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第6話

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 私は自分の発言にひどく後悔した。だけれど後悔しても状況は何も変わらない。今、私がするべきことは先輩から逃れるため必死に抵抗することだ。
 しかし、先輩の腕ががっちりと私の身体を抱きしめてびくともしない。もがけばもがく程に先輩の抱きしめる力が強くなる。
「いい加減にして……どうしてこんなことするの」
 先輩は私の問いかけには答えなかった。
資料室ここってあの時の教室と似ているよな。薄暗くて俺とお前の二人きりで」
 あの時――外は雨。雨音を聞きながら日誌を書いている私。教室に来る先輩。そして、薄暗い教室でのキス――。
 まるで昨日の出来事かのように鮮明にあの時の場面が浮かんだ。
 私の抵抗する力が緩む。先輩はその隙を見逃さなかった。先輩は両手で私の顔を優しく包むと顔を近づける。
 キスされる……! 私は先輩の胸にしがみついた。そう、しがみついただけ。突き放すこともしないで、しがみついただけだ。それが、私ができる精一杯の抵抗だった。
 あの時と同じように私は先輩と唇を重ねる――。が、
「……んっ!」
 驚きのあまり肩が跳ねた。先輩の舌が私の口の中に押し入ってきたからだ。
 何これ――。あの時とは違う初めての感覚に頭がくらくらする。先輩の舌が別の生き物のように私の舌に絡んでくる。
 長い口付けが終わった。私と先輩の混ざった唾液が糸を引いて落ちる。
「な……んで」
 足が震えて立つことが出来ずにへなへなと床へ座りこんだ。私は息苦しさで涙目になりながら先輩を見つめる。
「――その顔を引き締めてから仕事に戻れよ」
 先輩はニヤリと口の端を上げる。それは、いたずらを成功させた男の子のような、勝ち誇った笑いかただった。
 先輩は私に背中を向けると資料を片手に出て行く。私は、涙のせいで歪んだ先輩の姿をただ呆然と見送ることしかできなかった。


「それでは新しく赴任してきた高坂さんに乾杯ーっ‼」
 がやがやと騒がしい店内で乾杯の音頭がとられると歓迎会は始まった。
 私はちびちびとビールを飲む。
 資料室での出来事が頭から離れない。あの後、どうやって自分のデスクに戻ったのか記憶が曖昧だ。
「ちょっと、ほのかったら何暗い顔してんのよー」
 店内の雰囲気にのまれ、テンション高めな麻耶が話し掛けてくる。
「別に。早く帰りたいなって」
 心からそう思っていた。あんなことをする先輩を歓迎できるはずがない。
 私の連れない態度に麻耶ははぁと大きな溜息をついた。
「そうかそうか。ほのかは高坂さんと席が離れているのが不満なのよね」
「はぁ⁉」
 うんうんと一人で納得したかのように麻耶は頷くと「高坂さーん! こっちに来て話しましょうよー」
 あろうことか先輩をこっちへと誘ったのである。
 せっかく先輩から離れた席を選んだというのに、これじゃ意味がないじゃない。
 先輩は麻耶に笑顔を向けるとビールを片手にこっちへ来た。
「えっと、藤野さん? だっけ」
「そうです! 藤野麻耶です。私の名前覚えててくれたんですね」
「もちろん。皆の名前を把握しているよ」
 先輩は爽やかに笑う。こんな爽やかな顔をしながら、この男は私にキスをしたのだ。あろうことか会社で。
「じゃあ、この子の名前も知ってますか?」
 麻耶が私の腕を引っ張ると、無理やり会話に加えさせられた。
「な……⁉ 私はいいわよ」
 絡んできた麻耶の腕を振りほどこうとするが、麻耶は私の腕をがっちりとロックしている。
「葛城さんでしょ。葛城ほのかさん」
 先輩が私の目をじっと見て言う。その目が、何を考えているのかわからない。
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