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第28話
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熱も下がり、次の日には仕事に出た。心配してくれた麻耶に御礼を言うと、私は休んだ分を取り戻すように仕事に打ち込む。すると私宛に電話が掛かってきた。
『お世話になっております。エトワールフラネの木村です』
木村さんの声に緊張が走った。
「あの……新しいデザインどうでしたか?」
私は恐る恐る木村さんに訊くと『とても素敵なデザインでした。花を星に見立てるなんて新しいですね』いつものようなとげとげしさはなく、柔和な物言いだった。
「サザンクロスっていう花を参考にしたんですよ。本当に星のような形をしてる可愛い花で――」
『ふふっ』電話越しに木村さんは笑う。『本当に葛城さんは花が大好きなんですね』
「あ、すみません。ベラベラと喋ってしまって」
饒舌になってしまった自分に反省する。あれ? 前にもこんな事あったような――ふと、私は既視感を覚えた。
『では、このデザインで進めていきたいと思います。ありがとうございました』
「こちらこそありがとうございます」
私は電話を切ると椅子に深く座った。デザインが通って良かったぁ。肩の荷が下りてホッとした私は、さっきの既視感が何だったのか深く考えることもしなかった。
帰宅するとアパートの前に人影があった。
私は思わず鞄の取っ手を強く握る。すると、私に気付いた人影がこっちへと歩いてきた。
私は慌てて今来た道を戻ってアパートから離れると、その人も後を追うように付いてくるではないか。
嫌だ、来ないで――……。私は必死に走る。だけれど、ついに手首を掴まれた。
「せんぱ……」
私は振り返る。しかし、そこにいたのは木佐貫くんだった。
「ごめん、葛城。怖がらせた?」
街灯に照らされた木佐貫くんは息を切らしていた。
「木佐貫くん……びっくりした」
私が呆気に取られていると、呼吸を整えた木佐貫くんが言った。
「電話したんだけど葛城、電話に出なかったから」
私はスマホを確認すると木佐貫くんから何度も着信が入っていた。
「ごめんね気付かなかった」
「いや……俺の方こそ押しかけてごめん、やっぱり葛城が心配で。今日は高坂さんとは大丈夫だった?」
「仕事で顔を合わせないようにしてたから」
「そっか……」
そこで私たちは沈黙する。
「そう言えばあの花のデザイン通ったんだろ? 木村さんから聞いたよ」
「そうなの! 大きな仕事が終わってホッとしてる」
私が笑顔を向けると木佐貫くんは微笑んだ。
「やっぱり葛城は笑った顔が一番だ」
「え……」
急にそんなことを言われて、どんな反応をしたらいいのかわからない。私は木佐貫くんの顔を見れず俯いた。
「そうだ。今度、二人で打ち上げしよう」
「打ち上げ?」
「うん。俺と二人きりが嫌なら藤田さんも誘えばいい」
「それは平気だけど……今はお店で飲む気分じゃなくて」
「じゃあ俺ん家に来る?」
「木佐貫くんの?」
「あ、別に変な意味とかじゃなくて、店がダメなら宅飲みでもって思って……俺、料理作るし」
慌てふためきながら木佐貫くんが喋る。その様子が可笑しくて私は笑う。
「じゃあ今度お邪魔しようかな」
「うん。待ってる」
木佐貫くんの優しさに私はどれだけ救われているだろう。木佐貫くんと一緒にいると嫌なことも忘れてしまう。
でも――。ふとしたことで先輩のことを思い浮かべてしまうのはどうしてだろう……。
私は帰っていく木佐貫くんの姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
あの日以来、私はずっと先輩を避け続けている。
会社で目が合っても私はすぐに目を逸らすし、話し掛けてきたら理由をつけて逃げている。
これじゃダメだよ……。頭ではわかっているけど身体が言う事をきいてくれない。磁石の同じ極同士みたいに先輩が近寄ってくると私は離れていく。
「葛城、どうした?」
木佐貫くんが作ったパスタを口に運ばず、お皿の上で止めたままの私に不思議そうな顔をして木佐貫くんが訊いてくる。
「あ。ごめん、考え事してた」
「何だ? また新しいデザインのことか?」
木佐貫くんはからかうように笑った。
私はそのままパスタを口の中に入れると咀嚼する。
とある休日、私は木佐貫くんの家に遊びに来ていた。前に言ってた打ち上げをするためだ。
木佐貫くんは1LDKのマンションに住んでいた。白と黒を基調にした部屋で綺麗に片付かれている。
「このパスタ美味しいね」
「なら良かった。俺、簡単なものしか作れないから」木佐貫くんはワインオープナーでワインを開けるとグラスに注いでくれた。「あれから植物園に行っているのか?」
「いや全然。仕事が立て込んでて」
「なら落ち着いたらまた一緒に行こう」
「うん」
会話が止まると、私は話題を探そうと部屋を見渡す。すると、ベランダに目が留まった。
「木佐貫くん、もしかしてガーデニングしてるの?」
ベランダにはプランターが置かれてあった。
