クラス転移で神様に?

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幼少期:共和国編

首都ディタルティア

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 王国から出立して早二週間。
 通常ならば一ヶ月はかかると言われている王都から、共和国の首都への移動を驚異的とも言えるほどの速度で移動したエルピス達一行は、旅始まって以来初めての窮地に立たされていた。

「あー暑い、なんとかなんないわけ?」
「ならないわけじゃないけど、これから先もずっとこうやって暑くなったり寒くなったりするから、今のうちに慣れといたほうが良いんじゃないか?」
「それは分かるけど…なんであんたはそんなに平気そうなのよ?」
「まぁ身体の構造自体違うから」

 冬季と呼ばれる比較的寒い時期以外は、基本的に温暖な気候である王国で幼少期から過ごしてきたアウローラからすれば、いまの共和国の気候は辛いことだろう。
 一年中高い気温の共和国だが、いまの時期は特に温度が高いらしく体感気温にして40°cというところだろうか。
 見ればいつのまにか灰猫だけでなく、美食同盟のメンバーも装備が軽装に変わっており、額から流れ落ちる滝のような汗がいかにこの地域が暑いのかを物語っていた。
 エルピスやセラは種族としての格がそもそも他の生物より数段階上であり、温度変化では汗の一つも流れはしない。

「それにしても君の手は冷たいねぇ。膝の上失礼するよ」
「もう最初のピリピリした感じ無くなってるわねこの猫……そう言えばあんた名前なんて言うの?」
「ピリついててもしんどいだけだしね、名前? うーんそうだね、まだ秘密にしておくよ」
「なんか事情があるってわけね、あんたもなかなか楽な人生送ってなさそうだしね」

 膝の上で丸まっている灰猫とアウローラが喋っている言葉を聞き流しながら、エルピスはこの温度に対する対処を考える。
 水分補給自体はこまめにするようにしているから脱水症状が起こる事はまず無いと思われるが、これだけ暑ければ熱中症になる可能性も高い。

「そうは言ったものの日差しがあまりにも強いからなんとかしよっか」
「おっ! 待ってました。どうするの?」
「まぁ見てなって」

 なんとかしてこの状況を打破したいものの、周辺の温度を一気に下げれば温度差でまず間違いなく誰かが体を壊す……とそこで不意にエルピスに良い案が思い浮かぶ。
 その案を実行するために、エルピスは膝の上にいる灰猫に当たらないように気をつけながらポケットから杖を取り出す。
 未だに大した改造は出来ていないものの、どの杖よりも手に馴染むそれを手に取り空に向けて杖を振るう。
 すると付近に浮かんでいた雲がかき集められ、エルピス達がいる地域一帯が曇りになっていく。

「ーーエルピスって大概人間辞めてるわよね」

 エルピスの杖一つで簡単に変わる空模様を眺めながら、アウローラは心の底から言葉を漏らした。
 魔法という概念を知らないものが見ればその行為は神の所業だ。

「宮廷魔術師くらいならこれくらい出来るぞ? 消費魔力が多いだけだし」
「いや、エルピスさんよ。これ一般人から見たらちょっと引くレベルだぞ」
「元々理解してたつもりだったけど、私達本当に護衛として必要無かったわよねこれ」

 宮廷魔術師基準で言えば、エルピスがいま行なっている魔法自体はさして難しいものではない。
 本来の天候を操る魔法は消費魔力が尋常ではない上に、超高度な魔法操作を行う技術力が必要となるが、雲を作り出し一箇所に集めるだけならば難易度は格段に低くなる。
 とはいえならば高度な魔法技能は必要とされないかと聞かれれば、もちろん常人では到達できないほどの魔法技能が必要となるのだから、エルピスがいま行なっている魔法は常人から見れば偉業のそれだ。

「まぁそんな事は置いておいて、そろそろ森ですね。あの森を抜ければ共和国の首都ディタルティアですよ」

 王国から共和国へ向かう道中に存在する広大な森、通称迷いの森と呼ばれるその場所を前にして、アウローラ達の顔が若干強張る。
 この森は年中を通して急な雨や雷が多発し、その雨などが蒸発することによって霧が発生することで毎年多くの人間が還らぬ人となっているのだ。
 出現する魔物も決して弱くは無く、それが原因でこの森は未だに破壊することができていなかったりするのだが、エルピスからすればなんの問題もなかった。
 それは単純に考えて、龍の森の方が圧倒的に危険度が高いからだ。
 竜種も出現せず土地神も居ない程度のこの森ならば、たとえ何が出てこようとも一撃で倒せる自信があった。

「やっぱ噂通りジメジメしてるわねこの森」
「しかも今は頭の上に雲を作ってるからね、余計ジメジメしてますよっと……消す?」
「消したらまた暑いんでしょ? なら多少ジメジメしてるくらいの方がマシだわ」

