴、それから手足をバラバラにされて戦闘行為を完全に封じられる。
だがもはや生物としての様相を保っていない姿でありながら、そんな事はお構いなしとばかりに傀儡兵の体のパーツは一つ一つがビクビクと痙攣して地面の上で跳ねている。
「首が離れてるのにまだ生きてるっすか!?」
「エラ、悪いけれど傷口の方を呪いで封じておいて。私は頭の方を処理するから」
「ええ、分かったわ」
呪いによる封印、熾天使による浄化魔法を受けなを暴れ回っていた傀儡兵だったが、多少の時間が経過しゆっくりとその身体は動かなくなっていく。
作業開始から数分ほど経つとほとんど動かなくなっており、いつのまに髪の色も綺麗な茶髪へと戻っている。
「ええっと、いま確実に生き返ってたよね」
「死んでいるのがデフォルトだとすると生き返っては居ないけれど、そうねどうやって動いたのかしら」
「人のガワは被ってるけど別の生き物とか?」
「いえ、確実に生き物ね。それにエルピスは分かっているとは思うけれど、この状況でも魂が身体に捉えられているわ」
セラの浄化魔法を受けても完全には昇天できない。
呪いですらも強制的に次の生へと転化させるほどの力を持つセラの力が及ばないということは、もはやこの世界以外へ飛び立てないほどに魂の形が歪んでしまったのだろう。
セラほど魂について理解度が高いわけではないエルピスではその状態を見ることしかできないが、シミのようにして残っている魂の残穢がそこにはあった。
「一体なんなんだこれ……」
「思い当たりがないわけじゃないっす」
「話して貰ってもいいかしら」
一体どのような手段用いればこのような状況を作り出せるのか。
人間の探究能力に底なしの恐怖を抱きながらも、そんな事をしてしまえる人間にセラは賞賛にも近しい感情を抱いていた。
「──人工聖人製造計画、考えられるとしたらそれが一番濃厚っす」
目の前の産物は人が神を目指した故の結果。
翼を生やしただけで飽き足らず太陽を目指して飛び始めた人類は、なんの間違いかその手を太陽にかけてしまったのだ。
それがどれほど罪深きことなのか知らぬ法国の人間ではないだろう。
神に仕える身でありながらその神すら超えんとする人間達の計画は、ハイトの口からゆっくりと語られるのであった。
そして次に大切なのは相手よりも知略において上回るか、それよりも遥かに高い力を持てば交渉はうまく回ることだろう。
さて、だとするとエルピスは前者よりも後者の方が上手く立ち回れるのは口にするまでもないが、あえてエルピスは前者の様な行動をとることを意識しながら言葉を重ねる。
この場においてエルピスの立場はアルへオ家の長男である、そのことを強く意識しながら言葉を発するのはただ単に魔界での交渉に慣れてしまったが故でもあった。
魔界では全ての交渉を力任せに行って居たし、それでも何の問題もなかったのだ。
だがここは魔界ではなく人の世界、力任せに暴れるような存在よりも狡猾に忍び寄ってくる強者の方が恐ろしいのは古今東西の共通認識だろう。
まず最初に口を開いたのはモーブ、手を組み体を前後に揺さぶりながら言葉を投げかけてくる。
「初めまして大司教のモーブと申します。まさかアルへオ家のご長男であらせられるエルピス様とこうしてお話しできる機会を作ることが出来るとは、こうして対面している今でも信じられない驚きです」
「私といたしましても法国の大司教の方と話すことに緊張してしまって何から話せばいいものか迷っています」
「それでしたら気を使わせるわけにもいきません。こちら側からいくつかエルピス様に質問したいことがあるのですがよろしいですかな?」
「ええぜひ、気を使わせてしまってすいません」
質問を投げかける方と投げかけられた方、どちらの方が立場として高いのかは別としてエルピスは男からの質問に答えられるようにどっしりと構えなおす。
「いえいえ、まさか。それでなのですが、エルピス様が神であるという話が学園に居た生徒から報告されているのはエルピス様はご存じですか?」
「いえ、知りませんでしたね。神を名乗った覚えも特にありませんし」
何かと思えばまだ想定の範囲内の質問に胸を撫でおろす。
法国内部でエルピスの事を神だと識別したというのは既にエルピスも知っているところ、だがエルピスは一つだけおかしなことに気が付く。
かつて法王からの手紙にはエルピスの事を神だと断定するような言葉が刻まれており、エルピスも法国内部では羞恥の事実になっているのだとばかり思って居た。
