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2学期
第15話・山羊零奈
しおりを挟む――2010年10月12日火曜日。
朝からあいにくの雨だった。猿渡の屋敷には有珠と黒子の姿は無い。僕は夢夢と朝食を食べる。
有珠達と『かみのこはる神社』に行った後、有珠と黒子は僕達を宿まで送り届けると、行ってしまった。翌日には夢夢の部下、凛子と美甘が合流し樹海の里を案内してくれた。そして僕達は一足先に屋敷へと帰ってきた。
3日ぶりの学校は少し億劫ではあった。雨も降り、朝から憂鬱な気分だ。学校ではあれから、良雄と美緒は別れてしまい気まずい関係になっている。
窓に当たる雨粒を数えながら、思い出した様にノートに整理して書き込んでいく。
未だに白子は見つかっていない。有珠達は今頃、出雲大社にいる事だろう。出雲大社、伊勢神宮、石上神宮……かみのこはる神社から数えて目星を付けたのはこの3箇所だ。
そして僕は猿渡一族の目の届く範囲、つまり屋敷周辺での生活をよぎなくされた。白子が僕の命を狙う可能性が少なからずあるそうだ。
白子が病院で1回目の術式を終えてから、僕の記憶が急に薄れてきた。10年後の未来からやって来た記憶が、日に日に無くなっていき、翌年の記憶ですら断片的にしか思い出せない。
「はぁ……」
ため息が出る。有珠達の役に立てないどころか、猿渡一族に身を守ってもらう方法しか無いとは情けなくなる。
休憩時間に美緒が話しかけてきた。放課後に真弓のお見舞いに行くと言う。合成写真の件は美緒から話してくれたそうだ。あれも結局犯人がわからず、か……。
「美緒わかった、一緒に行こう。16時に昇降口で」
「オッケー、春彦」
そうだ、東方理子はどうなったのだろうか。真弓のお見舞いが済んだら見に行こう。
授業終了のチャイムが鳴り、生徒たちは各々教室を出ていく。
僕が昇降口で美緒を待っていると、夢夢がどこからともなく現れる。あの不審者騒ぎから夢夢も学校の制服を着るようにして、バレないように協力はしてくれている。ただ……背中には『かみのこはる神社』で見つけた刀を背負っていること以外は、普通の女子高生に見える。
「……夢夢。何ていうか制服は似合っているな。ただ背中の刀――」
「千家様!もう人前で恥ずかしい!制服姿の私がかわいいだなんて!駄目ですよ!私は千家様を守護するという立場がありまして――」
「言ってもないし、聞いちゃいない……」
傘を差しているせいか、背負った刀はバレにくくはあるが……いや、そこは大した問題ではない。完全に銃刀法違反なのだ。
「千家様、メリーさんの情報がまとまりましたのでお話しておきます」
「あぁ、そう言えば頼んでたな。何かわかったのか?」
「はい、実は――」
――雨が少し止んできた。夢夢の報告を聞いてため息が出る。
「千家様、あれが例の――」
振り返ると、ちょうど金髪の女の子が僕の後ろを通って行く。
「山羊零奈……」
「はい?」
声が聞こえてしまった。
「……あのぉ、呼ばれました?」
「あっ!ごめん!何でもな――」
「春彦!お待たせ!病院行こか‥…あれ?そう言えば雨だ。バスで行こ……ん?こちらは?」
「あぁ、美緒。こちら山羊さん……」
「やぎさん?珍しい名字ね!私は北谷美緒。よろしくね」
「はい……えっと。病院に行かれるのですか」
「えぇ、同級生が中央病院に入院しててね。お見舞いに」
「私もこれから中央病院に行くんです」
「へぇ!そうなんだ!どこか悪いの?せっかくだから一緒に行きましょ!何年生?」
「ハイッ!2年です!」
「そうなんだ!1個下か……ほら!春彦行くよ!」
「あ……うん」
とんとんと話は進み、なぜか3人仲良くバスに乗っている。
前の席には何食わぬ顔で夢夢が座り、バスの上にはたぶん凛子と美甘が乗っている。
「――へぇ、お母さんが中央病院で働いてるんだ!」
「そうなんです。学校終わったら病院でいつも待ってて……」
「そっか。それなら明日からは一緒に帰ろう!」
「エッ?3年生は受験シーズンで忙しいんじゃ……」
「私は百貨店に就職決まったんだ。と言っても内定もらっただけでまだ本採用ではないけど。だから卒業までは特に予定無いんだよね。零奈ちゃんはどこ住みなの?」
「零奈でいいです。私は――」
――山羊零奈。少なくとも2020年までにその名前は聞いた記憶がない。記憶は薄れていってはいるが……。
少しづつ……小夜子を助けた日から未来は変わり始めてる。真弓の事故、理子の病気……それらが無い未来を生きていた。
しかし、悪い事ばかりではないはずだ。有珠達に出会った事でまた新しい出会いがある。
山羊零奈との出会いもきっと……。
