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白い部屋

目が覚めたら白い部屋にいた

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 レオンは過去に思いを馳せる。

 幼かった頃のレオンは、自身の希望で定期的に孤児院に泊まりに行くことがあった。父であるアイディール侯爵は、民衆との交流が〝良い学び〟となると認めており、公務で孤児院に立ち寄る際にはいつもレオンを数日間預けていた。同年代の子供たちと公務ではなく交流することは楽しく、レオンは次の公務が待ちきれずに父におねだりをして困らせたこともよく覚えている。

 あの運命の日。院長の指導のもと、レオンとリックを含む同年代の子供たち八人でピクニックランチを楽しむことになった。護衛はつけられたものの、子供たちだけでどこかにいく経験は初めてで、レオンは楽しみに胸を躍らせていた。
 しかし子供たちは、人気のないピクニックロードでならず者に襲われてしまう。院長は皆を守るために先頭に立って身を挺し、背後では護衛が動く気配もあったから抵抗はしたはずだ。それでも、誘拐されてしまったということは、襲撃者が手練れだったのだろう。


――そして目が覚めたら白い部屋にいた。


 ただ〝白い〟という印象が強く残っているが、子供の記憶なので細部ははっきりとは覚えていない。周囲にはリックと八人の子供たちがおり、さらに彼らを囲んで見知らぬ白い大人たちが立っていた。レオンは最初に薬のようなものを打たれ、そこで記憶が途切れてしまう。

 レオンが意識を取り戻したとき、彼はアイディール家の離れにある客間に寝かされていた。レオンは救出され、その後高い熱を出して生死の境をさまよったという。聞けば、その時点で既に犯行の日から半月が経過していたのだ。
 レオンは慌てて側にいた母にしがみつき、他の子供たちはどうなったのか、事件の結末はどうなったのかと聞き出そうとしたが、首を横に振られるだけで、公務どころか離れの外にも連れて行ってもらえなかった。事件から一年後、ようやく会えた父であるアイディール侯爵が語ってくれたのは――。

「あれは賊による誘拐事件であり、生き残った院長と護衛の証言で、彼らが根城にしていた山小屋を特定。そこに踏み込んで、意識のない子供たちを全員保護したと」

 レオンは淡々と続ける。

「賊は逮捕され処刑。被害に遭った子供の半数は半月以内に高熱で亡くなり、そこで生き残った子も長くはなく……一年後まで生きていたのは私とリックだけ――そう伝えられた」
「奇病なんじゃないかって元気になってからも一年隔離されましたよ」
「はは、私もだよ」

 この辺りは二人で状況を照らし合わせるたびに何度も話し合ってきた苦労話だった。子供の頃の記憶が薄れないように、定期的に話す場を設けようと提案したのはレオンだった。自分たちだけに分かるメモ書きは残しているけれど、それでも記憶の中の情景を失う訳にはいかないだろうと言えば、リックは乗ってきた。二人の記憶に残る〝白〟を思い描けば、レオンの眉間にシワが寄る。

「……でも父の話には白い部屋が出てこない」

 レオンがそれを口にすれば、リックも表情を引き締めて頷く。

「僕、最後に打たれたのでレオン様より覚えてますよ。あれは医務室の大きいやつです。絶対に山小屋じゃない」

 あの白い部屋で子供たちは何かをされ、命を落としたのだ。そして、レオンとリックだけが生き残った。

「打たれた薬液が何なのか分からない。我々がオメガ性だから生き残ったのか……それとも」

 レオンは言い淀む。いつも頭の片隅にある荒唐無稽な予想を。アルファとオメガの世界は貴族の中で回っている。ベータ同士から生まれる突然変異のオメガは、例がない訳ではないがごく少数であり、孤児であるリックがそうであった可能性はどれほどあるのか。アルファのような〝見た目〟と〝力〟を持った自分は、本来は――。

「我々は、それを打たれなければ……」
「レオン」

 レオンはここにいないはずの、聞き慣れた声に驚き、慌てて後ろを振り返る。そこにはいつの間にやって来たのか、たくさんの花冠を手にしたジェラルドとモーリスが立っていた。

「ジェラルド……」
「花冠の本数がそれでは合わないだろう」
「あ……」
「足りないと子供たちは喧嘩になる。今日は〝戴冠式〟なのだから」

 ジェラルドの手には六本の花冠が握られている。レオンたちが手にしているものと合わせて八本となる。彼は堂々とした歩みでレオンたちの側までやってきて、手にした花冠を墓石に恭しく差し出した。


「私、ジェラルド・エース・クインが宣誓する。
 そなたたちは罪を知らぬ正しき者。
 穢れを知らぬ清らかなる者。
 神の御許でその証しとするべく、この王冠を与える」


 低く厳かな声で響く〝戴冠の祝い〟と〝鎮魂の祈り〟。先ほど子供たちと行っていた司祭長ごっこの続きであっても、ジェラルドは〝役〟ではなく、名を使うという誠意をもって、宣誓を八人の子に捧げてくれた。それを彩るように眼鏡宰相役のモーリスが空に光の粒を散らしていく。祈りか、御霊か。揺れ動く光は風に乗って、空に吸い込まれた。
 墓石に載せられた八本の花冠。それを見ていると、なぜか先ほどまで聞いていた子供たちの〝戴冠式ごっこ〟の歓声が思い出されて、レオンの目に涙が滲んだ。

「……っ」

 泣いてはいけないと手で目を擦れば、ジェラルドはすぐに気づいて、レオンの姿を覆い隠すように抱きしめてくれる。鼻がジンと痛んで、本来なら香りそうな彼の匂いも分からない。

(……ああ、ずるいな。そんなに優しくされたら泣いてしまうじゃないか)

 フェロモンなど関係なく、ジェラルドの広い胸は安心感があり、レオンは気持ちのまま静かに涙した。彼は慰めるようにレオンの頭を撫でてくれる。

「レオン、私は貴方の力になりたい」
「きみはどこから聞いていたんだ……」

 レオンは鼻をすすりながらぶっきらぼうに問いかけた。花冠の本数を合わせてくる辺り、情報が正確すぎるし、ネックガードかペンダントに知らされていない機能が組み込まれているとしか思えない。
 ジェラルドはそれに答えず、強くレオンを抱きしめた。

「すべて知りたいから話して欲しい。私は貴方を裏切らない、絶対の味方だ」
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