雨恋ー可愛い義弟はもう、いないー

第1話

　
　季節は夏だというのに、外は冷たい雨が降っていて、行き交う人が差している傘は街をカラフルに彩っていた。
　男は振り返ると呟く。「やっと、見つけた――」口元には笑みを浮かべていた。


　外は雨が降っていた。窓にあたった雨粒がガラスを伝って下へと流れ落ちていく。
　雨の日は嫌いだ。思い出したくない記憶を引き出させるから――。
「周防さん」
　名前を呼ばれて視線を窓から逸らすと、職場の後輩の充希ちゃんがくりくりとした大きな瞳を瞬かせながら私を見ていた。
「私、連休を使って地元に戻っていたんです。これ、お土産です。皆さんに配っているので周防さんもどうぞ」
　そう言うと、充希ちゃんはお菓子が入っている箱を差し出した。
　お礼を言ってから箱の中に手を伸ばす。すると「周防さんは最近実家に帰られましたか？」充希ちゃんが訊いてきた。
　“実家”という言葉に反応してピクリと指先が動く。
「私は……しばらく帰ってないかな。でも、連絡は取ってるよ」
「へー、そうなんですかぁ。周防さんも帰ればいいですよー。実家はやっぱ安心するしお母さんも喜びますし」
「そうだね。近々帰ろうかな」
　この話を早く終わらせたくて私は適当に話を合わせる。本当は、実家に帰るつもりはないのに。

　私の家は少し複雑で、いや、複雑と言っても決して仲が悪いとかではなく、母と弟は家族だけれど血の繋がりはない。つまり、父が再婚してできた義母と義弟なのだ。
実母は私が小さい頃に亡くなって、それからは父と一緒に暮らしていたのだけれど、私が八歳の時に父が義母と再婚した。初めて会ったときのことは今でもはっきりと覚えている。あれは、暖かな春の日だった――。


「お父さん、再婚しようと思っているんだ」
　そう告げられた翌日、父に連れられて一緒に公園に来ていた。植えてある桜の木が満開に咲いていて、とても綺麗だった。
　父が再婚する、と聞いた時は驚いた。父はお母さん一筋だったし子供だった私から見ても、すごく愛しているということがわかったから。そんな愛情深い父が決めた人だから、私は抵抗なく再婚を受け入れることができた。
　父と二人でベンチに座って待っていると、前から女性と男の子がこっちに向かって歩いて来た。父が立ち上がる。私もつられて立ち上がった。
「春妃。この人が新しく家族になる人。春妃のお義母さんになる吉原貴子さんと義弟になる夏樹くん」
　父が紹介すると貴子さんが優しく微笑みながら会釈する。夏樹くんは貴子さんの後ろに隠れていた。
　父が私に挨拶をするよう背中を軽く叩いた。
「初めまして、周防春妃です。これからよろしくお願いします」
　ぴょこんと頭を下げると、貴子さんが私と目線を合わせるようにしゃがむ。
「よろしくね、春妃ちゃん。夏樹は春妃ちゃんの一つ下だから弟になるわ。夏樹と仲良くしてやってね」
　私は夏樹くんと目を合わせようとする。しかし、夏樹くんはそっぽを向いた。恥ずかしがっているのかしら？　色素の薄い瞳と髪の毛をしていて、なんだかお人形さんのよう……。それが新しくできた義弟――吉原夏樹の第一印象だった。