「あぁ、花屋の前を通ったら目を惹かれてさ。買ってプランターに植え替えたんだ」
私はベランダに近寄る。そこにはコスモスが風に揺れていた。
『お世話になっております。エトワールフラネの木村です』
木村さんの声に緊張が走った。
「あの……新しいデザインどうでしたか?」
私は恐る恐る木村さんに訊くと『とても素敵なデザインでした。花を星に見立てるなんて新しいですね』いつものようなとげとげしさはなく、柔和な物言いだった。
「サザンクロスっていう花を参考にしたんですよ。本当に星のような形をしてる可愛い花で――」
『ふふっ』電話越しに木村さんは笑う。『本当に葛城さんは花が大好きなんですね』
「あ、すみません。ベラベラと喋ってしまって」
饒舌になってしまった自分に反省する。あれ? 前にもこんな事あったような――ふと、私は既視感を覚えた。
『では、このデザインで進めていきたいと思います。ありがとうございました』
「こちらこそありがとうございます」
私は電話を切ると椅子に深く座った。デザインが通って良かったぁ。肩の荷が下りてホッとした私は、さっきの既視感が何だったのか深く考えることもしなかった。
帰宅するとアパートの前に人影があった。
私は思わず鞄の取っ手を強く握る。すると、私に気付いた人影がこっちへと歩いてきた。
私は慌てて今来た道を戻ってアパートから離れると、その人も後を追うように付いてくるではないか。
嫌だ、来ないで――……。私は必死に走る。だけれど、ついに手首を掴まれた。
「せんぱ……」
私は振り返る。しかし、そこにいたのは木佐貫くんだった。
「ごめん、葛城。怖がらせた?」
街灯に照らされた木佐貫くんは息を切らしていた。
「木佐貫くん……びっくりした」
私が呆気に取られていると、呼吸を整えた木佐貫くんが言った。
「電話したんだけど葛城、電話に出なかったから」
私はスマホを確認すると木佐貫くんから何度も着信が入っていた。
「ごめんね気付かなかった」
「いや……俺の方こそ押しかけてごめん、やっぱり葛城が心配で。今日は高坂さんとは大丈夫だった?」
「仕事で顔を合わせないようにしてたから」
「そっか……」
そこで私たちは沈黙する。
「そう言えばあの花のデザイン通ったんだろ? 木村さんから聞いたよ」
「そうなの! 大きな仕事が終わってホッとしてる」
私が笑顔を向けると木佐貫くんは微笑んだ。
「やっぱり葛城は笑った顔が一番だ」
「え……」
急にそんなことを言われて、どんな反応をしたらいいのかわからない。私は木佐貫くんの顔を見れず俯いた。
「そうだ。今度、二人で打ち上げしよう」
「打ち上げ?」
「うん。俺と二人きりが嫌なら藤田さんも誘えばいい」
「それは平気だけど……今はお店で飲む気分じゃなくて」
「じゃあ俺ん家に来る?」
「木佐貫くんの?」
「あ、別に変な意味とかじゃなくて、店がダメなら宅飲みでもって思って……俺、料理作るし」
慌てふためきながら木佐貫くんが喋る。その様子が可笑しくて私は笑う。
「じゃあ今度お邪魔しようかな」
「うん。待ってる」
木佐貫くんの優しさに私はどれだけ救われているだろう。木佐貫くんと一緒にいると嫌なことも忘れてしまう。
でも――。ふとしたことで先輩のことを思い浮かべてしまうのはどうしてだろう……。
私は帰っていく木佐貫くんの姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
あの日以来、私はずっと先輩を避け続けている。
会社で目が合っても私はすぐに目を逸らすし、話し掛けてきたら理由をつけて逃げている。
これじゃダメだよ……。頭ではわかっているけど身体が言う事をきいてくれない。磁石の同じ極同士みたいに先輩が近寄ってくると私は離れていく。
「葛城、どうした?」
木佐貫くんが作ったパスタを口に運ばず、お皿の上で止めたままの私に不思議そうな顔をして木佐貫くんが訊いてくる。
「あ。ごめん、考え事してた」
「何だ? また新しいデザインのことか?」
木佐貫くんはからかうように笑った。
私はそのままパスタを口の中に入れると咀嚼する。
とある休日、私は木佐貫くんの家に遊びに来ていた。前に言ってた打ち上げをするためだ。
木佐貫くんは1LDKのマンションに住んでいた。白と黒を基調にした部屋で綺麗に片付かれている。
「このパスタ美味しいね」
「なら良かった。俺、簡単なものしか作れないから」木佐貫くんはワインオープナーでワインを開けるとグラスに注いでくれた。「あれから植物園に行っているのか?」
「いや全然。仕事が立て込んでて」
「なら落ち着いたらまた一緒に行こう」
「うん」
会話が止まると、私は話題を探そうと部屋を見渡す。すると、ベランダに目が留まった。
「木佐貫くん、もしかしてガーデニングしてるの?」
ベランダにはプランターが置かれてあった。
「あぁ、花屋の前を通ったら目を惹かれてさ。買ってプランターに植え替えたんだ」
私はベランダに近寄る。そこにはコスモスが風に揺れていた。
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