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第29話
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「もうコスモスが咲く季節になったんだな」
木佐貫くんが私の隣に立つ。
私は木佐貫くんの言葉に返事をすることが出来ず、ただコスモスを見つめていた。
「葛城……?」
木佐貫くんが私の顔を覗き込む。
「あ……ボーっとしちゃってた」私はやっとの思いで返事をすると、取り繕うように笑顔を作った。「ワイン飲もうかな」私はダイニングテーブルに足を向けると木佐貫くんに腕を掴まれた。
「葛城……そろそろ告白の返事を聞かせてくれないか?」
木佐貫くんが私を見つめる。
「私は――」
木佐貫くんの後ろに見えるコスモスが目に入った。
揺れるコスモスを見て、私はあの時のことを思い出していた。
ほのかが好きだ――……。
高校の中庭で先輩に告白されたあの日――あの時も花壇にコスモスが咲いていた。
木佐貫くんの大きな手が私の頬に触れた。
「……そんな顔するなよ」
「だって私、木佐貫くんに優しくしてもらってばかりで何も……」
涙が止まらなかった。次から次へと目から涙が溢れ、頬を伝う。涙を止めることが、出来なかった。
「そんなことない」
木佐貫くんの手が私の頬から付けている花の髪留めへと移動した。
「この髪留め、ずっと持っていてくれて嬉しかった。やっぱり俺の見立て通り葛城にすげー似合ってる。これを付けた葛城を見られて俺はとても幸せだったよ」
私は目を見開いた。
木佐貫くんは笑っていた。少し悲し気な表情をして。
「葛城は高坂さんのことが好きなんだろ?」
「でも、わからないの。先輩が何を考えているのか」
「高坂さんの気持ちじゃなくて葛城の気持ちが大事だよ。葛城の想いをぶつけてごらん」
木佐貫くんはそっと私の背中を押した。
「ありがとう、木佐貫くん――ごめん」
私は木佐貫くんの家を出ると走った。
がらんとした家に、俺は一人ベランダの窓を背もたれにして床に座り込んでいた。
旅行の帰り、葛城を送ったあの日。高坂玲が葛城のアパートの前にいることを知りながら、俺はわざと葛城に触れて仲を見せつけた。どうしても俺は高坂玲に一泡吹かせたかったのだ。
葛城が高坂玲のことを想っているのはわかっていた。でも俺は見て見ぬふりをしていた。少しでも、葛城のことを繋ぎとめたくて。
しかし、高坂玲に勝てないとこがあるのを、葛城と一緒にいて俺は気付いてしまう。
中庭の花壇で。学校帰りの下校中。高坂玲と一緒にいる葛城の笑顔は本当に幸せそうだった。
「あの笑顔は俺じゃ作れないよな」
俺と一緒にいる時、葛城はたくさん笑ってくれた。でも、俺が見たい笑顔とは違っていたんだ。
ありがとう、木佐貫くん――ごめん。
ごめん、だなんて言葉、聞きたくなかった。
「でも、大好きな人が幸せになるのが一番だから」
俺は空を仰ぐ。ベランダの窓からは青い空が広がっていた。
木佐貫くんの家を出て、私は先輩に会うため走っていた。と言っても私は先輩の家を知らないし、先輩が今どこで何をしているのかもわからない。ただひたすらに走っているだけだった。
先輩に会いたい。会って私の気持ちを伝えたい。避けていたくせに今更何だって先輩は思うかもしれない。でも私はずっと先輩のことを考えていた。無意識に、ふとした瞬間に先輩のことが頭を過ぎってしまうのだ。
私は先輩が立ち寄りそうな場所をとことん回った。だけど、やっぱり見つからなかった。
「きゃっ」
つまずいてバランスを崩した私は、その場に倒れ込んでしまった。じんじんとした痛みに襲われる。よく見ると膝を擦りむいていた。
どうして……。先輩に会えない悔しさと痛みで涙が滲んでくる。その時――。
「ちょっと、大丈夫?」
その声に私は聞き覚えがあった。鈴を転がすような綺麗な声。
その人から腕を引っ張り上げられると、私は立ち上がった。
「……あら? あなた、この間の」
