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第一章 始まる異世界生活
勧誘
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「いやすまない。待たせたね」
「いえ、大丈夫です」
灰紫色の機械装甲を纏った人物。
エンバーさんが客室に姿を見せると、ちゃぶ台を挟んだ、僕の向かいにある座布団の上に、スッと腰を下ろす。
左右に傾くことのない、筋の通った美しい正座だ。
そして、何故か彼の後ろには、ノインさんもいる。
それに、なにやら空気が重い。
これはきっと、とんでもない話を持ってきたに違いない。
「だが断るっ!」
「いや…私はまだなにも言っていないんだが…」
「すいません…。緊張しすぎて、一度は言ってみたいセリフランキング、第8位を口走っていました……。それでエンバーさん、お話というのは……?」
エンバーさんは一呼吸置くと、ちゃぶ台の上に一枚の書類を差し出した。
え~とっ、なになに…。
浄化部隊所属手続き?
「うむ…霞紅夜君、単刀直入に言おう。キミ…浄化部隊に所属しないか?」
「だが、やっぱり断る!」
エンバーさんの言葉に、僕は即答で返事をする。
これって、浄化部隊の勧誘!?。
冗談じゃない!。
学校でも馬鹿みたいに、異能を行使した戦闘訓練をやらされたのに、別の世界に来てまで戦闘なんてやりたくない!。
ああやだ!。
思い出したくもない悪夢が蘇っちゃう!。
僕の学年の訓練を担当していた、あのブロンドのドS鬼畜美人教官!。
僕が訓練で息も絶え絶えに苦しんでる姿を見ては、いつも恍惚としてた表情を浮かべてたのを、いまでも覚えている。
エムっけがある僕でも、さすがにあの頃に戻りたくない!。
それに、もし入隊なんてしてみろ。
『やった~後輩だー』とか、『ひっひっひっ、あの時の恨み…死ね!』とか!。
あの馬鹿二人に、ぼろ雑巾のようにこき使われるに決まってる。
っていうか、絶対そうなる!。
それに僕は……。
「霞紅夜君。理由を聞いても?」
鎧越しに、僕はエンバーさんと視線を合わせ、堂々と言い放つ。
「テスをまた、一人ぼっちにしたくありません!」
すると、背後に控えていたノインさんがクスッと微笑み、エンバーさんは大きく咳払いをした。
「ああ、すまない。私の説明不足だ。キミはこれまで通り、テス君と一緒に生活してくれて構わない」
「ん?どういうことです?」
組織に所属するということは、実質的に社会人になるのと動議…。
だと…僕は思っている。
なのに、浄化部隊に所属しても、働かなくていいと…そういうことでオケ?
「簡単に言うと、霞紅夜君のような異能という未知の力を持った強力な人材を、いまのうちに浄化部隊で囲っておきたいんだ。現状、叶多君と違って、霞紅夜君はどこにも所属していない野良の異世界人だ」
「あの、野良だとなにか問題が?」
「これはもしもの話なのだが、キミが問題を起こした…あるいは問題に巻き込まれた際に、他国が絡んで来るとなると、聖都に属している私たちは、状況によって君を助けることができない」
なるほど。
広大な異界の大地で生活をしているとはいえ、僕は所詮、異世界人。
聖都の住人ではないのだ。
もし他国間の争いに僕が撒き込まれても、聖都が助けに来ることは難しいということだ。
もし仮に、エンバーさんが助けに来てくれたとしよう。
浄化部隊に所属する彼が、他国間のいざこざに介入してしまうとなると、それは新たな問題が生じることとなる。
つまり、浄化部隊に所属さえしていれば、聖都という国が、僕の後ろ盾になってくれる。
いざという時に、聖都が守ってくれるというわけだ。
テスと生活を共にしている僕としては、彼女にまで危険が及ぶようなリスクは避けたい。
ここはテスのために、素直に浄化部隊に所属すべきか…。
「それともうひとつ理由がある。霞紅夜君が先日、暴発させてしまったというオーブの件だ」
「あの大きな結界を張ったオーブのことですか?」
エンバーさんはコクリと頷く。
「あのオーブは訳あって、希少な上に、とてつもなく高価なものなのだが……その話は一旦置いておこう。重要なのは、キミがオーブを使用して、大規模の奇跡を行使した、ということだ」