「春彦、ちょっとお手洗いに行ってくるからここで待ってて。零奈ちゃんも行く?」
「私は大丈夫です!」
病院に着き、ロビーで美緒が戻るまで待つ。零奈と2人だと会話に困る。
「千家パイセン……」
「ん?どした、零奈ちゃん」
「この前から私の周りの事を調べているのはパイセンですか?」
「な、なななななんの事かな!ははは……!」
「いえ……頭にりんごを乗せた子と、みかんを乗せた子がずっと私を見張ってまして……」
露骨にりんごとみかんを乗せた女の子2人が、柱の影からこちらをじっと見ている。そしてあっという間に夢夢に連れ去られた。説教だな、あれは……。
「零奈ちゃんは今年転入して来たんだってな……母親はこの病院に務めている山羊看護師……皆にはメリーさんて呼ばれてる。と僕もここに9月まで入院しててメリーさんのお世話になってたんだ」
「そう……だったんですか。母と最近までアメリカにいまして今年日本に帰って来たんです」
「帰国子女か。そう言えばメリーさんも片言の日本語だったな」
「母は若い頃に日本に来て教師になったと聞いてます。だけど……」
少しうつむく彼女。何だか深い事情がありそうだ。
「さっき学校で私の名前を呼ばれましたよね?」
「あぁ……」
「ご存知なんでしょ?私の父親の事……」
「……本当にさっき、名前を呼ぶ前に聞いたんだ。勝手に近辺を調べた事はすまなかった。だけど僕も命を狙われてるかもしれないんだ」
「……柏木白子ですよね?私の義理の姉になります」
「そうなるな。君の父親は……柏木先生」
「はい……」
夢夢の話では柏木望が柏木雪菜と結婚する前、付き合っていた女性が同じ学校の教師……メリーさんこと、山羊零子だった。そして産まれたのが零奈。学校の机にあったキーホルダーは元々恋人だったという証なのだろうか。
メリーさんは今でもキーホルダーを持っていた。それはまだ彼……柏木望に未練があるのかもしれないし、単なる偶然なのかもしれない。ただこれで少しだけ納得が出来た。
「春彦パイセンを信じます。誰にも言わないで下さい」
「あぁ、もちろんだ。誰にも言わない」
「ありがとうございます――」
「春彦!零奈!お待たせ!何話してたの?」
「あぁ……美緒。受験勉強の話とか。な?」
「はい!春彦パイセンに勉強の仕方を聞いてました!」
「ふぅん、春彦は勉強あんまり得意じゃないけどね」
「ほっとけ」
「ふふ、さ。真弓のお見舞い行きましょ。零奈ちゃんまた後でね!」
「はい!私も母に声かけてきます」
ロビーで零奈と別れ、僕と美緒は真弓の病室へと向かう。写真の件以来、お見舞いには来ていない。美緒が事情を説明して機嫌を取ってくれたらしいのだが……。
コンコンッ!
「真弓!調子はどお?」
「あっ!美緒!また来てくれたの?ありがとう!」
病室の中で嬉しそうな真弓の声が聞こえる。僕は美緒と一緒に病室に入る勇気が出ず、廊下で待っている。
「えへへ、今日は春彦……て、おい!春彦!何で外にいるんだ!早く入ってこい!」
「え?……春彦くんもいるの?」
美緒が病室内から僕を呼ぶ。まるで先生に呼ばれている様だ。
「……こ、こんにちは」
「春彦くん……こんにちは」
未来の嫁に照れてどうする。いや、この歳ならこのリアクションで正解か。
「春彦くん……事情は美緒に聞いたわ。その……早とちりしてごめんなさい」
「あぁ、いや良いんだ!僕もあの時は気が動転して」
「春彦くん、美緒。2人共、私の為に頑張ってくれたのに本当にごめん。これからもよろしくお願いします」
「ほら、春彦!真弓がこう言ってるんだから!」
「あ……あぁ、こちらこそよろしくお願いします」
「ふふ、よろしい。私ちょっとジュース買ってくる。春彦、ちょっと待ってて」
「あぁ、すまない」
そう言うと、気を利かせてか美緒はジュースを買いに行った。真弓と2人になると何だか照れくさく気まずい。一緒に暮してた頃は……あれ?どうだった?また記憶がおぼろげだ……‥。
「春彦くん……この前は……ごめんね。話も聞かず……」
「あぁ……いや、大丈夫……」
何が大丈夫かはわからないが、言葉が続かない。そうか、もしかして体の成長に合わせて心も18歳当時になろうとしているのか?だから記憶が――
「あのね?この1か月考えてたんだ……」
「何を?」
「……入院してわかったの。看護師さんになりたいなって」
「え?そっか……」
「うん。こんなに人の為に頑張れる仕事があるんだって。岬海岸の所に去年、看護師の専門学校が出来たらしくてそこを受験してみようと思ってる――」
真弓が言った一言になぜか胸が締め付けられる思いがした。
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