先生、時間です。

斑鳩入鹿

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第2章

白痴-4-

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「ーという経緯で僕は奉仕活動をさせられたんですよ…」

実地調査まであと2日。
先生は小馬鹿にしたように笑っている。


「田崎くんは人がいいからなぁ。はっはっは。」


「笑い事じゃないですよ。あ、そうだ。これ見てください。その子が書いた絵です。」

先生に見せようと思って、スマホで写真を撮っておいた。


「うーん、なるほどね。」


「綺麗ですよね。」


「うーん、なるほど。」


先生は何かを考えている。


「これがこうで……。あぁーやっぱりなあ。」


「どうしたんですか?」


「ここねぇ、あんまり言いたくないけど

た、す、け、て、

って読めるんだよね。」


なにかの悪い冗談だと思いたかった。しかし、先生はこういう類の冗談は言わない。
あの子が何かをメッセージとして記したということ。

正直、驚いた。

「あとね、これね。敢えて言うなら、このルーンと合わせると桜は"私を忘れないで"という意味になる。鯨はあまり意味はなくて、流行りの映画の影響かな。」

一私を忘れないで

彼女の中にそれだけのメッセージがこもっている。表には出ない言葉。おそらくそれは悲鳴だろう。
常日頃考えている心の深層が絵には出るそうだ。

例の事業所が頭に浮かぶのは自然なことだった。胸糞悪い思考が頭をよぎった。

虐げられた人々の気持ちは少し分かる。人並みかどうかは分からないが、僕は僕の人生で味わうべき辛酸は舐めてきたと思っているからだ。

とはいえ、言葉が話せないこと、伝えられないことの辛さはどんな感覚なのだろうか。

数千か数万かの単語を覚えて、日常的に会話している僕らは、今この瞬間から言葉を奪われたらどうなるのか。

意思疎通。それはとても難しい作業だ。


「先生、彼女とすれ違った場所から考えてハートフル事業所の件と関係があると思うんです。」

「そうだね、まあ断定はよくないが限りなくそうだろうね。」

先生は素っ気なく答えた。
僕の目に力がこもっているからだろう。先生人の目の虹彩の開き具合で感情を読み取る。
僕の憤りに対して油を注がないようにしてくれてるのだ。

先生が口をゆっくりと開いた。

「田崎くん、実地調査だけど。」


「はい。」


「僕一人で行くよ。」


「……。」

言葉が出なかった。


「…なんてことは言わないからさ、
とりあえず顔洗ってきたら?
ちょっと水冷たいけどスッキリするよ。
そのあとで、ティータイムだね。今日は僕が淹れるよ。」


「ありがとう…ございます。」

言葉が少し歪になって口から出た。


状況、感情、環境。


言葉は力を持っている、と先生はよく言う。

今僕の口が一番発したい言葉はなんだろう。

喜びではない。

怒りだろうか。

哀しみにも似てる。

楽しいわけが無い。

時折、複雑な気持ちに出会うと人は言葉を失う。





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