だが男の口ぶりからしてどうにも核心を持って言葉を投げかけてきたような様子もないし、否定したエルピスの言葉に対して男はいぶかしげな顔すら浮かべるもののそれ以上踏み込んでは来ない。
「そうでしたか、確かに聞けばエルピス様はお父上に似て相当魔法の腕が立つそうで。学園での戦闘を閲覧した兵士が神のようであると考えたのかもしれませんね」
「私などとても、あの時同じ戦場にいた海神様の力に比べれば」
「海神様もあの場に!? 是非一度お会いしてみたかったところですが会えないのが残念でなりません」
「そうですね、私も是非会えたらと思うのですが一ヶ所に止まらないお方なので」
エルピスの頭の中に思い起こされるのは自由を生きている海神である。
彼はどこにでもいるしどこにもいない。
大変なことがあったら呼ぶようにとは言われているが、いまどこにいるのかと聞かれても正直分からないというのがエルピスの素直な感想だ。
一瞬海神と連絡を取るようにしようかとも考えたが、それよりも今はもう少し踏み込んだ質問をしてみようという気になり一歩前へと踏み出してみる。
「そういえば法国の神はどうされたのでしょうか」
「我が神は現在戦争に向けて力を蓄えておられます。お呼び出ししておきながら申し訳ないとは思っておりますが平にご容赦を」
注意深く顔を眺めてその心の奥を覗きこもうと努力してみるが、法国という世界有数の舌戦が行われる場所で生きてきた人間相手にエルピスができることは、嘘をついているかどうか技能で判断するという事だけである。
技能によって得られた情報では男は嘘をついている、ついているのだがそれが何についてどのような嘘をついているのか分からないのが技能の不便なところである。
契約を結び、嘘をつかないように邪神の権能で縛ることはそう難しいことではないのだが、それをして契約で相手を縛ろうとしていることがばれて不味いのはエルピス達の方だ。
「別に構いませんがね。ところで法皇はいまどこに?」
「法皇様でしたら現在は流行病に倒れているため面会謝絶でございます」
「流行病ですか、法国で流行病とは聞いたことがありませんがどのような?」
「それは言えません、国民にも流行り出しているのを隠している隠している重要な病なのです。
事が大きくなれば法国自体に責が問われる可能性を考えた法皇様はなるべくこれらを他言無用にするようにとおふれを出されています」
「そうですか。どちらにせよ病は私に効かないので通していただいても?」
「いえいえ、万が一にもエルピス様に感染させてしまうと困ります。どうかご容赦ください」
神にも会えず法皇にも会えず、そうなるとこの場所に来ること自体が無駄に終わったといってもいい。
神として生きる自分が侮られている。
純然たる事実でしかないそれが何故だか不思議な事のように思え、エルピスが手を軽くつねると男は不思議そうな顔をした。
細かな違和感であるとはいえ違和感を覚えられたことに苦笑いを浮かべながらも、ここで目の前の人物を脅して無理やり会うのと一旦この国を離れるふりをして勝手に会うのとどちらが良いかを考えたエルピスは少しの時間をおいて考えをまとめる。
「では明日の明朝に聖都から立ち去ります、お見送りなどは結構なので法皇様にはよろしくお伝えください」
「──失礼」
部屋から立ち去ろうとしていたエルピスを呼び止めたのは、白い布衣に身をまとった男性である。
白の法衣がどのようなことを意味するか、改めて説明するのであればこの服は法国内部において一定以上の権力を保有することを象徴しているものだ。
実際のところ現在法国内部で白服を着用することが許されているのは、法皇の一族のみである。
つまるところ今目の前にいるのは法皇に連なるいずれかの人物であり、エルピス達が打倒の目標としているゲリシンその人であった。
「こちらの方は?」
「法国第一皇子であり、現在法皇の代わりを務めておりますゲリシンと申します。以後お見知りおきを」
挨拶と共に見事な一礼をしたゲリシンを前にして、エルピスは困惑の表情を浮かべていた。
今回エルピスから見たゲリシンは敵。
この部屋に入った瞬間からどのような攻撃をされようとも対処が可能だと断言できるほど警戒しており、ゲリシンの一挙手一投足を注意深く確認していた。
そんなエルピスだからこそ断言できる。
ゲリシンは敵対する気がない。いや、それどころかこちら側に敬意を抱いているような素振りすら感じられた。
ハイトから事前情報を得ていなければ──いや、得ているいまですらもしかすれば敵ではないのでは?