ん?、じゃあオーブの恩寵が溢れたのは正常なの?。
それにしては、テスがオーブを使った時と、僕が使った時とでは、だいぶオーブの反応が違ってたけど……。
「おそらく霞紅夜君は、オーブとの感応力がとてつもなく高い」
「感応力?」
すると、エンバーさんの背後に控えていたノインさんが、ちゃぶ台の上に二枚の布地を敷き、さらにその上に、二種類のオーブを置いた。
ひとつは、市販で売られているオーブだ。
外装には、そのオーブの品名と効果が記載されているのと同時に、オシャレな模様の塗装が施されている。
対して内側には、無色透明な恩寵が、炎のように揺らめいている。
たしか、市販で売られている恩寵は、全てが人工物だという話だ。
そして、もうひとつあるのはキラキラと煌めく黄色いオーブ。
正確には、黄色く見えるのは中の恩寵で、外装は透明な水晶体だ。
これは多分、村で使用した結界を張るオーブと全く同じもの。
つまり、精霊の恩寵を閉じ込めているオーブだ。
ていうかこの黄色いオーブ。コレ……お高いんでしょ?。
そんなものを、ポンポンと人前に出していいの?。
ノインさんは、手の平でオーブをひとつずつ指し示し、僕にもわかりやすく説明していく。
「霞紅夜様から見て、左手にあるのが市販のオーブ。右手にあるのが魔恩などの戦闘で扱っている特別なオーブです。こちらは、市販のオーブと区別するために、使えば一度で壊れてしまうことから、結晶弾などと呼ばれる事もありますが、基本的には魂流石と呼ばれるほうが多いいですね」
「へ~~」
厨二感をくすぐられる別称だ。
特に結晶弾という響き…。
氷結結晶弾。獄炎結晶弾。雷鳴結晶弾…………。いろんな呼び名があるんだろう。
……カッコいいじゃない……。
「あれ?」
ここでふと、あるとこに気づいた。
「以前使った時は気づかなかったけど、この結晶弾。文字が刻まれてますね。えっと、『神聖のエディンエイデン』?」
品名…ではない…。
これは…恩寵の持ち主の名前か?。
「これは、恩寵を提供してくださった精霊の名前ですの。魂流石には奇跡の詳細と一緒に、恩寵の持ち主の名前も刻まれているんです。しかも!、この恩寵の持ち主は、ただの精霊ではございません。この世に僅かにしか残っていない、精霊の上位存在。神霊の一柱の恩寵なのです!」
「神霊?」
精霊の上位存在?。
この世界にはそんなのもいるのか。
まぁ異世界には、亜人の長命種もいるんだし、この程度で驚く僕じゃない。
「神霊とは、いまは亡き、私たち精霊の神…『ノトス』によって、この世の事象、概念、万象を根源に創造された、心を持った被造物。簡単に言うと、神の子です」
「神?、えっ?、この世界、神様がいたんですか!?」
かみ……神!……ゴッド!。
オーマイゴッド!。
僕の世界にも、確かに神話は残ってる。
ゼウス。オーディン。クテュルフ神話。
だけど、その神々が、ちゃんと実在したかなんて分からない。
いわば空想の産物だ。
しかし、ノインさんの話からして、ノトスと呼ばれる神の子……神霊とやらは、今も生きているだろう。
すなわち、神霊は生ける伝説。
神霊、一体何歳なんだろう。
「話が脱線してしまいましたが、魂流石は、恩寵の持ち主の意思が、残留しています」
「思願のようなものですか?」
「いいえ、これは想念になりますね。恩寵は魂の雫のようなもので、微弱ですが恩寵の抽出した当時の、思念が残るんですの」
「じゃあ、僕の想念と魂流石に残留していた想念が、共鳴したってことですか?」
「そうなりますね。ただ……」
すると、これまで黙っていたエンバーさんが、ちゃぶ台の上に置かれた魂流石を手にとると、訝しげに口を開く。
「さっきも言ったが、霞紅夜君と魂流石の感応力が高すぎるんだ。テス君も、感応力はかなり高いほうなのだが、霞紅夜君の感応力は、それを優に越えている。もし他の魂流石でも、同じ出力で奇跡を行使できるのなら、キミの存在は浄化部隊にとって、とても重要な人材になる。キミが浄化部隊に所属したら、やってもらいたいことはみっつだけだ。ひとつは、ステラ村で魔恩の活動に活発化が見られれば、すぐに報告する事。次に、その活発化が見られた際、その時の状況によって、魔恩の調査と討伐をしてもらいたい。この時は我々も人員を送るので、どっしり構えていてくれ。最後にキミの魂流石の感応力がどれくらいなものか、他のオーブでもテストさせて欲しいんだ」
