ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第1章

第10話・おかえり

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 ――9月2日、朝6時。

 目覚まし時計をかけるわけでもない。現世界ではあんなに朝が苦手だったのに、ミラーワールドに来てからはきちんと目が覚める。
 やらされてる時間と自分でやらないといけない時間の違いなのだろう。ここでは自分の事は自分でしないと生きてはいけない。今はアリスちゃんを筆頭に、麻里、メアリーもいる。立ち止まるとその日食べる事も難しくなる。
 自分の意思でやる気スイッチが入っているとこんなにも充実しているのか、と初めて知った。そして両親のありがたみもわかった。僕にとってはこのミラーワールドは生まれ変わったような日々だった。

 布団から起き出し、顔を洗っていると皆がいない事に気付く。朝食の準備の途中だろうか?急に不安になる。
 すると1階から声が聞こえる。防音仕様のせいか、何を言っているのかはわからない。
 僕は着替えを済ませると踊り場のドアを開けて、1階へと降りていく。

「おはよう。どうしたんだ?」
「あっ!春河君!どうしたもこうしたもないょ!ほら!早く!」
「え?ちょっと……」

 ちょうど僕を呼びに来る所だったらしい。麻里が僕の手を引き保健室へと急がせる。

「うむ、来た様じゃな」
「アリスちゃん、メアリー、おはよう。朝からどうした――っ!!?」

 僕は保健室に入ると、挨拶もそこそこにベッドへと駆け寄る。
 そこには見慣れた顔の女性が眠っていた。

「さ……咲っ!!」
「コラ!ウルサイ!」

 メアリーに怒られるも、僕は涙を流し喜んだ。現世界で交通事故に合い、生死を彷徨っていた咲。
 アリスちゃんの不思議な力で魂をミラーワールドへといざなってもらった。成功確率は30パーセント程しか無かったそうだ。
 しかしベッドで眠る咲を見て、それが叶ったのだと知った。

「咲……」
「うむ……魂の導きは成功したのじゃが……」
「アリスちゃん、何か問題があるのか?」
「……このまま目覚めない事もあり得る」
「えっ!?」
「可能性の話じゃ、しばらくは様子を見る事にしよう」

 また不安が広がる。ミラーワールドに来れても、目覚めなければ意味がない……。
 咲の手を握ると、少し温かい。ちゃんと生きてはいる。

「春河君、今はアリスちゃんと、咲さんを信じましょ。ね?」

僕の肩に手をかけ、麻里がはげましてくれた。

「そうだな……しばらく僕が付き添っててもいいか?」
「もちろん。私達は日課を済ませてくるから、何かあったら呼んでね」
「ありがとう、麻里」
「ワタシにも、一言欲しいトコロダガ?」
「はは、ありがとうメアリー」
「……照れるじゃネェカ」
「お、おぅ……」

 麻里とメアリーは日課をこなす為、保健室を出て行く。掃除、洗濯、畑仕事に調理……毎日午前中は大忙しだ。僕が1人抜けるだけで負担は大きくなるだろう。
だけど今は少しでも咲の側に居たかった。

「咲……辛かったな……もう大丈夫だ」

 咲の手を握り話しかける。が、返事は……ない。このまま目を覚まさないかもしれないと、頭のどこかで考えてしまい首を横に振る。

「……そういえばまだ言ってなかったな。1年おめでとう。咲と付き合ってもう……いや、まだ1年か。これからもよろしくな」

 握る手に少しだけ力が入る。
 それから30分程、咲にこの1年の思い出を語りかけていると、いつの間にか僕も寝入っていた。

………
……


『――ハル君、起きて?』
「んん……咲……もう少し寝かせて……」
『もう、いつまで寝てるの。……ハル君、大事な話があるの』
「ん……」
『あのね?先生がね――』


……
………

「――河君、春河君」
「んん……咲……まだ眠い……」
「私は咲さんじゃないわょ、それにもうお昼ょ」
「ん……麻里……?」
「そんな格好で寝てたら駄目ょ、ほら」
「あぁ……夢……か。咲と話をしてたら……」
「ほら、よだれ拭いて……」
「え!あぁ、ごめん……」
「もう子供なんだから」

 麻里に起こされ、頭を持ち上げる。ベッドの脇でいつの間にか眠っていた様だ。
 咲は朝と変わらず眠っている。

「春河君、お昼出来たから2階の食堂に来れる?」
「うん、行くよ。ありがとう」

 咲を目覚めさせるにはどうしたらいいのか。そう言えば現世界での咲の肉体、そもそも僕の肉体すらどうなっているんだろう?
 病院に入院してるとはいつきが言っていた。
 昼食を取りながらも、色々考えてみたが結局わからない。

「アリスちゃん、僕らの肉体も脳死状態で入院しているのか?それなら僕らもいずれ――」
「いや、お主らは脳死ではなく眠っている状態に近いじゃろう。事故に遭ったわけでもなく、肉体は健康じゃからの。ミラーワールドに来る際に、いくつか怪我はしておったみたいじゃが……まぁ、そこはさして問題ではあるまい」
「でもあまりに目覚めなかったら僕らの肉体ももしかして――」
「それは無いわい。あの東海浜中央病院にはわしの信頼がおける医者がおる。そやつはこういう案件には慣れておるでな。しかし東宮咲の肉体の話しは別じゃ。もし身内の者が脳死判定を受け入れ、それを選択するのであれば……時間はもうあまり残っておらぬかもしれん」
「そうか……どうにかして咲を……」

