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第6話

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 目が覚めたら、白い天井が見えた。
 ここはどこだっけ。ぼんやり考えていると春妃が上から覗き込んできた。
「夏樹、おはよう」
「おはよう……」
 重たい身体を起こそうとすると、「無理して身体を起こさなくていいから」春妃に止められ俺は再び寝かされる。
 確か昨日、春妃と買い物に行ってその帰りに公園の東屋で雨宿りをして――。記憶を辿っていく。……そして、雷に怯える春妃をこの腕で抱き締めた。
「雨宿りしてたら夏樹が急に私に覆いかぶさるように倒れてくるんだもん。びっくりしちゃった」
「倒れた?」
 全然覚えていない。だけどこの気怠さは風邪をひいたからなのだと理解した。
「それからすぐにタクシー呼んで家に帰ったんだから……」
 いつの間にか俺の額に貼られていた冷却シートを春妃は剥がし、新しいものと貼り替える。ひんやりと冷たくて気持ちよかった。
「私今から仕事に行かないといけないけど一人で大丈夫?」
「子供じゃないんだから大丈夫だよ」
 過保護な春妃に俺は苦笑する。
「お粥作ってあるから食べてね」
 玄関先で靴を履きながら言うと春妃は心配そうに振り返る。俺は春妃を安心させるよう手を振った。
「行ってくるね」
 春妃は困ったように眉を下げて笑うと家を出た。


 歩きながら私は昨日の、雨宿りのことを思い出していた。お互いに濡れた肌と肌が触れる。力強く私を抱き締める夏樹の胸の中は温かくて懐かしい匂いがした。記憶の中にのみ込まれている自分に気付き、ハッと顔をあげる。やだ私ったら何を考えているのかしら……。そんなことより風邪をひいた夏樹が心配だ。夏樹は子供の頃、身体が弱くてすぐに風邪をひいていた。
 昨日雨に濡れたせいで身体を冷やし風邪をひいたのかもしれない。姉の私がしっかり体調管理してあげなきゃ――。

 私の勤めるホテルはフレンチレストランやバンケット、婚礼の他にジムやエステルームも併設されてあるシティホテルだ。
 大学時代、どこに就職しようかと悩んでいる時に知人から勧められて知ったホテルなのだけれど、当初はこんな立派なホテルだとは思ってもいなかった。歴史と趣きのあるホテルだということを知り、自分には分不相応だと他の企業での就職を考えていたら、知人がホテルの上層部に口利きして私の就職試験をお願いしていたのだ。知人の顔もあるし辞退することができなかった私は、当たって砕けろと試験に挑んだのだけれど、あれよあれよという間に一次試験二次試験と受かり、このホテルに採用されることになった。

 更衣室で着替えている時だった。
「周防さん、大変大変!」充希ちゃんが手をパタパタさせながら私に近寄ってくる。「今日、近藤様が来館されるみたいですよ~。」
 え、と私は一瞬固まった。
 近藤様はホテルの常連客で大手企業に勤められている。仕事の出張で利用されるのだけれど、クレーマーとはまた違って厄介なお客さんなのだ。何が厄介なのかというと、ナンパしてくるのだ。最初はただの冗談かと思い軽く流していたのだけれど、最近はしつこく迫ってくる。
「どうしましょう……近藤様が来館されたら周防さんは裏の事務所に隠れてもらって私が対応しましょうか?」
 充希ちゃんは不安そうな顔をして私のことを心配してくれた。
「大丈夫だよ。長谷川さんもいるし、何とかなるでしょ」
 長谷川さんはフロントの責任者でこのホテルに三十年以上勤めているベテランの社員だ。何かあったら真っ先に駆けつけてくれて頼りになる。
「そうですよね。長谷川さんもいるから安心ですよね」
「そうそう。だから頑張ろう!」
 励ますように充希ちゃんの背中を叩くと、私は更衣室を出た。

「おはようございます」
 フロントに立つと長谷川さんが既に仕事を始めていた。
「おはよう周防さん。今日近藤様が来館されるけど……」
「はい。さっき充希ちゃんから聞きました」
「周防さんには近藤様のチェックインをさせないよう今日は休憩をずらして取ってもらうから」
「ありがとうございます」
 ちゃんと部下のことを考えてくれている長谷川さんは上司の鑑だ。

 
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