 確かにそれもそうかとエルピスは、取り出しかけていた杖を再びポケットに戻す。
 それから数時間、ジメジメとした森の中をなんとか抜けて、エルピス達はようやく共和国の首都ディタルティアを視界に捉えていた。
 王国よりも更に強大な城壁によって街の中まで見通す事は出来ないが、それでも街の中から聞こえてくる声でずいぶんと繁盛している事は予想できる。

「あれが正門でしょうか? 随分と混み合っているようですが」
「共和国はその性質上、首都には貴族のみしか居を構える事を許されていません。一部の例外を除き商人などは全て近場にある自らの家へと帰るので、絶えずああして正門には長い列があります」
「とはいえ今回はエルピスさん達が居るから貴族用のルートで入れるし、それほど気にしなくてもいいと思うけどな」

 そう言ってグスタフが指差したのは大勢の人間が詰め寄る正門の横に作られた、小さな出入り口だ。
 一般用の出入り口とは違い身分証明証の前に、まず貴族としての証を見せなければ近寄ることすらできない場所。
 とはいえいまエルピス達が乗っている馬車にはアルヘオ家の家紋がしっかりと刻まれており、それ故に特に問題は無いのだが。
 馬を貴族用の出入り口の方へと誘導すると、少ししてから出入り口を警護していた兵士達が近寄ってくる。

「その家紋はアルヘオ家のお方ですね。身分証明証の提示を頂けますでしょうか?」
「身分証明証か…これでいい?」

 近寄ってきた兵士が身分証明証の提示を求めると、エルピスは首にぶら下げていた最高位冒険者としての証を見せる。
 本来ならば貴族用の出入り口では、冒険者組合が発行している身分証明証程度では不十分であり、兵士も取り出すのを止めようとしたものの、それが最高位冒険者の証ともなれば、これほどに無い十分な身分証明だ。
 何故ならば最高位の冒険者は大国と呼ばれる共和国をして、その総数は二桁に及ぶかどうかというところ。
 その誰もが街程度ならば、瞬時に壊滅させることができる。
 そんな相手の身分証明を蹴ったとなっては本人を相手にするだけでなく、その身分証明を作った冒険者組合自体も敵に回すことになる。
 ようは疑ったところで割りに合わないのだ。

「確認させていただきました。共和国の首都ディタルティアにようこそ」

 何故か尊敬の眼差しを向けてくる兵士達の間を抜けて、エルピス達はようやく首都へ入る事を許された。
 隣を見てみればいつまで経っても進まない長蛇の列が見受けられ、貴族の息子に生まれて良かったと心の底から実感する。

「久しぶりに来たけれどやっぱりここはすごいね」

 門をくぐり一番に驚いたのは建ち並ぶ建物の高さ。
 王国は基本的に二階建ての建物が多かったのに対して、この国の建造物はちらりほらりと二階建ての建物も見えるもののそれ以上の建物の方が圧倒的に多かった。
 王国は年に一度か二度ほど龍が王国の上を通るので、あまり高い建物を建てて龍が近寄らないように法整備しているのももちろん理由としてはあるものの、これほど高い建物を見るのは久しぶりだ。
 アウローラやエラも高層建築物に驚きを隠せないでいるのか、口を開けて無意識に言葉を漏らしている。

「それでは私達はこれで。また何かあればいつでもおっしゃってください」
「じゃあまた。よろしくなエルピスさん!」
「あんた最後までねぇ…まぁいいか。ありがとうございましたエルピスさん、いろいろと学ばせていただいて感謝しています」
「ありがとうございました」
「こちらこそ、いろいろとありがとうございました! またよろしくお願いします!」

 出会いがあればもちろん別れもある。
 この世界において初めての別れに言い切れない思いを抱きながら、エルピス達は来た道を引き返していく美食同盟達の面々の背中を見送る。
 二週間という短い期間だったものの彼等から学んだものは多く、彼等のおかげでエルピスは冒険者として必要なものを学ぶ事が出来た。
 エルピスにしては珍しく感傷に浸っていると、誰かから袖を引っ張られる。

「ほら早く行くよ? 生きてればそのうち会う機会もあるんだし」

 エラかアウローラかどちらかだろうと思い振り向いたエルピスに対してそう言ったのは、何故か嬉しそうな顔をした灰猫だ。
 引っ張られるままに灰猫の後について行きながら、ふとエルピスは何故嬉しそうな顔をしているのか疑問を口にする。

「なんか嬉しそうだね。苦手だった? あの人達」
「別にあの人達が苦手なわけじゃ無いよ、人が嫌いなだけさ。まぁ全てが全てそうとは言わないけれど」

 人類自体が苦手という灰猫に対して何か言葉をかけようとするものの、とはいえ両親の目の前で攫われた灰猫からすれば、見逃した両親も攫った人間もどちらも恨んだところで何もおかしく無いのだ。
 道中もやけに長い間エルピスの膝の上で眠っていたが、いま考えればわざわざエルピスの膝の上で眠っていたのも安心できるからなのだろう。
 何故そこまで信頼されているのかは分からないが、とはいえ信頼には信頼で返すのがエルピスの流儀だ。
 灰猫の頭を軽く撫でると、いつのまにか到着していた建物の中へと入る。

