7 / 36
第7話
しおりを挟む
休憩が終わってフロントに戻ると、充希ちゃんが私に話し掛けてきた。
「近藤様、まだ来館していないですよ。周防さんが休憩中にチェックインしてくれれば良かったんですけど」
「そうなの? 今日はいつもより遅めなんだね」
いつもはチェックイン時間ピッタリに近藤様は来館する。だから休憩時間をずらしてもらったのだけれど、意味がなかったようだった。
「長年この仕事をやっているけど、あんなにしつこい客は初めてだよ。今日またナンパするようだったら止めてもらうよう言おうか?」
長谷川さんが話に入ってきた。
「いえ、そこまでしなくても……。長谷川さんがそばにいてくれるだけで大丈夫ですから」
私は長谷川さんの申し出を断った。近藤様はプライドが高そうで注意したら逆上しそうなタイプだ。なるべく大事にしたくない。
私と入れ替わる形で充希ちゃんが休憩に入る。長谷川さんはお客様からの電話に出ていて、チェックイン業務は私が対応していた。すると、近藤様が来館してきた。ブランドのスーツに身を包み、香水の匂いを漂わせながら。
「周防さん久しぶりだね」
「近藤様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
私は笑顔を作るが自然に出来ているか自信がない。
「これ、お土産」
近藤様は有名菓子店の袋をカウンターに置いた。
「いつもありがとうございます。スタッフ皆で頂きますね」
私はお菓子の袋に手を伸ばす――と、近藤様から手首を掴まれた。
「こん、どう様……?」
突然手首を掴まれて、驚きと恐怖で顔が強張る。
「周防さぁん。いい加減僕とデートしてくれないかな?」
「あの、困ります。やめてください」
私は手を引っ込めようとするけど近藤様の力が強くて敵わない。横目で長谷川さんを見る。長谷川さんは私のことを気にかけているようだけれど、電話応対中で助けたくても助けられない状態だった。
「今日は仕事何時まで? 終わったら食事に行こうよ」
近藤様はぐいぐいと私の手首を引っ張る。
「痛いっ」
私は小さく叫ぶと目をつぶる。すると、ふっと痛みがひいた。
そっと目を開くと「柊さん」私は呟いた。目の前には近藤様の腕を掴む男性――柊さんの姿があった。
「しつこいナンパは犯罪になり得ますよ。例えば嫌がっているのに手首を掴む行為は暴行罪に該当します」
「あんた誰だよ……」
近藤様は柊さんの手を振り払う。
「失礼。私は、ここのホテルの顧問弁護士をしております柊修と申します」
柊さんは丁寧に頭を下げた。
「弁護士だと?」
「それに従業員の仕事を妨げると業務妨害罪にもなりますよ」
柊さんは淡々とした口調で話す。
「ちっ」近藤様は舌打ちすると「もういいよ、別のホテルを利用するから」踵を返して出て行った。
「周防さん、大丈夫?」電話を終えた長谷川さんが慌てて声を掛ける。
「はい、大丈夫です」
私は答えると柊さんが黙ったまま私の制服の袖を捲った。
「柊さん⁉」
「嘘。全然大丈夫じゃない。強く手首を掴まれたせいで赤くなってるじゃないか」
「本当だ……周防さん、しばらく事務所で休んでていいよ」
「でも……」
「無理をしない。仕事は長谷川さんに任せて。俺が手当てしてあげるから」
柊さんに強く言われて私は渋々フロント裏の事務所で休んでいると、柊さんが入ってきた。柊さんは棚の上の段に置いてある救急箱を取ると椅子に座っている私の前にひざまずく。
「湿布貼るから手、出して」
手を前に出す。柊さんの厚みある大きな手が私に触れた。柊さんは黙々と私の手首に湿布を貼る。
私は柊さんをちらりと見る。艶のある短い黒髪をワックスで七三に分けていて清潔さと爽やかさがあり、切れ長ですっきりとした目元は涼しげで色気がある。
実を言うと柊さんとは学生時代からの付き合いで、今までかなりお世話になってきた。私が実家を出る時、今住んでいるマンションを見つけてくれたり、就職活動でこのホテルを紹介してくれた知人というのも柊さんなのだ。
「はい。できた」
柊さんの手が私から離れた。
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げると「さっきのお客さんのことなんだけど」と、柊さんが訊いてきた。私が正直にしつこくナンパされていたことを話すと「どうして俺に言わないんだ」と、怒られた。
「だって弁護士に相談する内容じゃないと思って」
「弁護士じゃなくて俺に、だよ。生前、周防さんのお父さんにはお世話になったから、娘である君のことを助けたいんだ」
真っ直ぐに見つめられながら言われて、思わずドキッと胸が跳ねた。
「近藤様、まだ来館していないですよ。周防さんが休憩中にチェックインしてくれれば良かったんですけど」
「そうなの? 今日はいつもより遅めなんだね」
いつもはチェックイン時間ピッタリに近藤様は来館する。だから休憩時間をずらしてもらったのだけれど、意味がなかったようだった。
「長年この仕事をやっているけど、あんなにしつこい客は初めてだよ。今日またナンパするようだったら止めてもらうよう言おうか?」
長谷川さんが話に入ってきた。
「いえ、そこまでしなくても……。長谷川さんがそばにいてくれるだけで大丈夫ですから」