関係ないけど、テスの村ってステラ村って言うんだ。
初めて知ったよ…。
そんな事より、エンバーさんの話だ。
彼の話を簡単にまとめると、実質的には、僕がやるべき事はふたつだ。
ひとつ目は、ステラ村周辺のパトロールだけど、あそこは魔恩を見かけるのなんて稀だし、たとえ来たとしてもテスは魔恩の迎撃には慣れっ子だ。
それに、僕も魔恩を倒したことがある。
異常時の調査なんて滅多なことがないと、しないだろう。
もうひとつは、魂流石の感応力を測るテスト。
人前でオーブを行使するだけの、簡単な測定になると思う。
「どうだろう、霞紅夜君。この話は一度持ち帰って、後日返答してもらっても構わないが」
「いえ、もう答えは出ました」
テスとの生活では、ほぼ役立たずな僕だけど、でもここで、僕が仕事をして僅かながら生活費を稼げれば、多少はテスの力になれるかもしれない。
あれっ?。
これって新婚の夫婦みたいじゃない?。
なんか燃えてきた。
「僕、浄化部隊に所属します!」
「おっ、おう。そうか。急にやる気を出してくれたね…」
「でしたら霞紅夜様。こちらにサインを」
ノインさんに渡されたペンを受け取り、僕は躊躇なく書類に署名した。
ふっふっふっ。
これで僕も、魔恩から世界を守護する、正義の守り人の一人。
これから名をあげて、ビッグになってやりますぜぇ。
「ふふっ、よかったですわね。エンバー様。これで、プランBを使う必要もありません」
「またか……」
「ん?、ノインさん。プランBとは?」
彼女は不適な笑みを浮かべて、小さな数枚の紙切れを僕に手渡した。
「なにこれ…レシート?」
ノインさんから受け取ったのは、僕が日中に買い漁った、書物の領収書だ。
それだけじゃない。
昼食に食べた高級料理店の領収書もあれば、山程買ったオーブの領収書もある。
他にも、今後の生活必需品、私服などを、購入した際の領収書も出てきた。
そして、『28万クオーツ』と記載された、これらを合計した請求書が、山積みになった領収書の下から、ひょっこりと顔を出した。
「あの…これ…まさか…」
「はい、もし断られたりしたら、これまでの支払い代金を盾に、強引に勧誘するつもりでした。叶多様の時のように……」
テヘッと、ノインさんは悪びれる様子もなく、自信の悪行を下呂していく。
ていうか、叶多先輩……。
まんまとこの悪徳勧誘に嵌まったんだ…。
はっ!。
じゃあ、体で払って貰うっていうのは、浄化部隊で労働して、返して貰うって意味だったのか!。
チクショウ!。
てっきり、そのまんまの意味だと思ってたのに!。
僕の男の子をもてあそんだんだね!。
許さん!後でおぼえてろ!。
妄想の中でドエロいことしてやるからな!。
「ノイン…またお前は…」
「ふふっ。これは、もしもの時の保険です。あっ、すでにこちらで支払っておりますので、霞紅夜様はお気になさらず」
ひょっとしてノインさんって、結構腹黒なのか?。
僕、疑心暗鬼になりそう…。
これじゃあ僕が、浄化部隊に入る事が、決まっていたみたいじゃないか。
僕はノインさんの手の平で、ムーンウォークさせられてたなんて。
「さて、私たちは、ここらでお暇しよう。霞紅夜君たちも今日は疲れただろう。後はゆっくり休むといい」
「エンバーさん。今日はいろいろありがとうございました」
「なに、大したことはしていないよ。明日も短い時間だか、聖都を楽しんでくれ」
エンバーさんはそう言うと、客間から出てっていった。
それに続いて、ノインさんも彼の後ろをついていく。
すると、シエさんが入れ替りで客間に姿を現した。
「うわっ!ビックリした!」
シエさん。
気配を感じさせないし、音すら立てないから、いきなり出てくるとビックリするんだよな。
「霞紅夜様。就寝の準備が出来ました。今日はこのまま、お休みになられますか?」
そうだなあ。
今日はいろいろあったし、エンバーさんのプレッシャー面接で、ドッと疲れた気がする。