ゲリシンの態度はそう思えるほどである。
「貴方がゲリシンさんですか、お名前はヴァイスハイトさんから聴いています」
「ハイトとお知り合いでしたか! どちらでお会いに?」
「魔界と人界を隔てる山脈の途中で。そんなところで珍しい人物にお会いしたものですから記憶に焼き付いていますよ」
「放浪するのが趣味の姉でして、気がつくとどこか遠くの地に居るのですよ」
「大変なお姉さまをお持ちで」
実際のところは同じ部屋の中にいるのだが、道具を使って変装している上にエルピスが認識阻害をかけているのでよほど集中されなければ気がつくことはないだろう。
どちらかといえばゲリシンの意識が向いているのはレネスとセラ、セラに関しては視線すらも無意識に向いてしまっており興味を持っていることが隠しきれていない。
ハイトがセラのことを熾天使だと判断できたように、彼の目もセラの本質を見抜いたのだろうか。
「ところでエルピス様はもうお帰りになるのですか?」
「ええ、呼ばれたから来ただけですので。魔界が荒れているのでそれを治しに行きたいですし」
「──魔界が荒れていて何か問題があるのでしょうか」
ほんの一瞬。
強烈な敵意がゲリシンから放たれ、反射的にエルピスは武器に手をかける。
だがまるで幻だったかのように敵意はどこかへと霧散していき、警戒しながらエルピスはゲリシンに聞き返す。
「そう言いますと?」
「いえ、純粋に気になっただけです。
それほど深く話すような内容でない事はわかっていますが、魔物や人もどきをわざわざエルピス様が労力を払ってまで助けに行く価値があるのだろうかと思いまして」
続いたゲリシンの言葉でエルピスは先程の敵意が何に向けられたのかを理解した。
人類こそがこの世界を統べるべきであると考える人類至上主義思想、ゲリシンの考え方は完全にそれであり先程の敵意は人以外を助けたエルピスに向けたものか、エルピスが介入せざるおえないほどの戦争を巻き起こした魔界の住人達に向けたものだろう。
「……法国へも話は行っていると思いますが、邪竜が復活した事で最も大きな被害を被ったのは彼等です。
他種族の変わりに被害を被った彼等が一日でも早く元の生活に戻ることこそ私の願いです」
「なるほど、確かにそれはご立派な考えだ。邪竜討伐の祝祭は是非ともこの国で行ってほしい。
それでは名残惜しいが私はこれで、本当ならもっと話したかったがいまは多忙でしてね」
「お気遣いなく」
目的はこちらの顔でも見ておくことだったのだろう。
部屋を出ていくギリシンの背中を見つめながらエルピスは今回の件は事を急ぐべきではないのではないか、そう考えるが現実問題としてエルピス達の方には時間的余裕がない。
エルピスの体がいつ崩壊するのかも分からないが、アウローラの体もいつまでもあの状況で安定していると考えるのは愚かなことだ。
部屋の中に静寂が訪れいまこそ好機と思考をまとめたエルピスが丁度ある程度今後の動きを固め終えると、もはや空気となっていた男が声を出す。
「ところでエルピス様、そもそも我らの教団がどのようなものであるのかと言う事については知っておられますか?」
「いえ詳しくは。すいませんが信徒というわけではございませんので」
「いえいえ、そういう方も多くいらっしゃいますし考え方は人それぞれです。
私達法皇の名の下に使えし者達には大きく分けて四つの分類に分けられます。
分け隔てなく平等に接し、人類を救済することを目標とする我らがゲリオン様の主導とする救済派。
魔物や魔族といった亜人種に分類されていない種族とも仲良くなろうとする調和派の次女。
国家という垣根をなくして人類としての行動を目指す長女。
そしてそのどれにも属していない三女の四派閥が現在法国で主流の派閥です」
わざわざ派閥の説明までしてくれた真意はエルピスを信徒にしようと言った話ではなく、先程のゲリシンのエルピスに対する態度の説明ついでのものだろう。
