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深化4

アンフェールと竜体化/テッドと避難所

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 アンフェールは、腕の中で眠るタンジェントをフェンリルに預けた。
 彼は眠っているだけなのだ。命に別条がある訳じゃない。
 説明すべき事を話してくれた後、コテンと倒れるように眠ってしまった。ちょっと前の倒れたグレンを思い出すような寝つき方だった。

 タンジェントは赤竜タンジェントだった。
 ただ赤竜の記憶は、小さな飛竜であるタンジェントにとって負担が大きいらしい。赤竜の記憶で物を考えたり、動いたりすると消耗が激しいんだそうだ。
 だから今まで喋らなかったんだそうだ。クピクピ言ってた方が楽だと言っていた。
 楽だったらそれでいいと思う。今までタンジェントとのコミュニケーションに困った事はない。

 アンフェールは嬉しかった。
 かつての友が、こんなに近くにいてくれたこと。そして今でも友でいてくれること。
 色々終わったら、また一緒に歌ったり踊ったりしたい。今までのように、あの頃のように。

 だからアンフェールは色々を、終わらせるのだ。




 アンフェールは空を見上げた。
 時刻は夕暮れ。紫とオレンジのグラデーションの綺麗な空を、引っ掻くようなラインが何本も走る。
 あの線は砲撃だ。

『――炎が雨のように降り、周囲を燃やし尽くした』

 グレンが持ってきた古い文献の一文だ。
 あの線が炎の雨なのだ。

 砲撃を国境で撃ち落とす事は不可能だ。長距離弾道兵器ゆえに、国境を通過する際は高度が高い。どうしても対応は軌道が国内に入ってからになる。
 国内の魔術師の数にも限りがある。基本、国内各地の避難所に魔術師は散開している。『シールド』を作り避難所を死守するためだ。
 各地に配備された軍人と自警団員が着弾の火消しに当たる。
 そういう防衛計画だとグレンからは聞いている。

 後手なのだ。

 魔導兵器を持っている国と、持っていない国とではここまで違う。
 一方的な蹂躙になる。
 精霊の目を通してみた情景はゆらぎ、燃えている。あれはグレンと歩いたバザールだ。優しい人達がにこにこ笑顔で生活していた美しかった街並みだ。

 踏み荒らされている。

 グレングリーズが作った国。そしてグレンが治める国が壊されてしまう。それをアンフェールは許すわけにはいかない。
 アンフェールは首の逆鱗を撫でる。人型でも残る、竜種の痕跡。
 ヴィシュニアの優位性はアンフェールがいる事だ。最後の竜種。竜王だ。これをシタール側は知らない。

 アンフェールは隠れ住むのを止めたのだ。
 竜バレがなんだ。堂々と竜になってやる。そしてグレングリーズのように『守護竜』の役職を作って勝手に名乗ろう。

(そうだろう、グレングリーズ。お前だってそうやって盾になったのだろう? ならば私が同じ事をしたって文句を言われる筋合いはないのだ)

 アンフェールは服を脱ぎ、それを茂みに隠した。
 今世、初めての竜体化だ。ちょっとドキドキしてしまう。

 アンフェールは形態のスイッチを切り替えた。全裸のシルエットが急激に変化する。
 ミシミシと揺れる輪郭。
 背はぐんぐんと伸びていき、頭はゴツゴツとした厳ついラインになっていく。手足も伸び、太く立派になっていく。背中からはどこまでも飛べそうな位、大きな翼が生えていく。

 堂々たる、巨躯だった。
 古代竜エンシェントドラゴンだった頃には及ばないものの、どう見ても新種の大きさでは無かった。十四年しか生きていない竜体とは思えない。
 輝かしい黄金色の王の身体。
 この肉体であれば、アンフェールはこの国を守る盾になれる。
 アンフェールは満足げに喉をグルゥと鳴らした。


『――我は守護竜アンフェールなり!!!!!』


 フェンリルの森に、守護竜誕生の咆哮が響いた。



◇◇◇



 ここは中央地区第二避難所。バザール近辺に住んでいる人々が収容されている。
 だから、果物ワゴンのおかみさんの息子――テッドもここに避難していた。

「街が燃えてる……」

 テッドはギュッと母親のスカートを握った。

 丘の上にあるここは、中央地区を、バザールを遠目に見下ろす位置にある。だからなんとなく現状が目視出来てしまうのだ。
 光る雨が街に降り、炎の柱が何本も打ち上がっている。
 暗いから良く見えないけれど、頑張って火消しをしている人達がいる。だから炎はちゃんと順次消えて行っている。

 とはいえ、燃えた、という事は何かしらが炭になっているのだ。
 それは、テッドが母親と住んでいるアパートメントかもしれないし、よく遊びに行く公園かもしれない。母親が商売で使っているワゴンは賃貸しとはいえ、燃えて無くなってしまったら借りる事は出来なくなってしまう。

 テッドはどうする事も出来ない不安に震えてしまう。

「大丈夫だよ、テッド。陛下が頑張ってくれているさ」
「母ちゃん……」

 テッドは思い浮かべる。よく街にフラフラやってくる気さくな王様。
 子供のテッドとも対等に接してくれる良い奴だけど、若いし、ちょっと頼り無いところが心配になってしまう。でも書店で働いている知恵者のカンジは『王様かしこいネー』ってよく言ってる。
 だからきっと王様は頑張ってくれているのだ。

 その証拠に避難誘導は早かった。
 街のみんなは整えられた避難所で難を逃れられてる。ここには備蓄もしっかりあった。
 避難所には魔術師も待機していた。万一ここに砲撃が飛んで来た際には『シールド』を張って守ってくれるらしい。
 それに怪我をしても大丈夫だ。
 貴重な治癒術師も来てくれたのだ。テッドが生まれて初めて見た位、治癒術師は珍しい。



「はぁぁぁ、燃えているねぇ……」

 テッドはその声の元に目を向ける。
 でっかいチョコの隣で、小さくなった書店オーナーがガクリと肩を落としている。
 本は紙だからよく燃える。テッドも、自分の家や大事なものが燃えてしまったら凄く嫌だと思っていた所だ。
 いい歳したおじさんだけど、べそをかく気持ちは分かる。大人だって嫌な事があったら涙目になるのだ。

 慰めた方がいいかなぁ、とテッドが歩き出そうとすると、それより早くカンジがオーナーの空いている方の隣に座った。
 肩を抱いて、何やら話し掛けている。
 カンジは知恵者だ。きっと的確な慰めが出来るだろう。子供のテッドが元気出せよ、とか声を掛けるより多分いいのだ。
 その証拠にちょっと話し掛けられただけで、オーナーの顔は血色がよくなった気がする。
 やはり、知恵者は凄いのだ。



「あ……」

 その時、テッドは紺色の空にぴかぴか光る竜の姿を見た。
 ばさりばさりと羽ばたく、絵本で見たみたいな立派な形。

 絵本の竜があまりにカッコ良くて「竜って本当にいるの?」って聞いたらカンジは「もういないネー」って現実を教えてくれた。
 本屋さんで働いてるんだし、子供には夢を与えてくれてもいいのに。
 でも知恵者のカンジがそう言うんだから、竜はいないんだと思う。

 テッドは目を擦ってから、もう一度空を見上げる。
 そこは普通の空で、光る雨も止んでいて、ぴかぴかもいなかった。


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