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12章 会議は踊る
第46話 告解
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「馬鹿々々しい、このわたしが魔女だなんて」
ソフィーアを思い切り睨み据え、さらには大卓を囲む御使いたちをぐるりと睥睨して、リズベットは声を荒げた。もとより、リズベットはソフィーアに対して喧嘩腰だ。ザイナスに向けるソフィーアの秋波が気に入らなかった。
「わたしはずっと兄さんの味方です。皆が兄さんの敵だったときから、ずっと」
そうした自負も昂りの原因だ。ザイナスの敵と疑われ、不本意も極まっている。
「この厄憑きの兄さんを、どれだけ苦労して守って来たか。ズヴァールの鼻先から掠め取ったのも一度や二度じゃない。放って置いたら、簡単に死ぬのよ?」
そんなに? と、ザイナスは横で居た堪れない。
確かに、リズベットには何度も助けられた。思い当たる事も往々にある。とはいえ、里で人気の妹が災難の原因になることも多かった。どっちも、どっちだ。
「ならば、尚更。貴方ほど忠実な使いが使命を全うするどころか、ザイナスさまを地上に留めて隠すなど。よもや、貴方まで人の身に未練があるのですか?」
リズベットの反論を受けてソフィーアは返した。それも当然の疑問ではある。
人の綴った聖典によれば、スクルドはシグルーンに並ぶ厳格な使途だ。旧聖座において白神と黒神は刻神に配され、始まりと終わりを象徴している。地上を興す際のスクルドの描写は、むしろ苛烈で凄まじい。
スクルドの性格が和らいだのは、あくまで新聖座からだ。その折、白神に誕生と成長の神格が付され、幼きものの護り手の名を得たに過ぎない。
「白神さまの意向は如何に?」
「御柱は。御柱は――」
言葉の途中の長い沈黙の後、スクルドは観念したように長い息を吐き出した。
「兄さんを秘匿するよう命ぜられました。天界の均衡を崩さぬ配慮だそうよ」
ソフィーアにこそ目を向けているものの、リズベットは頬でザイナスを意識している。ザイナスも驚いたが、それ以上に皆が言葉を失っていた。
「これはあくまで我らの競い合いだ。それは大仰が過ぎるのではないか?」
我に返ったオルガが、リズベットの告白に眉を顰める。
「地上の聖典になら兎も角も、天界の十二柱に順位などないだろう。ましてや、これしきの児戯で御柱が互いの均衡なぞ意識すまい」
珍しく、ラーズでさえも呆けた顔をしていた。
「それは――」
ソフィーアが複雑な表情で口を挟んだ。
「敢えて順列を作らぬよう、原初の取り決めがあったからです」
ザイナスが横目で眺める限り、御使いの知識、与えらえた情報は各々に異なっているらしい。それは同時に、御柱の思惑が異なることを意味している。どうやら、波乱を是とするのは自由神だけではないという事だ。
「ちょっと待って、この魂刈りって天界再編の先触れってこと? 馬鹿じゃないの? ザイナスくんにそんな事まで背負わせる訳?」
クリスタが声を上げた。魂刈りは御柱の気まぐれ。御使いが勝ち取るのは地上の生活と人の寿命の分だけの余暇。そうでなければ、余りに荷が重すぎる。
「私も多くは知らされていない。刈り手を知るまで刈るな、とだけ」
「何、それ」
猫が臭いものを嗅いだような顔をしてビルギットが問う。
「もしも兄さんが見つかったら、その時は私が先に刈る筈だったって事」
リズベットの答えに皆はぽかん、として言葉が続かない。
ザイナスは嘆息した。災厄も不運も彼には身近だ。今更、驚きは何もなない。ただ、自分の守護者で処刑者のおしめを変えていたのかと思うと感慨深い。
「いや、いや、いや、いや、ちょっと待て――」
オルガが不意に声を上げた。
「そのおまえに魂刈りの資格がないのは、おかしいだろう」
大卓を囲む皆も、はっと我に返った。
「そういや、そうだ。見張り役のおまえが、どうして資格を喪失している」
ラーズも慌ててリズベットに詰め寄った。
「――人の身は、儘ならないの」
息を詰めたように沈黙し、暫しの後にリズベットは漸く神妙な顔で答えた。
「御柱は兄さんの傍に私を降ろしたけれど、赤子の私に何ができる?」
