上 下
21 / 36

第21話

しおりを挟む
 柊さんは出張帰りに寄ってきてくれたようで両手に鞄と荷物を持っていた。
「柊さん! 出張から今日戻ってきたんですね」
「あぁ。周防さんも変わりなさそうで良かった」
 そう言うと柊さんが夏樹を見た。その目が何だか鋭く感じられて、夏樹と柊さんを一緒にいさせたらいけないような気がした。
「夏樹。私は柊さんと話があるから先に帰っててくれる?」
 こんなことしたら、また夏樹に誤解されてしまうのに。でも、出張帰りで疲れている中、私に会いに来てくれた柊さんをそのまま帰すことは出来ない。
「……わかった」
 夏樹はあからさまに機嫌が悪かった。ごめん夏樹、と心の中で私は謝る。
「……夏樹くんと二人で出掛けていたのかい?」
「はい旅行に」
「旅行? 泊りで?」
 街灯に明かりが灯った。柊さんの曇った顔が照らされた。
「ひいら――」
 私が言葉を発すると同じく、柊さんが私の顔に触れた。突然のことに、え、と私は固まる。
「周防さん。君にずっと訊きたいことがあったんだが、今、訊いていいか?」
「何、ですか……?」
 私は柊さんを見つめる。目を逸らすことができなかった。
「義弟の夏樹くんから変なことされてないよね?」
「変、なこと……?」
「例えば」そこで柊さんは話を区切る。言いにくそうに一瞬私の目を逸らすと、再び私と目を合わした。そして「性的嫌がらせを受けていないか……?」
 ひゅっと息をのみ込んだ。何だろう、この気持ち……。私は胸元に手を持っていく。
「私は」と言い掛けると、柊さんが私の首筋を触った。
「ここ、赤くなってるけど、もしかして――」
「やめてください!」
 私は声をあげると柊さんの手を振り払う。柊さんに対してこんなふうに反抗することは初めてだった。
 そうだ、私は怒っているんだ。柊さんに夏樹のことを悪く言われたから。
 柊さんは振り払われた手を空に浮かべたまま、目を見開いた。
「ご、ごめんなさい」
 私自身、こんな態度を取ってしまったことに驚いた。私は柊さんに謝ると息を吸い込んだ。
「柊さんも知っている通り、私と夏樹は義理の姉弟で血の繋がりはありません」
 柊さんは一つも表情を変えることなく、私をじっと見ている。その顔色から何を考えているのか読み取れなかった。
「夏樹のことは可愛い弟だと思っていました。でも、私は……私たちは――」
「まさか、姉弟ではなく異性として愛し合っている、とでも言いたいのか?」
 柊さんから、咎めるような視線を投げられて、私は息をのむ。柊さんの目は私を軽蔑するかのようだった。いつも私のことを助けてくれる柊さんが今では遠く感じる。柊さんに話したことが間違っていたのか。それとも、この感情が間違いなのか――。
 私は威勢を失くし黙り込む。柊さんは怒っているようだった。険しい目つきで私を見ている。
「周防さん」
 諭すように柊さんが口を開いた。
「義理だとしても君と夏樹くんは姉弟で、そのことは変わりようのない事実だ。それに、このことをお義母さんや亡くなった君のお父さんが知ったらどう思うか考えたことあるか?」
「――っ!」
 どくん、と私の胸が勢いよくとびあがる。
「大事な家族を悲しませるようなこと、しては駄目だよ」
 私はそれ以上何も言うことが出来なかった。そんな私の頭を柊さんは撫でる。柊さんは何も言わずにそのまま帰って行った。

 私は暗い闇の底に落とされたようだった。
 家に帰ると夏樹が玄関で腕を組みながら壁にもたれ掛かっていた。
「柊さんと何の話してたの?」
「別に……何でもないわ」
 どうしよう。夏樹の顔がまともに見れない。
 私はサンダルを脱ぐと部屋に入る。
「春妃」
 夏樹が私を呼ぶ。そして私の腕を掴むと抱き締めた。
「春妃が好きだ」

『春妃』
『春妃ちゃん』

 その瞬間、お父さんとお義母さんの顔が頭を過ぎった。
 私は夏樹の胸を強く押して突っ撥ねる。
「そうか」夏樹が小さく呟く。「それが春妃の出した答えなんだな。春妃の気持ちはわかったよ」
 悲しげな顔をすると、夏樹は家を出て行く――。
 違う。本当は……。夏樹の腕の中にずっといたかった。本当は……私も好きって言いたかった。でも、出来ない。だって、それを言葉にすると家族が壊れてしまうから。
「ふっ……」
 私は、私はどうすればいいの……? 
 胸が張り裂けそうな胸の痛みを抱えたまま、その場に崩れると、私は涙を流した。


 翌日。目が覚めてリビングに行くと夏樹が荷物をまとめていた。
「何、してるの……」
「出て行く」
 私の顔を一瞥もせず夏樹は答える。
「そんな……住む場所も決まってないのに」
「会社の寮に空きが出たからそこに住む。それに」
 夏樹はそこで話を区切るとスーツケースのファスナーを閉めた。
「……それに、俺がいつまでも春妃と一緒にいたら柊さんと仲良くできないだろう?」
 皮肉のように言うと、夏樹は苦々しく笑みを作る。