「そうですね。今日はもう休みます」
シえさんは「承知しました」と頷くと、僕をとある一室に案内した。
そこには、ふたつの布団が敷かれていて、
その内のひとつには、既にテスが幸せそうな顔をして熟睡していた。
ずっとそうなのだが、彼女は丈の長いワンピースを好んで愛用している。
その姿は似合っているし、正直言って可愛いとも思う。
ただその格好、寝苦しくないのだろうか?。
まぁ、本人が気にしてないのなら、大丈夫なんだろう。
「ご満悦ですな~」
テスの緩みきった寝顔を覗き込みながら、僕はフッと笑みを溢す。
「霞紅夜様。眠っている女性の顔を覗き込むのは、如何なものかと…。それに寝込みを襲うのは絶対ダメですよ」
「僕って、そんなに信用がないですか?」
「はい。襲うのは、八尺坊っちゃんだけにしてくださいね。グフフ」
この人、腐ってやがる!。
それに、お風呂の一件は、別に僕が八尺を襲ったわけじゃない。
僕の対抗心に火が着いてしまった結果の僕の暴走だ。
決して、男に欲情したとか、やましい気持ちは一切ない。
って、おい待て!。
さっき八尺と話してた時もそうだったけど。
口振りからしてシエさん、お風呂の一件を知ってる?。
まさか……覗いてたのか?。
「では、ゆっくりお休みになられてください……」
そう言うと、シエさんは部屋から出ていった。
去り際に、「グヘヘ、今日は良いものが見られました。脳内永久保存ですね。コレは……」って言っていたけど、ナニを永久保存したんだろうか。
僕は床に着き、1日を振り返る。
精霊の国。
聖都クランティリア。
浄化部隊
第三部隊
八尺に叶多先輩。
キャトンお姉様にノインさん。
いろんなものを見たし、いろんな人たちに出会った。
でもきっと、こんなものは始まりに過ぎないんだろう。
だって世界は、僕の想像が及ばないほどに、大きかったのだから…。
「いえ、大丈夫です」
灰紫色の機械装甲を纏った人物。
エンバーさんが客室に姿を見せると、ちゃぶ台を挟んだ、僕の向かいにある座布団の上に、スッと腰を下ろす。
左右に傾くことのない、筋の通った美しい正座だ。
そして、何故か彼の後ろには、ノインさんもいる。
それに、なにやら空気が重い。
これはきっと、とんでもない話を持ってきたに違いない。
「だが断るっ!」
「いや…私はまだなにも言っていないんだが…」
「すいません…。緊張しすぎて、一度は言ってみたいセリフランキング、第8位を口走っていました……。それでエンバーさん、お話というのは……?」
エンバーさんは一呼吸置くと、ちゃぶ台の上に一枚の書類を差し出した。
え~とっ、なになに…。
浄化部隊所属手続き?
「うむ…霞紅夜君、単刀直入に言おう。キミ…浄化部隊に所属しないか?」
「だが、やっぱり断る!」
エンバーさんの言葉に、僕は即答で返事をする。
これって、浄化部隊の勧誘!?。
冗談じゃない!。
学校でも馬鹿みたいに、異能を行使した戦闘訓練をやらされたのに、別の世界に来てまで戦闘なんてやりたくない!。
ああやだ!。
思い出したくもない悪夢が蘇っちゃう!。
僕の学年の訓練を担当していた、あのブロンドのドS鬼畜美人教官!。
僕が訓練で息も絶え絶えに苦しんでる姿を見ては、いつも恍惚としてた表情を浮かべてたのを、いまでも覚えている。
エムっけがある僕でも、さすがにあの頃に戻りたくない!。
それに、もし入隊なんてしてみろ。
『やった~後輩だー』とか、『ひっひっひっ、あの時の恨み…死ね!』とか!。
あの馬鹿二人に、ぼろ雑巾のようにこき使われるに決まってる。
っていうか、絶対そうなる!。
それに僕は……。
「霞紅夜君。理由を聞いても?」
鎧越しに、僕はエンバーさんと視線を合わせ、堂々と言い放つ。
「テスをまた、一人ぼっちにしたくありません!」
すると、背後に控えていたノインさんがクスッと微笑み、エンバーさんは大きく咳払いをした。
「ああ、すまない。私の説明不足だ。キミはこれまで通り、テス君と一緒に生活してくれて構わない」
「ん?どういうことです?」
組織に所属するということは、実質的に社会人になるのと動議…。
だと…僕は思っている。
なのに、浄化部隊に所属しても、働かなくていいと…そういうことでオケ?