ザイナスは拾われ子だが、養父ルーカス・コレットはザイナスに白神の洗礼を与えた。それが御柱に届いたとすれば、逸早くザイナスの所在を把握したことも頷ける。夫婦に御柱に相応しい子を授けることもできただろう。
だが、資格喪失については話が別だ。リズベットは人気が高かったし、ザイナスも兄として気にならないといえば嘘になる。ただ、どちらかといえばリズベットは崇拝、あるいは狂信的な好かれ方をしていた。恋人はいた記憶がない。
むしろ、ザイナスがそうした騒動に巻き込まれる事の方が多かった。
「資格がない方が同じ使いに見つかり難いの。これも兄さんを隠すためよ」
「いや、その理屈はおかしい」
ビルギットが手を挙げ、即座に反論した。
「だいたい、簡単に捨てられないだろう。オレたちはザイナスにしか――」
ラーズが言葉の途中で口籠る。ソフィーアが無意識に自身の唇を弄びながら、リズベットとザイナスの両方をねっとりと見遣った。
「まさか、ねえ。兄と妹が、いくら何でも」
ザイナスは慌てて首を振った。
「ちょっと待って、僕は何もしてない」
「お風呂に入った?」
エステルが無邪気な顔でザイナスを見上げる。
「いや、エステルの頃に恥ずかしがって――髪だけは毎日洗わされたけど」
「兄さん、やめて」
「もしや、おしめを替えたりしたから?」
「ちょっと黙ってて」
耳の先まで朱色に染めてリ、ズベットはザイナスに噛みついた。
「観念したら? 我慢できなかったって」
ザイナスの椅子の背に肘をつき、アベルが肩越しに喉の奥で笑った。
「あんた、まさかザイナスくんの寝込みを襲ったんじゃないでしょうね?」
クリスタが目を剥いた。
「唇だけよ。一線は越えてない」
「いや、兄妹でそれは一線だろう」
「キミの倫理観はいったいどうなっているのかな」
「黙りなさい、ゲイラ。だいたい、どうしてあなたがそんな事知ってるの」
アベルを思い切り睨みつけ、リズベットは引き気味のザイナスごと威嚇する。
「ポンコツだ」
ビルギットが呆れたように呟いた。
「スクルドはポンコツ?」
エステルが無邪気に繰り返す。
「だって、無理なものは無理」
追い詰められてリズベットが逆上した。
「寝ても覚めてもこんなのが、こんな無防備な兄さんが傍にいるのよ?」
皆は呆れ返りつつ、お互い微妙な表情になった。
「だからって、無理やりはいかんだろう」
オルガの言葉はザイナスにも痛い。背中のアベルは皆を見渡し、引き攣るように震えながら笑いを堪えている。この中で楽しんでいるのは彼だけだ。
「あなたたちだって、似たようなものじゃない」
リズベットが声を上げる。
合意の上だぞ、とオルガは静かに反論した。
あたしもそうよ? とクリスタ。
ボクはむりやりされた、とビルギット。
まるでケダモノだったな、とラーズ。
男のボクにまで手を出すなんてさ、とアベル。
気持ちいいの? とエステル。
「キミはもう少し大きくなってから」
アベルが似合わず真面目なことを言った。
「凶悪ですわね、ザイナスさま」
目許を朱に染め、ソフィーアは吐息の混じる声で呟いた。
「待て、おまえはスクルドと同じだ。あと少し遅ければザイナスを食っていた」
オルガが呆れて指摘する。
「こんな淫乱と一緒にしないで」
リズベットが半べそで反論した。片っ端から皆もザイナスに誘惑された癖にと責め立てる。また喧喧囂囂の応酬が始まった。いつの間にやら自分のせいだが、ザイナスが口を挟む隙間はない。ただ眺めている事しかできなかった。
「まあね、確かにこんなのがひとつ屋根の下にいたら、仕方ないか」
何が仕方ないのか、と振り返ってアベルを睨む。
「何にせよ、二つはっきりした」
喧騒から外れて、ビルギットは胸の重さに疲れたように卓の上に突っ伏した。
「ひとつは?」
ザイナスが促すとビルギットは、はにかむように答える。
「使いの中に魔女がいること」
「恐らく、残りの誰かだが」
オルガが後を引き取って続けた。
「レイヴは外していいだろう。エイラも微妙だ。可能性が高いのは――」
「スヴァール、そしてシグルーン。二人の行方を探さなければ、ね」
澄ました顔のソフィーアは、おそらく最初からそう結論していたに違いない。この騒動の契機になったリズベットへの疑いも、悪戯心にかこつけて白神の目的を知る為だったのかも知れない。
「もうひとつは?」
ザイナスが訊ねると、ビルギットは笑った。
「スクルドがポンコツだったこと」