法国としてはこれからもエルピスと長い付き合いをしていった方が利益が多いのは目に見えており、なるべく心象は良い状態で話を進めたいはずである。
「派閥ですか、そうなると教えなども違いそうですね」
「本筋は変わりません。他者を助け、己を鍛えることでこの世界をより良いものにする。
その基礎理念の上に様々な考えが相乗りしているのは神の願いでもあるのです」
「思想の自由化は良いことだと私も思いますよ」
「そうでしょうそうでしょう。敬虔な信徒として活動していけば、いずれは何か良いことが起こるやもしれません」
今日一番の笑みを見せた男に対し、エルピスは苦笑いを浮かべた。
「勧誘ですか?」
「いえいえ、滅相もない。ただ多少の考えの違いはご容赦願えればと」
やはり先ほどまでの会話はゲリシンへのフォローの側面も強くあったのだ。
目線から助けを求めるようなものが感じられ、エルピスは頭を縦に降る。
「そういう事ですか。でしたら構いませんよ、ああいったひとに会うのは珍しくありませんし」
「…もしよろしければ城の中の案内をお願いしても? どうせ明日旅立つならば法国の景色も見て回りたいですし」
「是非是非、そういえばお連れのかたの姿が見えませんがどちらに?」
「多分城内を彷徨いていると思いますが……」
いつの時代のどの場所だって面倒ごとを押し付けられるのは中間管理職の役割である。
仕方のないことだとは知っていても、目の前で大変そうにしている人間を見ると中々に可哀想なものである。
質問に対してあやふやな思いで答えを返したエルピスだったが、ふと違和感を感じて身構えた。
「エルっ!!」
先程までは近くにいなかったはずのエラの叫び声が聞こえ、エルピスの視界は一瞬にして切り替わる。
転移魔法の使用を一瞬考えたエルピスだったが、魔神の権能が己に召喚魔法による召喚が行われたことを理解させた。
妖精神の権能である妖精の召喚、これは妖精神であるエルピスにももちろん適用される能力でありエラがエルピスを召喚したのである。
刹那の時間でそこまで理解したエルピスが視線を敵意のする方向へ向けると、全身鎧を着用した兵士がこちらに剣を振り下ろしてくるではないか。
腰を切るようにして刀を抜き出したエルピスがそのまま防御の姿勢に入ると、足首が埋まるほどの威力にエルピスの警戒度が一段階上昇する。
膂力は完全に人のそれではない、鉄の剣くらいならば簡単に両断できるだけの力にエルピスは驚きの声を上げた。
「──えっと、状況が飲み込めてないんだけどこの人どなた?」
「おそらく立入禁止区域だったのでしょうね、いきなり攻撃してきたのよ」
「それは分かるけどいきなり召喚しないでよびっくりするじゃんか!」
「最近助けて貰ってなかった気がしたから。ありがとうエルピス」
確かに敵はそれなりに強いが、妖精神と熾天使を相手にして脅威となり得るかどうか聞かれれば間違いなくそんな事はない。
微笑を浮かべながら助けてくれてありがとうと口にしたセラと、少々照れたような顔をしながら無言ではあわあわしているエラの姿が対照的である。
上から押さえつけるようにして剣を押し付けなられながらも圧倒的な膂力差で耐えていたエルピスの元に、先程部屋にいた人物達もレネスを先導としてやってきていた。
「だ、大丈夫ですかエルピス様!!」
「私は大丈夫です。それよりこの人拘束しても?」
「そこのものは傀儡兵士と言い第一皇女様の作られた守護用の兵士でございます。
法皇の血を弾く人間以外の指示は基本受け付けません!」
「ふむ、そうなると困りましたね傷つけるわけにもいきませんし」
視線をチラリとハイトに向けるエルピスだが、目立たないようにしながらもハイトは『自分のせいではないっす!』と幻聴が聞こえるほどブンブン首を振るっている。
だとすれば目の前のそれはなんなのだろうか?