そう言って目を大きくさせたその人は、以前私が仕事で行き詰まってた時にアドバイスをくれた人だった。
私は驚いて目を瞬いていると、「ふふっ」その人は目を三日月形にさせ上品に笑った。
「よし、これで大丈夫よ」
近くのドラッグストアで買った絆創膏を、彼女――百合さんは転んで擦りむいた私の膝に貼ってくれた。
彼女の名前は日下百合さんといって、宝石店に勤めているそうだ。
「ありがとうございます……」
申し訳なさで身を縮めて御礼を言うと、百合さんはくすりと笑う。
「ほのかちゃんったら本当に可愛いわね」
「そんなことないですよ!百合さんのほうが……」
私は百合さんを上目遣いで見る。
顎のラインで切り揃えられた艶のある黒髪。長いまつ毛に陶器のような白い肌。女の私が見ても目を奪われるくらい百合さんは綺麗だ。
「ねぇ、もし良かったら今から私と付き合ってくれない?」
「へ?」
突然百合さんは、私を誘った。
連れて来られた先はレトロな雰囲気の喫茶店だった。
「実はね。ここで……友達と待ち合わせしてるの」
百合さんが、友達と言うまでに少しの間があった。
「私、お邪魔なんじゃ」
「いいのいいの! 友達にもほのかちゃんを紹介したいから」
「でも」
初対面の人と上手く喋れる自信がないんだけど……。
どうしようか迷っていると、喫茶店の扉が開きドアベルが来客を知らせた。
「あ、来た! こっちよ」
喫茶店の扉が見える席に座っていた百合さんは友達に手を振る。私は扉を背にして座っているせいで友達の顔をまだ見れずにいた。
「ふふ。今日はあなたに紹介したい人がいるの」百合さんは友達に話し掛けると目を三日月形にして笑う。「こちら葛城ほのかさん。私の新しい友達よ」
百合さんから友達と紹介されて嬉しさで顔が赤くなる。
「は、初めまして。葛城ほのかですっ」
私は名前を言うと、百合さんの友達の顔を見ることなく頭を下げた。
「葛城、ほのか――」
「え?」
聞き覚えのある声に私は顔を上げると目を見張った。
そこに立っていた百合さんの友達は、私が会いたがっていた先輩だった――。
木佐貫くんが私の隣に立つ。
私は木佐貫くんの言葉に返事をすることが出来ず、ただコスモスを見つめていた。
「葛城……?」
木佐貫くんが私の顔を覗き込む。
「あ……ボーっとしちゃってた」私はやっとの思いで返事をすると、取り繕うように笑顔を作った。「ワイン飲もうかな」私はダイニングテーブルに足を向けると木佐貫くんに腕を掴まれた。
「葛城……そろそろ告白の返事を聞かせてくれないか?」
木佐貫くんが私を見つめる。
「私は――」
木佐貫くんの後ろに見えるコスモスが目に入った。
揺れるコスモスを見て、私はあの時のことを思い出していた。
ほのかが好きだ――……。
高校の中庭で先輩に告白されたあの日――あの時も花壇にコスモスが咲いていた。
木佐貫くんの大きな手が私の頬に触れた。
「……そんな顔するなよ」
「だって私、木佐貫くんに優しくしてもらってばかりで何も……」
涙が止まらなかった。次から次へと目から涙が溢れ、頬を伝う。涙を止めることが、出来なかった。
「そんなことない」
木佐貫くんの手が私の頬から付けている花の髪留めへと移動した。
「この髪留め、ずっと持っていてくれて嬉しかった。やっぱり俺の見立て通り葛城にすげー似合ってる。これを付けた葛城を見られて俺はとても幸せだったよ」
私は目を見開いた。
木佐貫くんは笑っていた。少し悲し気な表情をして。
「葛城は高坂さんのことが好きなんだろ?」
「でも、わからないの。先輩が何を考えているのか」
「高坂さんの気持ちじゃなくて葛城の気持ちが大事だよ。葛城の想いをぶつけてごらん」
木佐貫くんはそっと私の背中を押した。
「ありがとう、木佐貫くん――ごめん」
私は木佐貫くんの家を出ると走った。
がらんとした家に、俺は一人ベランダの窓を背もたれにして床に座り込んでいた。
旅行の帰り、葛城を送ったあの日。高坂玲が葛城のアパートの前にいることを知りながら、俺はわざと葛城に触れて仲を見せつけた。どうしても俺は高坂玲に一泡吹かせたかったのだ。