リズベットが絶句する。ザイナスは目を遣り、仕方ないよ、と肩を竦めて見せた。不肖の妹は真っ赤になって、酸欠の鯉のように大きく喘いだ。
ソフィーアを思い切り睨み据え、さらには大卓を囲む御使いたちをぐるりと睥睨して、リズベットは声を荒げた。もとより、リズベットはソフィーアに対して喧嘩腰だ。ザイナスに向けるソフィーアの秋波が気に入らなかった。
「わたしはずっと兄さんの味方です。皆が兄さんの敵だったときから、ずっと」
そうした自負も昂りの原因だ。ザイナスの敵と疑われ、不本意も極まっている。
「この厄憑きの兄さんを、どれだけ苦労して守って来たか。ズヴァールの鼻先から掠め取ったのも一度や二度じゃない。放って置いたら、簡単に死ぬのよ?」
そんなに? と、ザイナスは横で居た堪れない。
確かに、リズベットには何度も助けられた。思い当たる事も往々にある。とはいえ、里で人気の妹が災難の原因になることも多かった。どっちも、どっちだ。
「ならば、尚更。貴方ほど忠実な使いが使命を全うするどころか、ザイナスさまを地上に留めて隠すなど。よもや、貴方まで人の身に未練があるのですか?」
リズベットの反論を受けてソフィーアは返した。それも当然の疑問ではある。
人の綴った聖典によれば、スクルドはシグルーンに並ぶ厳格な使途だ。旧聖座において白神と黒神は刻神に配され、始まりと終わりを象徴している。地上を興す際のスクルドの描写は、むしろ苛烈で凄まじい。
スクルドの性格が和らいだのは、あくまで新聖座からだ。その折、白神に誕生と成長の神格が付され、幼きものの護り手の名を得たに過ぎない。
「白神さまの意向は如何に?」
「御柱は。御柱は――」
言葉の途中の長い沈黙の後、スクルドは観念したように長い息を吐き出した。
「兄さんを秘匿するよう命ぜられました。天界の均衡を崩さぬ配慮だそうよ」
ソフィーアにこそ目を向けているものの、リズベットは頬でザイナスを意識している。ザイナスも驚いたが、それ以上に皆が言葉を失っていた。
「これはあくまで我らの競い合いだ。それは大仰が過ぎるのではないか?」
我に返ったオルガが、リズベットの告白に眉を顰める。
「地上の聖典になら兎も角も、天界の十二柱に順位などないだろう。ましてや、これしきの児戯で御柱が互いの均衡なぞ意識すまい」
珍しく、ラーズでさえも呆けた顔をしていた。
「それは――」
ソフィーアが複雑な表情で口を挟んだ。
「敢えて順列を作らぬよう、原初の取り決めがあったからです」
ザイナスが横目で眺める限り、御使いの知識、与えらえた情報は各々に異なっているらしい。それは同時に、御柱の思惑が異なることを意味している。どうやら、波乱を是とするのは自由神だけではないという事だ。
「ちょっと待って、この魂刈りって天界再編の先触れってこと? 馬鹿じゃないの? ザイナスくんにそんな事まで背負わせる訳?」
クリスタが声を上げた。魂刈りは御柱の気まぐれ。御使いが勝ち取るのは地上の生活と人の寿命の分だけの余暇。そうでなければ、余りに荷が重すぎる。
「私も多くは知らされていない。刈り手を知るまで刈るな、とだけ」
「何、それ」
猫が臭いものを嗅いだような顔をしてビルギットが問う。
「もしも兄さんが見つかったら、その時は私が先に刈る筈だったって事」
リズベットの答えに皆はぽかん、として言葉が続かない。
ザイナスは嘆息した。災厄も不運も彼には身近だ。今更、驚きは何もなない。ただ、自分の守護者で処刑者のおしめを変えていたのかと思うと感慨深い。
「いや、いや、いや、いや、ちょっと待て――」
オルガが不意に声を上げた。
「そのおまえに魂刈りの資格がないのは、おかしいだろう」
大卓を囲む皆も、はっと我に返った。
「そういや、そうだ。見張り役のおまえが、どうして資格を喪失している」
ラーズも慌ててリズベットに詰め寄った。
「――人の身は、儘ならないの」
息を詰めたように沈黙し、暫しの後にリズベットは漸く神妙な顔で答えた。
「御柱は兄さんの傍に私を降ろしたけれど、赤子の私に何ができる?」
ザイナスは拾われ子だが、養父ルーカス・コレットはザイナスに白神の洗礼を与えた。それが御柱に届いたとすれば、逸早くザイナスの所在を把握したことも頷ける。夫婦に御柱に相応しい子を授けることもできただろう。