会話が通じる相手ではないと思うので、死なない程度に傷つけて拘束するべきだろうと判断したエルピスが少し強めに足を蹴ると、ベキっと鈍い音をさせながら新しい関節が出来たことで傀儡兵と呼ばれた兵士はその場に座り込む。
「とりあえず拘束しておいていきます、すいませんが後始末はお願いしますね」
「もちろんです。お怪我がなくて良かった…それにしても何故このようなところに傀儡兵士が…?」
「どちらにせよ今日はもう帰らせていただきます。何かあれば宿屋までお願いしますね」
面倒ごとの気配を察知したエルピス達一行は、疑問を浮かべている男を置き去りにして即座に撤収する。
向かった先は事前に取っておいた宿屋の一室。
駆け足で部屋に入ったエルピスはカーテンを締切、鍵をかけていくつかの魔法を展開し、完全に外との情報を遮断した状態を作り出すと質問を投げつける。
「え? あれなんなの?」
「アレとは先程の人形のことか?」
エルピスの疑問に答えたのはハイトではなくレネス。
鈍感だというかなんというか、会話に入ってくるなとエルピスが睨みつけるとレネスは口笛を吹きながらそっぽを剥いて関係ないとばかりに両手を上げる。
「いやいや自分が聞きたいっすよ!? なんなんすかアレ!?」
「私的には触れない方がいいのかなと、セラはどう思う?」
「どうと言われても……何も言わない方が良さそうだとは思うけれど」
「嫌だってあれ中身が完全にアレっすよ!? みなさん分かってますよね?」
〈気配察知〉に代表される技能を持っている人間ならば誰でもわかる。
あの傀儡兵と呼ばれた鎧の中にいたのは人間ではなく、人間に似た何かだ。
「分かっているからこそ、触れてはいけないものだと思って無視してあげているのよ」
「人の国ならあれくらい非人道的な物があってもおかしくないとは思うがな」
「その割に心なしかみなさんの視線が冷たいっす!?」
戦争を前にして非人道的な兵器を作り出すというのは考えられないことではない。
世界を守るために必要であれば少数の犠牲は必要である、そう口にするつもりはないが夢ばかりを口にしていては世界など救えるはずもない。
個人単位で人造人間の製造や様々な国際法違反を犯す場合さらってきた人間や奴隷を使用することもあり、エルピスの考えとしてはこれは妨害するべきである。
だが法国が国単位で実験をしているのなら、犠牲になるのは死刑執行が確定した罪人や死んでも誰も困らないような人間だけだろう。
犠牲者についてグレーゾーンを漂っている間はエルピスは法国の軍事研究に口を出すつもりはないが、冷たい目を向けることくらいは許してもらいたいものである。
だがそんな視線に対して体の前で両手をブンブンと振るって、自らの無罪を証明せしめんとばかりにハイトは弁明する。
「とにかく弁明させてもらうっす。アレは自分が作った人形じゃないっす!」
「ちゃんと鎧から貴方の気配がしましたがそれについては?」
「いや確かにガワは自分が作った強化用アーマーっすけど中身は後から入れられた別モンっす! それに自分が作った物ならあんな馬鹿な人形にならないっす!!」
「──嘘は付いていないわね」
「だとしたらあの鎧の中身はなんなのでしょうか?」
「あの鎧はとにかく中身の事を考えず作った悪魔の装備っす。
アレを着て動ける人間がいたら冒険者の中でも相当上位で回復魔法を持っている人間か、回復速度の高い亜人のどちらかくらいっす!」
鎧というのは着用者を守るものであって、人の限界を超えた膂力を付与するためのものではない。
回復魔法や回復速度、という単語が含まれているあたり鎧の着用には尋常ではないほどの肉体的負荷がかかるのだろう。
エルピス相手に押し込むことこそできていないが、怪我をさせなければ止めることが出来ないと判断させる程度につよい力を手に入れるにはそれくらいの代償が必要でいるということでもある。
「一体どんな装備を作ったら自分で呪いの装備なんて名前つける気になるんですか」