「簡単に言うと、霞紅夜君のような異能という未知の力を持った強力な人材を、いまのうちに浄化部隊で囲っておきたいんだ。現状、叶多君と違って、霞紅夜君はどこにも所属していない野良の異世界人だ」
「あの、野良だとなにか問題が?」
「これはもしもの話なのだが、キミが問題を起こした…あるいは問題に巻き込まれた際に、他国が絡んで来るとなると、聖都に属している私たちは、状況によって君を助けることができない」
なるほど。
広大な異界の大地で生活をしているとはいえ、僕は所詮、異世界人。
聖都の住人ではないのだ。
もし他国間の争いに僕が撒き込まれても、聖都が助けに来ることは難しいということだ。
もし仮に、エンバーさんが助けに来てくれたとしよう。
浄化部隊に所属する彼が、他国間のいざこざに介入してしまうとなると、それは新たな問題が生じることとなる。
つまり、浄化部隊に所属さえしていれば、聖都という国が、僕の後ろ盾になってくれる。
いざという時に、聖都が守ってくれるというわけだ。
テスと生活を共にしている僕としては、彼女にまで危険が及ぶようなリスクは避けたい。
ここはテスのために、素直に浄化部隊に所属すべきか…。
「それともうひとつ理由がある。霞紅夜君が先日、暴発させてしまったというオーブの件だ」
「あの大きな結界を張ったオーブのことですか?」
エンバーさんはコクリと頷く。
「あのオーブは訳あって、希少な上に、とてつもなく高価なものなのだが……その話は一旦置いておこう。重要なのは、キミがオーブを使用して、大規模の奇跡を行使した、ということだ」
ん?、じゃあオーブの恩寵が溢れたのは正常なの?。
それにしては、テスがオーブを使った時と、僕が使った時とでは、だいぶオーブの反応が違ってたけど……。
「おそらく霞紅夜君は、オーブとの感応力がとてつもなく高い」
「感応力?」
すると、エンバーさんの背後に控えていたノインさんが、ちゃぶ台の上に二枚の布地を敷き、さらにその上に、二種類のオーブを置いた。
ひとつは、市販で売られているオーブだ。
外装には、そのオーブの品名と効果が記載されているのと同時に、オシャレな模様の塗装が施されている。
対して内側には、無色透明な恩寵が、炎のように揺らめいている。
たしか、市販で売られている恩寵は、全てが人工物だという話だ。
そして、もうひとつあるのはキラキラと煌めく黄色いオーブ。
正確には、黄色く見えるのは中の恩寵で、外装は透明な水晶体だ。
これは多分、村で使用した結界を張るオーブと全く同じもの。
つまり、精霊の恩寵を閉じ込めているオーブだ。
ていうかこの黄色いオーブ。コレ……お高いんでしょ?。
そんなものを、ポンポンと人前に出していいの?。
ノインさんは、手の平でオーブをひとつずつ指し示し、僕にもわかりやすく説明していく。
「霞紅夜様から見て、左手にあるのが市販のオーブ。右手にあるのが魔恩などの戦闘で扱っている特別なオーブです。こちらは、市販のオーブと区別するために、使えば一度で壊れてしまうことから、結晶弾などと呼ばれる事もありますが、基本的には魂流石と呼ばれるほうが多いいですね」
「へ~~」
厨二感をくすぐられる別称だ。
特に結晶弾という響き…。
氷結結晶弾。獄炎結晶弾。雷鳴結晶弾…………。いろんな呼び名があるんだろう。
……カッコいいじゃない……。
「あれ?」
ここでふと、あるとこに気づいた。
「以前使った時は気づかなかったけど、この結晶弾。文字が刻まれてますね。えっと、『神聖のエディンエイデン』?」
品名…ではない…。
これは…恩寵の持ち主の名前か?。
「これは、恩寵を提供してくださった精霊の名前ですの。魂流石には奇跡の詳細と一緒に、恩寵の持ち主の名前も刻まれているんです。しかも!、この恩寵の持ち主は、ただの精霊ではございません。この世に僅かにしか残っていない、精霊の上位存在。神霊の一柱の恩寵なのです!」
「神霊?」
精霊の上位存在?。
この世界にはそんなのもいるのか。