だが、資格喪失については話が別だ。リズベットは人気が高かったし、ザイナスも兄として気にならないといえば嘘になる。ただ、どちらかといえばリズベットは崇拝、あるいは狂信的な好かれ方をしていた。恋人はいた記憶がない。
むしろ、ザイナスがそうした騒動に巻き込まれる事の方が多かった。
「資格がない方が同じ使いに見つかり難いの。これも兄さんを隠すためよ」
「いや、その理屈はおかしい」
ビルギットが手を挙げ、即座に反論した。
「だいたい、簡単に捨てられないだろう。オレたちはザイナスにしか――」
ラーズが言葉の途中で口籠る。ソフィーアが無意識に自身の唇を弄びながら、リズベットとザイナスの両方をねっとりと見遣った。
「まさか、ねえ。兄と妹が、いくら何でも」
ザイナスは慌てて首を振った。
「ちょっと待って、僕は何もしてない」
「お風呂に入った?」
エステルが無邪気な顔でザイナスを見上げる。
「いや、エステルの頃に恥ずかしがって――髪だけは毎日洗わされたけど」
「兄さん、やめて」
「もしや、おしめを替えたりしたから?」
「ちょっと黙ってて」
耳の先まで朱色に染めてリ、ズベットはザイナスに噛みついた。
「観念したら? 我慢できなかったって」
ザイナスの椅子の背に肘をつき、アベルが肩越しに喉の奥で笑った。
「あんた、まさかザイナスくんの寝込みを襲ったんじゃないでしょうね?」
クリスタが目を剥いた。
「唇だけよ。一線は越えてない」
「いや、兄妹でそれは一線だろう」
「キミの倫理観はいったいどうなっているのかな」
「黙りなさい、ゲイラ。だいたい、どうしてあなたがそんな事知ってるの」
アベルを思い切り睨みつけ、リズベットは引き気味のザイナスごと威嚇する。
「ポンコツだ」
ビルギットが呆れたように呟いた。
「スクルドはポンコツ?」
エステルが無邪気に繰り返す。
「だって、無理なものは無理」
追い詰められてリズベットが逆上した。
「寝ても覚めてもこんなのが、こんな無防備な兄さんが傍にいるのよ?」
皆は呆れ返りつつ、お互い微妙な表情になった。
「だからって、無理やりはいかんだろう」
オルガの言葉はザイナスにも痛い。背中のアベルは皆を見渡し、引き攣るように震えながら笑いを堪えている。この中で楽しんでいるのは彼だけだ。
「あなたたちだって、似たようなものじゃない」
リズベットが声を上げる。
合意の上だぞ、とオルガは静かに反論した。
あたしもそうよ? とクリスタ。
ボクはむりやりされた、とビルギット。
まるでケダモノだったな、とラーズ。
男のボクにまで手を出すなんてさ、とアベル。
気持ちいいの? とエステル。
「キミはもう少し大きくなってから」
アベルが似合わず真面目なことを言った。
「凶悪ですわね、ザイナスさま」
目許を朱に染め、ソフィーアは吐息の混じる声で呟いた。
「待て、おまえはスクルドと同じだ。あと少し遅ければザイナスを食っていた」
オルガが呆れて指摘する。
「こんな淫乱と一緒にしないで」
リズベットが半べそで反論した。片っ端から皆もザイナスに誘惑された癖にと責め立てる。また喧喧囂囂の応酬が始まった。いつの間にやら自分のせいだが、ザイナスが口を挟む隙間はない。ただ眺めている事しかできなかった。
「まあね、確かにこんなのがひとつ屋根の下にいたら、仕方ないか」
何が仕方ないのか、と振り返ってアベルを睨む。
「何にせよ、二つはっきりした」
喧騒から外れて、ビルギットは胸の重さに疲れたように卓の上に突っ伏した。
「ひとつは?」
ザイナスが促すとビルギットは、はにかむように答える。
「使いの中に魔女がいること」
「恐らく、残りの誰かだが」
オルガが後を引き取って続けた。
「レイヴは外していいだろう。エイラも微妙だ。可能性が高いのは――」
「スヴァール、そしてシグルーン。二人の行方を探さなければ、ね」
澄ました顔のソフィーアは、おそらく最初からそう結論していたに違いない。この騒動の契機になったリズベットへの疑いも、悪戯心にかこつけて白神の目的を知る為だったのかも知れない。
「もうひとつは?」
ザイナスが訊ねると、ビルギットは笑った。
「スクルドがポンコツだったこと」
リズベットが絶句する。ザイナスは目を遣り、仕方ないよ、と肩を竦めて見せた。不肖の妹は真っ赤になって、酸欠の鯉のように大きく喘いだ。
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