ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第1章

第8話・木下愛梨

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 ――保健室の入口に誰かがいる気配がする。僕は怖くなり、目を閉じる。

『チリーン!』
『みぃつけた――』
「○※□◇#△!!」

 腕にかけた鈴が大きく鳴った後、突然、耳元で声が聞こえた。それははっきりと『みぃつけた』と言った。
 僕は言葉にもならない大声を上げた……が、声が出ているのかすらわからない。

『パチン――』

 何か音がした所までは覚えている。しかし僕はもう目が開けれず、そのまま深い深い眠りに落ちていく。
 防衛本能なのだろうか。その時の『パチン』と言う音が耳に残っている。まるで僕の中の電源が落ちた様な音だった。

………
……


 ――8月19日午前6時。

「うぅ……」
「――河君!春河君!」
「……麻里?おはよう……」
「良かった……おはよう、春河君」
「どうしたんだ?朝から皆揃って……」
「やれやれじゃ。何も覚えておらぬのか?」
「ん?」
「アンタ、泡吹いて白目むいテタ」
「え……?そう言えば保健室で寝たのに、ここは……?」
「私のベッドょ。昨夜の事覚えてないの?」
「昨夜……?」
「うむ。記憶が錯綜しておるの。まぁ良い、少し休むが良い。そのうち思い出すじゃろう」
「朝ご飯の用意をするから、少し待ってて。あっ、電気消しとくね」
「あぁ……ありがとう」

 麻里達は朝食の準備しに部屋から出る。そして麻里が電気を消した瞬間にすべてがフラッシュバックした。

『パチンッ!』
「え……!?」

 僕はベッドに横になったまま、天井を見上げている。しかし電気を消す音を聞いた瞬間に目の前が真っ暗になり、脳が映像を再生させる。

ザザ―
ザザザ――

『――みぃつけた……』
「うわぁぁぁぁぁ!!」

 昨日の恐怖体験があたかも今起こってる様に、目の前に現れる。耳元で女性のささやき声が聞こえ、また金縛り状態だ。

『みぃつけた……真中、ここにいたのね……会いたかった……』
「え……」

 昨日は恐怖で聞こえなかった話の続きがはっきりと聞こえた。
 その時、頭の中で腑に落ちなかったパズルのピースが合わさる。

「……まさか、真中さんじゃなくて、弓子婆さん……?」

 そう口にした瞬間、目の前が光り輝きだし眩しさで目が眩む。
 次に目を開けた時には古い校舎の保健室で、若かりし頃の弓子婆さんがベッドで眠る青年の横で子守歌を歌っていた。

(あぁ……そういう事だったのか……。あの亡霊は真中さんだと思っていたが、本当は弓子婆さんだったんだな……)

 学校の玄関が開き、保健室まで鳴っていた鈴の音。もし真中さんなら最初から保健室にいたはずだ。玄関からわざわざ入る必要はない。それに足が悪かったとも聞いた。下駄箱からわざわざスリッパを出すだろうか。
 それにアリスちゃんが問いかけた時、反応がおかしな点もあった。きっと真中さんではなく、私は弓子と伝えたかったのだろう。
 アリスちゃんが言うには僕の容姿は真中さんに似ているそうだ。きっと弓子婆さんが勘違いして、看病に来てくれたのだ。
 弓子婆さんは鬼病にかかり現世界で亡くなったと聞いた。もしかして亡くなる前には会えず、最後に真中さんにお別れを言いたかったのかもしれない。

「そっか……我が子に最後のお別れを言いに来たんだな……。婆さん、きっと真中さんも喜ぶよ」

 そう夢の中で僕がつぶやくと、聞こえるはずの無い言葉に弓子婆さんが反応し、一瞬こちらを向いた様に見えた。
 歌を歌い終わった弓子婆さんは立ち上がり、僕の方を向き、涙を流しながら頭を下げた。

「ありがとう……」

 そう聞こえた。それは耳元で聞こえた『見つけた』と言う声と同じ声で、すごく懐かしく温かい気がした。
 2人は光の中へと消えていく。そして僕の意識も一緒に光の中へと飲まれていった……。

………
……


ザザ――
ザザザ――

 雑音の様な音が流れ、意識が体へと戻って来る。

「朝ご飯出来たわょ!……え?春河君、どした?何かあった?」
「いや……うん、そうだな。麻里、全部説明するよ……」
「うん……涙を拭いて……ゆっくりでいいから……」
「あぁ……」

 僕は自然と流れる涙を拭う。なぜ泣いているのか自分でもわからなかった。ただ心のどこかが温かく、嬉しかったからかもしれない。
 腕に付けていた鈴は紐が切れ、床に転がっていた様だ。麻里がそれを見つけ、新しい紐を通し、僕は鈴をお守り代わりに首からかけた。

「――という夢を見たんだ。アリスちゃん、あれは夢じゃなかった気もする」
「そうじゃな……いや、その前にわしの早とちりでそなたを危ない目に合わせてすまなんだ。真中だと思いこんでおった」
「いや、アリスちゃんが鈴の音を聞いて駆けつけてくれたおかげで僕は助かったのかもしれない。感謝してるよ」
「そう言ってくれると、わしも助かる」

 僕は首にかけた鈴を触りながら、昨日、今日の出来事が夢では無かったと実感した。

「ハルカ、その鈴ネコ型ロボットみたいダナ」
「え……メアリー、それは言ったら駄目なやつ……」
「プッ!」
「メアリー笑うな」
「プププッ!」
「アリスちゃんまで!おい!麻里も何とか言ってやって――」
「あははははっ!ウケるっ!」
「麻里まで……もう……」

