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第九章―世界の向こう側―
9−2・きっと大丈夫
しおりを挟む【デゼスポワール大陸】
―――双竜島―――
セリは鬼笛を持つ陽子を追いかけて、丘を登っていた。一度は登りきったのだ。だが、そこに陽子の姿は無く、反対側の丘の上に陽子はいた。
しきり直し、新たに丘を登り始める。雨が降り出し足元がぬかるみ、滑って転んだ。
――もう帰りたい!
セリは心の中で何度もそう思った。しかし、丘のふもとでは数千の兵士達がセリを応援している。
「セリ様!!頑張れぇぇぇ!!」
「セリ様!!」
「セリ様!!負けるなぁ!」
なぜ応援されているのかもわからない。ただ、皆……ノリなんだと思うセリ。
「ぜぇぜぇぜぇ……鬼笛は……鬼笛は……」
ぷるぷるする足を抑えながら、セリは丘の七合目付近に到達する。
その間にもチグサは歌い続ける。鬼笛の効果を打ち消すために。何度も何度も――
「チグサさん!頑張って!セリ様がもうすぐ丘の上に着かれます!!」
「もう……限界……!!」
「ママァ!!がんばってぇ!!」
隣の丘では、チグサとミーサ達がセリの登頂を待ちわびる。
「オロカナニンゲンドモ……イズレカナラズ……」
戦場はいつしか怒号は消え、セリの応援と歓声に包まれていた。
補足だが、セリは丘を登って降りて、また登って……まだ何も成し遂げてはいない。
「見えた……ここが丘の頂上……ぜぇぜぇぜぇ……」
丘の頂上に手をかけ、ふらつく足を抑え必死に前へと進む。そしてついに――
――ザッ!!
「着いたぁ……着いたよぉぉぉぉ!!!」
セリはガッツポーズで兵士達の声援に答える!!
『オォォォォォォ!!!』
割れんばかりの歓声と拍手にセリは包まれて、疲れが吹き飛ぶ思いにかられる。
「ハァハァ……ははは……私はついにやったんだ。この丘に登った……皆!!ありがとう!!」
『オォォォォォォ!!!』
手を振るセリに皆は歓喜した――
――そして誰もいない丘の上で、セリは一人今後の近い未来を見据えていた。
『ワァァァァァァ!!』
歓声が鳴り止まぬ中、タケオは思った。
「アイツは何をしてるんだよっと……」
しかし、チカゲの歌も途中で終わっていたことに誰も気付かない。兵士の歓声で鬼笛の音はかき消されていたのだ!!
セリ本人も気付かないところで少しは役に立っていた――
――その後、赤蛇も正気を取り戻し、タケオがいきさつを説明する。
カランデクル兵もカラミニクナイ兵も停戦し、ジゴク丸が兵をまとめていく。
「転移門が消えてる……」
ミーサが事の重大性に気付いたのはすべてが終わった後だった。
デゼスポワール大陸に残されたのはミーサ、チグサ、クルミ、レディス、チアキ。
「これでは……もうエスポワール大陸に戻れない……」
うなだれるミーサ。桃矢を追って来たのに、まさか入れ違いで自分がデゼスポワール大陸に取り残されるとは思ってもいなかった。
「チカゲ殿!!無事か!!」
「サクラさん!!」
丘の下にサクラの姿が見えた。鬼の里からサクラ達が駆けつけてくれたのだ。
「すまぬ!遅くなった!村の者を避難させていてな。ここにいては危険じゃ。一旦、鬼の里へ戻らぬか?」
「……どうしましょう。転移門が無くなった今、ここにいても……ミーサ様、いかが致しましょう?」
「……そうですわね。子供達の事もありますし、お言葉に甘えさせて頂いて――」
双竜島はその後、転移門が現われるまで見張りが付き交代で待ち続けた。
赤蛇もそこでじっと待ち続ける。しかし、転移門が再びそこに現われる事は無かった。
タケオもしばらくは赤蛇と共にいたが、元々気が長い方ではない。数日経ってからどこかへ行ってしまった。
セリはカランデクル街の祠に戻り、鬼達に手伝ってもらい社の補修をしていた。メイが床を踏み抜き、入口付近はそれはもう……ボロボロだった。
ジゴク丸達は一旦国へ帰還後、カランデクル国と共同で陽子の足取りを追った。鬼斬丸旅団は壊滅したが、陽子の足取りだけは結局掴めなかった。
―――鬼の里―――
「もう……ひと月なりますね」
サクラがお茶をすすりながら、縁側を見つめる。
「そうですね……」
あの日からずっと元気がないミーサ。置いてきた子供と、愛する桃矢にもう会えないかもしれない、という気持ちで押しつぶされそうだった。
チアキ、クルミ、レディスの面倒はチグサが率先して行っていた。しばらくぶりに生活を共にする我が子。桃矢を追いかけたい反面、我が子と過ごす時間を大切に思い、このまま鬼の里で過ごす選択肢も考えていた。
鬼の里では、トキじいさんのいなくなった席には、新たにサユキが加わっていた。
サユキがサクラの子であることをチグサ達は聞き、一緒に喜んでくれた。
「サクラさん、まだカランデクルからの連絡は――」
「はぁ……サユキ。もうそろそろ、お母さんって呼んでくれても……」
「いや、えっと……何かいまさら感があって……その……」
「サユキお姉ちゃん、ふぁいと!」
レディスが後押しをする。
「う、うん……サクラお母……さん……」
「ふふ、なぁに?サユキ」
「ふふ、なぁに?サユキお姉ちゃん」
「ぷっ!レディスちゃん!面白いにゃ!」
復唱するレディスを見て皆が笑う。皆の笑顔を見ても一人、心ここにあらずのミーサ。
「ミーサお姉ちゃん。チアキはね、お母さんにずっと会えなかったけど、信じてたから……だから!」
ミーサはチアキを抱きしめる。
「うん……チアキちゃん、ありがとう……」
小さい子供の優しさに救われた気がするミーサだった。
「ミーサ様、あれからこの世界は安定しております。たぶんですが、向こうの世界でもきっと……」
「サクラさん……えぇ……そうね。きっと大丈夫……」
きっと……大丈夫。
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