「ようこそ冒険者組合へ! 本日はどのような御用で、こちらへお越しになられたのでしょうか?」

 エルピス達がやってきたのは冒険者組合。
 理由としては王国内通貨を四大国発行通貨へと交換するためだ。
 日本人用に作った米が予想以上の売り上げを見せた上に、エルピスは五年間もの間、専属家庭教師兼護衛として活動していた。
 さらに王国内の重要な研究にいくつも携わり、商人達の相談役としても何度か仕事を重ねている。
 要はそれなりに金持ちなのである。
 今回を機会にエルピスが個人的に持っている資産の内の半分程度は四大国通貨に変換するつもりなのだが、となると一般の両替商に頼めば莫大な量の手間賃が取られることは予想に難くない。
 だがどうやら聞くところによれば冒険者組合での両替には手間賃が取られないという。
 冒険者組合の大元は元いた世界でいうところの国連の様な組織であり、金銭の循環を目的としてこういった制度を取り入れたらしい。
 それだけのために年会費を支払って冒険者組合に入る者もいるのだとか。

「両替をしに。後は適当なクエストを受けようかと思いまして」
「クエスト…ですか? 失礼ですがギルドカードを見せていただいてもよろしいでしょうか?」

 要件を告げたエルピスに対して訝しげな目を受付嬢が向けるのは、エルピス達の装備があまりにも軽装だからであろう。
 ギルドカード冒険者の証の提示を請求され、エルピスは周囲に見えないようにしながら服の中からギルドカードを一瞬だけ見せる。
 それで向こうも理解してくれたのか、個室に誘導され少し待つように言われる。
 ここまでは容易に想像出来た事であり、特に驚いた様子もなくエルピス達はソファに腰掛けゆったりとくつろぐ。

「それにしても順調にテンプレートを歩んでいるわね。出入り口で絡まれたら完璧だったのに」
「世の中そんなに上手くはいかないもんさ…でももしかしたら組合長は筋肉隆々の大男だったりして」
「ゴリラは国王だけで十分よ」
「確かに、間違いないな」

 数分程すると廊下の方から足音が聞こえてくる。
 コンコンとわざわざノックしてこちらへとやって来たのは、いかにも責任者と言った風貌の三人の男性だ。
 それぞれが違った服装をしており、筋肉のつき方や魔力量からしておそらくは全員が違う職種に付いている人間だという事が分かる。
 エルピス側にはエルピス、セラ、エラ、アウローラの順で腰掛け灰猫はエルピスの後ろに。
 向こうは入ってきた順番にソファに腰掛ける。
 一番最初に入ってきた人物はおそらく戦士か何かだろうか。
 普段から戦闘をしているもの特有の気配を漂わせ、鋭い眼光はそこらの貴族ならば眼圧で黙らせる事が出来るのではないかと思うほどだ。
 次に真ん中の人物は先程の男のような鋭さすら無いものの、警戒心はしっかりと心の奥底に根付いており、魔力量も入ってきた三人の中で飛び抜けて高い。
 最後の男は圧すらないものの油断ならない雰囲気があり、おそらくは戦闘系では無いだろうが警戒には値する。
 油断なく三人を見据えるエルピスに対して、一番最後に入ってきた男が自己紹介を始めた。

「私は商業組合代表レル・ラーバスです後の二人が」
「冒険者組合代表ガラル・ラングラーだ。よろしく」
「魔術組合代表ナハル・マーザスと申します。よろしくお願いします」
「エルピス・アルヘオです。本日はどういったご用件でしょうか?」

 回りくどいのは好きじゃない。
 悪戯に時間を浪費する事は愚行であり、嘘を吐かせる時間を作るのはエルピスにとっても相手にとってもいい結果にはならないからだ。

「単刀直入に申しますとエルピス様のギルドカードは現在共和国内において身分証明証としての役割は持ちますが、最高位冒険者としての実力は保証されておりません。
 つきましては私達三人の目の前で実力を示していただく必要があるのです」

 そう言っている彼の姿はどこか挙動不審だ。
 実力を見るだけならば冒険者組合長、魔術組合長はまだしも商業組合の長まで出てくる必要がない。
 それにエルピスの力量はどこで計測したところで結果は変わらない、しっかりとした基準のもと最高位冒険者というのは選ばれるのだから。
 だとすればエルピスを疑う理由はなんなのだろうか、悪い大人達が後ろで糸を引いていると考えた方が正解なのだろう。
 国の代表の一人を潰されておきながら、こちらの力を計ろうとする共和国の長達に苛立ちを覚えるが、とはいえこれで二度と手を出してこないならば力試しもいいだろう。
 神の力を一度は全力で使用してみたかったのだ。

「いいですよ、案内してください」
「それではこちらに」

招かれるままにエルピスは彼らの跡を追いかけていく。
彼らが不躾にも踏みつけた尻尾が龍の物どころか神の物であったことに気が付くのはこれからの事である。
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