上 下
16 / 16
第一話 シロイオリ

16

しおりを挟む
 東京へ戻り、駅で星と芳桐と別れ事務所へ向かった2人を迎えたのは、満面の笑みを浮かべた鷹松だった。それにどこか薄ら寒さを感じ、権堂の表情が曇る。
「いやぁ2人ともお疲れ様、今回も良くやってくれたね。今朝、俺のところにも木田島さんからお礼の連絡があったよ。今後、もし他にも困っている人がいれば、うちを紹介させてもらうって」
 老舗の大手旅館だからあちこちに顔も広いし、期待大だね!
 ニコニコと上機嫌に言った鷹松は、お土産らしき紙袋を手に、給湯室へと向かう理久を視線で見送る。そうしてから、権堂へ向き直り近付いて来た。
「それはそうと、斎。芳桐君から一応報告は受けてるけど」
 ガッシリと、権堂の肩に回った鷹松の腕。
 厚みのあるその見た目通り権堂もかなり鍛えているが、鷹松も、一見優男に見えていてその実、スーツの下には鍛えられ引き締まった肉体が隠されている事を、権堂は良く知っている。
 お互いに消耗するであろう無駄な力比べは諦め、引き寄せられるままに権堂は鷹松の腕にホールドされた。
「お前、理久に手ぇ出して無ぇだろうな?」
 耳元で囁かれたドスの利いた声。
 チラリと向けた視線の先、先程まで浮かべていた胡散臭い笑みはどこへやら。権堂を覗き込んでくる目には、昔から良く知った鋭さを含んでいた。
「俺はあの子を姉さんから預かっているんだ・・・、お前も知ってるだろ? あの人の怖さ」
 その表情の割に、吐かれたセリフは情けない。だが、言われた言葉に眉を顰め、グググと口を引き結んだ権堂は
「・・・出してねぇよ」
 不満そうに答えた内心で、(ちょっとしか)とこっそり付け加えた。
「大体お前、んな事言うならあんな煽るような条件提示するんじゃねぇよ」
 猶も自身を抱え込んだままの鷹松を、権堂がいい加減に放せと舌打ちして押し退ける。
「何のこと? 俺、煽るような事言ったっけ?」
 それへあっさりと身を放した鷹松は、シレっとした表情を浮かべそう嘯いた。
「宿泊は離れの特別室で、専用の露天風呂が付いててゆっくりできるよって、言っただけだし」
「何の事か分かってんじゃねぇか」
 そういうヤツだよ、お前は。と、言った権堂の溜息に下がった肩。それに苦笑を浮かべた鷹松は、その肩をポンポンと叩いた。
「まぁ何だ。ちゃんとしろって話だよ。分かってんだろ?」
 不意に、先程より声のトーンを柔らかにした鷹松が
「長洲家にとって、理久あのこは〈特別〉なんだよ。生半可な気持ちで手出しされたら本家から睨まれるからな・・・」
 潜めた声で言う。権堂の目が険を含み、僅かに細まった。
「あれ、珍しい」
 ふいに背後から聞こえた声。
 それに二人が振り返ると、給湯室からスマートフォンを見ながら戻ってきた理久が、パッと顔を上げる。
「権堂さん、圭佑さん。和君から相談したい事があるって連絡が有ったんですけど」
「和君? ・・・あぁ、板東さんのところの和瑞かずい君か。何だって?」
 問い返し、鷹松は応接セットのソファへ腰を下ろす。権堂は執務机へ寄りかかり、理久へと視線をやった。
 それに二人を見やった理久は
「和君の知り合いが困ってるみたいなんですけど、詳しい話は、こっちに来て直接話ししたいって」
 言って首を傾げる。
「伯父さんの所で、対処できなかったのかな」
 理久の言葉に、怪訝そうに権堂が片眉を上げる。
「板東さんの所だと、ご供養か・・・。まぁ良い。一度、話聞いてみようか」
 頷いた鷹松が、スマートフォンを取り出し、少し思案する。
「今週末、土曜日の14時からなら時間取れるよ」
 そうしてしばらく予定を確認し言うのに、権堂が「えっ?」と顔を顰めた。
「おい、勝手に決めるな」
 抗議の声を上げた権堂に、だが鷹松はチラリと冷たい視線を送る。
「別に用事なんて無いだろう? まぁ、お前が最近コソコソ出入りしてる【Blue Ocean】のアイナちゃんとの外せない同伴デートの約束でも有るなら、斎は別に同席しなくても良いけど。その場合は俺と理久とで話聞いて、勝手に仕事のスケジュール組むし」
 ただし文句は言わせないと言う鷹松に、権堂はぐぬぬと悔しげな表情を浮かべる。
「お前それ・・・。ってか、何が共同経営だ。これじゃ完全にお前に良いように使われてるだけじゃねぇか」
 ブチブチと不満を零す権堂に「おや」と目を丸くした鷹松は
「何言ってるんだ、共同経営者だからだろう? お前に一任していたら、あっと言う間に事務所を畳むようだ。そうならないように〈健全な経営〉をしてやってるんだから感謝して欲しいくらいだね」
 にっこりと微笑み、ねーと理久へ同意を求める。
 だがそれに、理久は曖昧な笑顔で頷く事しかできないでいた。


 [第一話シロイオリ 完]

 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【エロ好き集まれ】【R18】調教モノ・責めモノ・SMモノ 短編集

天災
BL
 BLのエロ好きの皆さま方のためのものです。 ※R18 ※エロあり ※調教あり ※責めあり ※SMあり

男色官能小説短編集

明治通りの民
BL
男色官能小説の短編集です。

処理中です...