「そう言われると照れるっす」
誉めていない。
誉めていないのだが本当に誉められたと勘違いして照れているあたり、そんな装備品を作ったハイトの完成が少し狂ってしまっていることを決定的にしてくれる。
「とりあえずアレの中身がなんなのか気になりますし、同一個体がいないか探してみますか」
「あんなのが何体も居たら嫌っすよ」
俺だって嫌ですよ──そんな言葉を飲み込んで静かに〈神域〉を解放させる。
対象を絞っての神域はさらに細やかな精度での検出を可能にし、数十秒ほどでこの年にいるすべての生命体を識別し終えた。
あまりにも大量な情報の処理に頭が痛むのを感じつつ、エルピスは同時に能力を発動してくれていたレネスと情報を共有する。
「師匠何体検知にかかった?」
「200体ほどだ、そちらは?」
「こっちは300体くらいかな。1体だけなんとなくそれっぽいやつが一人でいるからそっち行ってみようか」
「地図で言うとどこっすか?」
「この辺りですね」
かつてエキドナに作らせた法国の地図を取り出してエルピスが指を刺すと、ハイトが顎に手を当てながら訝しんだような表情を浮かべた。
「うーん、ここは確か廃棄場っすね。自分もよく失敗作とかはここに捨ててたっす」
「そうなると廃棄された人形が転がってそうか……」
おそらくはなんらかの計画によって作り出されたであろう存在が放置されていることに、罠ではないかとも考えるがもしそうだったとして監視しにくい廃棄場を選ぶ理由はなんだろうか。
それよりは逃げ出した傀儡兵や廃棄が決定し処分したが手に負えず殺し切ることが出来なかったか、どちらの方が可能性が高いかと聞かれれば二つ目の可能性だろう。
自体が急速的に進んでいく予感を感じ、エルピスはレネスへと目線を向ける。
「師匠悪いんだけど一旦法国から出てニルと合流して状況説明してきてくれないかな、あと合流できたらしてほしいって。明日の朝までにお願いできる?」
「出来るぞ、日が昇るくらいには帰ってくる」
「ごめんねお願い」
これから戦闘するにしろゲリシンと交渉するにしろ、どちらにしたってニルという戦力が手元にあるのとないのでは随分と結果が変わってくる。
一時的にレネスという戦力を失うのは痛いが、通算でみればプラスに作用するはずだ。
レネスがニルを探しに出ていくのと同時に廃棄所へと向かったエルピス達は、人目につかないように移動したため少し時間をかけながら目的地へと到着する。
壁によって区切られてはいるものの数メートル程度の壁など乗り越えられないものはおらず、廃棄場関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板を横目に気配のする方へとエルピス達は進んでいく。
「ううっ、臭いっす」
嫌そうな顔をしながら鼻を摘んだのはハイト。
エラも口にこそ出さないが嫌そうな顔をしており、よほど悪臭が立ち込めているようだ。
小さな山のようにして積み上げられたゴミが臭いの原因であることは間違いない。
「本当にこっちであってるっすか?」
「あってますよ。あの大きな山の中心です」
1秒でも早くこの場から立ち去りたいと言わんばかりのハイトに対し、エルピスが指を刺したのは廃棄場の中でも一際大きなゴミの山である。反応が確かであれば目の前の山の中心部、そこに目的の傀儡兵はいるはずだ。
「ちょっと離れててくださいね」
ゴミ山を前にしてエルピスが手を広げると、何か超高温のものに溶かされるようにして山が徐々に形を崩していく。
圧倒的な魔力にものを言わせてゴミ山を焼却しているのだと見れば分かるものだが、現実的に法国の魔法使いが数百人単位で働いて一週間以上かけるようなものを即座に溶かすあたり常識の範疇外である。
そのまま溶かし続ければ目標まで溶けてしまうのではないかと一瞬心配したハイトだったが、中から防御魔法によって保護された傀儡兵が現れたことで安堵の息を漏らす。
