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第八章―赤蛇様―

8−1・サユキさん

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―――オニの国―――

「早紀様、カナデ様がお戻りになられました」
「通せ」
「はっ!」

 オニノ国王代理の早紀と護衛のミズチ、アズチが王広間でカナデを迎える。

「カナデ、ご苦労だった。残党の様子はどうだった?」
「はっ!早紀様――」

 帝国から東の山中で、エルバルト王国の残党が挙兵したとの話があった。
 挙兵した……とて、今やエルバルト王国はダリアが治め、帝国はミーサが治めている。何の問題も無いと思われていた。

「様子がおかしいのです。桃之家は確認が出来ましたが、どうも兵のほとんどが魔物の様でして……」
「……魔物?桃一族の恥さらしだわ。鬼の一族でありながら魔物を従え挙兵するなんて……カナデ、ダリアとミーサ、舞にも万が一の準備をするよう伝えておいて」
「はっ!早紀様!」

早紀は窓の外を見て一人つぶやく……

「桃矢に……会いたい……」

―――異世界カランデクル街―――

 桃矢達は鬼斬丸を探してカランデクルに来ていた。宿を探し郊外を歩いていると、丘の上にある社で倒れている女性を見つける。すぐさま病院へと担ぎ込み、女性は無事だった。
 しかし病室の窓を開けた瞬間、何者かに桃矢が襲われる――

「ぬぅぅ!!ぬかったわ!桃矢!!しっかりせい!医者を呼べ!!」

桃矢はノアの声を聞きながら意識を失っていく……

――遠くで歌が聞こえてくる。心地よくもあり、どことなく悲しい気持ちになる。


鬼が起きたら 喰らえ喰らい
鬼が眠ったら お化けがくる!

どんどこどん どんどこどん……

お化けが出たら めめ隠せ
お化けが出たら みみ隠せ

起きてる子 みんな 食べちゃうぞ

どんどこどん どんどこどん……

「ここは……鬼の夢……?」
「……桃矢様、お気付きですか」
「君は……?」
「死者の泉の幽霊です」
「あぁそうか。僕は刺されて……死んだのか?」
「まだ生きておられますね。ただ……」
「ただ?意味深な事を言うなよ……」
「いえ、ご紹介しますね」
「ご紹介?」
「はい、サユキさんです」
「桃矢様!良かったぁ……またお会いできて……うぅ」

泣く彼女の背中を叩く幽霊。 何が何やらわからない。

「僕の意識になぜ、サユキさんが?」
「はい……話せば長くなりますが……」

話し出すサユキさんに声をかけようとして、桃矢はまた意識が薄れていく……


どんどこどん どんどこどん……

お化けが出たら めめ隠せ
お化けが出たら みみ隠せ

起きてる子 みんな 食べちゃうぞ

どんどこどん どんどこどん……


ドクンッ!ドクン!ドクンッッ!!

「グッ!!ガハッ!ハァハァハァ……」
「ぬぅ!気が付いたか!馬鹿者!心配させよって!!」
「ハァハァハァ……ここは……」

目を覚ますと、病室のベッドで寝ていた。
隣には社で介抱した女性が眠っている。

「何が……起きたんだ?」
「桃矢様、良かった……たぶんあれは鬼斬丸です。あやつにふいをつかれ、桃矢様は一度生死の境を……」
「あぁ……そういえば腹を刺されて……?傷がない?」

腹を見てみるが傷は無く、痛みもない。

「おい……ノア……もしかして常闇の断捨離を使ったのか……?」
「ぬぅ……この女……サユキが自分で申し出たのじゃ。サユキが傷を肩代わりすると言うてな」
「ノアッ!!常闇の断捨離は他の者には使わないでくれと言ったじゃないか!!あの苦しみは僕だけで十分……!!」
「桃矢様!!それは違います!!ノア様もそれはご存知でした!しかし!サユキさんが自ら……」

 鬼の一人が桃矢とノアの間に割って入り、説明をしてくれた。

「……そうか……すまない。この女性がサユキさんだったんだな……夢にも出てきた。サユキさんは……助からないのか?」
「まだわかりません。意識は戻ってませんが、命はまだ繋がっています……」
「そうか……」

 舞がいたら回復魔法で傷口を塞げたかもしれない。レディスがいたら人魚の血で回復出来たかもしれない。早紀がいたら怒鳴り散らして、元気付けてくれたかもしれない……
 桃矢の頬に涙が流れる。

「早紀……舞……!僕は……!!くっそっ!」
「ぬ……皆の者、ここはわしが警護する。桃矢を一人にしてやれ」
「はい、ノア様。皆、席を外そう」

心配して付き添ってくれてた鬼達は部屋を出ていく。
ノアも窓に腰掛け、外を見ている。

「うぅ……」
「ぬ……桃矢よ、一人で抱えこむな。契約ではあるが……わしはそなたとずっと一緒におるでな。信じよ」
「あぁ……すまなかった……それとありがとう……」

 日が暮れ始め空に一番星が輝く。風が冷たくなり、ノアが窓を閉める。ノアはそのまま病室の屋根に移動し空を眺めた。

「死神を名乗るわしが一人の鬼に入れ込むなぞ、本体が聞いたら怒るじゃろうなぁ……シシシ……」

その夜――

桃矢は再び夢の中で幽霊に出会う。

「……またか」
「そう言う言い方は幽霊でも、へこみますよ!」
「あぁ、すまない。サユキさんもいるのか」
「はい、サユキさん!桃矢様がお呼びですよ!」
「はいはぁい!今行きます!」

小走りで闇の中から走ってくるサユキ。

「はい!お待たせしました!いかがされまし――きゃっ!!」

桃矢は走ってくるサユキを抱きしめる。

「っと!桃矢様!ちょ、ちょ!どうされ――!」
「サユキさん!すまなかった!それとあなたは僕の命の恩人だっ!ありがとう!」
「と……桃矢様……はい。私も桃矢様に助けて頂いた身。これでおあいこです」
「ありがとう……」
「私は幽霊さんともうしばらく桃矢様の意識の中で眠ります。ひとつだけお願いがあります……」
「あぁ、何でも言ってくれ」
「ありがとうございます。それでは――」

カチカチカチ――

時計の秒針を刻む音が聞こえる。頬には涙が流れる。

「ぬ……目が覚めたようじゃな。どうじゃ、気分は?」
「ノアか……あぁ、色々と合点がいったよ。明日、鬼の里に帰ろう」
「ぬ……良いのか?」
「あぁ、先にやる事が出来た……」

桃矢達は、鬼の里に一旦帰ることにした。
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