 私は何も言えず、玄関のドアを開けて出ていく夏樹の背中をただ見送ることしかできなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夜這いは王子のお好きなように

はちみつスフレ
恋愛
まもなく、成人の儀式を迎えるこの国の王子ランスロット。 王位を継ぐものは成人の儀を終えたその夜に、神官が決めた『清らかな乙女』と一夜を共にしなければなりません。 しかし、ランスロットが選んだ相手は、彼の護衛でもある女騎士シルヴィ。 「お前は処女か?」 強く迫るランスロットに、シルヴィは戸惑いながらも応えていくのです。 ランスロットの行動はさらにエスカレートして、シルヴィの部屋まで夜這いに…。 シルヴィをからかうランスロットと、彼を慕うシルヴィとの甘い恋のストーリーです。

性欲のない義父は、愛娘にだけ欲情する

如月あこ
恋愛
「新しい家族が増えるの」と母は言った。  八歳の有希は、母が再婚するものだと思い込んだ――けれど。  内縁の夫として一緒に暮らすことになった片瀬慎一郎は、母を二人目の「偽装結婚」の相手に選んだだけだった。  慎一郎を怒らせないように、母や兄弟は慎一郎にほとんど関わらない。有希だけが唯一、慎一郎の炊事や洗濯などの世話を妬き続けた。  そしてそれから十年以上が過ぎて、兄弟たちは就職を機に家を出て行ってしまった。  物語は、有希が二十歳の誕生日を迎えた日から始まる――。  有希は『いつ頃から、恋をしていたのだろう』と淡い恋心を胸に秘める。慎一郎は『有希は大人の女性になった。彼女はいずれ嫁いで、自分の傍からいなくなってしまうのだ』と知る。  二十五歳の歳の差、養父娘ラブストーリー。

Kingの寵愛~一夜のお仕事だったのに…捕獲されたの?~ 【完結】

まぁ
恋愛
高校卒業後、アルバイト生活を続ける 大島才花 すでに22歳の彼女はプロダンサーの実力がありながら プロ契約はせずに、いつも少しのところで手が届かない世界大会優勝を目指している そして、今年も日本代表には選ばれたものの 今年の世界大会開催地イギリスまでの渡航費がどうしても足りない そこで一夜の仕事を選んだ才花だったが… その夜出会った冷たそうな男が 周りから‘King’と呼ばれる男だと知るのは 世界大会断念の失意の中でだった 絶望の中で見るのは光か闇か… ※完全なるフィクションであり、登場する固有名詞の全て、また設定は架空のものです※ ※ダークな男も登場しますが、本作は違法行為を奨励するものではありません※

”頭”に溺愛されたお嬢~TLの恋~

湯川仁美
恋愛
※にHな大人シーンを盛り込んでいます。 告白してきた相手に今まで、極小とはいえ、やくざの娘だからという理由で交際経験ゼロ。 そんな極小やくざを潰そうとする斎藤組は家を守りたければ彼女に妻になることを要求。 女癖が悪く、暴力のうわさも聞く男の元に嫁ぐことになる彼女を助けるのは世界を股に掛ける帝国組の頭。 帝国組は彼女の務める大手外資系企業も経営しており、社長であり頭である帝国宋史29歳は物腰穏やかなイケメン王子。 初夜は好きな人に。帝国組頭と初夜を過ごした後、彼女は斎藤組の頭の元に行く決心をする。 「私一人の“使用済み”の身を捧げましょう」 一晩中、抱いて。処女を貰って頼んだ相手が嫁ぐ男だと知らずに彼女は言うと彼は極上の笑顔で彼女を包み込んだ。 6話+番外編の短編。 通勤電車の中でTLのぬればをポチポチ売っていたので短編小説ですが時間が掛かりました。皆様の反応がよければTLも頑張っていきたいなと思う最近です。お暇な時にお付き合いください。

【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜
恋愛
彼氏にフラれた上村朱里(うえむらあかり)は、酔い潰れていた所を上司の速見尊(はやみみこと)に拾われ、家まで送られる。タクシーの中で元彼との気が進まないセックスの話などをしていると、部長が自分としてみるか?と尋ねワンナイトラブの関係になってしまう。 かと思えば出社後も部長は求めてきて、二人はただの上司と部下から本当の恋人になっていく。 だが二人の前には障害が立ちはだかり……。 ※ 過去に投稿した短編の、連載版です

大神官様に溺愛されて、幸せいっぱいです!~××がきっかけですが~

如月あこ
恋愛
アリアドネが朝起きると、床に男性のアレが落ちていた。 しかしすぐに、アレではなく、アレによく似た魔獣が部屋に迷い込んだのだろうと結論づける。 瀕死の魔獣を救おうとするが、それは魔獣ではく妖精のいたずらで分離された男性のアレだった。 「これほどまでに、純粋に私の局部を愛してくださる女性が現れるとは。……私の地位や見目ではなく、純粋に局部を……」 「あの、言葉だけ聞くと私とんでもない変態みたいなんですが……」 ちょっと癖のある大神官(28)×平民女(20)の、溺愛物語

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

あなたが居なくなった後

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの専業主婦。 まだ生後1か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。 朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。 乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。 会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願う宏樹。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……。

処理中です...