熱波事態をコントロールしているため防御魔法をかけずともいまのエルピス達に熱が届いていないのと同じで問題はないのだが、念には念をという言葉もある。
「ほへぇ、うまいことやるモンっすね」
そんな偉業に対してハイトが称賛の言葉を送る。
彼女の能力は魔法に頼ったものが少なく、目の前で行われているのがどれほどのことなのか正確な物差しを持っていない。
ただ込められている魔力量を見ればどれくらいの偉業なのかは分かるつもりだ。
「これでも単身で邪竜を倒してますから」
「えっ? 何気に凄いこと言いませんでしたいま?」
そんなハイトに対してなんだか自慢したくなり口にしないでも良いことまで口にしたエルピスだが、ハイトからの驚きの言葉を無視して作業を進める。
山と見間違えるほどのゴミが溶けてなくなるまでにかかった時間は実に10秒ほどであり、残ったのは四肢が引きちぎれかけた壊れた人形のような傀儡兵である。
「それよりも、見つけましたね。昼間見たのとそう見た目は違いありませんし、同じでしょうね」
「やっぱり中身は居ますね、それになんかまだ生きてるし……」
「もしかしてだけれど…本当にそんな事が可能なのかしら?」
「セラ心当たりでもあるの?」
「ヘルメットを取れば多分分かるわ」
セラの言葉を受けて代表としてエルピスが甲冑を取り外す。
取り外すと言っても何かの力によって強打されたようであり、ヘルムの形は大きく変形していたため中にあるものを傷つけないように割ったのだ。
中から現れたのはとてもではないが見るに耐えないおそらく人であっただろう頭、それを邪神の称号で死化粧して見られる程度に抑えてみるが顔から得られる情報というのはとてつもなく少ない。
顔からして男性、年齢は40から50といったところか。
顔についている傷が生きていた頃のものかいまついたものか判別不能だが、死してなをそれなりに戦闘を積んだもの特有の迫力のある顔である。
「うーん、取ったけど俺には何にも分かんないや。エラはこれ見て何かわかる?」
「私にはちょっと荷が重いかな」
「──黒く変色した髪に首の子のあざ、もしかして聖人っすか?」
疑問符を浮かべたエルピスとエラの横で答えに行き着いたのは同じ星人であるハイトだ。
彼女が口にした言葉に対しセラが頷くことで、自分の中にあった疑問が確信へと変わったのだろう。
そんな筈がない、そう小さくつぶやいたハイトの声を身にしてエルピスは改めて傀儡兵を見つめる。
確かに黒髪と言われれば黒髪だ、元の髪色であろう茶色が混ざっているため自分で染めたのかとも考えたがセラやハイトが黒髪だというのだから本物なのだろう。
だとすると不思議だ、先祖返りと転生者、転移者は人によって髪色が違うだろうが少なくともどれも生まれつきの色である。
いわば黒髪はこの世界での天才の証、どれだけ努力したところで後からその色に変化することはありえない。
少なくともエルピスが知っている常識ではその筈である。
「聖人って言うとあの?」
「そうっす、国家に属する最高位冒険者とも呼ばれる法国の最終兵器っす。でもおかしいっす」
おかしい、そう口にしたのは何も聖人が死んでいたからではないだろう。
法国に現在いる聖人は10人程度だろうか、正確な数はエルピスも知らないがそれくらいだと噂されている。
だがエルピスとレネスが目の前の傀儡兵と──聖人と同じような気配を400人分感じ取っているのである。
つまり法国には400人以上の聖人がいる事になるのだ。
「法国では確か聖人は確認されているだけで現在生存されているのが公式発表で四人、実際のところどうかは別としてそれに対して今回見つかった人形は400体。
全てに成人が入っているとすると法国はとんでもない戦力を隠し持っていたことになりますね」
「自分が知る限り法国に聖人は6人しか居ないっす、それにここ百年は一人の聖人も生まれてないっす」
噂よりも数が少ないのは寿命を迎えたのか戦地で死んだのか。
だが重要なのは法国にいた聖人の数ではなく、いま法国にいる聖人の数である。