まぁ異世界には、亜人の長命種もいるんだし、この程度で驚く僕じゃない。
「神霊とは、いまは亡き、私たち精霊の神…『ノトス』によって、この世の事象、概念、万象を根源に創造された、心を持った被造物。簡単に言うと、神の子です」
「神?、えっ?、この世界、神様がいたんですか!?」
かみ……神!……ゴッド!。
オーマイゴッド!。
僕の世界にも、確かに神話は残ってる。
ゼウス。オーディン。クテュルフ神話。
だけど、その神々が、ちゃんと実在したかなんて分からない。
いわば空想の産物だ。
しかし、ノインさんの話からして、ノトスと呼ばれる神の子……神霊とやらは、今も生きているだろう。
すなわち、神霊は生ける伝説。
神霊、一体何歳なんだろう。
「話が脱線してしまいましたが、魂流石は、恩寵の持ち主の意思が、残留しています」
「思願のようなものですか?」
「いいえ、これは想念になりますね。恩寵は魂の雫のようなもので、微弱ですが恩寵の抽出した当時の、思念が残るんですの」
「じゃあ、僕の想念と魂流石に残留していた想念が、共鳴したってことですか?」
「そうなりますね。ただ……」
すると、これまで黙っていたエンバーさんが、ちゃぶ台の上に置かれた魂流石を手にとると、訝しげに口を開く。
「さっきも言ったが、霞紅夜君と魂流石の感応力が高すぎるんだ。テス君も、感応力はかなり高いほうなのだが、霞紅夜君の感応力は、それを優に越えている。もし他の魂流石でも、同じ出力で奇跡を行使できるのなら、キミの存在は浄化部隊にとって、とても重要な人材になる。キミが浄化部隊に所属したら、やってもらいたいことはみっつだけだ。ひとつは、ステラ村で魔恩の活動に活発化が見られれば、すぐに報告する事。次に、その活発化が見られた際、その時の状況によって、魔恩の調査と討伐をしてもらいたい。この時は我々も人員を送るので、どっしり構えていてくれ。最後にキミの魂流石の感応力がどれくらいなものか、他のオーブでもテストさせて欲しいんだ」
関係ないけど、テスの村ってステラ村って言うんだ。
初めて知ったよ…。
そんな事より、エンバーさんの話だ。
彼の話を簡単にまとめると、実質的には、僕がやるべき事はふたつだ。
ひとつ目は、ステラ村周辺のパトロールだけど、あそこは魔恩を見かけるのなんて稀だし、たとえ来たとしてもテスは魔恩の迎撃には慣れっ子だ。
それに、僕も魔恩を倒したことがある。
異常時の調査なんて滅多なことがないと、しないだろう。
もうひとつは、魂流石の感応力を測るテスト。
人前でオーブを行使するだけの、簡単な測定になると思う。
「どうだろう、霞紅夜君。この話は一度持ち帰って、後日返答してもらっても構わないが」
「いえ、もう答えは出ました」
テスとの生活では、ほぼ役立たずな僕だけど、でもここで、僕が仕事をして僅かながら生活費を稼げれば、多少はテスの力になれるかもしれない。
あれっ?。
これって新婚の夫婦みたいじゃない?。
なんか燃えてきた。
「僕、浄化部隊に所属します!」
「おっ、おう。そうか。急にやる気を出してくれたね…」
「でしたら霞紅夜様。こちらにサインを」
ノインさんに渡されたペンを受け取り、僕は躊躇なく書類に署名した。
ふっふっふっ。
これで僕も、魔恩から世界を守護する、正義の守り人の一人。
これから名をあげて、ビッグになってやりますぜぇ。
「ふふっ、よかったですわね。エンバー様。これで、プランBを使う必要もありません」
「またか……」
「ん?、ノインさん。プランBとは?」
彼女は不適な笑みを浮かべて、小さな数枚の紙切れを僕に手渡した。
「なにこれ…レシート?」
ノインさんから受け取ったのは、僕が日中に買い漁った、書物の領収書だ。
それだけじゃない。
昼食に食べた高級料理店の領収書もあれば、山程買ったオーブの領収書もある。
他にも、今後の生活必需品、私服などを、購入した際の領収書も出てきた。
