雨恋ー可愛い義弟はもう、いないー

第13話

　事務所で私は支配人と長谷川さんから事情聴取され、みっちりと怒られた。そして、通報を受けた警察官からも怒られ、私は平謝りするしかなかった。
　とりあえず近藤様は今後一切、私への接触とホテルへの来館を禁じるということで話を収めた。
　警察官が帰った後、息を切らせた柊さんが事務所に飛び込んで来た。
「柊さん⁉」
　まさか、柊さんが来ると思っていなかった私は驚く。
「あ。僕が連絡したんだよ。何かあったら連絡するよう柊さんから言われていたから」
　長谷川さんが説明する。
　柊さんは仁王立ちして私を見下ろしていた。……これは明らかにお怒りである。
「支配人、長谷川さん。本日はもう遅いのでどうぞご帰宅下さい。後は私が周防さんとお話します」
「そ、そうか。じゃあ我々は帰るとするか」
「周防さん、お疲れ様」
「え⁉　長谷川さん！」
　そそくさと帰ろうとする支配人と長谷川さん。私は長谷川さんだけでもこの場に残ってもらおうと引き止めるが、柊さんが私の前に立って阻止する。
「周防さん、ちょっといいか？」
「は……い……」
　私は覚悟を決めると頷いた。

　柊さんにたっぷりと絞られ、話が終わった頃にはもう0時を回っていた。
「もうこんな時間か。家まで送っていくよ……周防さん？」
　柊さんが席を立つ。だけれど、なかなか立たない私を柊さんが不思議そうに見る。
「いや、その……家に帰りたくなくて」
　私の発言に柊さんは目を丸くし、変な間が流れた。
「近藤様の件で夏樹にも怒られたから顔を合わせづらいというか……家に帰るとまた説教になるだろうから」
　私は足りなかった言葉を付け加えるけど、それは半分嘘だ。あんなことをされた後で夏樹に会うのが怖いのだ。私はスカーフの上から首筋を撫でた。
「そういうことか」柊さんが机に手を置くと私の顔を覗き込む。「――なら、俺の家に来るか？」
「え？」
「怖い目に遭ったのに一人でいるのは心細いだろう」
「でもでもっ柊さん家にお邪魔するわけには……これ以上ご迷惑を掛けられません」
「迷惑じゃない」柊さんはきっぱりと断言する。「君をここに一人で残す方が困る」
　真っ直ぐに私の目を見る柊さんは少しずるい。だって、そうやって絶対に断らせないようにするのだから。


　私は言われるがまま柊さん家にお邪魔することになった。夏樹には帰りが遅くなるからホテルに泊まる、と連絡を入れておいた。
　一等地に建つタワーマンションに柊さんは住んでいた。
「すごい……」
　私は高くそびえるマンションを見上げながら呟く。広いエントランスを抜けてオートロックの扉を解除すると柊さんはエレベーターに乗る。私も柊さんに続いてエレベーターに乗ると、中がシースルーになっていて夜景を眺望することが出来た。
「わぁ、綺麗」
　私が両手をガラス窓につきながら眺めていると、後ろで柊さんが笑った。柊さんが笑うことなんて珍しいから、気になって振り返る。
「すまない、何だか君が子供みたいだったから」
　人前で笑ったのが恥ずかしかったのか、咳払いして取り繕った。

　エレベーターが目的の階に到着する。

　柊さんの部屋は物が少なく綺麗に片付けられていた。
「来客用の部屋があるからそこを好きに使ってくれ。俺は自分の部屋で仕事をしているから何かあったら呼んで」
　そう言うと柊さんは自室に籠ってしまった。
　私も部屋に入るとセミダブルのベッドに倒れ込む。ふと、雨音がすることに気付いた。ベッドサイドにある窓に目をやると小雨が降っている。

　あぁ――今年の夏は本当に雨が多い。私は雨音を聞きながら瞳を閉じた。