 ――きっと弓子婆さんと、真中さんは成仏出来たと思う。
 現世界で鬼病で亡くなった弓子婆さんと、ミラーワールドで知らずに待っていた真中さん。
 ようやく何十年分の話を今頃しているのかもしれない。
 この亡霊騒ぎはこれで本当に解決したのだった。
 めでたしめでたし。

………
……


 めでたくなどなかった。その日は清々しい気持ちで1日を過ごし、畑仕事をし、シャワー室の移動に取りかかる。そして夕食の準備をしている時に、いつきからの定期報告が入った。

「え?いつき……今、何て……?」
「いっちゃん……嘘ょ……」
「ワタシもそのヒト、知ってル」
「たまたまお見舞いに行った病院で聞いてしまったのだけど、咲さんは……」
「……いっちゃんそれって……」
「でも!死んだわけじゃないんだろ!」
「う、うん……ハル、私に怒鳴らないで……」
「……あぁ。すまない……」
「いっちゃん、先生は脳死……て言ってたのね?」
「うん……打ちどころが悪かったって……」
「脳死……確か、延命治療をしても数週間しか……」
「何でこんな事に……!?」

ドンッ!ドン!ドンッ!

「春河君!やめなさい!壁を叩いた所で何も変わらないわ!」
「そうよ!ハル!ちょっと落ち着いて!」
「落ちついていられるか!咲が……咲が……!」
「ちょっとウルサイ。ダマレ、コゾウ」
「やれやれじゃの……どうしたものか。わしが干渉してやれる事は……」

 しばらく皆、沈黙し解決策を考える。しかしそんな物があるわけもなくため息だけが漏れた。

「アリスちゃん……何とかならないのか……?」
「お主の言いたい事はわかるが、人間にはそれぞれ寿命と運命と言うものがある。もしその日救われたとて、別の日にまた運命は繰り返す。代わりの命を差し出しでもいない限り……いや、待てよ。代わりの命……か」
「アリスちゃん?」
「ふむ……わしが干渉せぬのなら……。おい、そこの小娘よ」
「ふぇ?私?何であんたに小娘呼ばわりされなきゃならないのよ!私はいつきって言います!前にも言いましたよね!」
「きゃんきゃんやかましいのぉ……」
「いっちゃん落ち着いて!今はアリスちゃんの話を聞こ!」
「きぃぃぃ……!」
「賑やかナ、連中ダ。少しはワタシをミナラエ」

 アリスちゃんに言われ、首にかけていた鈴を渡す。尚、メアリーは我関せずの姿勢を崩さない。

『鈴を根源とし、彷徨える魂を移したもう……そなたの名は東宮咲!』

アリスちゃんがそう言うと、鈴が突然光輝く。

「な、なんだ!?」
「ふむ、まだ鎮魂は残っておるようじゃな。そこの小娘よ、割れた鏡の欠片を探し、東宮咲に持たせるのじゃ」
「えぇ!?そんなの無理よ!鏡は見つかってないし、咲さんは面会謝絶で会えないのよ!」
「なんとかせい」
「きぃぃぃぃ!あんたねぇ!いい加減にしなさいよ!そんな簡単な話じゃないのよ!だいたい何様なのよ!命令ばかりして!先生でもあるまいし!」
「はん?小娘よ。わしは神じゃ。従わぬと貴様の魂を抜くぞよ?」
「はぁ?あんたが神様?ちゃんちゃらおかしいわ!神様って言ったらこう神族衣装を着て、杖とか持ってこう!」
「いっちゃん!!いい加減にしなさい!」

麻里が見かねていつきを一喝した。

「今はね?友達が生きるか死ぬかの瀬戸際なの。いっちゃんは知らないかもだけど、アリスちゃんはこう見えて不思議な力を持ってるわ。出来るか出来ないかじゃないの。後悔しない為に精一杯やろ?ね?」
「麻里ちゃん……」

しばらく黙ってからいつきは答えた。

「うん、分かった。鏡を探してみる……」
「ありがとう、いっちゃん」
「いつき、ありがとう」
「イツキはできるコ」
「ふん……小娘なぞと言って悪かった。頼んだぞ……西宮いつき」
「はい、アリスちゃん……」

 麻里のおかげで話は落ち着き、またいつきからの返事を待つ日々が続く。
 割れた鏡はどこへ行ったのか?咲の生きる手段はあるのか……?
 僕達はまた新たな難題に突きつけられた。

………
……


「鏡?」
愛梨あいりどうしたの?」
「鏡がね……うぅん、何でもない!」
「変なの。それでカラオケ行くの?」
「行くに決まってるじゃん!」
「早く掃除終わらせて帰ろ!」
「うん!」

 木下愛梨は学校のゴミ捨て場で小さな鏡の破片を拾った。手に取るとまるで吸い込まれそうな気持ちになり、捨てずにそのままポケットへとしまう。
 ――その日の夜。

「愛梨!スカートのポケットに何か入ってるわよ!こんな物拾って来て、まったく。愛梨!捨てるわよ!」
「あっ!お母さん!それいるの!返して!」
「こんなゴミ拾わないでよ。洗濯機壊れちゃうわ、まったく!」
「はいはぁい!ごめんなさぁい」

 愛梨は割れた小さな鏡を大事に持ち、部屋へと戻る。

「よいしょ……と。鏡の周りにマスキングテープ貼ってと……出来た!よし!今日から手鏡の代わりに使おう!」

 愛梨は鏡に映る自分を見てニヤニヤと笑う。その鏡には惹きつけられる何かがあった。

「綺麗な鏡……どうしてゴミ捨て場になんかあったのかしら?」

 そして、愛梨は鏡を見たままウトウトと眠りについた。

『やはりこの娘は使えるな……ミラーレス様に喜んで頂ける……ふふふ……』

……現世界でも不穏な風がまた吹き始める。
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