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第7話

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 休憩が終わってフロントに戻ると、充希ちゃんが私に話し掛けてきた。
「近藤様、まだ来館していないですよ。周防さんが休憩中にチェックインしてくれれば良かったんですけど」
「そうなの? 今日はいつもより遅めなんだね」
 いつもはチェックイン時間ピッタリに近藤様は来館する。だから休憩時間をずらしてもらったのだけれど、意味がなかったようだった。
「長年この仕事をやっているけど、あんなにしつこい客は初めてだよ。今日またナンパするようだったら止めてもらうよう言おうか?」
 長谷川さんが話に入ってきた。
「いえ、そこまでしなくても……。長谷川さんがそばにいてくれるだけで大丈夫ですから」
 私は長谷川さんの申し出を断った。近藤様はプライドが高そうで注意したら逆上しそうなタイプだ。なるべく大事にしたくない。


 私と入れ替わる形で充希ちゃんが休憩に入る。長谷川さんはお客様からの電話に出ていて、チェックイン業務は私が対応していた。すると、近藤様が来館してきた。ブランドのスーツに身を包み、香水の匂いを漂わせながら。
「周防さん久しぶりだね」
「近藤様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
 私は笑顔を作るが自然に出来ているか自信がない。
「これ、お土産」
 近藤様は有名菓子店の袋をカウンターに置いた。
「いつもありがとうございます。スタッフ皆で頂きますね」
 私はお菓子の袋に手を伸ばす――と、近藤様から手首を掴まれた。
「こん、どう様……?」
 突然手首を掴まれて、驚きと恐怖で顔が強張る。
「周防さぁん。いい加減僕とデートしてくれないかな?」
「あの、困ります。やめてください」
 私は手を引っ込めようとするけど近藤様の力が強くて敵わない。横目で長谷川さんを見る。長谷川さんは私のことを気にかけているようだけれど、電話応対中で助けたくても助けられない状態だった。
「今日は仕事何時まで? 終わったら食事に行こうよ」
 近藤様はぐいぐいと私の手首を引っ張る。
「痛いっ」
 私は小さく叫ぶと目をつぶる。すると、ふっと痛みがひいた。
 そっと目を開くと「柊さん」私は呟いた。目の前には近藤様の腕を掴む男性――柊さんの姿があった。
「しつこいナンパは犯罪になり得ますよ。例えば嫌がっているのに手首を掴む行為は暴行罪に該当します」
「あんた誰だよ……」
 近藤様は柊さんの手を振り払う。
「失礼。私は、ここのホテルの顧問弁護士をしております柊修と申します」
 柊さんは丁寧に頭を下げた。
「弁護士だと?」
「それに従業員の仕事を妨げると業務妨害罪にもなりますよ」
 柊さんは淡々とした口調で話す。
「ちっ」近藤様は舌打ちすると「もういいよ、別のホテルを利用するから」踵を返して出て行った。
「周防さん、大丈夫?」電話を終えた長谷川さんが慌てて声を掛ける。
「はい、大丈夫です」
 私は答えると柊さんが黙ったまま私の制服の袖を捲った。
「柊さん⁉」
「嘘。全然大丈夫じゃない。強く手首を掴まれたせいで赤くなってるじゃないか」
「本当だ……周防さん、しばらく事務所で休んでていいよ」
「でも……」
「無理をしない。仕事は長谷川さんに任せて。俺が手当てしてあげるから」
 柊さんに強く言われて私は渋々フロント裏の事務所で休んでいると、柊さんが入ってきた。柊さんは棚の上の段に置いてある救急箱を取ると椅子に座っている私の前にひざまずく。
「湿布貼るから手、出して」
 手を前に出す。柊さんの厚みある大きな手が私に触れた。柊さんは黙々と私の手首に湿布を貼る。
 私は柊さんをちらりと見る。艶のある短い黒髪をワックスで七三に分けていて清潔さと爽やかさがあり、切れ長ですっきりとした目元は涼しげで色気がある。
 実を言うと柊さんとは学生時代からの付き合いで、今までかなりお世話になってきた。私が実家を出る時、今住んでいるマンションを見つけてくれたり、就職活動でこのホテルを紹介してくれた知人というのも柊さんなのだ。
「はい。できた」
 柊さんの手が私から離れた。
「ありがとうございます」
 私は軽く頭を下げると「さっきのお客さんのことなんだけど」と、柊さんが訊いてきた。私が正直にしつこくナンパされていたことを話すと「どうして俺に言わないんだ」と、怒られた。
「だって弁護士に相談する内容じゃないと思って」
「弁護士じゃなくて、だよ。生前、周防さんのお父さんにはお世話になったから、娘である君のことを助けたいんだ」
 真っ直ぐに見つめられながら言われて、思わずドキッと胸が跳ねた。


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