そして、『28万クオーツ』と記載された、これらを合計した請求書が、山積みになった領収書の下から、ひょっこりと顔を出した。
「あの…これ…まさか…」
「はい、もし断られたりしたら、これまでの支払い代金を盾に、強引に勧誘するつもりでした。叶多様の時のように……」
テヘッと、ノインさんは悪びれる様子もなく、自信の悪行を下呂していく。
ていうか、叶多先輩……。
まんまとこの悪徳勧誘に嵌まったんだ…。
はっ!。
じゃあ、体で払って貰うっていうのは、浄化部隊で労働して、返して貰うって意味だったのか!。
チクショウ!。
てっきり、そのまんまの意味だと思ってたのに!。
僕の男の子をもてあそんだんだね!。
許さん!後でおぼえてろ!。
妄想の中でドエロいことしてやるからな!。
「ノイン…またお前は…」
「ふふっ。これは、もしもの時の保険です。あっ、すでにこちらで支払っておりますので、霞紅夜様はお気になさらず」
ひょっとしてノインさんって、結構腹黒なのか?。
僕、疑心暗鬼になりそう…。
これじゃあ僕が、浄化部隊に入る事が、決まっていたみたいじゃないか。
僕はノインさんの手の平で、ムーンウォークさせられてたなんて。
「さて、私たちは、ここらでお暇しよう。霞紅夜君たちも今日は疲れただろう。後はゆっくり休むといい」
「エンバーさん。今日はいろいろありがとうございました」
「なに、大したことはしていないよ。明日も短い時間だか、聖都を楽しんでくれ」
エンバーさんはそう言うと、客間から出てっていった。
それに続いて、ノインさんも彼の後ろをついていく。
すると、シエさんが入れ替りで客間に姿を現した。
「うわっ!ビックリした!」
シエさん。
気配を感じさせないし、音すら立てないから、いきなり出てくるとビックリするんだよな。
「霞紅夜様。就寝の準備が出来ました。今日はこのまま、お休みになられますか?」
そうだなあ。
今日はいろいろあったし、エンバーさんのプレッシャー面接で、ドッと疲れた気がする。
「そうですね。今日はもう休みます」
シえさんは「承知しました」と頷くと、僕をとある一室に案内した。
そこには、ふたつの布団が敷かれていて、
その内のひとつには、既にテスが幸せそうな顔をして熟睡していた。
ずっとそうなのだが、彼女は丈の長いワンピースを好んで愛用している。
その姿は似合っているし、正直言って可愛いとも思う。
ただその格好、寝苦しくないのだろうか?。
まぁ、本人が気にしてないのなら、大丈夫なんだろう。
「ご満悦ですな~」
テスの緩みきった寝顔を覗き込みながら、僕はフッと笑みを溢す。
「霞紅夜様。眠っている女性の顔を覗き込むのは、如何なものかと…。それに寝込みを襲うのは絶対ダメですよ」
「僕って、そんなに信用がないですか?」
「はい。襲うのは、八尺坊っちゃんだけにしてくださいね。グフフ」
この人、腐ってやがる!。
それに、お風呂の一件は、別に僕が八尺を襲ったわけじゃない。
僕の対抗心に火が着いてしまった結果の僕の暴走だ。
決して、男に欲情したとか、やましい気持ちは一切ない。
って、おい待て!。
さっき八尺と話してた時もそうだったけど。
口振りからしてシエさん、お風呂の一件を知ってる?。
まさか……覗いてたのか?。
「では、ゆっくりお休みになられてください……」
そう言うと、シエさんは部屋から出ていった。
去り際に、「グヘヘ、今日は良いものが見られました。脳内永久保存ですね。コレは……」って言っていたけど、ナニを永久保存したんだろうか。
僕は床に着き、1日を振り返る。
精霊の国。
聖都クランティリア。
浄化部隊
第三部隊
八尺に叶多先輩。
キャトンお姉様にノインさん。
いろんなものを見たし、いろんな人たちに出会った。
でもきっと、こんなものは始まりに過ぎないんだろう。
だって世界は、僕の想像が及ばないほどに、大きかったのだから…。
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