 その後、皆、黙々と昼食を食べ終え、それぞれの部屋へと戻って行く。
 昼食後はいつも13時頃までは休憩している。僕は部屋に戻らず、また保健室へと足を運ぶ。

「咲……」

 頭の中は目の前で眠っている咲をどうやって起こすか、現世界の咲の肉体をどうやって助けるか、こればかりだ。午前中と同じ様にまた手を握り、ベッドの横へと座る。

「皆には負担かけてしまってるな……せめて現世界の肉体が助かる事がわかれば安心なんだが……」

 その時、咲の胸ポケットで何かが光った。手を伸ばし、光る物を取り出した。

「何だ?」

 可愛らしく飾ってあるが、それは間違いなく『鏡』だった。

「鏡?これが例の割れた破片なのか。でもどうしてここに……」

僕はその鏡を取り、アリスちゃんに見せに行く。

「アリスちゃん、咲のポケットに鏡があったんだが」
「ふむ……現世界の鏡がミラーワールドに来ると言うのはおかしな話じゃ。姿鏡の欠けた場所にはめ込んでみるか」

 そう言うとアリスちゃんは姿鏡に欠片をはめる。すると――

「吸い込まれていった……」

 欠片は姿鏡に吸い込まれていき、そして元の綺麗な姿鏡に戻ったのだ。

「戻った……」
「なるほどな、誰かが意図して鏡を持たせたか」
「意図して……?そう言えば夢で咲が何かを言おうとしてた……。思い出せない」
「……まぁ良い。これで正規の道が繋がった。少し待っておれ」
「あぁ……」

 そう言うとアリスちゃんが鏡の中に溶けるように消えて行く。

「おぉぉ……!」

 もしかして僕も入れるのか?そんな事を思い、アリスちゃんの後を追って手を近付けてみた。

カツン!

「いて……」

 突き指をしてしまった様だ。それは普通に硬い鏡だった。

「え?どうなってるんだ……?痛いんだけど……」

 そのままアリスちゃんは翌日まで帰って来なかった。麻里とメアリーにも事情を説明し、その日の夕方にはいつきにも事情を話した。いつきの話では現世界の姿鏡も元通りになっているらしい。

「いつき、その姿鏡を物置から移動させて欲しいんだ」
「移動?こんな大きい鏡をどこに持って行くの?」
「あぁ、そこの物置だと1年の間に誰かに見つかって処分されるかもしれない。実は――」

 いつきに体育館の地下倉庫の話をした。最初は驚いて聞いていたが、後で用具室の床に扉を見つけたそうだ。
 部活が終わり、皆が体育館を出た所を見計らって移動させてくれる事になった。

「いっちゃん、いつもありがとね」
「麻里ちゃん、何言ってるの。友達でしょ?ただし帰って来たらたくさんおごってもらうけどね」
「うん!わかった。春河君のおごりでパァッと行こう!」
「おいおい、誰のおごりだって?」
「あはは!春河君には内緒ね!あはは!」
「ハル!駅前の『KAMINO』で、スーパーデラックス夢子パフェをお願いね!ははは!」
「え……あれ2000円くらいするやつ……」
 
 久しぶりに皆が笑顔になる。鏡が元に戻った事で、帰れる見込みが出来たのだ。
 1つ問題が解決した。しかしまだ咲の問題が残っている。こればかりはアリスちゃんに任せるより他ないのかもしれない。

 ――翌朝。

「春河君!ちょっと来て!」
「麻里、おはよう。どうしたんだ?」

 顔を洗っていると、麻里が慌てて音楽室のドアを開けた。
 麻里に付いて保健室へ向かうと、咲に変化が見られた。うっすらだが顔に赤みが差し、そして――

「ほら!見て!」

麻里が握った手を、少しだけ握り返してきたのだ。

「手が動いた……?」
「そうなのよ!ちょっとだけだけど動いたの!」
「オハヨウ、朝からドウシタ?何やらサワガシイ」
「メアリー!咲さんがちょっと……て、その前に手を洗って来て!」
「アッ……」

 メアリーは早朝から魚釣りをして来たのだろう。魚の匂い……いや、海の香りが保健室に漂う。
 手を洗うとメアリーも咲の手を……なぜか足を握った。

「メアリー……なぜ足を……」
「エ?コチョコチョをしてみようカト。いや、冗談ダ。そんな目で見るナ」
「メアリー、こんな時に冗談――」
「プフ……」
「え?咲さん?」
「え?咲?」
「エ……?」

 一瞬、咲が笑った様に見えた。麻里とメアリーと顔を見合わせる。

「今……笑った?のか?」
「いやぁ……さすがに気のせいじゃない?」
「モウ一回やってミヨウ。コチョコチョ……」
「こら!メアリー!そんな事で起きたら苦労しな――」
「プフフ……」
「え?」
「え?」
「エ?」

 完全に咲が笑っていた。意識はない様には見える。ただ本能で体が反応しているのだろうか。

「ねぇ、春河君。付き合ってる頃に足をコチョコチョとかし――」
「しない」
「ハルカは奥手なのダナ。手を繋いだら次は足をコチョコチョ――」
「しない」

 そんな馬鹿な話があるか。まだそのなんだ。そこまでのお付き合いはしていない。
 しばらくメアリーが面白がってコチョコチョをしていたが、それ以上の進展は無かった。しかし、反応があった事という成果を得られそれだけで救われた気がした。

「春河君、咲さんの体を拭くから出て行ってもらっても?メアリー手伝って」
「あぁ、分かった。麻里、頼んだ」
「サァサ、男は出てイケ」
「メアリー……言い方……」

 メアリーに背中を押され、保健室を後にし2階の音楽室へと戻る。
 音楽室に戻るとテーブルに神妙な顔をしたアリスちゃんが待っていた。

「アリスちゃん!帰ってたのか!今、咲が――!」
「千家よ、まずい事になった……」
「え?どうしたんだ、いったい……」

 現世界から帰って来たアリスちゃんが口にしたのは、何とも重い話だった……。
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