「そうなるとこの人は一体……?」
「死んでは居るけれど、失敗作なのかこれが成功した姿なのか」
場を妙な空気が包み始める。
何か大きな陰謀が動いているのは間違いのないことだ、国家規模の何か大きなプロジェクトでもなければ聖人の大量生産などできる筈がない。
だが偶然掴めた尻尾はここにいる廃棄場の一体だけ、それも教会内部に傀儡兵が現れるという異常事態があって始めて何が起きているのか把握できた程度のこと。
長年この国でいたであろうハイトすら知らなかった事態を前にして、エルピスはゲリシンが自分に手を招いている姿すら幻視する。
「グッヅァァァァァ!!!」
突如咆哮と同時に暴れ出した傀儡兵は、立ちあがろうとするものの四肢が欠損しているため起き上がることすらままならない。
だがその咆哮に込められた威圧感は間違いなく聖人のものであり、小動物達がガサゴソと音を立てながら逃げ出していくのがエルピスの耳に聞こえる。
「うっわすっごい暴れるし。これ一般人とか兵士が近くにいたら相当危ないよ」
「とりあえずとどめを刺してあげるのが優しさでしょうね」
「ひうっ!? いきなり何するっすか!?」
「こうしてあげるのが優しさだと──エルピス、ソレしっかりと押さえてて」
エルピスの腰に刺された刀を抜き取りセラが軽く振るうと、聖人の身体は首と胴、それから手足をバラバラにされて戦闘行為を完全に封じられる。
だがもはや生物としての様相を保っていない姿でありながら、そんな事はお構いなしとばかりに傀儡兵の体のパーツは一つ一つがビクビクと痙攣して地面の上で跳ねている。
「首が離れてるのにまだ生きてるっすか!?」
「エラ、悪いけれど傷口の方を呪いで封じておいて。私は頭の方を処理するから」
「ええ、分かったわ」
呪いによる封印、熾天使による浄化魔法を受けなを暴れ回っていた傀儡兵だったが、多少の時間が経過しゆっくりとその身体は動かなくなっていく。
作業開始から数分ほど経つとほとんど動かなくなっており、いつのまに髪の色も綺麗な茶髪へと戻っている。
「ええっと、いま確実に生き返ってたよね」
「死んでいるのがデフォルトだとすると生き返っては居ないけれど、そうねどうやって動いたのかしら」
「人のガワは被ってるけど別の生き物とか?」
「いえ、確実に生き物ね。それにエルピスは分かっているとは思うけれど、この状況でも魂が身体に捉えられているわ」
セラの浄化魔法を受けても完全には昇天できない。
呪いですらも強制的に次の生へと転化させるほどの力を持つセラの力が及ばないということは、もはやこの世界以外へ飛び立てないほどに魂の形が歪んでしまったのだろう。
セラほど魂について理解度が高いわけではないエルピスではその状態を見ることしかできないが、シミのようにして残っている魂の残穢がそこにはあった。
「一体なんなんだこれ……」
「思い当たりがないわけじゃないっす」
「話して貰ってもいいかしら」
一体どのような手段用いればこのような状況を作り出せるのか。
人間の探究能力に底なしの恐怖を抱きながらも、そんな事をしてしまえる人間にセラは賞賛にも近しい感情を抱いていた。
「──人工聖人製造計画、考えられるとしたらそれが一番濃厚っす」
目の前の産物は人が神を目指した故の結果。
翼を生やしただけで飽き足らず太陽を目指して飛び始めた人類は、なんの間違いかその手を太陽にかけてしまったのだ。
それがどれほど罪深きことなのか知らぬ法国の人間ではないだろう。
神に仕える身でありながらその神すら超えんとする人間達の計画は、ハイトの口からゆっくりと語られるのであった。
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しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
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