葛城が高坂玲のことを想っているのはわかっていた。でも俺は見て見ぬふりをしていた。少しでも、葛城のことを繋ぎとめたくて。
しかし、高坂玲に勝てないとこがあるのを、葛城と一緒にいて俺は気付いてしまう。
中庭の花壇で。学校帰りの下校中。高坂玲と一緒にいる葛城の笑顔は本当に幸せそうだった。
「あの笑顔は俺じゃ作れないよな」
俺と一緒にいる時、葛城はたくさん笑ってくれた。でも、俺が見たい笑顔とは違っていたんだ。
ありがとう、木佐貫くん――ごめん。
ごめん、だなんて言葉、聞きたくなかった。
「でも、大好きな人が幸せになるのが一番だから」
俺は空を仰ぐ。ベランダの窓からは青い空が広がっていた。
木佐貫くんの家を出て、私は先輩に会うため走っていた。と言っても私は先輩の家を知らないし、先輩が今どこで何をしているのかもわからない。ただひたすらに走っているだけだった。
先輩に会いたい。会って私の気持ちを伝えたい。避けていたくせに今更何だって先輩は思うかもしれない。でも私はずっと先輩のことを考えていた。無意識に、ふとした瞬間に先輩のことが頭を過ぎってしまうのだ。
私は先輩が立ち寄りそうな場所をとことん回った。だけど、やっぱり見つからなかった。
「きゃっ」
つまずいてバランスを崩した私は、その場に倒れ込んでしまった。じんじんとした痛みに襲われる。よく見ると膝を擦りむいていた。
どうして……。先輩に会えない悔しさと痛みで涙が滲んでくる。その時――。
「ちょっと、大丈夫?」
その声に私は聞き覚えがあった。鈴を転がすような綺麗な声。
その人から腕を引っ張り上げられると、私は立ち上がった。
「……あら? あなた、この間の」
そう言って目を大きくさせたその人は、以前私が仕事で行き詰まってた時にアドバイスをくれた人だった。
私は驚いて目を瞬いていると、「ふふっ」その人は目を三日月形にさせ上品に笑った。
「よし、これで大丈夫よ」
近くのドラッグストアで買った絆創膏を、彼女――百合さんは転んで擦りむいた私の膝に貼ってくれた。
彼女の名前は日下百合さんといって、宝石店に勤めているそうだ。
「ありがとうございます……」
申し訳なさで身を縮めて御礼を言うと、百合さんはくすりと笑う。
「ほのかちゃんったら本当に可愛いわね」
「そんなことないですよ!百合さんのほうが……」
私は百合さんを上目遣いで見る。
顎のラインで切り揃えられた艶のある黒髪。長いまつ毛に陶器のような白い肌。女の私が見ても目を奪われるくらい百合さんは綺麗だ。
「ねぇ、もし良かったら今から私と付き合ってくれない?」
「へ?」
突然百合さんは、私を誘った。
連れて来られた先はレトロな雰囲気の喫茶店だった。
「実はね。ここで……友達と待ち合わせしてるの」
百合さんが、友達と言うまでに少しの間があった。
「私、お邪魔なんじゃ」
「いいのいいの! 友達にもほのかちゃんを紹介したいから」
「でも」
初対面の人と上手く喋れる自信がないんだけど……。
どうしようか迷っていると、喫茶店の扉が開きドアベルが来客を知らせた。
「あ、来た! こっちよ」
喫茶店の扉が見える席に座っていた百合さんは友達に手を振る。私は扉を背にして座っているせいで友達の顔をまだ見れずにいた。
「ふふ。今日はあなたに紹介したい人がいるの」百合さんは友達に話し掛けると目を三日月形にして笑う。「こちら葛城ほのかさん。私の新しい友達よ」
百合さんから友達と紹介されて嬉しさで顔が赤くなる。
「は、初めまして。葛城ほのかですっ」
私は名前を言うと、百合さんの友達の顔を見ることなく頭を下げた。
「葛城、ほのか――」
「え?」
聞き覚えのある声に私は顔を上げると目を見張った。
そこに立っていた百合さんの友達は、私が会いたがっていた先輩だった――。
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