私は長谷川さんの申し出を断った。近藤様はプライドが高そうで注意したら逆上しそうなタイプだ。なるべく大事にしたくない。
私と入れ替わる形で充希ちゃんが休憩に入る。長谷川さんはお客様からの電話に出ていて、チェックイン業務は私が対応していた。すると、近藤様が来館してきた。ブランドのスーツに身を包み、香水の匂いを漂わせながら。
「周防さん久しぶりだね」
「近藤様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
私は笑顔を作るが自然に出来ているか自信がない。
「これ、お土産」
近藤様は有名菓子店の袋をカウンターに置いた。
「いつもありがとうございます。スタッフ皆で頂きますね」
私はお菓子の袋に手を伸ばす――と、近藤様から手首を掴まれた。
「こん、どう様……?」
突然手首を掴まれて、驚きと恐怖で顔が強張る。
「周防さぁん。いい加減僕とデートしてくれないかな?」
「あの、困ります。やめてください」
私は手を引っ込めようとするけど近藤様の力が強くて敵わない。横目で長谷川さんを見る。長谷川さんは私のことを気にかけているようだけれど、電話応対中で助けたくても助けられない状態だった。
「今日は仕事何時まで? 終わったら食事に行こうよ」
近藤様はぐいぐいと私の手首を引っ張る。
「痛いっ」
私は小さく叫ぶと目をつぶる。すると、ふっと痛みがひいた。
そっと目を開くと「柊さん」私は呟いた。目の前には近藤様の腕を掴む男性――柊さんの姿があった。
「しつこいナンパは犯罪になり得ますよ。例えば嫌がっているのに手首を掴む行為は暴行罪に該当します」
「あんた誰だよ……」
近藤様は柊さんの手を振り払う。
「失礼。私は、ここのホテルの顧問弁護士をしております柊修と申します」
柊さんは丁寧に頭を下げた。
「弁護士だと?」
「それに従業員の仕事を妨げると業務妨害罪にもなりますよ」
柊さんは淡々とした口調で話す。
「ちっ」近藤様は舌打ちすると「もういいよ、別のホテルを利用するから」踵を返して出て行った。
「周防さん、大丈夫?」電話を終えた長谷川さんが慌てて声を掛ける。
「はい、大丈夫です」
私は答えると柊さんが黙ったまま私の制服の袖を捲った。
「柊さん⁉」
「嘘。全然大丈夫じゃない。強く手首を掴まれたせいで赤くなってるじゃないか」
「本当だ……周防さん、しばらく事務所で休んでていいよ」
「でも……」
「無理をしない。仕事は長谷川さんに任せて。俺が手当てしてあげるから」
柊さんに強く言われて私は渋々フロント裏の事務所で休んでいると、柊さんが入ってきた。柊さんは棚の上の段に置いてある救急箱を取ると椅子に座っている私の前にひざまずく。
「湿布貼るから手、出して」
手を前に出す。柊さんの厚みある大きな手が私に触れた。柊さんは黙々と私の手首に湿布を貼る。
私は柊さんをちらりと見る。艶のある短い黒髪をワックスで七三に分けていて清潔さと爽やかさがあり、切れ長ですっきりとした目元は涼しげで色気がある。
実を言うと柊さんとは学生時代からの付き合いで、今までかなりお世話になってきた。私が実家を出る時、今住んでいるマンションを見つけてくれたり、就職活動でこのホテルを紹介してくれた知人というのも柊さんなのだ。
「はい。できた」
柊さんの手が私から離れた。
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げると「さっきのお客さんのことなんだけど」と、柊さんが訊いてきた。私が正直にしつこくナンパされていたことを話すと「どうして俺に言わないんだ」と、怒られた。
「だって弁護士に相談する内容じゃないと思って」
「弁護士じゃなくて俺に、だよ。生前、周防さんのお父さんにはお世話になったから、娘である君のことを助けたいんだ」
真っ直ぐに見つめられながら言われて、思わずドキッと胸が跳ねた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
同居離婚はじめました
仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。
なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!?
二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は…
性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~
中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。
翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。
けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。
「久我組の若頭だ」
一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。
※R18
※性的描写ありますのでご注意ください
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる